ミノタウロス
アクレスを作り、アクレス用の鞘を作り、残すは代わりの剣を作るのみになってから3日後。
代わりの剣も作り終え、残りは街から出るだけとなった。
「今回はちゃんと鞘も作ったし……もう旅に出られるはず……っ!」
あ、でもその前に一旦鑑定しておくか。
銘:なし
スキル:金剛
称号:なし
うん。普通だ。
いや、スキルが一つあるから充分だ。
しかも使えるスキル。
そして、名前や称号が無い。
称号はしょうがないとして……
「名前はどうしようか?」
正直、わざわざ名前をつけるほどでは無いと思う。
だが、毎回代わりの剣なんて呼ぶのは、なんだか呼びづらい。
「何かしらの名前をつけたいな……」
名前というか……分類的な?
例えば、合金剣とか。
そういう感じで、いい名前はないか……
「層になってるから層剣……はないなぁ……」
かと言って、金属を混ぜた訳では無いので合金剣もない。
「まあ、シンプルに層状になってる剣だから、層状剣でいいか」
今度、別にいい感じの名前を思いついたら変えればいい。
「じゃ、荷物をまとめて町から出るか」
家は……そのままでいいか。
またいつか帰ってくることがあれば、その時に帰れる家があった方がいいもんな。
ただ放置しすぎて埃や蜘蛛の巣まみれになるだろうが……
ま、それは掃除すればいい。
そう考えて、念のため部屋の隅に置いてあるバックパックの中を確認して、今度こそ旅に出られるかを確認する。
「食料もある。 水も水筒もある。 あと……」
足りないものは……ないな。
「よし。 それじゃあ、行くか」
そう呟いて家から出る。
「こうやって王都をゆっくり歩くのも久しぶりだな……」
なんせ、ここ1年近くは生活に必要なものを買って、すぐ家に帰ってアクレスを作っていたからな。
こうやって、この王都を観光するように歩くのは随分と久しぶりだ。
「1年前と比べると、この王都も結構変わったように見えるな」
普通に生活していれば、そんなこと感じないかもしれないが……
俺はアクレスを作ることに集中してたからな……
生活に必要なものを買ったらすぐ帰る。
そんなふうに、1分1秒も無駄に出来ないとばかりに走っていたからな。
1年前と比べたり、少しの違和感を感じながら歩いてしまう。
そうやって歩いて、王都を出る門まで行く途中。
本来なら何も起こらずに門から出て、どこか旅に出るだけだ。
だが、そうならなかった。
突然、爆発音がした。
爆発音がした方へと目を向ければ、冒険者ギルド辺りで巨大な火の柱が立っていた。
何かが爆発した程度では起きない火の柱。
しかも、火が広がること無く、一点を燃やし尽くすように燃えていた。
(これは……明らかに誰かからの攻撃だな……)
スキルか魔法かは分からないが。
助けに行くか……?
「いや、冒険者ギルドだ。俺の力なんてなくても、なんとかなるだろう」
冒険者ギルドにはランクがあり、一番下がG、一番上はSとなっている。
GからSにいけばいくほど、少なくなっていく。
Aランクはまあまあな人数がいる。
だが、Sランクともなると、世界中でたった20人と言われている。
そんなSランクの人は基本1つの国に縛られず、転々と色んなところに行っているため、会えたらとてつもない幸運とまでいわれている。
王都の冒険者ギルドでは、Sランク冒険者はいないがAランク冒険者が5人いる。
それもSランクに限りなく近い実力があると噂されている。
それに対して、アクレスの制限の解除方法がまだ謎な自分は、とても戦力にはならないだろう。
層状剣を使ったとしても、剣の扱いが上手いわけでも、強い訳でもない。
やはり、危険なことに首を突っ込まず、知らぬふりしてさっさと旅に出る方がいいだろう。
でも、そんなことでいいのか?
俺のしたいこと……人助けをするなら、多少の危険も承知だろ?
落し物をを探すのを手伝うかもしれないし、盗賊に襲われているところを助けるかもしれない。
危険か危険じゃないかなんて関係ない。
少しでも人のために何かをしたいのだ。
「行ってみよう」
とにかく、冒険者ギルドの方に走る。
「バックパックが邪魔だな……」
まだ、たいして進んでいないため家にすぐ帰れる。
一旦、家に帰ってバックパックを置いてから走った方が早いか。
そう考えて、家に向けて走ることにした。
扉を開けて、バックパックを置く。
「急いでギルドまで行くぞ!」
家に帰ったりしていたから、もう犯人を捕まえられたかもしれないが、一応行った方がいいだろう。
力にならずとも、少しでも何かしたい。
さっきの冒険者ギルドへの攻撃は一点を狙うようなものだったが、近くの建物を巻き込んでいないとは限らない。
それで誰かが瓦礫の下敷きになっているかもしれない。
俺は戦力にならないから、そういう人を助けに行きたい。
なんてことを考えながら走っていたら、冒険者ギルドに着いた。
建物が何も壊れてない……
杞憂だったかと思ったが……
「っ!」
目の前にいるあれは……3メートルくらいの巨大な牛のような姿をしている……ミノタウロスか……
ミノタウロスが手に持つ巨大な斧による攻撃は、鉄のフルアーマーですら原型を保てない。
冒険者にランクがあるように、魔物にもランクがあり、ミノタウロスはBランクに近いCランクだといわれている。
そんなやつがなぜ王都の中にいるのか……
それにさっきの炎は恐らく、魔法によるものだろう。
ミノタウロスは魔法が使えない。
となると、他に誰かいる……
「っと!」
ミノタウロスが斧を振りかぶってきた。
なんとか当たらなかったが、その衝撃によって地面が割れる。
「とんでもない威力だな!」
こちらも剣を抜く。
ただし、使うのは層状剣だ。
何となくだが、アクレスは使えない。
そんな気がする。
層状剣を構える。
あくまでも構えるだけ。
自分が攻撃したら剣がいいから切れるだろうが、それでは武器に振り回されてしまう。
それに俺は剣の扱いが上手いわけではない。
それだと、俺が先に死んでしまうだろう。
故に、構えて、待つ。
これなら、剣の扱いが酷くても、相手から攻めてこない限り何も起こらない。
もし、攻めてこられても、攻めるより守る方が簡単だ。
とはいえ、実力差が大きすぎる。
「これで時間稼ぎができればいいな……!」
ミノタウロスは様子を伺うように攻撃してくる。
「まだ……まだなんとか持てる……」
しかし、時間の問題だ……
そうして、数分後……
「そこの人ー!」
声がした方へと振り返る。
そこには俺と同じくらいの歳のひとがいた。
「ちょうど、依頼をやりに行っていて、Aランク冒険者もBランク冒険者もいないから、早く逃げたほうがいいぞ!」
なっ……!?
それじゃあ逃げるしかないのか!?
でもここから離れると逃げ遅れた人が狙われ……
「あと、もうここら辺に人はいない! あんたが戦ってくれてたおかげで逃げられた!」
そうか……ならここからと、言いたいが……
今、背を向ければ殺される。
ミノタウロスはデカいが、その巨体に対して走る速度があっていない。
全力で逃げようが、簡単に追いつかれてしまう。
声をかけてくれた人と一緒にこの場から逃げようとしても、2人とも殺される。
どちらが早いか遅いかくらいしか差はない。
「誰か戦える人が来てくれれば……」
とはいえ、Cランク冒険者が一人来たところで何も変わらない。
Bランク冒険者かCランク冒険者のパーティーならなんとかなるかもしれないが……
それにすでに、俺の体力はない。
受け流すなんて高度な技を持っていないため、とにかく逃げ続けるしかないのだ。
そうして、走り回ってるうちに体力が切れた。
鍛冶の仕事は体力がつくが、戦うためのものじゃない。
あと、もって1分だ。
Dランクくらいの冒険者なら近くに3人いる。
だが、誰も戦おうとしない。
当然だ。
相手はBランクに近い力を持っている。
Dランク冒険者では手も足も出ない。
逃げ回るくらいはできるだろうが、命を懸けたものになる。
誰もそんなことしたくないだろう。
そんな俺も、実力的にはDランクくらいだが、ここで逃げれば他の誰かが犠牲になってしまう。
そんなの、見過ごせるわけが無い。
だから戦う。
俺の場合、ただ逃げ回っているだけだが……
何もしないよりマシだ。
「にしても……王都なんだから騎士とかこないのか!?」
もう……いい加減キツイぞ……っ!
「あっ……」
やばい……転んだ……っ!
ミノタウロスはそんなのお構い無しに攻撃してくるわけで……
「GAAAAAAAAA!!!!!!!!」
層状剣を掲げて防ごうとする。
けれども、こんなことしたって力の差がありすぎる。
潰されておしまい。
(ここまでか……)
なんて思っていた。
だが……
「危なかったー!」
顔を上げる。
金属が擦れる音がした。
ミノタウロスは斧を大きく振りかぶったようなポーズをしている。
恐らく、弾かれたのだろう。
そこには美しい白髪の少女が居た。
その長い髪をくくっていないため、髪に隠れてその顔は少ししか見えない。
でも、その少しだけで分かる。
綺麗、美しい、可愛い……
どんな言葉も安く感じてしまう。
そこに自信や希望で輝く、透き通った水のような瞳。
その目を見るだけで、どんな絶望的状況でも何とかできる気がする。
彼女はこちらへ顔を向ける。
「大丈夫?」
満面の笑みと共に、そんな言葉をかけられた。