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外食

「わー、すごい、いろいろあるんだね!」

「まあな」

「あ、あっちには

 初めての外出に小躍りしているメイと駅前を二人で並んで歩く。

 俺の最寄り駅はローカル駅にしては栄えている。広いバスロータリーを囲むようにして飲食店や書店、雑貨屋、ドラッグストアなどが軒を連ねている。メイの服を買ったアパレルショップも同じ並びにある。

 電車に数駅揺られればより大きな繁華街に出ることはできるが基本的にはこの町で事済んでしまうし、それに駅から少し歩けば閑静な住宅街で、賑わっている町にありがちな住みにくさというものも全くない。

 大学で一人暮らしををするようになって移り住んだこの町は、まだ長い付き合いとは言えないが、何がどこにあるかはもうほとんど体が覚えていている。

 しかしそんな馴染みつつある土地が、今日はひどく居心地が悪かった。理由はわかっていて、それは俺の今まで生活になかったメイの存在である。

 ある程度予想はしていたが、メイはものすごい目立っていた。平日の昼間ということもあり人通りは多くはないが、それでも買い物をしている人とちらほらとすれ違う。そして大げさではなく通りすがる人は全員、メイの姿を見ると好奇に満ちた視線を向けてくる。それは浮世離れした髪色だったり、とんでもなく整った容姿のせいだったり、何でもないものにもいちいち子供のようにはしゃいだりする子供っぽさなど原因はいろいろある。

 俺は割と人目を気にするタイプなので正直、肩身が狭い。目立つ人間の側にいる者は否応なく自身も評価にさらされるものである。「あの子すごく可愛いけど、となりにいる男はださいんだな」とか「二人はどういう関係なんだろう、まさか恋人ではないでしょ」とか、思われてる気がしてならない。まあ、実際はそんな深い意図はないんだろうけど。

 考え事をして歩いていると、ぐうっとお腹が鳴るのを感じた。スマホを確認すると時計は午後の一時を半分周ったということろだった。考えてみれば朝食を取ってから、買い物だのをしててそれ以降は何も食べていない。

「なあメイ、お腹減らないか?」

「うん、へった!」

 メイの快諾を頂いて、俺は辺りを見回して適当な飲食店を探す。特にあてもなく探すと、交差点を渡った所に喫茶店を見つけた。

「よし、あそこにしよう」

「はーい!」

 何が嬉しいのかメイは手を挙げて返事をする。隣を歩いていたサラリーマン風の男がびくっと驚くのが見えて、とりあえず心の中で謝っておいた。

 横断歩道を渡って、店の前に到着するとウイーンと自動ドアが開く。店の中に入ると、冷房のしっかり効いた涼やかな空気に出迎えられる。

「うわー、すずしい!」

 メイの感激に心の中で同意しながら進んでいくと、にこやかな顔をした店員に出迎えられ、四人掛けのテーブル席に案内される。ピークタイムは過ぎつつあるようで、テキパキと席の片づけをしている店員が見受けられた。

 メニューを開くと、パスタやプレートなどのメインディッシュやサンドイッチ、他にはデザートと中々豊富な品ぞろえで、コーヒーや紅茶もいろんな銘柄がそろっていてかなり本格的だ。ちらりとメイの方を見てみると難しそうな顔で悩んでいるようだ。メニュー表とにらめっこするように、口を小さくとがらせながらむーっと小声で唸っている。

「決まりそうか?」

「うーん、いっぱいありすぎてわかんない……たかゆきはなにたべるの?」

「俺はカルボナーラにしようかな」

「かるぼ……?じゃあ、わたしもいっしょのにする!」

「え、いいのか?」

 良くわかってなさそうなメイに俺は思わず聞き返す。飲食店に行った時に同じものを頼むのは個人的になんとなく損した気分になってしまうのは俺だけだろうか?

「うん、たかゆきがすきなものたべてみたい!」

「まあ、いいんだけどさ……すいませーん」

 手近な店員にメニューを伝えると、はきはきとした口調で復唱され、そのままメニューを回収されて代わりに食器と水が運ばれてきた。パスタは出来上がりまでにもう少しかかるようだ。

 手持無沙汰になりスマホを確認すると、ゆりえからメッセージが来ていた。

『宏太から聞いたよー、お大事にね』

 気遣うような内容に俺は嬉しいような申し訳ないような気持ちになる。宏太とゆりえは高校のころから結構つるむことが多かったので、こうして気軽にメッセージをくれたり、俺から送ったりする。二人に比べて俺は少し頼りないというか、受け身な姿勢が多かったせいか、あちらから積極的に絡んできてくれることが多くて、それに俺自身正直助けられてきた部分があった。

 そんな俺がまさかこうして誰かと暮らすことになり、しかも世話みたいなことをしているのに我ながら驚いている。上手くやれてると胸を張って言える自信はないが、それでも二人にはあまり心配をかけたくないよう一人で何とかしよう。まあ、今のこの状況を上手く説明できる気がしないのが一番の理由ではあるが。

『心配しすぎ!ゆりえも風邪には気をつけろよ!』

 メッセージを返し終えて目線を前に戻すと、メイがテーブルの上に組んだ両手の上に顎をのっけて退屈そうにしていた。俺の視線に気づくと恨みがましい目をこっちに向けた。

「むー、たかゆきさっきからずっとそればっかりみてる」

「ああ、ごめん。ちょっとメッセージが来ててさ」

「つまんないよー、おなかへったよー」

 メイが片手でトレイの食器をガチャガチャと音を立てて不満をアピールする。しかし、何と素晴らしいことがそれを見越したかのように丁度完成した料理が運ばれてきた。

「わー、きたきた!」

 さきほどの不機嫌はどこへいったのやら、満面の笑みになる。変わった見た目のメイの子供みたいなリアクションにに店員が苦笑いを浮かべつつ、カルボナーラの皿を彼女の前にことりと置いた。

「おおおー!いただきまーす!」

 目の前で湯気を立てているごちそうにメイはよだれを垂らす勢いで魅入られている。そしてさっそくと言った感じで手を前に出して、瞬時に俺は今日の朝の惨状を思い出した。

 やばい、こんな人前で素手で食べだしたりしたらそれこそ何という恥ずかしめだろうか。

「ちょ……え?」

 ちょっと待てと言いかけた俺は目の前の光景に驚いていた。メイはトレイからスプーンとフォークを取り出すと、それを器用に使いこなし、軽やかにパスタ麺を口に運んだ。

「おいしー!」

 今日一番の笑顔のメイ。気に入って何よりという感想は置いておいて俺は気になることを素直に聞いてみる。

「お前、そんな上手に食器使えるのか?」

「んえ?らっへ、ひょうひゃかひゅきがほひえへふれはんじゃん」

 口にモノを入れた状態でメイがふがふが言うが、俺が教えてくれたじゃんという皆を何とかそこから読み取ることが出来た。マナーについてはおいおい教えていくとして、少なくとも彼女はしっかりと食器の本来の機能を引き出して使っているようだった。

 もしかしたらメイは一度教わった事に対する収集力がずば抜けているのかもしれない。そういえば、気のせいか今日のメイの言葉遣いも最初の頃より流暢になっているように感じる。であれば、これから色んな事が出来るようになって、ゆくゆくは俺が大学に行っている間に一人で留守番をすることもできるようになるかもしれない。

 メイとの生活に希望が湧いてくるのを感じたところで、俺も自分のパスタを頂くことにした。メイと同じように食器を持ち、料理に手を付けようとすると。

「たかゆき、いただきますいってないよ!」

「あ、ああ……いただきます」

 本当に、素晴らしい吸収力だった。

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