グレイ陛下、もしかして
ホーリーナイト聖王国に入った俺たちは、さっそくリコの治療を待っている人たちが集められている大聖堂へとやってきていた。
「おい聞けレド。セバス殿から、姫殿下の護衛の配置について、オレを馬車から一番遠い後方に追いやるって言われた。なんとかしてくれ」
「俺はちゃんと止めたし、完全にお前の自業自得だろ。無茶言うな」
ウェイは毎日聖堂でお祈りしていろいろと清めたほうがいい。
その後もウェイはよほどセバス殿に絞られたのか、あーだこーだと小声で愚痴りつつセバス殿と目が合うたびに「ひゃう」と気色悪い悲鳴をあげていた。
くだらないやりとりをしているあいだに、案内役の聖騎士に大聖堂の扉を空けてもらう。
扉の奥では、石化・氷漬け状態の騎士たちが大勢横たわっていた。
数は少ないが、装備をまったくしていない、国民と思しき姿も見かける。
というかこの石化状態、見覚えしかないのだが。
「わざわざ来ていただいて本当に申し訳ありません、リコリス殿下。我が国の治癒魔法士も尽力したのですが、力およばずご覧の有様です」
片腕が石化している聖騎士の女性がリコに頭を下げた。
聖王騎士団長のエルゼ殿下だ。
前に遠目で見たときは艶やかな金髪をしていたが、その髪も含めていまの彼女はやつれて見える。
「顔を上げてくださいエルゼ殿下。私のほうこそ、ここには大勢の方がいらっしゃるので、少々お時間をいただくことをお許しください」
リコは目を瞑ると清廉な音色を紡ぎはじめた。
「天を癒せし光の姫君よ、数多の穢れ、幾重の傷創、その全てを、大いなる御心のままに祓い、かの者に再誕の道を示して謳え──【リジェネレーション】」
聖堂全体が、リコの目の色と同じ、淡く優しい蒼色に包まれていく。
「こ、これは……!」
エルゼ殿下は石化が解けた腕をさすっていた。
氷漬け・石化状態だった人たちもすっかり元通りだ。
俺も明らかに身体が軽くなっていた。
まるで全身の疲れがどこかに消えたようである。
これが使えたら俺もリコの負担を減らせると思うんだがなぁ。
リコのスキルを受けても【強者喰い】は発動せずスキルも習得できない。
おそらく回復魔法は対象外なのだろう。
俺がスライムに噛み付かれたとき、治療してくれた女性の回復魔法は習得できなかった。
「おー! 肩の痛みが一瞬でなくなっちまった! さっすが姫殿下! いい足してるぜっ!」
「セバス殿ー。ウェイくんは反省が足りないようですー」
「なななななんでだよッ! ほほほ褒めただけだろッ!?」
本気でビビり散らすウェイ。
いったいセバス殿になにをされたのか。
「リコリス殿下、皆を代表して感謝申し上げます。本当にありがとうございました」
「困ったときはお互い様ですエルゼ殿下。それに、お礼ならレドく……レドに言ってあげてください」
「殿下のお付きの騎士ですか?」
リコの紹介で、俺はエルゼ殿下と挨拶を交わした。
「レドがいなければ、私が聖王国に来ることは叶わなかったでしょう」
彼女の白い指先から小さめのウィンドウが現れる。
そこには例の白金ドラゴンと、俺のへっぴり腰がばっちりと映っていて。
「わあああああっ!」
「あの、手をどけてくれませんか。レド殿」
「下がりなさい、レド」
くっ。
二人の殿下に冷静に言われては、仕方なく引き下がるしかない。
ウィンドウに映るドラゴンは俺のクソダサい剣技で真っ二つにされていた。
ああ、なんて見苦しい。
「なっ、これはっ!」
「やっぱりレドくんカッコい……んんっ! けほけほっ」
テンションがだだ下がっていたところ、エルゼ殿下に手を取られた。
「あのドラゴンは我々聖王国が取り逃したものです。まさかリコリス殿下を襲っていただなんて、君には感謝してもし足りない!」
情熱的な赤い瞳で見つめられる。
「よかったら、私に剣を教えてくれないだろうか……!」
いやいや、聖騎士団長様に教えることなんてなにもないって。
というか顔が近い。
リコとタイプこそ違えど、エルゼ殿下もかなりの美人だ。
こういうのに慣れていない俺はドギマギしてしまう。
「……エルゼ殿下。レドが困っているのでやめてください」
「あ、ああ。これは失礼いたしました」
エルゼ殿下は俺から手を離す。
リコ、なんか怒ってないか?
「我々が逃したドラゴンを一撃とは! ぜひ生でレド殿の戦いぶりが見たいな!」
聖王グレイ陛下がいつの間にかすぐ隣にいた。
「陛下、お久しぶりです。こちらはレド。私の専属騎士になる予定の者です」
いつの間にか俺の内定も決まっていた。
「初めましてグレイ陛下、レドと申します。私などの戦いを見たいと言っていただき、身に余る光栄です」
「そういう堅苦しいのはよしてくれ。君がリコリス殿下を守ったということは、私の娘を守ったも同然だ。私のことは気軽にグレイとでも呼んでくれ」
いやいや何言ってるのこの陛下。
「そ、それはさすがに無理がありますよ」
「そうか、悲しいな。君とは友達になりたかったのだが」
しょんぼりとするグレイ陛下である。
「ならば私を君の下僕にしてもらえるだろうかッ!」
「なんでですかしませんよっ!」
下僕にしてもらえるだろうかッ! ではない。
あまりに突飛なことを言うので思わず突っ込んでしまった。
しかも初対面だし、相手一国の王だし。
なんなら友達じゃなくて下僕になりたがってるし。
王のご乱心に聖王国民は目をひん剥いているかと思いきや「なんだ、いつもの陛下か」とでも言わんばかりに誰も陛下を気にしていなかった。
え、なに。この陛下これが普通なの?
「うむ。良い拒絶だった。さすがはレド殿だ」
いったい俺はなにを褒められているんだ。
「さて、リコリス殿下はこのあと急ぎの用件はひかえておられるかな」
「一度クレインベルグに戻ってから各地域に巡礼の予定ですが、急ぎではありません」
それを聞いたグレイ陛下は嬉しそうに続ける。
「そうか! ではレド殿にうちのエルゼと模擬戦をしてもらいたいのだが!」
「それは私からもぜひお願いしたい! リコリス殿下、お願いできますでしょうか?」
「えっと、私は……レドが構わなければそれで」
ずいっと聖王国の王と娘に目を向けられる。
こんなに真っ直ぐきらきらと見つめられれば、シンプルに断りづらい。
それに、断ったら陛下を悪い意味で喜ばせてしまう気がした。
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