オルレイン家の騒動
王都クレインベルグの王城にて。
レドの父、アルヴァン・オルレインは思わず目を見ひらいていた。
「レドが、巨大なドラゴンからリコリス殿下を救ったのですか……?」
「左様。我が娘からそのような便りが届いてな」
そう嬉しそうに微笑むのはジェフティム・メイヤー。
ここ王都を治めている大賢者であり、聖女リコリスの父である。
「お言葉ですが陛下、なにかの間違いではないでしょうか。レドは才能開花の儀でスライムすら倒せず……そのせいで私は大変な恥を」
「つまり、お主は、わしの娘が、召喚魔法を使って、わざわざ嘘の便りを届けた。そう言うのじゃな」
うつむくアルヴァンにジェフティムはずんずんと詰め寄った。
「め、滅相もございません!」
厳つい顔を向けられ、アルヴァンは冷や汗を浮かべている。
「……まぁよい。お主の息子に娘は救われたのだ。して、娘からは『レドくんに専属騎士見習いになってもらった!』と聞いておるが、お主はなにか聞いておるかのぅ」
「レドがリコリス殿下の専属騎士に!?」
ジェフティムの低クオリティな物真似に突っ込むことなくアルヴァンは驚嘆した。
さっきから告げられる内容は、アルヴァンからすれば天変地異も同然だった。
スライムも倒せぬ無能と追い出した輩が、矢継ぎ早に功績を成しているのだから。
「見習いじゃよ。その様子だとなにも聞いておらんな」
「そ、そのような大役をレドなんかに任せてもよいのですか!?」
「なんかとは随分辛辣ではないか。わしは娘を信用しておる。それとも娘の騎士をさせるのは不服か?」
「い、いえ……私はただ、レドの不始末で殿下にもしもがあれば、陛下に顔向けできないと思っただけです」
「はっはっは、それは心配いらんじゃろ。昔からリコリスは人を見る目はあったからな」
本音を言えばアルヴァンの心配事はリコリスの身ではなかった。
陛下のレドの買われっぷりを見るに、早急に手を打たねばなるまい。
「しっかし、なぜレド君は王都から離れた場所にいたんじゃろうな。才能開花の儀が終わったその日にあんなところで娘と出会うとは。おかげで娘は助かったんじゃが」
アルヴァンがもっとも怖れた台詞が。
ジェフティムの口から発せられた。
「まるで“外れスキルを得て追放された”ようじゃよ」
全身でだらだらと冷や汗を流すアルヴァン。
「まぁさすがのお主もそんなことはせんよな。なにせレド君は娘の大のお気に入りじゃ。娘から何度も話を聞かされて、いかに信用できる人物かはわしも理解しておる……ん、どうしたんじゃアルヴァン」
気さくに話すジェフティムに対し、アルヴァンの顔は真っ白である。
彼はまだ気づいていない。
小さい頃、レドがほとんど毎日リコリスに声をかけられていた理由を。
聖女の弱者を憂う気持ち。
それがただレドに向いただけと思い込んだままだ。
「ま、まさかっ! 本当に外れスキルを得たから追放を」
「そのようなことは決してございませんッ!」
アルヴァンは叫んだ。
そうしないとマズいと身体が反応した。
「レ、レドには、普段から行き過ぎた努力をするところがありました。それなのに、よくわからないEXスキルを得てしまいましたから、少し休んではと暇を提案したのです。
しかし、レドからすれば下手な同情をされたと思ったのでしょう。お恥ずかしながらケンカになってしまって……」
保身の言葉は淀みなく流れていった。
とっさにしては出来の良い話だとアルヴァンは思う。
だが。
「なんじゃとっ!」
ジェフティムの反応は思っていたのとまるで違った。
カッと目を見ひらいた彼は、いまに上級魔法を放ってもおかしくない。
「も、申し訳ございません! ケンカになってしまったのは私の浅慮で──」
「実にわし好みの青春模様じゃないかっ!」
「──えっ?」
アルヴァンの思考が一瞬フリーズする。
「お主の話ぶりからレド君とはうまくいっておらんように思っておったが、なかなかどうして、実に味わい深い経験をしておる」
「は、はぁ……」
「あっ、いやいや、これは決して嫌味ではないぞ! わしとしては羨ましいと思ったんじゃ」
ぽつぽつとジェフティムは語りだす。
「わしは娘と一度もケンカをしたことがなくてな、正確に言えばケンカにならんのだ。ああ見えてリコは弁が立つ。言い争いをしても二分もすれば、いつもわしのほうが悪いように思えてしまってのぅ……気がついたらわしが謝っとる」
ため息をこぼす大賢者ジェフティム。
その背中には、娘に丸め込まれる父の哀愁が漂っていた。
「それに比べてお主は本当に羨ましい。お主の息子に対する愛情もわかるし、レド君のやり場のない気持ちもわかる。お互い悪いわけではないのにすれ違う想い──そういうケンカが、わしはしたい」
したい、したい、したい。
放心状態のアルヴァンの耳に、ジェフティムの声がこだまする。
「わしの話に付き合わせてすまんかったな。もう帰ってよいぞ」
「……えっ、話はもう終わりでしょうか」
「うむ。お主の息子のことはもう伝えたしな」
「そのことですが、もう一人の息子のジークが儀式で【剣聖】を得まして」
「おおっ、聞いておるぞ。ぜひとも祝ってやってくれたまえ」
「そ、それだけですか?」
ジェフティムは小難しそうな顔をして頭をかいた。
「あー……わしは強力なEXスキルを持ったからと言って、それだけで贔屓するのはもう古いと思っていてなぁ。
実際にスキルが強力なだけでろくでもない人間を山ほど見てきた。無論、お主の話自体は喜ばしいことだと思っておる」
「そう、ですか」
「わしに言われるまでもないと思うが、レド君と同じくらい、弟にも愛を持って接してやるのだぞ」
なにが愛だ。なにも知らない老害が。
心の中で毒づき、アルヴァンは王城を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
王城をでたアルヴァンは自身の邸宅へと戻っていた。
「あぁっ!? んじゃなんだよ父上。ジェフティムのおっさんはなんにもしてくれなかったって言うのか!」
「あ、ああ」
「うっぜェなホント。オレは剣聖だぜ? 剣聖がなんなのか忘れちまったんじゃねえのか。ははっ、ついにボケたかっ!」
ここのところジークの扱いにアルヴァンは困り果てていた。
元々粗暴な部分はあったのだが、スキルを得てからはさらに悪化。
王城に連れていかなかったのは英断だったとアルヴァンは得心した。
「にしても、リコリスのやつはなんにもわかっちゃいねぇ。剣聖のオレよりもあんなザコ兄貴を専属騎士にするなんてよッ! つーか、あの女は兄貴にはもったいねえ。そう思うよなぁお前もッ!」
ジークは机の上のグラスを──元レドの専属メイドであるミリスに向かって投げつける。
「ひっ……!」
ミリスは目をつぶり小さく悲鳴をあげる。
ジークが投げたグラスは彼女の顔の真横を通りすぎ、壁にあたって砕け散った。
この横暴さに耐えかねたのか、オルレイン家では数人の使用人が失踪している。
そのことを、アルヴァンはジークに伝えられていない。
アルヴァンはジークを諌めることを怖れていた。
剣聖であるジークを失ったり、いま以上に暴れられたりすれば、オルレイン家の終わりはさらに近づいてしまう。
「ジ、ジークよ。お、お主に折り入ってお願いがあるのだが」
「なんだよ、剣聖を動かすのは高くつくぜ?」
「可能な限りなんでも用意する」
その言葉に満足したのかジークの口端がつり上がる。
「で、お願いってのはなんなんだ?」
「レドに、追放の件は取り消したと一言伝えてほしいのだ」
「はあぁっ!? なんでオレがそんな雑用をッ!」
ジークは床を踏みつけ亀裂を入れた。
「お、落ち着くんだジーク! これは重要な役目だ!」
「どこが重要だぁ? どうせ兄貴がリコリスを救ったとかいうホラ話をまんまと信じて、ビビって取り消そうとしてるだけだろうが!」
「ほ、ホラではなかったらどうする」
「あん?」
「私には殿下が嘘をつく理由がわからない。嘘をついてまでレドをそばに置いて、なんの得がある」
アルヴァンの困惑した顔を見て、ジークはわざとらしく深いため息をついた。
「父上が貴族じゃなかったらオレと兄貴は生まれてねぇなこりゃ」
「ど、どういうことだ」
「教えてやるよ。あの女はなぁ、クソ兄貴に惚れてんだ。昔っからな」
気に食わねぇと吐き捨てる。
彼の表情からは羨望と憎悪の半々が見てとれた。
「……父上のお願い、聞いてやるよ」
「ほ、本当かジーク!」
「あぁ。兄貴はいまどこにいるんだ」
「ホーリーナイト聖王国に向かっているらしい。すぐに馬車を手配しよう!」
「んなもんいらねぇ、よッ!」
ジークは部屋の壁を蹴り壊し、外へと歩いていく。
「ジ、ジーク! なんてことを!」
「安心しろよ父上。すぐにもっといい家に住めるようになるからな」
「なんの話をしている!」
「クソ兄貴よりオレのほうがリコリスの騎士に相応しい。そう分からせれば、オルレイン家の爵位も上がりまくるだろ?」
「ば、バカな真似はよせッ!」
アルヴァンの制止も虚しく、ジークは目にも止まらぬ速度で跳躍し姿を消した。
大変なことになった。
リコリスを救ったレドに下手なことがあり、しかもそれが弟のジークによるものと知られれば、責任を問われるのは間違いなくアルヴァンだ。
「す、すぐに馬車を手配しろ!」
レドの元専属メイドであるミリスに指示を出す。
「……ジークを行かせれば、少しとはいえオルレイン家に平穏が訪れる。そう考えた私が愚かだったか」
剣聖が消えた空を見上げながら、アルヴァンは拳を固く握りしめた。
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