発覚
「やったー、かったあ!」
「はいはい、負けましたよ」
彼女が俺の部屋に来てから数日が経ったある日の事。俺はメイとトランプゲームをして遊んでいた。
その日、やや遅めの昼食をすましてから俺がぼんやりとテレビを眺めていた時に、どこからか発掘してきて、「これなあに!」、「とらんぷ!なにそれ!?」、「やってみたい!」と質問攻めを受けた後、現在まで強制的に付き合わされている。
「もういっかい!」
「もー、疲れたからやだ」
「えー、なんでよう」
「なんでも」
遊び足りないらしく、メイはだだをこねる幼稚園児のようにしつこい。そんな彼女をあしらいつつ、仰向けに寝っ転がる。強硬体制に入った俺をメイがカードの束を握りしめたまま恨みがましく睨みつけている。
何種類かのルールの中でも彼女は神経衰弱がお気に入りの様だった。最初の一回目は俺の圧勝だった。メイは出たカードの種類が理解できていないようで、俺はそんな彼女にほくそえみながらもたまに手心を加えつつも、大差で勝利を収めた。
しかし二回戦となった時に異変が起こった。メイは一度開いたカードを必ず当ててくるようになった。今まで何回か見せられているメイの吸収力、成長性能がトランプにもいかんなく発揮されていた。
それからは連戦連敗。俺も記憶力にはそこそこ自信があるのだが、それでもメイにはかなわなかった。だって、どんなに時間を置いたカードでも絶対に忘れないのだから。
「ね、おねがいおねがい」
しかしそんな勝負にならない勝負でも俺に勝つのが嬉しいらしく、先ほどからこうして何度も再戦を申し込んでくるのだ。
「そんな顔してもだめ。ほら、テレビでも見てなさい」
もう何回やらされたか全く思い出せない。さすがの俺も疲れて付き合いきれず彼女の誘いから身を守るように壁を向くと、メイが俺の肩をゆさゆさと揺らす。
「だってテレビつまんないんだもん」
「そんなことないって」
尚もしつこいメイに俺はそっけなく返事をする。
「ねえ、もういっかいもういっかいだけ」
声音に悲しみをにじませながら懇願をするメイ。しかし、何度も同じ手には乗らない。さっきまでもこの庇護欲をくすぐる作戦に何度も騙されてきたのだ。俺は口をきゅっと引き結んで無視を決め込む。
「しらんぷりしないでよお」
「……」
「えーん、たかゆき」
「……まったく、あと一回な」
「わーい!やった!」」
俺を陥落させることに成功し、メイはパッと表情が明るくなる。まるで大泣きしていた赤ん坊が次の瞬間には笑ってた時みたいだ。言いようのない敗北感を感じながらテーブルに広がったカードをまとめていると、ピンポンと部屋のインターホンが鳴った。
「ん。ちょっと待っててな」
「むー」
楽しみを邪魔されたことでメイは不満そうだ。風船のような頬になっている彼女を横目に玄関へと向かう。特に宅配便も頼んだ記憶もないし居留守を使ってもいいのだが、もしかしたら何か大切な用件かもしれないので念のため応答しよう。そんなことを思いながら扉を開けると、そこには宏太が立っていた。
「あ、出た。孝之ー、心配したよ」
「こ、宏太、お前、急にどうしたんだよ」
「おっすー、わたしもいるよん」
ドアの陰からゆりえもひょっこりと顔を出してきた。突然の友人の来訪に俺は動揺を隠せない。
「なによ、思ったより元気そうじゃない。心配して損したわー」
「だから、いったじゃないか。ゆりえさんは気にしすぎなんだって」
「まあ、そうね。でも孝之、あんたサボるにしてもげんどってもんがあるじゃない。一週間まるまる欠席するのはどうかと思うわよ」
「それに、安心してよ。出来る限り代返はしておいたからさ。さすがに点呼取るクラス授業はどうしてもできなかったんだけど」
「あ、ああ、ありがとな。おかげさまで、元気になったぞ」
軽口の中に二人の優しさを確かに感じ、俺は心の中で素直に感謝した。しかし、それとは別の懸念が俺の脳裏を駆け巡っていた。顔は不自然に強張り、喉はカラカラに乾いているのに背中は嫌な汗でこれ以上ないくらいに湿っていた。
「そ、それで、用件はなんだっけ?」
「だから言ってるじゃんか、孝之のお見舞いだって。それにさ、ほら」
苦笑交じりに応えながら、宏太は右手を肩の高さに掲げる。そこにはずっしりと膨らんだ大きめのビニール袋を提げていた。
「万が一、孝之が外に出られないくらい参ってたらって思って、差し入れを買ってきたんだよ」
「まじか、それはありがたい」
「でもさー、孝之こんがなに元気なら買った意味なかったわよねー、あんたどうしてくれるのよ」
「い、いや、じゃあ、金は払うからさ、いくらだった?」
「うーん、なんかそれも違う気がするのよね……あ、じゃあこれから孝之の部屋で快方祝いをしましょうよ!」
ゆりえから悪魔の提案がなされた。当然ながら、それを許容するわけにはいかなかった。理由はもちろん、俺の部屋には今二人の知らない同居人がいるからだ。しかも、その人物はうら若き少女で、それがうら若き大学生の俺と一緒に住んでいるということが知られればどんな風に言われるかわかったもんじゃない。
「ごめん、今日は無理だ」
「へ?なんでよ」
当然、断る。当然、理由を聞かれる。当然、言えるはずもなかった。
「まあ、何というかさ、今はその、ちょっと立て込んでるんでな」
「立て込んでるとは?」
「まあ、ちょっとな」
「あ、もしかして誰か部屋に来てるの?」
「いや!そういうわけでもないんだけどな」
宏太が鋭い質問を投げかけてきて、俺は咄嗟に否定する。まさか今家に、銀髪の少女が来ていますと言えるわけもない。
「だったらいいじゃないか」
「あー、だめだ!そ、そう!部屋に人を呼んでてな」
「さっきと言ってること違うじゃない」
「気のせいじゃないか?」
「なんか怪しいわね……」
しまった、人が来ていると適当に嘘ついていれば二人は帰ってくれたんじゃないか。正直俺は昔からあまり嘘や口喧嘩が得意じゃなくて、それがこの絶体絶命の状況でも出てしまっていた。しかし、今更撤回しても信じてもらえるわけもなかった。
募る焦りに引っ張られるようにして、なんとなく背後を確認すると、リビングの陰からメイが不安そうな顔でこちらを見ていて、その光景に危うく発狂しかける。しかし、幸いなことに宏太とゆりえはまだ彼女の存在には気づいていないようだった。
「宏太ゆりえ、ちょっとだけ!一旦、待ってくれ!」
「あ、ちょっと」
二人の返事を聞き終えるより先に、強引にドアを閉め、鍵をかける。
『おーい、何鍵かけてんのよー』
『孝之ー、さすがにひどいってー』
ドアの向こうから聞こえる能天気な恨み節を振り切って、大急ぎでリビングに戻る。心細そうな表情のメイに迎えられる。
「たかゆき、なにしてるの?」
「まあ、ちょっとな。でもすぐおわるから、もう少しだけここでじっとしててくれ」
「う、うん。わかった」
相変わらずメイの表情は晴れないが、今の俺にはじっくり彼女を元気づけてやる余裕はなかった。メイの頭にポンと軽く触れてから、俺は玄関に戻る。さっきかけた鍵を開け、代わりにチェーンロックをかけてドアを開ける。
「あ、なーんだ、もしかして部屋の片づけをしてくれてたってこ……って、なにチェーンかけてんのよあんた!」
「あ、ああ、別に深い意味はないから気にしないでくれ」
「気にするわよ!もう、開けてよ」
「ほ、本当に今日はダメなんだって」
「だからなんでダメなのか教えなさいよ、納得すればすぐ帰るから」
「それは、言えない」
「なんで言えないのよ」
「言えないもんは言えないんだ!」
「なによそれ……ちょっと宏太、ドア持ってて」
「うん、ゆりえさん、お願い!」
謎の信頼感を感じさせる連携でドア役を宏太にバトンタッチする。そしてゆりえは開いた手を隙間から腕を差し込んでチェーンを直接開けようとしてくる。あまりにも強引なゆりえに俺はドアを思いっきり占めてやろうかと一瞬考えたが、さすがに女性の細腕にそんなことが出来るわけもなかった。
「うー、難しいわね、どうなってるのこれ」
「ほんと、まじで今日はだめなんだって!」
ゆりえの手の中でチェーンがガチャガチャと音を立てる。もしかしたらチェーンが外されてしまうんじゃないかと思い、彼女の手を引き剥がそうとする。
「もう、いい加減にしないと、大きな声出すわよ!」
「ふざけんな!どう考えても俺が被害者だろうが!」
「だったら、入れるか白状するか、きちんと誠意の、ある対応を、しなさいよ……」
しばらく攻防を続けていると、さすがにゆりえも疲れてきたのか、手の力が弱まっていく。この調子ならあと数分で彼女は力尽きるだろう。隣の宏太もほとんど戦意を喪失しているようだし、この窮地は何とか乗り越えることが出来そうだ。
正直、心配してわざわざ来てくれたのは事実だし、さっきも俺が一方的に締めだしたりしてしまい罪悪感は感じるが、それでも今日だけは二人を家に入れるわけには行かなかった。俺が苦渋の想いで最後の力を振り絞っていると、背後から聞こえてはいけない声が聞こえてきた。
「たかゆき……だいじょうぶ?」
「お前……じっとしてろって言ったのに……」
「……え?」
もはや言い逃れのできない状況に、俺は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。宏太とゆりえが茫然とした様子でメイの事を見ている。俺はもはやそんな二人の視線を遮る気力はなく、がっくりと床にひれ伏していた。