花のような君へ、願いを込めて。
私の彼は忙しい。毎日朝早くから夜遅くまで、働き、働き、働く。誰が見ても多忙と言うに違いないのに、彼はそれに加えて、毎日、昼と夕方欠かさずに私のもとへやってくる。
「会いたくて来ちゃった。」「元気貰いたくて。」
屈託のない彼の笑顔に、「無理しなくていいよ」と言いたいのを飲み込み、微笑む。本当は疲れてるだろうに、休みたいだろうに。でも私の大好きな顔で笑う君を見ると、つい甘えてしまう。彼には言えないが、本当はとても嬉しい。毎日退屈な私にとって、彼が会いに来てくれることは唯一の楽しみだった。
今日出会った小さな幸せの話、ちょっとの会社の愚痴。毎日彼の口から話題は尽きない。私は彼のそんな話を聞くのが大好きでたまらなかった。
夕方、ひと通り話した彼は、いつものように、疲れと名残惜しさを混ぜたなんとも言えない表情をする。
「じゃあ、また明日。大好きだよ。」
夕方の去り際に見せるそんな彼の表情が、私は嫌いで、大好きだった。
彼が帰った後、私は何をする訳でもなく、ぼーっと前を見据える。また明日、お弁当を食べにやってくる彼と会うのが待ち遠しい。私は重たい瞼をゆっくりと閉じた。
12:45 いつもこの時間ぴったりに来る彼が、今日は来ない。事故にでもあったのではないかと不安になったが、それは杞憂だったようだ。
13:00 彼が私のもとにやってきた。彼の目の下にはクマができ、目は赤く腫れていた。泣いたんだろうか、昨日の夜からずっと。寝る間も惜しんで。仕事で嫌なことがあったのか、あるいは。
「ごめんね!ちょっと遅れちゃった。」
彼は私と目が合うと、目を素早く擦り、屈託のないいつもの笑顔を演出する。
「今日この目で仕事行ったら、休めって言われちゃった。」
頬をかきながら口角を下げて笑う彼に、「無理しなくていいいいよ」と、「あなたが泣くと私も悲しいよ」と、そう言ってあげたい。でも彼には言わなくても伝わるようで。
「うん、心配かけてごめんね。」
彼は涙を滲ませながら、私の頬を撫で、涙をすくった。
「さあて!とりあえずお弁当でも食べようかな!」
自作のお弁当を取りだし、私の前で美味しそうに食べる涙目の彼が、どうしようもなく好きで、大好きで。「大好きだよ」と伝わるように微笑んだ。
13:30 いつもは彼がお昼休みに私のもとへやって来て、お弁当を食べて帰っていくから、私のお昼寝の時間だった。眠いなと思いつつも、彼の楽しい話を聞きたいなと思う。それでも、やっぱり眠気には逆らえないようで。彼もそれに気がついたのか、微笑みながら、私の瞼に、大きくて暖かい手をそっとのせる。私の瞼は、その心地よい重さに抗うことなく、ゆっくりと閉ざした。意識が遠のく中、私の手の甲に、冷たい何かがのった。
私が目を開けると、夕方だった。
16:30 彼の姿はない。帰っちゃったのかなと、少し寂しくなりながら、今日の彼について考えていた。昨日の帰りは元気そうだったから、帰ってから何か嫌なことでもあったのかな。上司からお叱りの電話かかってきたとか。それとも…あまり考えたくない仮説に思考が及びそうになった時、彼が帰ってきた。
「ただいま!あ。目、覚めた?」
にこにこと、いつもの屈託のない笑顔で私のもとへ近づく彼。なるほど、私の考えは合っていた。
彼の両手いっぱいに咲き乱れる、薔薇。私の大好きな花。覚えててくれたんだ。
「ベタだけど、やっぱり君の大好きな花だから。」
今にも泣きそうな目に、私の大好きな笑顔をうかべた彼に、「ベタすぎるよ」と私も泣きそうになる。
私の前に1度、101本であろう薔薇の花束を置き、片膝をつく。
「101本の薔薇の花言葉。これ以上ないほど愛しています。君が教えてくれたの、ずっと覚えていたよ。」
以前私が彼に言った言葉。
『101本の薔薇の花言葉って知ってる?これ以上ないほど愛しています。なんだって!いいなあ、こんなこと言われてみたい!私にプロポーズするときはこれでよろしく!』
冗談半分、半分本当の気持ちで言ったあの言葉は、3年以上も前に彼にぽろっとこぼした言葉だ。
「覚えてなくても良かったんだよ」嘘だ。本当は覚えてくれていて嬉しい。涙で滲んだ視界をどうにかしたくて、重い瞼をゆっくり閉じて、開ける。
「僕と、結婚して下さい。」
真っ直ぐ、私を見据える彼の笑顔は涙でぐしゃぐしゃだけど、やっぱり大好きなあの花のような君の笑顔。
プロポーズの言葉とともに、私の左手の薬指にそっとはめられる綺麗な指輪。彼が一生懸命選んでくれたのだろう。彼が私の左手を目の前に持ってきてくれる。素敵だなあ、こんなにいいものを。彼に申し訳なく思いながら、指輪と彼の顔に目線を交互する。
「失礼します。」
サプライズとでも言うように、彼の入ってきた扉から、白い服の人達がぞろぞろと入ってくる。彼らとは別に、スーツを着た父と母もいた。
ああ、いよいよかと、覚悟を決める。
「大好きだよ。」と、父と母の声が聞こえる。
「愛してるよ。」と、彼の声が聞こえる。
十分すぎるほど伝わっているよ。
「私も大好きだよ、愛してるよ、3年間ありがとう」と、伝わっていたらいいなと心から思う。
せめて最後は笑顔で終わりたかったなと、大粒の涙を流しながら上がらない口角をあげたような気になって、ゆっくりと瞼を閉じた。
植物状態になってからの約3年間、君のおかげで私は、花が咲いたような鮮やかな日々を送れたよ。
君がこれからも、花のような笑顔を浮かべて生きていけますように。
花のような君へ、願いを込めて。
2週目は、きっと1周目よりも悲しい物語。