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明日からの祝日も更新します!
完結に向けてオッフィーまっしぐら。
明くる朝。オフィーリアはクラウディオの隣に座り、叙階の儀を見学していた。クラウディオは本来なら王族用の席に座ることができるのだが、オフィーリアに合わせて関係者用の席にいる。クラウディオの威圧感のおかげで周りの者たちは儀式に集中することができなかった。
体の震えが止まらないオフィーリアは、クラウディオの上着の裾を握らせてもらっている。なぜだろう、こうしていると震えがぴたりと止まるのだ。
クラウディオは嘘をつかない。
たったそれだけのことなのに、今までこんな人には出会ったことはなかった。たくさんの人が周りにいるというのに、こうして落ち着いていられる。
目を閉じて、教皇の唱える厳かな寿ぎに耳を澄ませた。この穏やかな時間がもっとずっと続いたらいいのに。
オフィーリアは、上着を握る手にそっと力を込めた。
そんな二人の様子はさらに周りの注目を集めていたのだった。
下ろされたシャンデリアを調査した結果、加工されたろうそくが使われているのが発見された。ろうそくに火を点けると、無色無臭の薬品が溶け出し目が開けられなくなるしかけがなされていた。
そうした混乱の中、ラァトゥミウス教の信者たちは聖遺骸を奪う計画を立てていたそうだ。聖遺骸を盗む者、王宮の敷地から運び出す者、馬車に乗せる者、国境を越える者……。細かく役割が分けられ、国外のラァトゥミウス教の教会へ運ぶ計画が進められていた。その計画に加担していた者たちはほとんど逮捕されたが、それでもまだ全員ではない。
叙階の儀はつつがなく終えられ、聖遺骸は再び厳重な警備のもと大聖堂に帰っていった。
「逮捕された者たちは、聖遺骸を奪われたという義憤に駆られてこの作戦に加担していました。皆、一様に、これは聖戦である、と口をそろえて言っています。きっと首謀者がその言葉で信者を操っているのでしょう」
聖遺骸を守る兵たちの大行列を見守りながら、ブルーノがそう話してくれた。
貴族たちの取り調べはほぼ終了し、残りは下の階の人たちに任せるそうだ。
自分の役目はもう終わった。オフィーリアは、静まり返った神殿の向こうに見える建築院をぼんやりと視界に入れた。今回の事件の取り調べが終われば、オフィーリアは元の建築院に戻るという約束だった。あんなに帰りたかった建築院が、今はとても遠くに見える。
長官室に戻ると、オフィーリアはおもむろに鞄に手を入れ、きれいにラッピングされた小さな包みを4つ取り出した。
「あの、これ、お世話になったお礼に……どうか受け取ってください」
そう言って、一人一人に包みを配った。アンジェロが興味津々にすぐに包みを開けた。
「うおっ、ハンカチ? イニシャルの刺繍入りっスよ!! これ、もしかして」
「はい、心を込めて刺繍しました」
「うわー! 俺、女の子からこんなプレゼントもらうの初めてっス! ありがとうございます!」
アンジェロがハンカチを両手で掲げ、飛び上がって喜んだ。嬉しそうに刺繍を撫でていたサムエーレが目を細めた。
「へえ、ナーヴェ嬢。意外と器用なんだね」
「えっと、あの、子供の頃から家に引きこもってますので、一人で部屋でできることと言えば読書か刺繍くらいのものですから……」
オフィーリアが恥ずかしそうに目を逸らすと、ブルーノと目が合った。ブルーノはハンカチを手に、眉を寄せてオフィーリアを見つめていた。
「ナーヴェ嬢、お世話になったお礼って……退職されるおつもりですか?」
「えっ。だって、あの、私はこの事件のお手伝いで呼ばれただけで、その、解決したら戻されるって聞いていたので」
「異動はそんな簡単な話ではないだろう? なあ、クラウディオ」
サムエーレの声に顔も上げずにちらりと目だけ上げたクラウディオは、気まずそうに口を歪めて頷いた。その様子にオフィーリアは首を傾げた。
「でも、あの、私、長官に異動願いを出しましたよね。それは、あのう」
「異動願い!?」
サムエーレが声を上げ、すぐにクラウディオを睨んだ。ブルーノとアンジェロも不安そうにしているが、クラウディオは黙ったままだった。
「あの、最近仲良くなった他部署の女性たちから、異動願いを出しておくと手続きがスムーズになるって聞いたので……その、お忙しい中、お手を煩わせてしまうのは申し訳ないなと思って……」
「長官、受け取ったんスか」
アンジェロに詰め寄られ、クラウディオがようやく顔を上げた。相変わらず口を歪めたままであったが、じろりと睨む表情はいつものままだった。
「受け取ったが……忙しくてそのままにしてある」
「えっ。あの、サインして総務へ出してくださいって……言いましたよね」
「俺は忙しいんだ! お前のために割く時間などない!」
バン、と机を叩かれ、オフィーリアはぱくぱくと開いては閉じてを繰り返していた口を閉じた。
「手続きがスムーズって、長官の手間が減るとかそう言う意味じゃないと思いますが……」
「ほら、オフィーリアちゃん長官に怒鳴られまくってるから、他部署では同情票が集まってるんスよ」
ブルーノとアンジェロがボソボソと小声で会話している中、突然扉が大きく開いた。
「オッフィー! ご機嫌よう!」
「ビガット公爵閣下!?」
そこに立っていたのは、大きな花束を抱えた喜色満面のジャンだった。初めて出会った時には想像もできないような笑顔である。
めったにお目にかかることのできない人物であり部外者でもあるジャンの突然の登場に、長官室の面々は目を丸くしたまま固まっていた。
いきなり押し付けられた花束を反射的に受け取ったオフィーリアが、真っ赤な薔薇の陰から顔を覗かせると、ジャンが大きく腕を広げた。
「オッフィー、お仕事お疲れ様! さあ、私と結婚しよう!」
「は……?」
しんと静まり返る室内。
窓の外からは、夕刻を知らせる小鳥の鳴き声が遠くから聞こえた。
「「「「ええええーーーー!?」」」」
クラウディオ以外の全員が同時に叫んだ。
「閣下! な、何を言ってっ」
「よくよく考えたら、これが一番良いって気付いたんだ。私にとっても、オッフィーにとっても!」
「ナーヴェ嬢、どういうこと!?」
「いったいどこで出会って、そんな関係になってたんですか!?」
「俺、プロポーズをこんな間近で見たの初めてっス」
全員が同時にしゃべり始め、とたんにうるさくなった室内に、クラウディオの拳が机を叩く音が響いた。
「黙れ! 貴様ら!」
「お前が一番うるせえ……」
耳をふさいだサムエーレがつぶやく。
ガタン、と椅子を倒して立ち上がったクラウディオが、じろりとジャンを睨む。負けじとジャンも睨み返す。まあまあ、と二人の間に入ったサムエーレの手を払って、クラウディオはオフィーリアとジャンの腕を掴むと、無理やり二人を引きずって部屋を出た。
わあわあと騒ぐジャンを無視して飛び込んだのは、一番狭い応接室だ。ここは魔導具によって防音がなされている。
ジャンをソファに放り投げ、その向かいのソファの端にオフィーリアを座らせた。
「ジャン、いったいどういうつもりだ」
めずらしく自分の名前を呼んだクラウディオに、ジャンが口の端を上げる。
「お前にも聞こえただろ。オッフィーにプロポーズしたんだ」
「お前は女だろう!」
「そうだけど、公には男だ。書類上は結婚できる。公爵家と伯爵家なら、まあ何の問題もない」
「オフィーリアを巻き込むなと言っただろう」
急に二人の視線が注がれ、オフィーリアはおろおろと上げ下げしていた手をそっと膝に下ろした。
「巻き込むも何も、オッフィーは当事者だ。私たちはお互いに秘密を共有している。秘密をけして洩らさないようにするにはどうしたらいいか考えたんだ。その結果、結婚するのが一番良いと気付いた」
「相変わらずお前の発想は意味がわからん」
「オッフィーの前では、私はもう嘘をつかなくていいんだ。私が私らしくいられるのは彼女の前でだけだ。オッフィーだってそうだ。互いに互いを縛り付けることによって、私たちはもう何も隠すことなく暮らしていくことができる。私はこれからも社交界に参加する気はない。二人でずっと屋敷で静かに暮らそう、ね、オッフィー」
オフィーリアはぽかんとした。私が私らしくいられる……?
確かにジャンは女性であるが、結婚できないわけではない。愛はなくても互いに利の有る結婚。そんな結婚、貴族なら皆しているではないか。結婚できない事情のある二人が結びつくというのは、とても効率的なのではないだろうか。
オフィーリアがその気になってきたのを感じ取ったのか、ジャンがさらにまくし立てる。
「もちろん大っぴらには困るが、秘密の恋人だって持ってもらったっていい。むしろ、そっちで子供ができたら、私たちの子として育てよう。これで跡取り問題だってクリアできる。どうだい、ハッピーでしかないだろう?」
思わず勢いで頷きそうになってしまったオフィーリアは、あわてて両手で頬を押さえた。それを見たクラウディオが舌打ちをする。
「そんな結婚生活など、うまく行くはずがないだろう」
「そもそも、なんでクラウディオが反対するわけ。私とオッフィーの話だろ。お前には関係ない」
ぐっ、と黙ったクラウディオが歯噛みした。
「関係なくはない。こいつは俺の部下だ」
「案件が終わったらオッフィーは解放すると言っていた」
「まだ長官室勤務だ」
「でも、それももう終わりだろ。私はきちんと、オッフィーの父上に許可を取ってきた」
「ええっ!? お父様に!?」
驚いたオフィーリアががばっと立ち上がった。手足が震えないということは、ジャンは本当に父から許可を取ったということだ。
唖然とするクラウディオをちらりと見たジャンが立ち上がり、オフィーリアの手を取る。
「明日は有給休暇なのも確認済みだ。とりあえず今夜はオッフィーが私の家にお泊りする許可を取って来た」
「ん? お泊り、の許可でしたか」
「ああ、オッフィーにプロポーズするから、まずは私の家のことをよく知ってもらいたいって言ったら快く許可してもらえたよ」
「お父様ー!」
「一緒にご飯食べて、一緒にお風呂入って、一緒に寝ようね? オッフィー」
「はわわ……」
「結婚前に何をするつもりだ! 貴様!」
「やだなあ、クラウディオったら何考えてるの。私たち、女同士だよ。何の問題もないだろ」
ぐぬぬ、とクラウディオが押し黙る。
確かに。家にドメニカが遊びに来た日の夜はそんな感じだった。ジャンのちょっと押しの強い所は苦手だが、楽しい女子会が毎日続くのだと思えばこの結婚は悪いものではないのかもしれない。私が片付けば、お兄様だって安心して結婚できる。子供が二人とも落ち着けばお父様とお母様だって安心する。私の孫は見せてあげられないけれど、そこはお兄様に期待しよう。
オフィーリアがまんざらでもない顔で悩み始めたのを見て、クラウディオが釈然としない表情を浮かべた。
「さ、今日はもう終業時間だろう。夜は長い。私の家でのんびりと今後のことを話し合おう」
「おい、待て。ジャン」
「うるさいな、お前には関係のない話だって言ってるだろ。私たちにかまう暇があるなら、自分の婚約者を何とかしろよ。私のオッフィーに危害を加えようとしたんだぞ」
「閣下、あれは違うんですっ」
不用意にあなたが私に近付いたから階段から落ちたんです、とは言えずに、オフィーリアはジャンに手を引かれて応接室を出た。
顔をしかめ突っ立ったままのクラウディオは、二人を追うことはできなかった。
(;`・﹏・´)ぐぬぬ…