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今日は初めての取り調べなので、ちょっと長めです。

 今日はとうとう取り調べに参加する日だ。

 すっ転んでのたうち回る覚悟のオフィーリアは、しっかりとズボンを穿いている。サムエーレは会って早々に、可愛いねえ、とデレデレとだらしない顔をしながら言ってくれた。体が震えなかったので、きっと彼は本心から言ってくれているのだろう。似合わないわけではなさそうだ。

 実は昨日、館内見学中にこのズボンスタイルの女性を見かけたのだ。髪をシンプルにひとつにまとめ、書類を持ち大きな歩幅で歩く彼女は、とても仕事のできる女性に見えた。

 スカートじゃないのはまだ恥ずかしいが、いつかはあの女性のようにかっこ良く歩けるようになるだろうか。

 オフィーリアはにまにまと笑いながら自分のズボンの裾の刺繍を撫でた。


「そろそろ行くっスよ、オフィーリアちゃん」


 とろんとした瞳を優しく弓なりにして、アンジェロはそう言うと、手提げ袋に無造作にペンやノートを放り込んだ。


「あの、私は何を持って行けばいいのでしょうか」

「んーと、何もいらないんじゃないスか。ブルーノ、それでいいかな」


 オフィーリアの隣の席で地図を片手にパラパラと書類をめくっていたブルーノが顔を上げた。ちらりと壁掛け時計を確認し、小さく頷く。


「ええ、ナーヴェ嬢は身一つで十分です」


 ブルーノはこたえるとすぐに地図に視線を落とし、また書類をめくり始めた。既にクラウディオとサムエーレは取調室へ向かっている。今日はブルーノが留守番らしい。


「んじゃあ、行くっスよ」

「は、はいっ」


 取調室は三階にあった。アンジェロは階段すぐの部屋の扉を開けると、オフィーリアに中に入るように促した。そこは狭い室内に四人用の会議テーブルと椅子が置かれているだけだった。テーブル向こうの壁に、簡素な扉があった。


「ここで取り調べをするんですか?」

「そっかあ、取調室なんて入ったことないッスよねえ。取調室はこの部屋の向こうの向こう」

「向こうの、向こう?」


 じゃあ、ここは一体何の部屋なのだろう。荷物置き場? 取調官の休憩室?

 オフィーリアは身の置き所もなく、そわそわと部屋を見渡した。


「こっちこっち。俺たちはこっちで見てるだけー」


 ボリボリと頭を掻きながら、アンジェロが奥の簡素な扉を乱暴に開けた。おそるおそる後を追うと、入ってすぐのところにアンジェロが立っていて、その背中にぶつかってしまった。


「わあっ、ご、ごめんなさいっ」

「うん、平気。オフィーリアちゃんは、この辺に立っててもらえるっスか?」


 アンジェロが指さす方を見ると、そこは薄暗く人がふたり並んで立てる程度の細長い部屋だった。しかも、一方の壁には大きな窓が付いており、隣の部屋が見えるようになっていた。言われた場所に立つと、向こうの部屋がよく見えた。


「この窓は向こうからはただの壁に見えてるんスよ。こちらからは見えるけど、あちらからはこっちの様子は見れないっス。魔導省が作った激ヤバ魔導具っス」


 なるほど、向こうの部屋で取り調べを行うらしい。オフィーリアは容疑者に会うことなく、その様子を見ることができるというわけだ。

 アンジェロは耳元の髪をひょい、と上げると、耳に銀色のイヤーカフを付けた。


「これも魔導省の激ヤバ魔導具っス。これの対になってるやつを付けてる相手とこっそり会話ができるんスよ」

「それは、確かにげ、げきやば……? ですね」


 オフィーリアが不思議そうに耳を覗き込むと、アンジェロはくすぐったそうに笑った。


「魔導省って、そういう不思議な道具を作るところなんですか?」

「魔導省っスかぁ。そうっス。魔力を持ってる人しか入省できなくて、魔力を使ってこういう便利な道具を作ってるんスよ」

「えっと、その魔力? を使って自白させちゃえばいいのでは……」

「うーん、人の精神に作用する魔術ってヤバいらしいんス。その後にひどい後遺症が残ったり、人格が壊れちゃったり。人道的じゃないし、何より信憑性がないっスよね。その魔術使った人の思い通りにしゃべらせちゃっても、俺たちには分からないっスから」

「なるほど」

「特に、今の長官は冤罪とかに超うるさいんで。真面目なんスよね」


 えへら、と笑うアンジェロは、それでも手だけはせわしなくイヤーカフの調整をしている。いつもこの暗い空間で、こうして容疑者の取り調べを見ているのだろう。とても慣れた様子だった。

 もし取り調べが思うように進まなかったら、アンジェロ様も参加するのだろうか。拷問器具を持って……。


「激ヤバ……」


 どうかそんな場面を見ることになりませんように。オフィーリアは祈るように胸の前で手を合わせた。


「あ、オッケーっスよ」


 アンジェロは件のイヤーカフで誰かと会話しているらしい。きょとんと見つめるオフィーリアに、にこりと笑い返した。


「オフィーリアちゃんもオッケーっス」


 隣の部屋の扉が開き、とても体のがっちりしたまるで兵士のような男が二人入って来た。二人は刑部省の黒い官服に身を包み、服の上から革の肘あてと膝あてをつけ、腰には細い剣を携えている。大きくて頑丈そうな机とソファが一対と、あとは窓際に背もたれの無い座りやすそうな椅子が置いてあるだけの部屋をぐるりと確認し、二人は出て行った。

 しばらくすると、先ほどの二人に連れられ、白髪交じりの男性が部屋にゆっくりと入って来た。おどおどとしているが、品のある所作でソファに腰掛けた。服装からしてきっと貴族なのだろう。男はこちらを向いて座っている。せわしなく部屋中に視線をさまよわせているが、オフィーリアたちが見ていることには気付いていないようだった。男を連れてきた二人は見張るようにそのままソファの後ろに立つ。


「オフィーリアちゃんは、あのお貴族様のことをじっと見ててくれればいいっス」

「は、はいっ」


 小声で返事をしたオフィーリアに、アンジェロが「こっちの声は聞こえないから大丈夫っスよ」と手元のペンをくるりと回した。


「今のところ、異変はなさそうっスね」

「ええ、特に……」


 アンジェロがノートにスラスラとメモをし始めた。ちょっとのぞいてみたら、案外達筆だった。

 乱暴に扉が開き、真面目な表情でサムエーレが部屋に入って来た。その後ろには、クラウディオが続いた。クラウディオが横目でひと睨みすると、貴族の男はひっ、と息を呑んだ。


「さて、二回目の聴取ですけど、そろそろしゃべる気になりましたかねえ?」


 サムエーレがそう言いながら向かいのソファに腰掛けると、男はうつむいたまま口を閉じた。膝の上でぎゅっと手を握っているようで、肩にかなりの力が入っているようだった。

 クラウディオが小さな窓から外を眺めた後、ポケットに手を入れたまま窓際の椅子に座って足を組んだ。そして、じっと男を見つめている。


「黙秘ですか。まあ、そういう権利はあるんですけど、これじゃいつまで経っても帰してあげられないんですよ」


 サムエーレが背もたれに身を沈めながら頭の後ろで手を組んだ。かき分けられた髪からのぞく耳には、アンジェロと同じイヤーカフがついていた。オフィーリアたちに背を向けて座っているので表情は分からないが、貴族の男の緊張した様子からきっと笑顔ではないだろうことは予想できた。

 副長官も本当はこわい人なのかしら。

 オフィーリアがサムエーレのイヤーカフをぼんやり見つめていると、アンジェロに腕をつつかれた。


「副長官じゃなくて容疑者を見ててほしいっス」

「ごめんなさいっ」

「いいっスよ~」


 ぼんやりしていたところを見られてしまった。唯一の自分の仕事もきちんとできないなんて。オフィーリアは壁に手を突いて集中した。建築院に帰りたいのは山々だが、役に立たないまま帰されるのはやはり悔しい。

 口を固く閉じたままテーブルの上に視線を這わせる貴族の男に意識を集中したが、オフィーリアの体はどこも震える様子はない。

 壁を隔てているとは言え、この距離ならオフィーリアの能力に支障はないはずだ。室内に破損のある部屋の前を通るだけでも軽く手が震えるのだ。しかし、人間に対してはどうだろう。極力人との関わりを避けてきたオフィーリアが少しずつ不安を覚えてきた頃、黙っていたサムエーレが口を開いた。


「質問を変えましょう。伯爵、あなた何かたくらんでます?」

「……」


 オフィーリアの左手がびくりと一度跳ね上がった。それを見たアンジェロがすぐにオフィーリアの様子をサムエーレに伝える。


「国外の者たちを次々と、不法に、入国をさせて、何かをしようとしていますか? 否定しないのなら、諾とみなしますけど」

「…………私は、何も……」


 貴族の男が初めてしゃべった。その声に、オフィーリアの両手がぶるぶると震え始めた。再びアンジェロがそれを伝える。


「領の工場で働かせようと思い、連れてきたら、逃げられたのです。入国手続きは、工場に行ってから全員分一気にやってしまおうと思ってた。ただ、それだけです……」


 がくん、と膝が崩れ、オフィーリアは窓枠に両手を伸ばしたが、手も震えているのでうまく掴むことができず、その場にしたたか膝を打ち付けた。


「大丈夫!? 痛そう」


 アンジェロがしゃがみこんでオフィーリアの顔を覗き込んだ。それでも彼女の様子を観察しなければならないからだろうか、手を貸すことはなかった。しかも、ちょっと楽しそうな表情を隠しきれていない。

 床に手を突いて立ち上がろうにも、オフィーリアはすぐに尻もちをついてしまう。ズボンを穿いてきて良かった。


「はわわ、はわっ」

「オフィーリアちゃん、転げまわってます。立ち上がれません」


 淡々と自分の様子を報告するアンジェロの横で、オフィーリアは壁に手を突いて何とか起き上がった。窓にしがみつくようにして覗いた先には、先ほどまでは落ち着かなかった男が、気色ばんで頬を紅くしサムエーレを強く睨んでいた。


「私は悪いことなどしていない!」


 始めのびくついた様子など忘れたように、貴族の男ははっきりとした口調でそう言った。


「オフィーリアちゃんの震えが止まりました」


 アンジェロの声に、オフィーリアははっとした。確かに体の震えは止まっている。あの男は、嘘をついていないのだ。


「なるほど。あなたの工場も調べましたが、他国の者を連れてくるほど人手が足りないようには思えませんでしたよ」


 サムエーレの冷静な声に、貴族の男が気まずそうに口をゆがめる。


「それはっ……これから、新しく手を付けようと思っていた事業の方で働かせようと思っていたんだ」


 再びオフィーリアの膝がガクガクと震えだした。コツを掴んだオフィーリアは、その瞬間に窓枠にしがみついて体勢を保っている。


「おっ、こらえた!」

「んぐぐぐ……」


 サムエーレにはオフィーリアの声も聞こえているのだろうか。サムエーレが深くため息をついた。


「なるほどねえ。まだしばらく滞在してもらいましょうか」

「いい加減にしろ! 私を誰だと思っている!! 私をあんな牢に入れるなど」

「牢って言ったって、貴族用の優雅な部屋で不自由なく過ごせているでしょう。罪人用の地下牢はもっとひどい所なんですよ。ねえ? 長官」


 一番簡素な椅子に座りながらも一番偉そうな態度のクラウディオが、目を細めて貴族の男を見た。男はとたんに顔色をなくした。


「俺が不審に思っている間は拘留を解くことはない。疑惑が晴れるまではずっとこのままだ。今日はこれで終わりだ。連れて行け」


 二人の見張りは頷くと、貴族の男の両側に立ち挟むようにして部屋を出て行った。

 扉が閉まると、サムエーレがくるりと振り向いた。


「ナーヴェ嬢、なかなかいいね! いや、こりゃあ、いいや」

「オフィーリアちゃん、お疲れっス」

「ふぁ……ふぁい……」


 オフィーリアは壁に背を預けてペタリと座り込んだ。こんな疲れることを、毎日しなければいけないのか。私の膝は持つかしら。


「一度、長官室に戻るっスよ。立てるっスか」


 今度こそアンジェロは手を貸してくれ、オフィーリアをゆっくりと立ち上がらせた。最初に膝を打った時だろうか。左膝がかなり痛い。オフィーリアは思わず顔をしかめた。


「痛そうっスね」


 アンジェロが満面の笑みで言った。


「……楽しそうですね」

「えっ! いやっ、そんなことないっス。体張って協力してもらって、本当に悪いなって思って」


 ガクガクガク、と膝が震え、オフィーリアはアンジェロの腕に両手で掴まった。


「……本当は楽しいんですね……」

「ご、ごめん……。痛そうなオフィーリアちゃん、めっちゃ可愛いって思ってます」


 えへへ、とだらしなく笑うアンジェロは嘘をついていなかった。震えの収まったオフィーリアは、掴んでいた手を離すと服を手で叩いた。


「今日は、この後も取り調べはあるんですか?」

「予定はあるっスけど、オフィーリアちゃんは参加するかどうかはこれから話し合って決めるっス。長官と副長官の判断次第っスね」

「そうですか……」


 アンジェロはイヤーカフを外すと、ケースにしまって無造作にポケットに入れた。

 ただ震えていただけでたいして役には立っていない気がする。副長官は褒めてくれたけれど、長官はどう思ったのだろうか。オフィーリアは胸に一抹の不安を覚えつつ、部屋を出た。


痛そうな人を見るとニヤついちゃうアンジェロさん。


※わかりにくい表現があったので、ちょこっと書き直しました。

ご指摘ありがとうございました^^

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― 新着の感想 ―
[一言] おっとぉ?アンジェロあかんタイプだ!これ面倒なタイプだー! そしてオッフィーが頭とか鼻とかぶつけないうちに、椅子を用意してあげてください! 椅子に座ってても脚気の検査みたいになって、丸わか…
[良い点] はわわとかふわわとか言ってるヒロイン見てこんなに可哀想にってなる事なかなかないと思う。 膝が可哀想なので、クッションを経費で落としてあげてください長官…。 痛そうなオフィーリアちゃん、めっ…
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