chapter2-7
バニーリアンの女の子は泣きじゃくりながら、俺に何度も感謝していた。
うーむ、気持ちはありがたい。
感謝されると嬉しい気分になるからね。
ただ……。
思いっきり大きな胸を押し付けないでくれ。
バニーリアンはバストサイズもデカいことで知られている。
豊満な体つきをしている種族だ……。
それ故に、何と言えばいいか……。
デカいのだ。
とにかく、あまり抱き着かれていると隣にいるシホが怒り出すので一旦落ち着かせるのがいいな。
「もう大丈夫ですよ。怪我はないかい?」
声を掛けると、女の子は直ぐに頭をこくこくと頷いた。
「それは良かった……連れの子たちも怪我はない?」
「ええ、おかげさまで……本当に、助けてくださってありがとうございます」
「私からもお礼を言わせてください。花を救ってくださってありがとうございます」
「花……君が花という名前なんだね」
「はい!私の名前です!」
ケンタリウスと、牧羊人の女の子が背筋をピシッとした上で、頭を深々と下げてお礼をしてくれた。
花と呼ばれているバニーリアンもやっと泣き止んでお礼を言ってくれた。
やはり三人とも育ちがいいな。
お嬢様学校にでも通っている子たちなのだろうか?
彼女たちの制服には『原』に☆が付いて英数字の【2】が後ろに描かれている校章バッチを身に着けている。
原2……。
原宿第二女子高の事か?!
親世代の年収が最低でも3千万円を超えていないと学費が払えないと言われているぐらいに学費が高いことで知られている。
ということは、やはりお金持ちの子なのだろう。
一応聞いてみるか……。
「もしかしてだけど……花さんや君たちは原宿第二女子高の生徒さんかい?」
「あ~やっぱり分かります?」
「勿論、その校章で分かるからね……お嬢様学校で有名だよね」
「えへへ……ちょっとユーリンが紹介していたのでどうしても来たくて……」
「友達を誘ったというわけだね」
「「「そうで~す!」」」
うーん、君たち仲いいね。
三人ともコーラスが効いている。
女子高生にもユーリンのファンは多いからね。
エルフの歌姫と呼ばれているだけあって、彼女の歌声に魅了されているのはシホだけではない。
シホもその事を知ったのか、口元に笑みを浮かべて嬉しそうにしている。
「良かったなシホ。同じユーリンのファンとの交流が出来るぞ」
「ふふっ、でもセイ君……ユーリンのファン歴が長いのは私なんだからね……」
「シホ、ファン歴の年数で張り合っても駄目だと思うぞ……」
「あっ……あの……そ、そちらのお姉さんは……その、彼女さんなのですか?」
「勿論!高校生の時からずっと一緒だもんね!ね?セイ君???」
「お、おう……あとシホ、すっごい腕を締め付けているぞ。分かった。分かったから落ち着け」
「わぁあああ……本当にラブラブなんですね~」
「高校生の時からずっとお付き合いしているんですか?」
「そうだよーっ!いいでしょ?」
「「「いいなぁ~~~~!!!」」」
「でしょでしょ???セイ君の事、私は離さないよ!!」
「「「きゃーっ!いいなー!」」」
シホは独占欲を発揮するかのように俺の腕に抱き着いている。
それを見た花さんを含めた女子高生たちがキャーキャー騒いでいる。
うーん、困ったもんじゃ。
いや、困ったといえば彼女たちの今後を考えると少し厄介かもしれない。
「それはいいんだが……君たち、学校はいいのかい?」
「えっ、いやぁ~どうしても来たかったので学校は一限目だけ出席して早退しちゃいました」
「……他の二人もそうかい?」
「「はい!」」
「そっか……まぁ、それはいいんだけどさ……これでホット・セーブで事件に巻き込まれたってなったら親御さんとか先生も心配すると思うんだが……特にあの高校はそういった事に厳しいはずだけど大丈夫なのかい?」
「「「うっ……」」」
あ、多分学校さぼった結果事件に巻き込まれたから内心焦っているに違いない。
お嬢様学校はサボりには厳しかったはずだ。
特段体調が悪いとかの理由がない限りは、基本的に早退に関しては色々言わないけどサボった結果事件に巻き込まれたとなれば厳しい処分を下す。
親御さんだって事件に巻き込まれたとなれば心配するはずだ。
「悪い事は言わない。なるべく早く帰ったほうがいいよ」
「そっ、そうですね……そうしま」
「花ァァァァッ!!!!!大丈夫かぁぁぁぁぁっ!!!」
「「「「「?!」」」」」
そう言った矢先に、轟く声。
周囲の人もギョッとした様子で振り向いた。
そこに居たのは、先日依頼をしたばかりの関東紅屋会若頭の寅田軍蔵であった。
寅田の顔は険しい表情だ。
後ろにいる若い衆のヤクザ連中も顔面蒼白状態だ。
寅田の周りには、獣人族のボディーガードが連れ添っており、さらにその後ろには国産の黒塗り高級車が何台も停車してこちらに駆けつけてきた。
「ぱ、パパ……」
「えっ」
「……ん?……内守君じゃないかね!!!こんなところで会うとは奇遇だね!!!」
さっきまでの表情が一変して、俺にはニコニコ顔で寄ってきた。
あー……パパって言っているということは、寅田の娘なのか……。
「寅田さんこそ……一体どうしたんですか?」
「いや、娘が学校をサボって喫茶店に入った矢先にギャングの襲撃があったと聞きつけてね。居ても立っても居られないから若い衆を連れて来たんだがね……ギャングの連中は片付いたのかね?」
「ええ、俺が処理しました」
「それは本当かね?」
「はい、この後は警察が片付けるかと……」
「ふむ……そうだったのかね……ちょっと話を聞かせてもらってもいいかね?」
「ええ、構いませんよ」
事の発端と経緯を説明すると、寅田は納得した様子で聞いていた。
ユーリンのファンである彼女と共に、ラジオで紹介された喫茶店に入店して飲み物を飲もうとした際に赤豹たちが突然銃を撃ちながら入り込んだこと。
寅田の娘である花を連れ去ろうとしたため、咄嗟の判断で銃を抜いてギャングを処理した事。
それを聞き終えた寅田は、俺をギュッと抱きしめてお礼を言ってくれた。
獣人族は相手を抱きしめることが最大の敬意を示す仕草だ。
それにしても、思っていた以上にモフモフしている。
グルグルと喉元を鳴らしているのが伝わる程であった。
「本当にありがとう……娘を救ってくれてありがとうね……」
「いえ、目の前で女の子が連れ去れそうになっていたので、こちらも無我夢中でした」
「それでも簡単に出来ることじゃないね……内守君がいなかったら娘は……本当に、ありがとうね」
感謝の言葉を述べた上で、寅田はシャキッとした表情になって部下を呼び出して話合いをしている。
ヤクザの若頭を勤めているだけあって、頭の回転が速い。
昨日の依頼も、今回の事案もギャング絡みだ。
何度か寅田が「これは組の面子に関わる問題だ」と言って携帯を取り出して誰かと通話している。
『はい、はいそうですね。うちの娘にも危害加えてようとしていましたね。ええ、では動いてもいいですかね?』
恐らく、組長にでも赤豹への襲撃の許可を取ったのだろうか?
ギャングとヤクザの大抗争か……。
川崎市辺りは今日の夕方には銃撃戦があちこちで起こりそうだ。
「よく聞いてね。上から許可が下りたね……娘に手を出そうとして縄張りを荒した不届き者は関係者を含めて捕らえるようにね。すぐに動いてね」
「「「「「はいッ!!!!」」」」」
掛け声と共に寅田の部下は駆け足で車に飛び乗って走り去っていった。
残ったのは寅田直属の部下である数名の獣人族の者だけだ。
「やはりウチだけじゃなくて、他の組にも攻撃を仕掛けて来とるみたいだね」
「他の組にも……抗争ですか?」
「赤豹たちも縄張りを主張して手を出しているね。チンピラ風情が出しゃばりすぎだね。痛い目見ないとわからないね」
「……」
「また内守君に依頼をするかもしれないけど、その時はよろしくね」
「ええ、明日以降でしたら空いていますので連絡を下されば駆けつけますよ。清掃人として」
「ありがとう……さて……」
今度は花を含めた高校生たちの安否を気遣った上で、学校をサボった事を窘めていた。
「花、学校はサボったらダメだね。菫も楓も……今回は運よく怪我はなかったけど、一歩間違えれば悲惨な事になっていたね……」
「パパッ!ごめんなさい……私が二人に誘って来るように言ったの……だから、二人は悪くないわ……」
「お前は母さんの形見なんだね。だからちゃんと決められたルールは守ってね。心配かけたらいけないね……」
「「「……ごめんなさい……」」」
しゅんと落ち込んで反省している高校生一同。
これで三人とも少しは懲りたかもしれない。
せめて放課後の自由時間に行くのがベストだろう。
何なら予約を入れた方がいい。
「さっ、車を用意してあるから帰るね。」
「「「はーい……」」」
「お嬢様、こちらです」
寅田の部下が花たちをエスコートして高級車の後部座席に乗せる。
それを見届けた寅田は俺に多額のキャッシュが入ったチップカードを渡してきた。
「これはお礼だね。好きに使ってね」
「ありがとうございます」
「それから……ここの店はお気に入りの場所かね?」
「ええ、彼女が気に入っています。ここの店長と話したのですが、やはり警備の問題がありますので紅屋会系列の警備会社を配置する事はできますかね?」
「うーん……人員の関係もあるからね。いつもの株式会社異世界マーケティング統合戦略研究所経由で相談すれば価格を優遇した上で調整できるようにしておくね」
「ありがとうございます、店長にも伝えておきます」
「それじゃあ。彼女さんとゆっくり過ごしておいでね」
「はい、ありがとうございました」
「こちらこそ、娘を守ってくれてありがとうね」
寅田はそう言って車に乗り込み、走り去っていった。
さて、このチップカードをどうしようか……。
シホと相談することにした。




