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感想、ブクマ、評価ありがとうございます!

そして、誤字脱字報告ありがとうございます!いつも助かってます!!

 長官室に戻ったオフィーリアの様子を見たブルーノが膝の手当をしてくれた。恥ずかしいけれどズボンの裾をまくり上げ、今はソファに座って氷のうで膝を冷やしているところだ。


「あの距離でも十分っスね。ころんころん尻もちついてたっス」

「ナーヴェ嬢のイヤーカフも用意した方がいいだろうか」


 クラウディオの席に椅子を持ち寄り、サムエーレとアンジェロが興奮した様子で話している。


「いや、ナーヴェ嬢は余計なことは聞かずに、容疑者の話だけ聞いているほうがいいだろう」


 クラウディオがそう言うと、アンジェロが「そうっスね」と軽く返事をした。そして3人はまた、あーでもない、こーでもない、と話し合いを始めた。


「ナーヴェ嬢、膝の具合はいかがですか」


 ブルーノが軽く首を傾げながら尋ねてきた。肩にかかっていた髪がさらりと落ち、彼の頬に影が差した。窓を見るといつの間にか半分だけカーテンが閉められており、オフィーリアに直射日光が当たらないようになっていた。


「あ、ありがとうございます。私はいつもこうして転ぶので慣れているんです。平気です」

「そうですか。でも、聴取時はどうしてもその力をお借りしますので、それ以外の時はなるべく無理をなさらずに過ごしてください」

「……うっ……ありがとうございますっ」


 まぶたが熱くなった。ぎゅっと強く目をつむらないと、涙があふれそうだった。


「ナーヴェ嬢、こちらをどうぞ」

「ありがとうございます。見たことない飴ですね」

「これは魔導省で作っている、食べると体力が回復する飴です。常用すると危険ですが、今日は初めての取り調べでお疲れでしょうからどうぞ。ちなみに、一階の売店で売っています」


 素直に真っ黄色の小さな飴を口に入れたオフィーリアは、ぐふっ、とむせた。体力回復に全振りしているので、味がどうこうという気遣いは全くなく、非常に酸っぱいのだ。ブルーノはあごに指をあててオフィーリアの膝をまじまじと見た後、視線だけを上げた。


「非常に申し上げにくいのですが、次の聴取は行けそうですか?」

「行けます!」


 こんなに親切にしてもらって断れるはずがない。オフィーリアは元気よく即答した。


「そうですか。ありがとうございます」


 ブルーノは言質は取ったとばかりに、すぐに踵を返して長官のもとへ向かった。クラウディオがちらりとオフィーリアを見たが、すぐに部下たちとの会話に戻った。





 なぜかアンジェロが先に行ってしまったので、オフィーリアはひとりで取調室へ向かった。階段を上っている途中で、他の部署の女性ふたりとすれ違った。


「ほら、あの子じゃない……?」

「ああ、長官室の」

「どんなコネを使ったのかしらね」

「たいして仕事できそうもないのに」


 オフィーリアに聞こえるくらいの大きさの声で、目を細めてこちらを睨んでいる。口元は手に持っている書類のファイルで隠していた。

 ああ、ここでも。

 オフィーリアの苦手なあの社交界のようなものが、ここにもあるらしい。オフィーリアの体は震えない。彼女たちは心からオフィーリアの悪口を言っているのだ。

 オフィーリアは振り返り、すでに違う話題に移っているふたりの背中を見てため息をついた。長官室は好きだけれど、やっぱりここには長くいられない。そう思った。


 先ほどの小部屋に入ると、すでにアンジェロが床に座ってノートに色を塗っていた。


「アンジェロ様、あの、塗り絵ですか?」

「パズルっスよ。ねえ、これ見て見て。どうっスか」


 アンジェロの指さす方を見ると、先ほどオフィーリアが立っていたあたりには分厚いマットが敷かれ、たくさんのクッションが置かれていた。


「これで転んでも痛くないっスよ」

「わあ、ありがとうございます。あの、アンジェロ様がやってくれたんですか」

「やったのは俺っスけど、長官がオフィーリアちゃん仕様に変えてやれって言ってくれたっス」

「長官が!?」


 ちらりとこちらを見た時だろうか。ああ見えて意外と優しいのかもしれない。


「マットは演習場からもらってきて、クッションは仮眠室からもらってきたっス。長官の名前出せばここでは何でもまかり通るんスよ」

「すごいです。ありがとうございます。がんばります!」

「うん、安心してすっ転んでほしいっス」


 オフィーリアの膝を心配してくれたクラウディオのためにも、精一杯すっ転ぼう。オフィーリアは胸の前で両手をぐっと握りしめた。

 アンジェロがイヤーカフに手をあて「オフィーリアちゃんオッケーっス」と言うと、さっきと同じように、ふたりの見張りに連れられた男が部屋に入って来た。身なりからして貴族のようだが、この男はすでに顔を真っ赤にして怒っていた。それでも、クラウディオが姿を見せると悔しそうに口を歪めておし黙った。

 クラウディオは窓際で見ているだけで、取り調べはほとんどサムエーレが進めていた。最初の貴族の男とは違い、この男はべらべらとやたらとしゃべっていた。口の端に泡ができるほどつばを飛ばしてしゃべるので、サムエーレが嫌そうに距離を取っている。やたらと大きな声で身の潔白を主張していたが、全部嘘だ。クッションを抱え込みながら、オフィーリアはマットの上をころんころんと転がった。

 それでも、オフィーリアの能力ではこの男が嘘をついている、つまり何らかの犯罪を犯しているということまでしか分からない。

 サムエーレが、ううん、とこめかみに指をあてて言葉を選んでいた。何とたずねればこの男の目的がわかるのか。


「あなたが異国の者を不法入国させたのは分かっているんですよ。そして、誰かを不法に出国させる準備をしていたことも。それも大人数をね」

「だから! それは、隣国で労働力を買ってきたのだと何度言えばわかるんだ!」

「いやあ、それはそれは。あなたが違う目的でたくさんの人間をこの国に引き入れているってことは、証拠があがってるんですよ」

「証拠だと……?」

「まだ言いませんけどね」

「ふん、証拠など、あるはずがない」


 立ち上がりかけたオフィーリアがころりと転がった。マットがあるからアザにはならないが、やはり転ぶとそれなりに痛い。「うきゃあ」「はわわっ」と声を上げる度に、アンジェロが満ち足りた顔をするのがうっとうしくなってきた。

 サムエーレが今度は指先でテーブルを叩き始め、窓際でクラウディオが動く気配がした。


「お前の目的は、国家への謀反か」


 クラウディオのよく通る声が静かに響いた。


「そんなこと、するはずがありません。私はこの王国の貴族です」


 男の堂々とした声に、部屋はしばらく静まり返ったままだった。サムエーレがテーブルを叩く規則正しい音だけが響く。


「……オフィーリアちゃんの震えが止まったっス」


 壁に手を突いて膝立ちになったオフィーリアが窓を覗き込むと、貴族の男が「陛下にそんなっ、私がそんな大それたことするはずないだろう」とぶつぶつとつぶやいているところだった。





「ナーヴェ嬢が次々と破損個所を指摘してくださるおかげで、刑部省がとても歩きやすくなってきました」


 アンジェロと一緒に食堂へ行っていたブルーノが、自分の席で弁当をつまんでいたオフィーリアに声をかけた。


「鑑識課のあたりに建築院の人が修理に来てたっスよ。残念ながらベル兄じゃなかったけど。オフィーリアちゃん、会って来てもいいっスよ」

「いえ……。いいんです。私、その、あまり人とお話しできないので、仲の良い人はいないんです……」

「あはは、そうだよね。しゃべってる途中で震えだしたらびっくりするっスよね!」

「ええ……そう、なんです」


 オフィーリアはそっと目を逸らした。始めは楽しく話していたのに、いつの間にか気味悪がられだんだんと人が離れて行く。引きこもることでそういったことを避けてきたけれど、やはりあの時のことを思い出すのはつらい。


「そっかあ、じゃあ、俺、オフィーリアちゃんの初めての同僚かぁ」


 アンジェロは嬉しそうに顔をほころばせ、応接のソファにごろりと横になった。クラウディオもサムエーレも、まだ昼食もとらずに黙々と机に向かっているのに。アンジェロの傍若無人さに、オフィーリアは思わず頬が緩んだ。


「では、私はナーヴェ嬢の初めての先輩ですね」

「えっ、ブルーノずるいっスよ! 先輩ポジションがあったかー!」

「じゃあ、俺は初めての上司だな!」


 机から身を乗り出すようにしてサムエーレが自分を指さして言った。今度はブルーノまでが笑っている。


「オフィーリアちゃん、じゃあ、長官は初めての何スか?」

「えっ!?」


 突然話を振られ、飛び上がって驚いたオフィーリアはクラウディオを見た。聞いているのか聞いていないのだか分からない態度だったクラウディオが、ペンを持つ手を止めてオフィーリアの方をじっと見ている。

 これは……気の利いた言葉を期待されている……。


「長官は……あの、えっと……」

「初めての鬼上司っスかね」

「うるさい! お前ら食事が終わったならさっさと仕事を始めろ!!」


 拳で机を叩いたクラウディオは、イライラとした様子でペンを握り直し書類に目を落とした。


「こうしていると、ナーヴェ嬢は普通に会話できていますけどね」


 ブルーノが資料の束を開きながら、そう言ってほほ笑んだ。オフィーリアは弁当箱をしまう手を止め、うつむいた。


「ええ、でも、ちょっとした冗談も言いあえない、なんて、話していて気づまりですよね」

「あははー、確かにそうっスね! 人はちょっとくらい見栄張ったり、隠しておきたいことってあるっスもんね!」


 さらにうつむいたオフィーリアの肩を軽くたたいて、ブルーノはアンジェロを睨んだ。


「お前はもう少し言葉に気を遣えよ」

「無理っスよ。長官と長く一緒にいたら気遣いとかできなくなるっス」

「俺のところに来る前からお前は気遣いなんて言葉知らなかっただろう」

「長官室は超居心地いいっス!」


 あからさまにため息をつき、クラウディオは立ち上がった。サムエーレがあわててその後を追い、一緒に部屋を出て行った。


「遠慮や隠し事などができないのは、長官の前でも同じですから。我々の前ではご家族と同じように過ごしてください」


 ブルーノが軽くほほ笑みながらそう言った。オフィーリアはきょとんとして、ただ反射的に頷くだけだった。


ブルーノは長官室の良心やで・・・

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― 新着の感想 ―
[一言] ものすごく古いのでももよさまはご存知ないかもしれませんが、クラウディオとブルーノが太陽にほえろ!のボスと山さんみたいに思えました ブルーノ、ナイスフォロー…!
[一言] 自分は薄汚れた大人なので 「ほう…普段、男所帯で女性の出入りの無い所長室に、新しく女の子が。そして所長の命令で、マットとクッションを……?ふむ、続けたまえ」 とゲンドウポーズを取るわけですよ…
[一言] 鬼上司だけどちゃんと見てますねー。 クッションにマット、そのうちふかふかベッドも備え付けてしまえ!ってなっちゃったりして。
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