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 前回同様、わいわいと始まる彼らの歓談を聞き流しながら、オフィーリアは全員の服装を上目遣いでちらりと確認した。

 サムエーレは襟元や袖口にひらひらと装飾の多い派手な上着を着ているが、クラウディオとブルーノは地味ではあるが質の良い黒の上着を着ている。アンジェロだけが上下黒の官服を着ている。しかし、白いシャツはだらしなくボタンが外され、ネクタイはしていない。上着もくたっとしていて腕まくりをしているので、一見官服には見えなかった。

 オフィーリアがアンジェロの官服と自分の官服を何度も見比べているのに気付いたサムエーレがおかしそうに笑った。


「ナーヴェ嬢。緑も良かったけど、黒の官服も可愛いね。アンジェロのはただだらしないだけだから、気にしないで」

「そうですか。腕まくりするのが普通なのかと思いました……」


 ガタガタガタン、とアンジェロがけたたましく音を出しながら立ち上がった。


「オフィーリアちゃんの席は、俺とブルーノの間にしたっスよぉ。わからないことは何でも聞いてほしいっス」

「アンジェロには聞かない方がいいですよ。とりあえず、あなたの指導官は私になりましたので、私に聞いてください」


 アンジェロの信用の無さに若干不安を覚えつつ、ブルーノに促されてオフィーリアは自分の席へ向かった。そして、アンジェロの机に回り込んだ際、少しだけ膝の力が抜けた。


「あれっ。今オフィーリアちゃん、一人膝カックンしなかったスか?」

「あの、ええと、アンジェロ様の机、どこか壊れてるのかもしれません」

「わあ、そんなことまで分かるんだ。一番下の引き出しが開かなくなったんスよねえ」


 アンジェロが笑いながらそう言うと、全員がオフィーリアに目を向けた。部屋の一番奥の席でずっと書類に目を通していたクラウディオまでもが、顔を上げている。その睨むような視線に、オフィーリアは思わず身がすくんでしまった。それをごまかすようにあわてて背負っていた鞄を下ろし、中から長い定規を取り出した。


「ちょっとだけ失礼しますね」


 オフィーリアは定規を引き出しの隙間に差し込むと、小刻みに動かした。何度か引くと、何かが引っかかっている手ごたえがあった。


「あ、開きそうです」

「本当?」


 ゆっくりと引き出しを引くと、何度か詰まったものの問題なく開いた。


「うわあ、ありがとう。オフィーリアちゃん。手慣れてるね」

「修繕係でしたので」


 アンジェロが開いた引き出しから次々と中身を出していく。ペンライト、汚れたタオル、折れ曲がった下敷き。多分、この下敷きが引っかかって引き出しが開かなくなっていたのであろう。そして……緑色のカビが生えたクッキー……。


「うわっ!! お前、それ、ここのゴミ箱に捨てるなよっ。袋に入れて外の焼却炉へ入れてこい」


 ブルーノが気味悪そうに手で鼻と口を覆い、もう片方の手をしっし、と払うように動かした


「えー、でもこれ、マーリンちゃんがくれた、最初で最後のクッキー……」

「知るか! そんなもの捨てろ!」

「お前みたいに適度にモテる奴にはわかんねーだろうけど、これは大切な思い出なんだ」

「適度って何だよ。それはもうクッキーじゃない、病原菌の温床だ」

「ひどい!」


 はあ、とあからさまにため息をついたクラウディオが、やっと口を開いた。


「アンジェロ、それは焼却炉に捨てろ。そしてお前は机の引き出しを全て整理しろ。今日中にだ」

「ええっ、今日中はちょっと無理っス」


 アンジェロが「あーあ、見つかっちゃった」とつぶやくと、クラウディオは不機嫌そうに顔をしかめ「早くしろ! 今すぐだ!」と怒鳴った。

 自分が怒られたわけでもないのに、オフィーリアはその声の大きさに飛び上がった。


「は、はわわ……」

「おい、お前」

「ほわわ」

「聞いているのか! オフィーリア・ナーヴェ!」

「ふぁいっ!!」


 涙目で直立しているオフィーリアを見て、ちっ、と小さく舌打ちしたクラウディオは持っていたペンを置いて腕を組んだ。


「お前は明日から容疑者の取り調べに同行してもらう。それ以外は、特に仕事はない。その机で本でも読んでいろ。ブルーノ、館内を案内してやれ」

「かしこまりました」


 オフィーリアは鞄を机に置くと、ブルーノについて行った。ちらりと顔を上げると、クラウディオはすでに書類仕事に戻っており、その隣の机でサムエーレがひらひらと手を振っていた。一応小さく礼をしてから部屋を出た。

 ゆっくりと歩きながら、ブルーノから館内の説明を受けた。


「基本的には一般の容疑者の取り調べは他部署でやります。長官室にまわってくるのは、罪を犯した高位貴族などの取り調べです。そういった奴らは、身分の低い者とは会話しませんから。長官が王弟なのはご存じですよね?」

「はい、話だけは」

「実質、国王陛下の次に身分の高い方ですので、この国で長官に逆らえる者はいません。しかも融通のきかない堅物ですので、ある意味天職とも言えるでしょうね」

「は……はぁ、そうですか……」


 館内をぐるりと一回りし、ブルーノは長官室へ戻る階段へ向かおうとしたが、ふと立ち止まり少し考える仕草をした。


「ナーヴェ嬢、戻る前にこちらへ」


 言われるがままついて行った先には、大きな職員食堂があった。まだ昼休みには早いが、休憩なのか早めの昼食なのか、ぽつりぽつりと席には人が座っていた。


「ナーヴェ嬢は食堂は使われないと聞いていますが、一応お教えしておきます。こちらへどうぞ」


 人気のない狭い席にオフィーリアを座らせると、ブルーノはカウンターでコーヒーを二つ受け取り、慣れた様子でテーブルに置いた。


「コーヒーは飲めますか。ここの紅茶は非常に薄くてまずいのです」

「大丈夫です。ありがとうございます」


 食堂のシステムを簡単に説明したブルーノは、コーヒーを一口飲んだ。オフィーリアはブルーノが持って来てくれた砂糖とミルクを遠慮なくたくさん入れた。コーヒーをスプーンでくるくると混ぜ、ふうふうと冷ましながら一口飲んでそっと息を吐く。ブルーノは静かにその様子を見ながら待っていた。


「あの、ブルーノ様はここにどのくらいお勤めなのですか?」

「四年……ですかね。長官室付きになったのは二年前です」

「へえ。おいくつですか?」

「二十才です」

「えっ。私のひとつ上? 十六才から働いてるんですか?」

「ええ。学園は飛び級で卒業しましたので」

「なっ、なんと」


 同じ伯爵家で年が近そうというだけで親しみを感じていたが、とんでもない天才エリートだった! そういえば今の刑部省はコネ無し、と言っていた。二年で長官室付きになるなんて、ブルーノはとてつもなく優秀なのだろう。オフィーリアは崖の上で急に手を離されたような気持ちになった。


「ちなみに、アンジェロは平民です。両親兄弟みな学者で、家族全員変わり者。アンジェロ家の教育は勉学に全振りであの通りしつけがなっていません。以前は一般の犯罪者の取り調べをする課にいて、拷問が得意でした」

「……は!? ご、ごうもん……」

「自白率がかなり高い優秀な職員だったのですが、笑顔で拷問する様子に同僚がのきなみノイローゼとなり、アンジェロの性格が破綻する前に長官室預かりとなったのです。ですので、アンジェロの前職の話はあまり聞かない方がいいかと思います」

「は、はひ……」


 ふわふわの金髪にとろんとした目をした、のほほん天使のようなアンジェロが拷問が得意とは。オフィーリアはこの時ばかりは、手が震えてほしいと思った。


「そして、一番の注意事項。長官についてです」

「アンジェロ様以上の何かがあるのでしょうか……」

「長官は嘘やお世辞が大嫌いで、特に美しい容姿のことをいじられると烈火のごとく怒ります。可愛らしいピンクの髪を伸ばしているのは、短くしたらくせ毛がぴょんぴょん跳ねてより可愛くなってしまうからです。若く見えますが、もうすぐ三十です。あの通り直情型の方なので、わかりやすい人でもあります。長官には気を遣わないように、気を遣ってください」

「めんどくさっ……」


 やばい。やっぱり長官室はやばい人しかいない。


「あの、副長官は……」

「サムエーレ様ですか。あの人は見たまんまの人ですので、特に注意点はありません」


 ブルーノが優雅な動作で音も立てずにコーヒーを一口飲んだ。そうか、意外とあの人が唯一のまともな人なのか。


「サムエーレ様は長官と同じ年で乳兄弟です。なのに、日々長官の地雷を踏んでは怒鳴られています」

「……」


 オフィーリアはコーヒーを両手で持ったまま天井を見上げた。早く建築院に帰りたい。いつも鞄に入れていたくぎ抜きと巻き尺が恋しい。

 そろそろ戻りましょう、と立ち上がったブルーノに続いて、オフィーリアはあわてて後を追った。


ブルーノはアンジェロよりも年下ですが、アンジェロがあんなんだからタメ口です。


次回は5日(月)AM11時更新となります。

楽しい日曜日をお過ごしください!


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― 新着の感想 ―
[一言] これ愉快な刑事さんたち(特別重大犯罪専従捜査班みたいな)の中に放り込まれた出入りの業者から引き抜かれた若い娘さんの話…! 皆さんの個性強すぎいい感じです。アンジェロいいなー!このメンツの中で…
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