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【_WAVE】

冬戦【_WAVE_1】彼女の名はガンスリンガー

作者: つかばアオ

 ・1

 

 

 その男には趣味の一つにゲームがあった。それはこれといって譲れない拘りがあるほど熱意のある趣味ではなかったが、男は気軽に問われたら迷うことなく趣味に「ゲーム」と挙げる。

 男が子供だった頃から触れてきた。中学校、高校、大学と、とても身近な存在だった。友達とよく遊んできた。勉学励んで学校終わって帰宅してからだったり、休みの日だったり。おかげか(もちろん別の要因もあるだろう)、友達がいなかったとか、困ることがなかった。勝ったり、負けたり、共に戦ったり。遊んだり。腕前に関してはそれなりで、人に言えたり、人に教えたりするほどには決して上手ではない。

 その年の冬、『騒動』からおよそ六ヶ月後になる。『WAVE』の世界でおそらく六ヶ月後。地球ではどうなのかというとそれはわからない。男の名は上坂かみさか淳矢じゅんや。二五歳。

 『WAVE』の世界では彼のプレイヤー名はというと、「みさや」である。『上坂淳矢』だから「みさや」。時に名を見て彼を女性プレイヤーだと思うものもいるが、男性だとしてもそこまで珍しい名前ではないだろう。彼のことを知らないのだから、名前で判断すると、そうなってしまうのも納得はできる。

 みさやは『WAVE』を始めてちょうど一年になろうとしていた。一年間、ともなると、彼もだいたいこのゲームに慣れてきた頃だ。多少の難しさはあれど操作におかしな癖もなかったし、純粋にそれは楽しめた。だから気付けば長く続いていた(毎日、そのゲームをやっていたわけではないが)。

 あるとき友人に「そんなゲームがあるんだ」と教えてもらい、数日と経ってから興味を抱き始めて、「すこしだけ」とやってみたのがきっかけだった。プレイヤーの間ではこんな話もあった。来年、大きなアプデがあるらしく。

 ファンタジーものではない。いうなら、戦争ものである。『銃』を手にして走り回る。戦う。ジャンルで言えば戦争ゲーになる。

 やり始める時、抵抗が無かったかというと本音としてはあった。少しもないわけがないだろう。それは戦争ゲーだからではない。ゲームであると考えれば、ゲーム好きからしてみれば、戦争ゲー自体は一部の人たちに好まれる一つのジャンルだ。

 起動させるのも難しいことはなかった。なにせお金がかからなかった。

 起動させるのは難しいことはない。お金がかからなかった。でもいくぶん抵抗はあった。信頼できる友人に教えてもらったとはいえ。

 なぜなら『WAVE』とは、名前も知らない、日本のどこかに住んでいる人が作った、フリーゲームだったからである。

 

 その日、みさやは任務で非戦闘地域を離れることになった。「生きていく」ためにはしかたない。みさやは「戦える」のだから、責任をもって勤めを果たすしかなかった。

 では、断れたのかというと、それは微妙なところだ。いうまでもなく危険な場所に行こうとしている。自分の命を危険にさらすのは誰だって嫌であり、助かりたいと考えるのは悪いことではないだろう。仮に断れば、彼ではない他の者が行くだけだ。

 『騒動』によりプレイヤーにとって、ただのゲームではなくなった。

 やはり生きていくためには、この選択もまた必要だった。

 彼が今回遂行しなければならない任務は次のとおりである。戦闘地域『廃都』へと向かい、目標となる物資を十分に集めて、安全に回収地点へと急ぎ帰還する。

 戦闘地域『廃都』とは、そう呼ばれる場所のこと。都市の名前については意図的に消されているようで、特定するのは困難である。それらしき場所が地球上にあるのだろうか? とにかく現代の日本ではないように見える。東京とかではない。

 設定として、紛争があったのか、それともどこかの国から攻撃を受けたのか。そこは廃都と呼ばれるだけあって、建物も乗り物も何もかもボロボロとなり朽ちている。美しい緑は確かにあるが、場所によってはミサイルでも落ちたかのような跡が痛ましく残っている。

 目標となる物資とは、仲間たちがこれは欲しいと望んだ物のこと。たとえば、こんな環境で、わたしたちが生きていくためには水は必要だろう。このゲームでは水分を取ることは大事だ。だから、「ちょっと」ではすぐに足りなくなる。食料もたくさんいる。クラッカーだろうが、不味いや飽きたと文句言われる缶詰だろうが、それがお菓子だとしても非常に大事だ。

 燃料など、なかなか手に入らない材料は特に欲しい。負傷した場合に必要となる、用意された医療品も重要である。

 指定した優先順位の高いものを非戦闘地域に持ち帰る。それが今回の仕事だ。運ぶには重いもの、その大きさ形状によりかさばるもの、他と比べて高く売れるもの。帰還してから、あっちのほうがよかったかとならないように考えを巡らす。

 帰還するなら集中を切らしてはならない。戦場へいることを忘れてはならない。敵と戦うのか。戦わないのか。非戦闘地域に戻るまでが果たすべき任務である。

 安全に。注意深く。絶対に死なないように。

 

 彼を含めて数は五名で動いていた。廃都とはその大きさは非常に広く、五名ですべて探索するのは不可能だった。よって的を絞って行動している。

 みさやは分隊長とそのほかのメンバーについても顔見知り程度の付き合いだった。今では仲間であることには変わりはないが、それでも親しい関係ではない。これまでに幾度かと任務を遂行してきたわけではあるが。

 年齢は三十、分隊長は慎重な性格をしていた。みさやの目にはそう見えていた。彼は任務の前日となれば、酒は飲まない。水をよく飲んでいた。食事はほどほどに済まし。そしてまあまあ良いヘッドセットからヘルメット、軽めのボディアーマー、分隊のなかではいつも同じものを装備している。それが彼にとって動きやすい装備ということらしかった。

 こんな俺が分隊長か。彼の指示は多少の迷いがある時もあったが、常に冷静であり的確だった。戦闘地域では敵NPCを見つけるのがなによりも得意で、分隊のなかでは一二を争うぐらいに早かった。

 敵より先に発見するだけで、危険は減らせる。目的のために選べる。

 危ない状況を切り抜ける。

 分隊長に選ばれる理由もわかる。必要な技術だ。彼のおかげで生きてこられたと言ってもいい。

 しかし、そんな彼らでも不幸は訪れてしまう。

 彼らは廃都に訪れてから、順調に物資を集めることができていた。ボディアーマーや銃を装備している敵NPCと運よく遭遇することもなく、このまま無事に帰れるかと思われた。

 見張りを交代でやる。何の問題もなかった。

 これで最後。次に向かう地点で物資を漁るのは止めて帰投する。そういう話になった。

 その時だ。そこで彼らは不意に襲われる。

 攻撃を仕掛けてきたのは『黒虎』だった。人ではない。謎の多い。

 その気配に気付けず先制されたわけだ。一名が多数の触手のひとつに串刺しにされる。クラス二のボディアーマーが軽々と貫通。胸をやられた。

 一名が早急に発砲。黒虎に、彼のカスタマイズされたアサルトライフルでダメージはあった。しかし触手は体を守るように動き、そして黒虎も立ち尽くしたままなわけがなく位置を移動していく。

 目で追えないほど速くはない。それでも、感じる威圧感は。

 その場にいる五名では勝ち目などなかった。

 不意を打たれ、立て続けに二名が死ぬ。残ったのは三名。敵はしつこく、撤退を選ぼうと、一名殺されてしまう。この結果に意外性はない。

「脚がやられてるか。これでは走れないな」みさやは少し前に分隊長から言われた言葉を思い出す。自分の死がとうとう目の前まで来たと感じた。仲間も倒れて。

 残ったのは私とお前、だけだ。このままではいずれ見つかる。どちらも死ぬ。

 みさやも同様に考えていた。ここから生き残る方法などないだろうと。ところが。

 いいか動くな。死んだふりをしろ。聞いた話では過去にそれで生き延びたやつもいる。

 気の利いた作戦が思いつかなくてな。不甲斐ない隊長で、なんでこんな奴がと思うこともあっただろうが。

 みさやは言う。そんなことは。みんな。

 これを持っていてくれ。分隊長が最後に渡したのは録音機だった。

 生きろ。そして繋いでくれ。

 すべてが一瞬の出来事だった。みさやはここまで呆気なく、仲間が倒れていくとは想像もしていなかった。黒虎の存在は知っていた。遭遇は危険。武装した人間よりはるかに危ない。親しくはない。それでも。

 みさやは分隊長と別れた後、しばらくその場を動かなかった。走ることはできなかったし、治療するための医療品もなかった、安全とわかるまでは動かず耐えるしかないと理解していた。

 鳴り響いていた銃声が聞こえなくなって、驚くほどに静かになる。しかしながら彼はすぐには動かなかった。もう十分過ぎるだろうと思うまでは。

 黒虎はすぐ隣まで来ていた。あと少しで、彼も見つかってしまっていただろう。あと少しで、彼も危なかった。

 みさやは自分の右足に触れてひとつ考える。赤い血は流れない。替わりに小さな光の粒が大量に流れる。ゲームだった頃に見慣れたものだというのに、もう何度かと見たことがあるのに、あの頃とはすっかり感じ方が変わってしまった。

 彼の脚は見た限りでは骨折だった。だが、骨折ではない。状態としては麻痺である。

 判断の仕方は、触れればわかる。触られた感じがしない。症状は骨折よりも重い。

 黒虎の触手に足を貫かれた。そのとき片足が無くなったが、ゲームという仕様のおかげで復活し、今も健康そうな両脚はある。

 いやというほど待ち、みさやはそんな足で脱出を測る。走りたくても、たとえおもいきり走れないとしても、歩くことはできる。荷物も持てる足だ。

 黒虎はどこかへ消えてしまったのだろうか。都合のいい考えはしないほうがいいだろう。それでも、銃を持った敵NPC一人が歩いているのを見て彼は思う。

 彼は途中で仲間の死体を見つけると、「認識票」を持ち帰ろうと考えた。

 それからみさやは普段よりも緊張感を持って歩いた。安全であろう道を進み回収地点を目指す。そこに辿り着けば、非戦闘地域に帰ることができる。仲間の死体から、麻痺と呼ばれる症状を治療する医療品を手に入れられなかったが(持っていた者は始めにやられてしまった)、当初の目的でもある物資はバックパックに詰まっている。任務は達成した、とはいえないが。

 みさやは少しずつ確実に歩いた。そして、彼は疲労を感じて、瓦礫に背中を預ける。

 仲間の認識票を取り出すと、それを眺めた。

 プレイヤー名が書かれている。――死亡。黒虎の文字が書かれている。

 休憩は少しだけのつもりだった。集中力が長続きするわけがなく休むのも必要だとしても、警戒を疎かにしているのには違いない。

 みさやはヘッドセットをしていた。彼は気付けなかった。そのぐらいに放心状態だった。

 背後から音を殺して近寄る者がいたらしい。「動くな」という声。銃口が向けられる。

 みさやは敵NPCかと思う。ネズミだ。ああ、やってしまった。終わった。しかし、後になって声に違和感を覚える。女の声に聞こえた。

「所属を言えるか?」

「女?」

「動くな。いいから答えろ」

「東だ。風守かぜまもりひがし。ドットの。見ればわかるだろ」

「そうか」

 銃口の向きがズレたか。それともその声か。張り詰めていた空気が緩んだ。

「なんなんだ」みさやは相手の姿を見て言葉を失う。その女は。

「なんだ?」女は彼の顔を訝しそうに見てそう言った。「足が使えない(・・・・・・)。治せないのか?」

「ああ」

 彼の言葉は返事のつもりである。だが、女はその言葉が出る前に行動を起こしていた。治療できる医療品を持っているらしい。麻痺とすぐに判断していた。

「一人か? 帰る最中に見える」

「ほかに四人いた。みんなやられた。黒虎に」

 みさやは仲間の認識票を見せる。女は自分のバックパックを漁りながら一目だけして、「そうか」と小さく言った。

 急に現れた者が何者であるのか。彼にはわからない。

 女はバックパックから白色に青の模様が入った医療キットを取り出す。みさやの右足をもう一度見ると、青の医療キットから注射器を取り出した。

「暴れるなよ」

「あばれるかよ」

 みさやは水色の液体を見てからそう言うと、顔を背けた。

 注射なんてどうってことはない。でも、何か言われるかもしれない。

 相手が右足に触れて刺す、彼はそれをじっと眺めるのもおかしな気がした。

 治療が終わった。「助かる」と彼は言う。

「このぐらいなんでもない。それより、帰るつもりなら、一緒に回収地点へ行こう。その方がいい」

 みさやは情けなく笑った。「何から何まで」

「今は、お互い助け合って。一人でも多く生きていくべきだ」

「……そうだな。じゃ、一緒に回収地点を目指すついでに、すまないがひとつ頼めるか」

 女は屈んだ状態で何も言わず眺めていた。

「これを持っててくれないか」彼は仲間の認識票を渡そうとする。「あと、そうだった。これを。大事なものだ」

「それは録音機か」

「分隊長に繋いでくれと言われたんだ。俺が持っているより、生存可能性の高い者が持っていた方がいい。ドットに渡してくれ」

 女は手のなかにある録音機を見詰めて、そのあと彼の顔に視線を向ける。

「頼む」とみさやは言う。

「受け取れないな」女はそう言った。

「駄目か?」

「繋いでくれと、頼まれたのだろ?」

 みさやは分隊長との最後を思い出すと、何かを言うでもなく、背中を預けた瓦礫から立ち上がることもなく俯く。

 そんな彼を見て、女が先に腰を上げた。「逃げ腰だな」と口にした。

「しかたないだろ。こんな」

「逃げ腰。弱った心」

 女は小声で呟くようにそれらを並べた。みさやには情けなさもあり耳が痛い。

 しかしその声には、優しさや温もりがあるようにも見て取れた。

「前を向け。未来に生きろ。お前は何がしたい」

 みさやは黒虎の文字が刻まれた仲間の認識票に目を移すと、渡すことをやめて(大事にしようと考え)、届けると決めてポケットにしまった。録音機も持っていようと決めた。

 女は見下ろす形となっていたが、ふたたび彼の前で屈んだ。

「足を出せ。治療の続きをする」

「もういい。そのくらいは自分でできる。専用の医療キットを持っていなかっただけで」

 聞く気がないらしい。ここまでやった。やるなら最後までやりたいのだろう。女はバックパックではなく妙な鞄でもなくタクティカルベストから細長いものをすっと取り出す。

 注射器のようだった。見覚えのないものだ。

「待て。何をしている?」

「麻痺は取り除いた。でも受けたダメージは」

「だからそれはなんだ?」

「え? ああ。COF。刺激薬」

「刺激薬」みさやは女の持つそれを見ながら言う。

「知らないのか? 体の回復を手伝ってくれる。これで、徐々に動きやすくなると思う。でも、効果が切れる頃に視界がぼんやりする。少し喉が渇く。あと、お腹も減る」

「いいか?」と女は確認するように問う。みさやは同意のため頷いた。

 刺激薬であれば、脚に打つ必要はない。けれども、それは右脚に刺された。

「今後、使うことがあるかもしれないから言うが、ゲームの中だからといって、乱用はするなよ。ほかの刺激薬も、便利なところはあるが」

「いい話は聞かない。だから俺は使わない。使うとしても、もう少し勉強してからにする」

 女は微笑むわけでもなく彼を見ていた。それから、使用済みの注射器を瓦礫に投げ捨てると、黙ったまま考え事をしていた。

「立てるか?」

 涼しい女の声は、『共に回収地点へ向かおう』と言っているようだった。

 

 走れるようになった。それだけでまだまだ長いと感じていた帰り道が短くなったように彼は思えた。いつ命を失ってもおかしくない場所とは別れて、非戦闘地域に戻る。

 この気持ちの変わりようは、一人ではなくなったのが大きいのだろう。しかも、女が身につけている装備はけっして安い装備には見えない。心強い。もちろん、装備がいいからといって、腕がいいとは限らない。この『WAVE』の世界で「女」というのも、なんとも。

 二人で慎重に、回収地点にはまっすぐ進んだ。刺激薬COFのおかげで体の回復も完全に行われた。COFはただその場で回復する薬とは違って、効果が続く限りはその状態でいる。

 一度麻痺となった部分は、繰り返し麻痺となる可能性が高い。現状、みさやは健康ではなかった。つまり街に戻れば医師に診てもらうなりして、異状がないよう治さないといけない。今後の戦いのために。

 何事もなく、帰還できればよかった。そう容易くはない。

 厄介としか思えない新たな敵影を発見する。

「なんだあれ? 強化ネズミか?」

 みさやが目にしたものは宙に浮く物体だった。二体いる。

 片方は兵器という言葉が似合う見た目をしていた。一言で言うとロボットだ。よく目立っている機関銃が二つ、左右の胸の辺りにある。頭部らしきものがあり、頭部を含めた全体の形は丸みで、細部についてはアニメでも見るようなごつごつとした重みのある形状をしている。

 大型。『象』と分類されるものに見える。レベルは不明。動きが鈍いようには見えない。

 あの銃で撃たれたらと想像すると。

「中型。熊レベル二」女は横で観察している。

「中型か? 象。大型の強化ネズミに見えるが」

「いや、おそらく中型。そしてレベル三ではない」

「じゃあ、あっちの女は?」

 みさやが次に尋ねたのは、人間の女のように見えた。人間に見える――しかし見た目はやはり機械的で顔の半分がわからないようになっている。顔は口元だけが見える作りだった。

 それはまるでボディスーツを着た女性のようだった。子供ではなく大人であり、体つきが女性らしさ、体の輪郭がはっきりとしている。細長い腕に手、腰回り。脚は太ももはあるが、その先がない。武器らしきものは見当たらない。

 浮いているからだろうか? どことなく、水族館の水槽などで見かけることのできる、クリオネのようにも思えた。または伝説の人魚か?

 女は何も言わなかった。みさやも「あれ」を見るのは初めてで、答えようにも迷う。

 彼はひとまず方針を決めようとする。「遠回りするしかないな」

 それが最善だ。余計な戦闘は避けて、危険を回避することは非常に大事である。

「いや、このまま進もう。他の方法も安全とは限らない」

 彼には「進む」とは、どういうつもりなのかわからなかった。

 みさやは、この短時間で変わるわけがないであろう事態を再確認してから、最終的には無理だと考える。いや。無理だろ。冗談だよな?

「や」

「うん?」

「やんのか、兄弟」

 女は間を置いたが、微笑んだ。「やんだよ。兄弟」

 自信のある態度を取る割には女の計画は至極単純なものだった。みさやが強化ネズミにわざと発見されるように現れる。そこで女が隙を狙い、仕留める。

 聞かされた時は、これほど無謀な作戦があるだろうかと思った。

 女は続けて言った。お前はリストに載っていない。だから撃たれない。あれの狙いは私だ。

 リストとは何であるのか彼は聞きそびれる。『あれ』が何であるのか、知っているようだった。女は主要武器として持っていたサブマシンガンで戦うのではなく、ホルスターの銃でやるようだ。それは、SFに出てくるような見た目の黒い銃だった。そっちを意識した。

 わざと見つかればいい。それだけでも、彼は緊張して、もうどうにかなりそうだった。この作戦は、成功するのか。自分は姿を見せるだけであり。相手を信じるしかない。

 よくよく考えると名前も知らない相手を信じようとしている。出会ったばかりだ。本当なら疑うべきだろう。あそこで助けたのも。

 だが、彼は彼女を信じてもいいように思えた。それは相手が美人に見えたからか(彼の目にはそうだった)。どこかで、騙されてもいいかなと。もしくは。

 みさやは注意不足のために小石を蹴ってしまう。宙を浮く兵器は睨んだ。

 もう隠れようがない。彼は両手を上げて、姿を見せることにする。心の中で「撃つなよ。撃つなよ」と繰り返した。

 どうやら、予想は外れたらしい。

 丸く大きな兵器、二つの機関銃がゆっくりと動き出した。

 ウソだろ? やるなら、はやく――。

 すると、強化ネズミが突然体の向きを変えた。動く不審な影を感知したらしい。

 機関銃は凄まじい音で撃たれるが、影には追いつかない。

 したがって、女の放った弾丸は相手の頭部の装甲を撃ち抜いた。

 女はすぐに銃口をもう一人の方に向ける。

 相方と比べて変に動きの少ない、脚のない女はなにもできないようだった。その不思議と色っぽい口元が動くわけでもなく。そこから、ただ姿を消す。

 機関銃で撃たれた場所が風もあり音を立てている。威力は、この辺りにある建物をあっさり壊してしまうだろう。

 女が強化ネズミに近付いていく。周りを回る様子は何かを探しているようだった。

 種別を知るために、女は強化ネズミの認識票を探していたらしい。

 熊レベル二と刻まれているようだ。中型だ。

 みさやは言った。「撃たれそうになった」

「撃たれはしなかった。ああ、でも、バレてた(・・・・)かな」

 作戦は成功。その拳銃、SF銃には(彼はそう呼んだ)中型を容易く倒せるほどの威力があった。偶然機能が停止した。そう考えるには実にスマートに終えた。

 長居はよくないと、移動を再開することになる。話したいことがあったとしても。

 音でネズミが寄ってくる。

 そのあと回収地点には、問題なく辿り着くことができた。一見では何もない場所ではあるが、そこは戦闘地域『廃都』から非戦闘地域に戻れる回収地点で間違いはない。一人となって目指した。

「アッ」彼は苦しげな表情と一緒に漏らし額を押さえる。

「どうした?」

「ドンピシャ。丁度だな。薬の効果が切れようとしてる。あと、なんだろう? やっぱ刺激薬だからか? ちょっと気分がわるい」

「なら、さっさと戻らないと。ここは安全ではない」

「ああ」

 いろいろあった。長かった。薬って、使い方間違えると危ないって聞いたから、避けてたが、やっぱ使えたほうがいいのかな?

「助かった」みさやは独り言のように言った。彼は振り返ってから気付く。「なんだ? どうかしたのか? 町にもどろう」

「私はまだ用事がある。だからここでお別れだ。またどこかで会おう」

「――それなら、最後になまえを」

 みさやはそこで光の粒となり、ようやく廃都を離れることになる。

 

 料理店セルブはこの日客が少ないようだった。寂しさを感じられるほど、テーブルには空きがあり、雨が降っているわけでもないのに夜にしては通りを歩く人の姿も少なかった。

 料理店なのに、隠れ家のようなお店だからだろうか。

「黒虎か。お前まで死ぬとか。……考えられないな」

 どこの国かもわからない、度数の高い酒が入ったグラスを握る彼は、静かに肩の力を抜いている。聞いた話が、想像よりも動揺を与えるものだったようだ。ここにいるとはいえ、もしものことがあったらと思うと、それが事実としても受け止められないのだろう。

 ツガクは少しばかり多めに酒を口に含む。

 みさやは椅子に座り、酔ってはいないであろう彼を見て思うことがあった。伝え方が下手だったか。余裕がないように見える。

「そいつに、感謝だな」ツガクは小さくそう言った。

「ああ。そうだな」

 彼女がいなかった場合、一人で帰還はできなかっただろう。

「しかし、彼女は、プレイヤーなんだろうか?」みさやは考えた。

「えっ?」

「だって、そう、聞いてくれ。俺はあれから治療を受けて、今も彼女を探してる。それなのに、まったくと言っていいほどに、町で見ないんだ。この都市ミーモルで会えるかとも思ったがやはり会えない」

「道理で。お前が、妙にそわそわしてる理由はそれか」

「あの時、ちゃんとお礼を言えなかった。投げやりな感じになるし、帰ってからにすればいい、だから名前だけでも聞こうとして」

 副作用がなければ、もっと効果が長ければ、もっと落ち着いて話せたはずだ。

「で、名前も、聞くことはできなかった」

 ツガクは黙って頷く。グラスの表面を人差し指の腹で叩いた。「SF銃か。それは火器ではなく魔器だろうな」

 彼は喉が渇いているようで酒を飲むと、間を置いてから、小さく息を吐いた。

「たぶん、その女の名は」

「ツガク、知ってるのか?」

「ああ、おそらくな。おそらく知ってる。俺でなくても、他の奴らにでも聞けば、もしかしたら答えてくれるんじゃないか?」

 また会えるのか。みさやは希望を感じる。

「その女はお前だけでなく、似たようなことをやっている。同一人物かはわからないが、名前も分からない女に救われたってのは前に聞いたことがある」

 警戒する姿、引き金を引く姿、廃都を走る彼女が目に浮かんだ。

「そいつは、騒動がある前から『WAVE』ではちっとばかし有名だぞ。お前が言うのと、意味は異なるが、いっとき他のプレイヤーからはNPCだとか言われてた。『WAVE』の自由なチーターとか」

「チーター、なのか?」

 ツガクは首を横に振る。

「お前を助けたという女の名は、おそらく『みゆみふゆ』」

「みゆみふゆ」

「それじゃあわからないか? ならこれでわかるだろ。ガンスリンガー」

「ガンスリンガー? 『ガンスリンガー』それって」

「お前が見たというホルスターにあったSF銃。愛銃は桜花爛漫。用心棒だ」



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