自己紹介
「なるほど、それで装置を起動させてしまったというわけじゃな?」
「……はい」
あの後、この場所に来てからの尋問を受けていた。俺は部屋のベッドに腰掛た状態で、デスクに備え付けられたオフィスチェアに座る男に、一部始終を思い出しながらなんとか説明をする。途切れ途切れの要領を得ない内容を男は苛立ちを隠そうともせず、時折ぞんざいな相槌を返す。
そして、メイと呼ばれた少女も隣で静かに俺の話を聞いている……相変わらず、俺の腕に巻き付いた状態で。しかし、先ほどとは違い彼女は白衣を前のボタンをしっかりと留めた状態で身に着けている。恐らく目の前の男の予備の物だろう。しかし、布一枚隔てても否応なく伝わってくる体温に説明をする集中力を乱される。
沸き上がる煩悩を何とか抑えつつ、俺がようやく一通り話し終えると、改めて何かを考えるような仕草をし、やがていまいましげに口を開いた。
「ったく、ワシとしたことが最後の最後でこんなへまをするとは……まあ、悔やんでいても仕方ない。さっきも言ったが、お前にはわしに協力してもらう」
「あ、あの、だから協力とは……?」
先ほど同じことを言われた時と全く同じ返答をする。
「まあ、簡単に言うとな、これからお前にはしばらくメイと一緒に生活してもらう」
「は?」
さも当然の事のように博士は信じられないことを言う。それは、今隣にいる女の事二人きりで、ということだろうか?
ちらりと横にいる彼女を見ると、彼女も俺の方を見ていたらしく、ばっちりと目が合ってしまう。彼女は俺の視線に柔らかな笑顔を返してきた。それに対して俺はどう反応すればいいかわからずに、情けなく目をそらしてしまう。
「え、えっと。まず聞かせてほしいんですけど……この子は一体、誰なんでしょうか?」
「ほう。と、いうと?」
「いやだって、この子は、元々あの機械の中に入ってて……あれは何ですか?」
俺は奥にある装置に指を差す。先ほどまで勢いよく稼働していた装置は、今では嘘のように静まりかえっていて、それが実は夢だったんじゃないかという錯覚に陥りそうになる。
「ふむ、本来、お前みたいな凡人に教えてやる義務もないんじゃが、まあそこまで言うのなら仕方ない、教えてやろう」
「は、はあ、お願いします」
聞かれたことが嬉しかったのか、先ほどとは打って変わって男の声はどことなく軽やかだった。
「ワシの名前は十神玄蔵。天才科学者にして、天才発明家じゃ」
「え……は、はあ」
やたらと誇らしげな自己紹介をされて困惑してしまう。その内容は奇天烈で、まるで小中学生にありがちな痛い妄想の類にしか聞こえなかった。しかも先ほどの俺の質問の答えになっていない。
「なんじゃ、お前がワシの事を知りたいといったから教えてやったというのに、もう少し嬉しそうにしろ」
「いや、俺が聞きたかったのは、あの装置とこちら女の子についてなんですが……」
「彼女は人造人間じゃ」
「はあ、人造人間……って、え?」
余りにも自然に口にするものだから危うく聞き逃してしまうところだったが、住んでのところで踏みとどまる。
「あの、真面目に答えてください」
「ワシがいつふざけたというのじゃ!」
「そんなの、全部ですよ!科学者とか発明家はまだしも、人造人間なんて、信じられるわけないじゃないですか!」
俺がまくしたてるように言うと、男は再び不機嫌な顔になる。
「信じられないじゃと?お前はメイが装置の中から目覚める瞬間を見ていたんじゃろう?あれを一般社会のどんな常識で説明できるというんじゃ?」
「そ、それは……、例えば、誘拐とか」
「じゃあ、あの装置は何じゃというのだ」
「そ、それは……分からないですけど」
まるで起業の圧迫面接のような詰問に俺は徐々に口ごもってしまう。しかし、それでも俺は男の言葉を受け入れることはできなかった。
「でも、そんな馬鹿な話があるわけ――」
「ううん、あるよ」
すると思いがけない方向から返答が返ってきた。俺はその声がした方向に目を向けると、隣の彼女と視線が合い、そしてその口が開く。
「あたしは、めいは、きょう、このばしょで、うまれたの」
俺をまっすぐ見据えるその視線に俺は呼吸すら忘れて見入ってしまった。人間離れした銀色の髪に、完全に左右対称に整った造作、そしてあらゆる汚れを浄化してしまいそうなほどに澄んだ瞳。それは、言葉以上に、理屈以上に、彼女が人あらざるものであるということの証明に思えた。
「う、うむ。まあ、そういうことじゃからな。さすがにお前も信じたじゃろう」
男はなぜか少し戸惑ったような表情を見せたが、すぐに表情を引き締めて話をつづけた。
「ということで、メイの事頼んだぞ」
「いや、ちょっと待ってくださいよ」
強引に話を締めようとする男に慌てて抗議する。
「彼女が人造人間だっていうのはひとまず信じることにします。それでも、なんで俺が一緒に生活しなければいけないんですか」
「それはのう……彼女には刷り込みプログラムなるものが組み込まれておっての」
「刷り込み、プログラム」
咀嚼するようにオウム返しをする。刷り込みという単語から、俺はアヒルなどの雛は生まれてから最初に見たものを親だと認識するという話を思い出した。しかし、そんなアヒルの事情がそっくりそのまま人間に置き換わることなどないだろう。
「お前でも理解できるように言えば、彼女には一番最初に見た人間に愛情を感じるようになっているのじゃ」
「……」
アヒルが人間にそっくりそのまま置き換わっただけのようだった。
「今日という日、偉大なるワシの前人未到の発明が完成するはずじゃった。しかし運が悪いことにワシが少し席を外しているうちにお前が装置を起動させてしまい、さらに最悪なことにメイが最初に見たのがお前だった。それが、今回の顛末ということじゃ」
そう言いながら男は俺の隣にしがみついている少女に身をやり、はあとため息をつく。男のそんな態度を見て、今日自分がしでかした事の重大さを今更ながら思い知る。
「ということで、お前は責任を以って彼女の面倒を見てもらう」
「で、でも面倒を見るって言っても、俺には自信がないです」
「自信があるとかないとかそういう問題じゃないんじゃ。ワシにはお前に対して謝罪と賠償を請求する権利がある。つまりお前は義務を背負ってしまっているのじゃ」
「いや、そう言われても」
いきなり知らない人間、しかも女の事一つ屋根の下で暮らすなんてできるわけがない。なにせ俺は今までまともな女性経験なんてないし、それに金銭的な余裕もない。
「……はあ、何度言ったらわかるんじゃ、この犯罪者め」
「は、はあ!?どういう意味ですか?」
「何じゃ違うのか?住居不法侵入に、強姦未遂。これを犯罪者と言わずして何という。つまり、ワシが今警察に通報さえすればお前はめでたく前科者となる……ワシの言いたいことはわかるな?」
そんな露骨な脅迫に俺は閉口するしかなかった。強姦未遂には異論をはさみたい気持ちだが、少なくとも今回、一番悪いのは俺だ。つまらない出来心で見ず知らずの人間に多大な迷惑をかけてしまっているのはまぎれもない事実であり、それに対しての償いは必ずしなければいけないとは思う。
「まあ、そんな不安そうな顔をするな。ワシも不用心に部屋の鍵を閉めなかった以上、ある程度ワシにも落ち度があると思っておるからの、出来るだけのサポートはさせてもらう」
俺の不安を感じ取ったのが男は以外にも頼りになることを言ってくれた。
「それに、なにも一生ってわけでもないからの」
「えっと……具体的にはどれくらいですか」
「詳しいことはわからんが、まあそれはおいおいな」
なんとなく煙に巻かれたような気分になりながらも、俺の不安はいくらか和らいでいた。しかしそれでも、もう一つ不安なことがあった。
「俺がいいとしても、彼女が嫌がるんじゃないですか?」
「ふん、それだけ引っ付いているメイが、お前の事を嫌がると思うのか?」
言われて少女の方を見る。すると彼女は俺の事をとても愛おしそうな表情で見つめていた。
「と、言うわけじゃ。他に質問はあるか?」
「そ、それでも……」
「この期に及んでまだ文句あるのか?どうせ暇を持て余してるんじゃろ?」
「そんなのどうしてわかるんですか」
「お前の目を見ればわかるんじゃよ。暇を持て余してるくせに、特に何かをしようともしない。そのくせ文句だけは一級品。典型的なクズじゃ」
「……っ」
余りにもな言いぐさに反論しようとするが、図星をつかれて何も言えなかった。それは今日、友人にも同じようなことを言われたばかりだ。見ず知らずの人間にすらそんなことを言われて、自己嫌悪に陥る。
「ねえ、あたしと、くらすのいや?」
自分の不甲斐なさに打ちひしがれていると、とつと少女がそう口にした。その瞳は切なく潤んでいて、俺の良心に訴えかけてくる。
「別に、そういうわけじゃないんだけど……」
改めて見ると彼女はとても整った顔立ちをしていた。すっきりとした輪郭に大きくぱっちりとした二重の瞼に透き通るような瞳。小さいながらもつんと前に伸びた鼻。薄く端がわずかに上がった愛嬌のある唇。典型的な美形。そんな子と、一緒に生活をする。それは、そこまで悲観するようなことではないのかもしれない。もしかしたらこれこそが、俺の求めていた「面白い事」ではないか。
特段の努力もしていない平凡な日常に埋もれていた俺が偶然手にした、新しい生活への切符なのだ。
俺を見つめている少女、メイに小さく頷いて俺は口を開く。
「わかりました。俺に出来る限りで、頑張ります」
「わあい!」
メイが俺の胸に飛び込んできた。彼女の大胆な行動に心臓が跳ねる。そんな俺たちの様子を目の前の男、十神も満足したような表情をしていた。
「話もまとまった所で、お前たちもお互い自己紹介をするんじゃな」
「じ、自己紹介!?」
「これから生活するんじゃから当たり前じゃろ」
「は、はい……えっと、前田孝之、です。どうぞ、よろしく」
急に言われて何を言うべきかわからず、何とも薄く面白みのないことを言ってしまった。
「ふむ。じゃあメイお前も自己紹介じゃ」
十神がメイにそう促す。しかし、メイは黙ったままぼんやりと俺たちを交互に見ている。
「どうした、メイ?」
「……」
そして、一呼吸の沈黙の後、メイが口を開いた。
「じこしょうかいって、なあに?」
ぼかんとした口調で発されたその言葉に、先ほどまでの俺の胸に生まれた期待は瞬く間に不安へと変わっていった。