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【メイプルノベルズ様から 「不機嫌な公爵様はウソ発見器付き令嬢の取説をご所望です」 に改題され電子書籍化されます】2022年12月23日よりピッコマで先行配信スタート!

 ランチを終えたオフィーリアが長官室にもどったのは、昼休みの時間などとっくに終わった頃だった。とくに取調べもない日は、彼女はわりと自由行動が許されている。


「ただいま戻りまし……ヒィッ」


 うつむいたまま上目遣いでそう言ったオフィーリアは、クラウディオと目が合うと、あからさまに悲鳴を上げた。その声にクラウディオが眉間のシワを深くする。

 オフィーリアはそそくさと席に着き、クラウディオに背を向けた。


「何があったんスか?」


 横を向いて座っているオフィーリアの顔を覗き込み、アンジェロがたずねる。隣の席なのだから、横を向けば必然的に彼と見つめ合うことになってしまうことに気がついたオフィーリアが、しまった、という顔をした。


「ミランダちゃんに何か言われたんスね」


 心配そうな声色のわりには、アンジェロは満面の笑みを浮かべている。言うまで逃がさない、と顔に書いてある。


「黙秘します! わたっ、私、取調室のお掃除に行ってきます!」


 オフィーリアはそう言うと、部屋から飛び出して行った。むやみにそれを追うものはいない、とりあえず。クラウディオに関することを言われたのだろうな、と全員が想像ついたからだ。





 階段を駆け上がり、長官室専用の取調室に飛び込んだオフィーリアは、一番手前の椅子に座るなり机に突っ伏した。

 先ほどまで一緒にいたステッラの言葉があたまの中をぐるぐると回っている。

 長官が、わたっ、わたっ、私の事を、すすすす、す、き、で、一緒にいたいと思っている、とか……そんなこと……。


———ずっと、ここに……俺のいるところに、……いたらいい……。

———今度はちゃんと伝わったのか?


「あーーーーっ!!」


 オフィーリアの叫び声が誰もいない部屋に響き渡る。

 あの言葉が……『俺のいるところ』が、まさか、長官室ではなく、長官のそばに、という意味だったとは……! そんなわけない、と思うけれど、ステッラとミランダの前で体はピクリとも震えることはなかった。つまり、二人は嘘を言っていないということだ。

 そういえば、何か長官のお家は過ごしやすいみたいな話もしたような気がするけれど、今となって思えば、あれはもしかしてそういうことだったのかもしれない。


「で、でも、ステッラ様とミランダさんの勘違いかもしれないし」


 だが、しかし、そうではなかった場合。

 オフィーリアは、がばっと顔を上げた。

 もし、長官がそういう意味(・・・・・・)で言っていたのだとしたら……。

 私あの時、何て返事した———?


「私ったら、とんでもなく失礼なことを……」


 ゴンッ。

 再び突っ伏したオフィーリアは、したたかに机に額を打ち付けた。





 刑部省の馬車は少々古びているので、車輪の軋む音はするし、座席もちょっと固い。それでもクラウディオは文句ひとつ言わず、いつもこれに乗って移動している。不機嫌そうなのは通常運行だ。

 オフィーリアは窓に映る彼の姿をちらりと見て、すぐにうつむいた。そして、また、ちらりと見てはうつむく、を繰り返している。座席の隅に縮こまって座っているオフィーリアは、この広くはない車内でクラウディオに背を向けていた。

 クラウディオは小さくため息をついた。オフィーリアは気付いていないが、窓越しにこちらを見ているということは、クラウディオからも彼女の顔は見えているのだ。ちらちらとしきりに自分の顔を確認されているのだから、先日のランチの話題が何だったのかくらいは容易に想像がつく。

 はあ、と今度は大きくため息をつくと、オフィーリアの肩がびくっと揺れた。これは嘘のせいではなく、ただの怯えだ。壁を叩き、次の角で馬車を停めるように御者に指示をした。


「あの、次の現場はこのあたりなのですか?」


 オフィーリアは不安げにきょろきょろと辺りを見回した。右手はしっかりとクラウディオの上着の裾を握っている。

 馬車が停まったのは、比較的閑静な王都の商店街だった。肩がぶつかるほどではないが、歩道にはショーウィンドウ越しに店を物色している人々が歩いている。道路に出て呼び込みをしている店がないからまだましではあるが、これだけ人がいるならば、やはりクラウディオに掴まらなければオフィーリアはまともに歩くことができない。

 オフィーリアは先ほどまで、とある貴族の屋敷へ行っていた。屋敷をひと通り歩かされ、盛大に転んできたばかりだ。


「いや、今日はもう外回りはない。あの屋敷で3つも隠し金庫を見つけた褒美に何か買ってやろう」

「えっ!? ご褒美?」


 ぴょんと飛び跳ねたオフィーリアがクラウディオを見上げた。


「やっとこちらを向いたな」

「あっ」


 あわてて顔を伏せたものの、クラウディオの瑠璃色の瞳をしっかり見てしまった後だ。オフィーリアの顔がどんどん赤くなってゆく。


「何か欲しい物はあるか?」


 そう問われ、ぎゅっと眉を寄せ、オフィーリアは顔をしかめて首を横に振った。


「そうか。甘いものはあいつと散々食ってるだろうしな、夜中まで」


 クラウディオは口の端を歪めてつぶやいた。どうやらオフィーリアの様子に笑いをこらえているらしい。

 彼の言う、あいつ、とは、ジャンのことだ。おっしゃるとおりジャンとお菓子ばかり食べているので、オフィーリアは何も言い返すこともできず口を閉じた。


「あの、何で急にご褒美なんてくれるんですか?」


 おずおずとそう尋ねると、クラウディオがちらりとこちらを見た後、ニヤリと笑う。


「お前はこれくらいあからさまなことをしないと気付かないようだからな」

「んん?」

「要するにまずは物で釣ろう、というわけだ」

「ん? 物で? 釣る? 何をですか」


 首を傾げるオフィーリアを無視して、クラウディオはふと足を止めた。その視線の先には、小ぢんまりとした花屋があった。店内に収まりきらない花が歩道にまではみだし、ぎゅうぎゅうと並んでいる。


「無難に花でも買ってやろうか」

「わあ、嬉しいです」


 見る角度によっては寄り添い腕を組んでいるように見える男女が店を覗き込んでいると思ったのだろう、愛想の良い店員が近付いて来た。そして、どの花よりも麗しい顔面のクラウディオを見て、頬をひきつらせる。


「どれが欲しいんだ」


 腕を組んだクラウディオが鷹揚にオフィーリアを見下ろした。思わずオフィーリアがひるむ。頬を強張らせたままの店員がそれを見守る。


「ええっと……その、何でも、いいです……」

「……お前の好きなものを選べと言っている」

「ひぃっ」


 恐ろしい顔で睨まれ、オフィーリアは必死で店内を見回した。適当に選ぼうものなら、途端にオフィーリアの体は震えてしまうことだろう。涙目になりながら、好みの花を探す。

 目についた黄色い花とオレンジの花をちょいちょいと指さすと、店員がすかさずそれを摘まみ上げた。


「おい、それだけか」

「はいっ、これで十分です!」

「そんなんじゃ見栄えがしないだろう。では、あれとこれと、ああ、それを入れて。あとはバランスを取れるように適当に見繕って両手で抱えるくらいの花束にしてくれ」

「ちょ、長官、そんなに……」

「俺がショボい花束を渡しただなんて噂になったらどうするんだ」

「……ありがとうございます……」


 まさしく両手で抱えなければ持てないほどの大きさになった花束を渡されたオフィーリアは、素直に頭を下げた。これはさぞかし良い売り上げとなったことだろう。店員が満面の笑みを浮かべている。

 上機嫌の店員が張り切って作ったであろう花束は、見事な出来栄えであった。

 オフィーリアの選んだ黄色とオレンジの花をメインに、愛らしく、そしてゴージャスに彩っている。

 隠れるようにしてそっと花の香りに酔いしれているオフィーリアの姿に、クラウディオがほっと息をつく。

 二人は並んでゆっくりと歩き始めた。

 ふと、瞬いたオフィーリアが顔を上げる。


「あの、長官」

「なんだ」

「長官はなぜこのお花を選んでくださったのですか? 長官のお好きな花ですか?」


 クラウディオは真顔だった。花束をのぞきこんでいたオフィーリアが、しまった、という顔をした。


「いや別に? 値段の高い花を指さしただけだ。女は高価なものが好きなのだろう?」


 さらっと元も子もないことを言うクラウディオに、オフィーリアは若干がっかりした。情緒も何もない。しかし、とても彼らしい、とも思った。確かに、ショボい花束は渡したくない、と言っていたではないか。でも。


「……」

「なんだ、不満か。だから欲しい花を言えと言っただろう」

「いえ、もっと、こう……花言葉とか考えて選んでくれたのかと思いました」


 少しだけ口を尖らせたオフィーリアがつぶやいた。


「そうですよね、長官が花言葉なんて知っているわけが……」

「ある程度覚えてはいるぞ」


 意外な返答にオフィーリアが目を見開いたまま立ち止まった。つられてクラウディオも足を止める。


「まだ俺が王太子候補だった頃、様々な授業があった。その時に、花の名前や花言葉を覚えさせられた。そんなものいつ使うのだ、と反発したものだったが。そうか、こういう時に使うのか」


 始めの方はオフィーリアに向けて、後半は自分に言い聞かせるようにクラウディオが言った。花言葉なんて貴族にとって使いやすい社交辞令だというのに、彼はそんなもの気にしたことはないのだろう。その実直さに思わず吹き出してしまった。


「ステッラ様が、長官はいつも真っ赤なバラを贈ってくれた、とおっしゃってました」


 赤いバラの花言葉は、情熱、美、愛情、あなたを愛しています、だ。


「それは、あいつがそれがいいと言ったからだ。自分には赤いバラが似合う、と。だから、公爵家の家令がイベントごとに赤いバラをメインに、あとは旬の花を見繕って贈っていたようだ。俺は知らんが」


 両手で花束を抱えたオフィーリアが、じっとクラウディオを見上げる。

 彼女のこげ茶色の瞳を見据え、クラウディオは小さくため息をついた。


「すまない、もっときちんと花を選ぶべきだったな」


 クラウディオはそう言うと、オフィーリアの手から花束をもらい受ける。通行人とすれ違った時に、オフィーリアが少しだけよろけたからだ。人通りのある道では、やはり彼女はクラウディオの上着の裾を掴まなければまともに歩けないのだ。


「い、いえ……嬉しいです。家族とジャン様以外の人にお花をもらうのなんて初めてなので」


 ジャンの名前に一瞬眉をひそめたものの、すぐに表情を戻したクラウディオは、オフィーリアが自分の上着の裾を掴んだのを確認すると、再びゆっくりと歩き始めた。


「そうか」

「……は、はい……」

「…………」


 少し後ろを歩くオフィーリアの表情はクラウディオからは見えない。

 他人とまともにすれ違うこともできない彼女が、自分に触れていると震えが収まるという事実に、クラウディオは思わず口元が緩んでしまうのを隠しきることができなかった。それはつまり、自分が嘘をつくことのない誠実な人格だ、と証明されているということだ。けしてオフィーリアに信頼されているらしいとか、そういったいやらしい理由で笑っているのではない。だから、それをごまかすようにわざと目を眇めて話題を変えた。


「そういえば、オフィーリアという名の花があったな」

「え? そうなんですか?」


 オフィーリアがきょとんと首を傾げた。


「自分の名前なのに知らないのか。バラの一種に、オフィーリアという品種があったはずだ」

「へええ。バラですか! 知りませんでした」

「そうだな。今度、お前に贈ってやろう」


 彼女の名の花を贈る、なかなかいい案ではないか。クラウディオはあごに手をあて自賛した。


「わあ。見てみたいです。何色のバラですか」

「確か、薄いピンクだ」


 はた、とオフィーリアの視線がクラウディオの頭のあたりでぴたりと止まる。同時に、クラウディオの足も止まった。

 貴族が自分の持つ色を贈る、というのは、非常に重要な意味を持つ。世間に疎いオフィーリアでさえも、それくらいは知っている。


「わ、わあ。タノシミデス……」

「あ、ああ。……うちの家令に命じておく」

「あ、あはは。そうだ、オフィーリアの花言葉って何でしょうね。良い意味だといいなあ、あはは」

「オフィーリアの花言葉か。そこまでは知らんが、まあ、ピンクのバラの花言葉と同じでは……」


 そう途中まで言いかけたクラウディオが、ぐっと言葉に詰まった。つられてオフィーリアも顔をこわばらせる。


「ええと、花言葉までは知らんが、まあ、多分、臆病とか泣き虫とか情緒不安定挙動不審とかじゃないか?」

「もう! 何ですか! それ」


 ぽかりと腕を叩かれ、クラウディオが笑う。


「でも、……そうだな。ピンクのバラをお前に贈ってやろう。ありったけのバラを」


 クラウディオがそう言い、口の端をわずかに弓なりに上げた。輝くピンク色の長い前髪の隙間から、瑠璃色の瞳がこちらを見ている。

 いつ見ても美麗な笑顔に瞬きも忘れてしまったオフィーリアは小さく、こくりと頷いた。



明日もAM11時に更新です。

どうぞよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なかなか甘々な雰囲気で、クラウディオがちょっと報われててよかったです(笑 薔薇のオフィーリアとピンクの薔薇の花言葉調べちゃいました。オフィーリア、すごく可憐で可愛いし、花言葉も可愛いですね…
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