ジークとアルヴァン
「ジーク・オルレイン。釈放だ」
看守が檻の扉を開けようとしたのを見て、アルヴァンは声を荒げた。
「な、なぜジークが私よりも早く釈放されるんだ!」
「こいつはあんたの息子なんだよな」
「それはそうだが」
看守は少し面倒くさそうに口をひらく。
「息子がやったことはあんたの責任だって話を闘技場の支配人から聞いてる。で、別件で捕まった息子のほうは初犯で未成年。
きちんと反省していたことも含めて、今日釈放という話に決まった」
「ジ、ジークが反省、だと!?」
アルヴァンは目をひん剥いた。
このなにを言っても通じない脳筋剣聖が、そんな人間的思考を持ち合わせているなんて。
「ああ、取り調べのあいだずっと“あの女に悪いことしちまった”って言ってたぞ」
「あ、あの女だと!?」
まさかもうリコリス殿下になにかをしてしまったというのか!
アルヴァンの額に冷や汗が滴る。
そんなことがジェフティムにバレたらいろいろと終わりだ。
「……なあ看守よ。私の責任になっている理由は、私がジークの父だから。そうだな」
「ああ、たぶんな」
「ならばジークが“私の息子ではなくなったら”どうなる」
「? なんの話をしている」
戸惑う看守を前に、アルヴァンは大きく口をひらく。
「聞け、ジーク! いまから貴様はオルレイン家の人間ではないッ!」
「ああ、別にいいぜ」
「お前のような剣聖に相応しくない男などオルレイン家に不要だ! 二度と私のことを父とは……って、ジークよ、いまなんて」
「どうせ当分家に戻るつもりはねえ。だから別にいいって言ってんだよ父上、いや、もうそう呼ぶなって話だよなァ。じゃあテメェのことは今度からアルヴァンって言わせてもらうわ」
今後呼ぶ機会があるかどうかはわからねぇけどな、とジークは続ける。
ジークの考えはわからないが、あっさり追放を受け入れてくれるのならラクだ。
「オレはちゃんと罪を償って、それからここを出て強くなる」
「ちゃ、ちゃんと罪を償う、だと!?」
アルヴァンは頭を抱えた。
いま目の前にいる男は本当にジークなのだろうか。それすら疑わしく思えてくる。
「好きな女ができたんだ」
「好きな女!?」
ま、まさか、リコリス殿下にジークが恋心を!?
ますます追放しておくべきだとアルヴァンは考えた。
レドを追放した理由についてジェフティムを納得させるのは極めて困難だが、ジークの追放理由ならいくらでも納得させられそうなものが思いつく。
ジークがなにをする気かは知らないが、こいつの責任だけはこれ以上背負いたくない。
「いまのオレではアイツに振り向いてもらえねぇ。だから、次にアイツにあったとき、思わず惚れられるくらいの男にならねえとな」
それは無理があるだろう。
いくら恋愛に疎いアルヴァンでも、リコリス殿下がジークを怖がっていることだけはわかる。
「そ、そうか……まあ好きにするといい。看守、先ほどの話は聞いていたな。ジークはもう私の息子ではない。
闘技場を破壊したのはジークの勝手な行為だと。そのように支配人にも話してくれ」
看守はとんでもないものを見た様子で「わかった」と一言だけ答えて出ていった。
出ていった看守とは入れ違いで、別の看守が入ってくる。
「アルヴァン・オルレイン。釈放だ」
「なに! もう出ていいのか!」
いったいどうやってそこまで早く情報伝達ができたんだ。
気になるところだが、いまはどうでもいい。
一刻も早くレドに会い、実家に連れ戻さなければ。
アルヴァンは看守の後に続いて牢を出た。
「ところで、闘技場の支配人はなんと言っていた」
「支配人? 今回の釈放と支配人は関係ないぞ。
……お前も感謝するんだな。クレインベルグの王が聖王国に迷惑はかけられないと、直々に釈放金を払ったんだ」
「は?」
思わず間抜けな声が出てしまう。
クレインベルグの王──すなわちそれは。
地下牢をあがった直後、想像していた顔が待っていた。
「闘技場の責任を息子に被せるため追放とは……これはまた随分と家族想いになったものじゃな──アルヴァン」
「ジェ、ジェフティム陛下っ!?」
聞かれていたのか。
だが、ジークに関しては他にいくらでも追放理由なんて見つかる。
「ジ、ジークの追放理由はそれだけではないのです。奴は家の使用人に暴力を振るい、家の壁を蹴り壊したのです。これ以上、私は奴の面倒を見きれません」
「ほう、ではレド君の面倒を見きれなくなった理由は、なんだと言うのかね」
「……は?」
アルヴァンの思考が一瞬停止する。
「お主はレド君が使用人に暴力を振るったり、家の壁を蹴り壊したりしたから、彼を追放したというのか」
「な、なにを言っているんですか陛下。わ、私はレドとはただ喧嘩中でして」
「とぼけるな──ッ!」
「ひいいぃぃ!」
ジェフティムの体表面を洗練された魔力が覆う。
それは、触れた者全てを切り裂いてしまいそうな鋭さを放っていた。
「話はすべてレド君から聞かせてもらった。貴様の最低な行為が結果的に聖王国を救うことにはなったが、そんなものはただの偶然に過ぎん。
……アルヴァンよ、レド君はあくまで冷静さを装っておったが、わしにはわかる。彼は深く傷付いておったぞ。お主はなんとも思わんのか」
「わ、私は……」
必死で頭を回転させる。
なにかこの状況をひっくり返す逆転の一手がないものか。
ただただ冷や汗を浮かべるアルヴァンを、ジェフティムは見限るようにしてため息をついた。
「もうよい、貴様の考えていることは己の保身だけじゃ。最初に気づけなかった自分を呪ってやりたいくらいじゃよ。
アルヴァン、今日をもって貴様の爵位を剥奪させてもらう」
「ま、待ってください陛下!」
「誰が待つものか! 言っておくがアルヴァン、たとえレド君が貴様を許したとて、わしは貴様を許すつもりは一切ないぞッ! わしが王都に戻る頃には貴様の家もないものと思え!」
「陛下ッ!」
ジェフティムは自身が呼びだした、一度訪れた場所へ瞬時に移動できる転移門の中へと消えていく。
彼がアルヴァンに振り返ることはなかった。




