chapter2-4
午前11時になってホット・セーブのドアが開く。
開店の時間だ。
「お待たせしました。開店となりますのでお渡しした番号の描かれた席に着席できます。手元にメモがある方は入店してください」
ハンスリー君の指示で入店が開始された。
俺たちが貰ったのは「B8」と書かれたメモ用紙。
それをハンスリー君に見せると場所を案内してくれた。
店内はクラシックな雰囲気で装飾が施されている。
オレンジ色の蛍光灯に照らされている。
昭和時代の茶色や黒を主軸にした落ち着いた雰囲気……。
まるで昭和に戻ったような雰囲気を味わえる。
クラシック……。
この一言に尽きる。
いいね、ユーリンが絶賛するわけだぜ。
ハンスリー君が俺たちの席を案内した際に、シホの使っている白杖を見て察してくれた。
彼は杖を預かるかまで尋ねてきた。
「こちらの奥の席になります……杖はこちらでお預かりしましょうか?」
「ううん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
「いえ、何かお困りの事がございましたら遠慮なくお申し付けください」
「ありがとう」
「わざわざすまないねハンスリー君」
「いえ、お客様の事を第一にするのがモットーですので……メニュー表はこちらにございます。お決まりになりましたら、そちらの呼び鈴を鳴らしてください」
「ありがとう。じっくりと選ばせてもらうよ」
ハンスリー君にお礼を言ってから早速注文……。
……したいところだが、まずは店内の状況をチェックする。
何かあった時に行動できるようにするのが一番だ。
清掃人という職業柄、周囲の確認をしてからでないと落ち着かないのだ。
半分職業病ともいえる状況だが、幸いなことにシホが理解してくれているので助かる。
店内の見取り図を頭の中に叩き込む。
まず俺たちのいるダイニングテーブル席は、丁度店の一番奥側だ。
店内の一番角の部分になる。
ダイニングテーブル席以外にも、ソファー席やカウンター席も存在している。
パッと見て、店内には50人近くが入れるようだ。
既に店内は満席状態……。
外では行列が出来上がっている。
通りではハンスリー君とは別の店員がやってきて整理券を配っているようだ。
あの分だと30……いや、40人ぐらいはいるんじゃなかろうか。
外の人だかりを見つめつつ、異常がないことを確認してからホッと一息入れる。
「とりあえず、問題ないかな……店内の雰囲気もいいし、何よりハンスリー君の対応が良かったね」
「本当に気が利く人よね……私びっくりしちゃった」
「ユーリンが絶賛するだけのことはあるね。どうする?パンケーキ注文する?」
「そうねぇ……他にどんなメニューがあるか教えてくれる?」
「おう……えーっと……『当店オススメ:パンケーキセット』……『ショコラケーキ』……」
俺はメニュー表から、一つずつメニューを読み上げる。
メニューは全部で30種類。
喫茶店ということもあってか、コーヒー豆の種類も豊富だ。
今では気候変動と紛争の影響で栽培ができなくなったブルーマウンテン風味のコーヒーまで売っているようだ。
お値段は一杯あたり変動相場制となっているが、今日の値段は五千円となっていた。
異世界のコーヒー豆も売っており、こちらのほうが圧倒的に安い。
一番安い銘柄で300円……。
ただし、これを頼むには必ずセットメニューにしないといけないと注意書きがあった。
コーヒーを一杯だけで粘るような迷惑な客を寄せ付けないための自衛手段というわけだ。
ここの喫茶店のコーヒーの最低価格は「サルバリア産コーヒー」の一杯1000円からだ。
つまり、最低でも1000円は取るというわけだ。
コーヒーの種類は10種類。
他の飲み物を合わせても15種類だ。
そして食べ物は15種類……。
こちらも中々豊富で、ユーリンが絶賛していたパンケーキもあるし、中にはペペロンチーノといった昼食も楽しめるようだ。
ペペロンチーノも好きだけど、デート中だしニンニクの香りで台無しになってしまうのはいただけない。
ここは我慢だ。
一通りメニューを読み上げてから、シホに食べたいものを聞く。
「……シホ、メニューに書かれていたのは以上だけど、何を食べたい?」
「うーんとね、やっぱここはユーリンが紹介していたパンケーキかなぁ。どんなのか気になるし」
「やはり甘いものが大好きなんだねぇ……」
「女の子は大抵そういうものよ。甘いものと恋バナが主食だし」
「フフッ……それでさっき後ろの高校生たちが恋バナした時にギューッと身体を寄せてきたわけか」
「うーん、否定できないかなぁ……やっぱセイ君の事を意識しちゃってさ……話を聞いていたらちょっとね」
「分かるよ。俺もちょっと恥ずかしかったさ……それで、飲み物は?」
「カフェラテかなぁ~コーヒーのブラックは苦手だからさ……甘い感じのやつが飲みたいの。暖かいカフェラテでね」
「分かった。俺はオムライスセットとブラックコーヒーを注文するよ。呼び鈴を鳴らしてっと……」
呼び鈴を鳴らすと、ハンスリー君が飛んできてくれた。
「パンケーキセットとカフェラテを一つ、それからオムライスセットとサルバリア産のブラックコーヒー……二つともホットで頼むよ」
「かしこまりました。カフェラテとブラックコーヒーは先にお持ちしますか?」
「……どうするシホ。先に飲むかい?」
「そうだね、ちょっと飲んでみたいから先に持ってきてもらってもいいですか?」
「かしこまりました」
「それじゃあ俺のコーヒーもカフェラテと一緒に持ってきてくれると助かる」
「はい、それでは、パンケーキセットとオムライスセットを一つ、カフェラテとサルバリア産コーヒーをホットで一つ。確かに承りました。出来上がるまで少々お待ちください」
シホはパンケーキセットにカフェラテ、俺はオムライスセットとサルバリア産のブラックコーヒーを注文する。
店内では呼び鈴がひっきりなしに鳴りこんでいる。
ハンスリー君以外の店員も引っ張りだこ状態だ。
きっと厨房も戦場のようになっているに違いない。
店内も忙しくなっているのを眺めていると、一つの置物に目が留まった。
「あれは……ジュークボックスか?」
奥のダイニングテーブル席の隣にはジュークボックスが置かれている。
外見は古いが中身は最新式のようで、インターネット接続サービスを通じてオンラインで曲を検索・再生可能のようだ。
ジュークボックスのコイン投入口には『お好きな曲をどうぞ』『1曲100円です』と手書きで書かれている。
「シホ、ここのお店はジュークボックスが置かれているぞ」
「本当?音楽を好きに掛けていいのかしら?」
「どうだろうなぁ……詳しく見てみないと分からないけど、何か流したい曲はあるかい?」
「そうねぇ……あればユーリンの『恋人は北風と共に』って曲があればいいかなぁ」
「ユーリンの曲だな。ちょっとやってみよう」
ジュークボックスの前に立って操作を行う。
操作はタッチパネル式だ。
ユーリン・ミヨタで検索をすると沢山の曲が並んでいる。
そこから『恋人は北風と共に』を検索して、音楽を流すにはお金を挿入してくださいの表記が出る。
財布から100円を投入すると、店内のオーディオからユーリンの曲が流れてくる。
席に戻ると、シホは曲に合わせて上機嫌で楽しんでいた。
「ふふっ、これ最初期のバージョンだね!しかもリマスター版だから音質も綺麗になっているよ」
「90年代の名曲だな。確かファーストアルバムに収録されていた曲だっけ?」
「そう、1993年にユーリンが出したファーストアルバム『Mint・Sinkinger~エルフの想う歌声~』に収録された曲を2016年に音源を鮮明にしたリマスターバージョンよ。2007年にリミックスアルバムに収録されているバージョンだと音程がちょっと速くなっているのよね。最初期の音源をリマスターしたバージョンが一番しっくりくるのよ。サックス奏者が良くてオススメよ」
「流石ユーリンの大ファンだな。専門家に匹敵するぐらいの解説だよ」
「へへへ……ちゃーんと毎日聴いていますから!それに感覚強化魔法を掛けるとそういった音の楽しみも広がっていくのよ」
自信満々に応えるシホ。
ユーリンの曲に関しては彼女の右に出る者はほとんどいないだろう。
いるとすればユーリン本人ぐらいかなぁ……。
ユーリンの歌声が店内に響き渡る。
いい曲だ。
優しい音色と共に包まれていく感じだ。
「お待たせいたしました。カフェラテとコーヒーです」
ハンスリー君がカフェラテとコーヒーを持ってきてくれた。
どちらもマグカップ入りだ。
まぁ、ホットを頼んだからね。
ガラスだと熱に弱いので破損しやすく、火傷しやすいと聞いたことがある。
目の前に出されたコーヒーとカフェラテ。
「それじゃあ、先に飲み物をいただこうか」
「そうね、そうしましょう。セイ君、乾杯しましょ」
「そうだな……あ、でも熱いから気を付けてやろうな……」
「そうね、ゆっくり……かんぱーい」
「おう、乾杯だ」
軽ーくマグカップを持って優しくマグカップを当てる。
コーヒーのいい香りが口元に漂ってくる。
一杯のコーヒーを飲もうとした時、突如として後ろからけたたましい銃声が鳴り響いた。




