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■コミカライズ記念SS ~王太子殿下は反抗期2~

本日コミカライズ連載スタートです!

「コミックライドアイビー vol.08」 漫画:出迦オレ先生

(タイトルは 「不機嫌な公爵様はウソ発見器付き令嬢の取説をご所望です」 に改題されてます。)

 王太子の護衛の一人が突然転んだオフィーリアに駆け寄ろうとしたが、彼女に寄り添うブルーノに手で制され立ち止まった。無言で首を横に振るブルーノに戸惑いつつ、護衛は王太子の元へ静かに戻って行った。

 オフィーリアの膝の力が急に抜けたのは、王太子がクラウディオの制服をバカにし始めたあたりからだ。後ろの壁からも若干離れていたため、手をついて体を支えることもできないまま、オフィーリアはがくりと倒れた。とっさにブルーノが支え、ゆっくりと床に下ろしたために大きな音は立たなかった。だから、オフィーリアが転んだことには、王太子は気付くことはなかった。

 その後も続く王太子の言葉にオフィーリアの体は震え続け、とうとう床の上に転がってしまった。クラウディオがしゃべり続ける王太子を止めてくれたおかげで、オフィーリアは床に手をついて、やっと体勢を整えることができたのだ。


「何なんだ……ふっ、わかったぞ。図星をさされ、さすがに叔父上も狼狽えたということか」

「ああ、そうだ。何でもいいから、お前は口を閉じろ。そして、さっさとどこかへ行け」


 なおも食ってかかってくる王太子をクラウディオが適当にいなす。


「王太子である私に対して何だその態度は、不敬だぞ!」

「お前が他人行儀はやめろ、と言ったんだろう」

「ぐっ、うるさいっ! 黙るのは叔父上の方だ! 今後二度と私に話しかけてくれるな!」

「……だから、黙れと言っている……」


 ブルーノの手を借りて立ち上がろうとしていたオフィーリアが再び床に膝をついている。今度は護衛の一人もとっさに腕を貸してくれたため、膝を強打することは無かったようだ。しかし、オフィーリアのすべてを諦めたかのような絶望の表情を見ていられなくて、クラウディオは手で目元を隠したまま顔をそむけた。


「……叔父上? いや、あの、そこまで落ち込まなくても……? っ、アネッレ卿、何がおかしい!」


 クラウディオの背後に、堪えきれずに手で口を押さえ肩を震わせているサムエーレがいる。それに気付いた王太子が再び声を上げた。


「いえ、何でもありません。失礼いたしました、殿下」

「本来ならばお前が叔父上に進言し、改めさせるべきことだろう。いつまでも友人のようにその立場に甘えおって。叔父上にはもっとましな側近をつけるべきだ」

「ふっ……、ありがとうございます、殿下」


 王太子の肩の向こうで、オフィーリアが全身をガクガクと震わせている。

「褒めていないぞ! 何を聞いているんだ、お前は!」

「もう、黙れ。リナルド」


 クラウディオにもう一度窘められ、王太子は周りの様子がおかしいことにやっと気付いた。クラウディオとサムエーレが必死に自分から目を逸らしている。そういえば背後の護衛たちもやけにそわそわとしている気配がする。

 パッと後ろに振り返ると、焦げ茶色の髪をした女性が肩で息をしながら、両手を床についてぺたりと座っていた。叔父上に気を取られて失念していたが、そういえば女性が一人いたな、と思い出す。

「ご令嬢、どうしたんだ。気分でも悪いのか?」


 王太子に声をかけられ、オフィーリアは狼狽えた。突然あらわれた王族への挨拶も分からないし、さっきから嘘ばかり吐いていた彼の言葉にもどうこたえて良いものかも分からなかった。でも、自分の体がどこも震えないということは、王太子は心から心配してくれているということだ。


「王太子殿下、ありがとうございます。大丈夫です。彼女のことはどうかお気になさらずに」


 オフィーリアの肩を支えたままブルーノが深く頭を下げる。


「いや、どう見ても大丈夫ではなさそうだが」

「そいつは大丈夫だから、放っておけ」


 クラウディオの冷たい声が廊下に響いた。王太子がぎょっとしてクラウディオに振り返る。


「叔父上、体調の悪い女性に向かって、何て言い草だ。自分の部下だからこそ大切にすべきだろう」

「こいつのそれは持病の挙動不審だから、お前が黙ればすぐに治まる」

「持病の挙動、不審? え? 何て言いました?」


 黙れ黙れ、と、さっきからいったい何なのだ。子供だからとばかにして。王太子はそう叫びたかったが、ぐっと堪えた。


「もういい、勝手にしろ。私は忙しいんだ。失礼する、叔父上」


 王太子はそう言い、後ろに控える護衛たちに目配せして踵を返した。

 遠ざかってゆく王太子の後ろ姿を見つめ、オフィーリアが大きく息を吐いた。それを合図に、サムエーレとブルーノが笑い出す。


「ふっ、あはははは。何だありゃ、リナルドの奴。可愛いな」

「副長官、だめですよ。王太子殿下にそんなこと、言っちゃ」

「お前も笑ってるだろ、ブルーノ。ははは、いやあ、そういうことだったのか。これで安心だな、クラウディオ」


 サムエーレに肩を叩かれ、クラウディオがめずらしく困り顔で眉間を揉んでいる。その仕草は、何だかちょっと照れているようにも見えた。ブルーノの手を借りて今度こそ立ち上がったオフィーリアは、すでに誰もいなくなった廊下の先を眺めながら不思議そうに首を傾げた。




「あはははは、そんなことがあったんスか。そんな面白いことがあったのなら、俺も行けば良かったっス」


 長官室で留守番をしていたアンジェロが、ブルーノから王城での出来事の顛末を聞いて笑い転げている。どうやら意味が分かっていないのはオフィーリアだけのようだ。


「あの、王太子様のアレはいったいどういうことだったのでしょうか」


 アレ、とは、彼がしゃべるたびにオフィーリアが転んでしまった、というアレである。ブルーノが、ええと、と口ごもったため、上機嫌のサムエーレが代わりにこたえた。


「いやあ、まあ、最近やたらと反抗的だった王太子殿下は、実はクラウディオのことが大好きだったってことだよ。良かったな、クラウディオ」


 前半はオフィーリアに、後半はクラウディオに向けて、サムエーレが話しかける。


「……そうとは限らないだろ」


 しぶしぶ返事をしたクラウディオは、机に向かって書類に目を落としてはいるものの、右手のペンは一向に動いていない。興味のないようでいて、きちんと部下たちの話に耳を傾けているのだ。


「どういうことですか?」


 いまいち話にピンと来ないオフィーリアが、もう一度尋ねた。隣の席のブルーノが言葉を選びながら、ゆっくりとオフィーリアの方を向く。


「そうですね。きっと王太子殿下は、長官が身分に驕ることなく、我々と同じ制服を着て朝から晩まで働いていることを誇りに思っておられるのでしょう」


 オフィーリアは頭の中で、王太子の言葉を反芻した。そういえば確かに『下賤な服を着て』『朝から晩まで働いているだなんて』『王弟であるという誇りをお忘れなのでは』と言っていた。そして、その言葉のせいでオフィーリアは転んでしまったのだ。


「なるほど。つまり、王弟なのに一生懸命働く叔父上かっこいい、って言っていたってことですか」


 オフィーリアがそう言って手をポンと打つと、アンジェロがいっそうげらげら笑い、クラウディオが顔をしかめた。その様子を眺めていたサムエーレが目を細め口を開く。


「俺はリナルドが赤ん坊のころから知っているけれど、昔はクラウディオによく懐く素直な子だったんだ。でも、ここ数年急に反抗的になって。もしかして、まだクラウディオのことを敵対視している勢力があって、そちらに唆されているのではないかって心配していたのだが。ただの反抗期か。ははは、ナーヴェ嬢のおかげで嫌疑が晴れたよ。安心した」


 オフィーリアはただ膝の力が抜けて立てなかっただけだったのだが。机の下で手をもじもじと動かしていると、クラウディオが顔も上げないまま口を開いた。


「周りの者たちが傅いているのは、自分にではなく自分の身分に対してなのだ、と気付き始める年ごろだ。与えられた権力に見合わない自分の未熟さと葛藤しているんだろう」


 クラウディオの言葉に、長官室がしんと静まりかえる。クラウディオにもそういう時期があったのだろうか。屋敷に引きこもって育ったオフィーリアには、想像もつかない心情だった。


「良かったな、クラウディオ。最後には、またお話しようね、って言われたじゃないか。俺も、良い側近で羨ましいって言われたっぽいし」


 気まずい空気を打ち消すように、サムエーレが明るい声でそう言い、笑った。

 確かに『二度と話しかけるな』は捉えようによってはそうも聞こえるが、曲解し過ぎな気もする。オフィーリアが首を傾げると、ブルーノも同じように隣で首を傾げていた。

明日も11時更新です。

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