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3話同時に更新しています。これは2話目。

「はあっ、はあっ、もう無理無理無理。帰りたいっ」

「オッフィーが来たいって言ったんじゃないか」


 兄ベルナルドに抱えられたオフィーリアは、人気のない中庭のベンチに下ろされ、そのままぐったりと倒れ込んだ。だらしなく手足を放り出し背もたれに頭を乗せて、大きく息を吐いて呼吸を整える。


「だって、だって、あのストラーニ公爵閣下と婚約者のステッラ様が初めて一緒に参加されるって聞いたんだもの。ちょっとお近くで同じ空気を吸ってみたかったのよ。すぐに戻るつもりだったわ」

「こんな大勢の人がいるところに来るなんて、オッフィーにはやっぱり無理だったんだよ」

「ええ、改めて実感したわ。もう二度とこんな場所来ないわ」

「落ち着いたら帰ろう。一応、公爵とステッラ様は近くで見ることができたことだし」

「……まさか、お二人の近くでこんなことになるとは思わなかったわ」

「そりゃ、貴族の結婚ってそういうものが多いし……。ま、僕達には関係の無い話だろう。歩けそう? オッフィー」

「うん、お兄様ありがとう」

「どういたしまして。いつものことさ」


 夜風に揺れる木々がさわさわと葉をこする音だけが聞こえる。明るい窓の向こうには、楽しそうに笑いあう男女が見えた。ふたりは暗い足元に注意しながら、少しだけ庭を散策した。


「私はここから見てる方がいいわ」

「僕もできればこっちのほうがいいな」


 大広間とは離れたところにある大きな渡り廊下の前に、簡素な花壇があった。空いたスペースを利用して使用人がこっそり作ったのだろうか。小さな背の低い花が等間隔で植えてあるようだ。何色の花だろう。明かりがないのでよく見えない。オフィーリアは腰をかがめながら花壇に近付いた。そして、頭から花壇に飛び込んだ。


「ぎゃああ!」

「オッフィー!?」


 ぎりぎり小さな花を潰すことはなかったが、両手を土についてしまった。立ち上がりたいが、膝ががくがくと震えて土から手を離すことができない。


「のわわわわ」

「オッフィー、掴まって」


 服が汚れるのも厭わず、ベルナルドが後ろからオフィーリアを抱きかかえて体を起こす。体をひねってベルナルドにもたれかかるようにして体勢を整えたオフィーリアが、顔を上げて渡り廊下を見た。


「お兄様、きっとここだわ」

「そのようだね、早く離れよう」

「待って待って、だめよ。このままじゃ帰れないわ」

「……大丈夫だよ、だってここは王宮だし。きっと誰かが」

「だめよ。だって、もう知ってしまったもの、このままじゃだめよ」


 膝をがくがくと震わせながら、オフィーリアはベルナルドの上着を掴んで必死に訴えた。焦げ茶の大きな瞳からは、今にも大粒の涙がこぼれそうだ。それを見たベルナルドはきゅっと眉を下げた後、息を吐いた。


「そうだね。仕方がない。……行こうか」

「ううう、ごめんなさい、お兄様」


 もつれる足を何とか前に出して、ぎくしゃくと歩くオフィーリアの腕をしっかりと支えながらも、ベルナルドはがっくりと肩を落として歩いた。


「はあ、多分ここは、立ち入り禁止のはず……どうしようか」

「いつもみたいに、迷い込みましょう」


 二人は顔を寄せ合って小声で相談した。辺りに人影はないものの、衛兵がどこかには必ずいるはずだ。

 庭に出た時に使ったバルコニーから建物に戻った。広い廊下は左手に進めば夜会が行われている大広間、右手に進めば先ほどの渡り廊下だ。渡り廊下の手前には、招待客用の休憩室がある。そこに体調不良のオフィーリアを連れて行く途中で道に迷ったことにしよう。

 建物に戻った途端、オフィーリアの足の震えが止まった。それでも一応、オフィーリアはベルナルドの腕に掴まるようにして寄り添って歩いた。


「あっ、やっぱりここよ。お兄様」

「そのようだね」


 渡り廊下に近付くにつれ、オフィーリアの手が細かく震え始めた。なんとか渡り廊下へたどり着いた二人は、きょろきょろと周りを見回した。


「ふわっ、ふあああああ。こっ、この渡り廊下なのは間違いないわ。どっ、どこ、かしらっ」


 オフィーリアが両膝をがくがくと大きく震わせながら、ベルナルドの腕にぶら下がっている。オフィーリアを落とさないように抱えながら、ベルナルドは眉を寄せ目を細めた。


「ん。きっと、あそこだ」

「おっ、お兄様っ」


 数歩先の廊下の端を睨んだベルナルドを、オフィーリアがすがるような目で見つめている。


「明日、修繕に向かうように手配しておくよ」

「わわわ、あしっ、明日じゃ遅いわ。この感じは、もう、て、手遅れだわ。限界が来ているのよ。きっと、きっとっ、すぐにでも怪我人が出ちゃうわわわわわ」

「はあ……またか。仕方がない、僕が行くよ……」

「お願いぃぃぃ、おにっ、お兄様ぁああああ、がんばってぇえええ」


 ベルナルドから手を離し、近くの柱に抱き着いたオフィーリアが涙目で応援している。

 ベルナルドはおよび腰で板張りの廊下を一歩一歩ゆっくりと前に進んだ。怪しいと睨んだ辺りで足を止める。少しずつ足に力を込めていき、体重を完全に片足に載せたところで、べきっ、と嫌な音がした。


「あっ、お兄さ……」

「おっと、やっぱりここだっ、おわっ」


 足を載せた板は腐っていたらしく、面積の割には大きな音を立てて割れた。用心していたのだから、すぐに足をひくことも通常ならできたであろうが、若干、人より少しだけ鈍いベルナルドの足は廊下に吸い込まれて行った。

 ぴたりと体の震えが止まったオフィーリアが、もがくベルナルドのもとへかけつける。


「お兄様! 大丈夫?」

「いてててて、多分、大丈夫。かすり傷くらい」

「じゃあ待ってて、今、人を呼ぶわ。……きゃあああ、お兄様! お兄様ぁぁ! 誰かっ、誰かいませんかー!? 助けてーー!!」


 どたどたと駆けてくる重い足音が聞こえてきて、二人の衛兵がやってきた。衛兵に引っ張り上げられたベルナルドがぺたりと床に座り込んだ。その横にオフィーリアも寄り添う。ベルナルドの足の様子を確認していた衛兵が声をかけた。


「床が腐っていたのですね。お怪我はいかがですか」

「大丈夫です。他の人が落ちないように、何か目印になるような物を置いてください」

「ここは使用人が使う廊下です。失礼ですがここで何を」

「具合の悪くなった妹を休憩室で休ませようと思ったですが、迷い込んでしまって、戻ろうとしたら、床が落ちて……この有様です」


 ぶるぶると手を震わせてベルナルドの背に隠れるオフィーリアの様子を見て、衛兵はベルナルドの言葉を信用したらしい。


「歩けますか。救護室までご案内します」

「いえ、かすり傷でしたので。服も汚れて恥ずかしいので、このまますぐに家に帰ります。馬車溜まりまでご案内いただけますか」

「かしこまりました」


 衛兵の手を借りて立ち上がったベルナルドとオフィーリアは、服についたほこりを払いゆっくりと歩き始めた。

 二人の後ろ姿が遠くなった頃、太い飾り柱の陰からクラウディオが姿を見せた。そのすぐ後ろには、先ほどの部下サムエーレがいる。


「やはり、あの二人怪しいですね」

「いったい何をしていたんだ」


 中庭で突然妹がすっころんだ後、兄妹は怯えるように身を寄せ合いながらもしっかりとした足取りで渡り廊下へ向かった。おそるおそるではあったが、道に迷っている足の運びではなかった。不審に思ったサムエーレは近くにいた衛兵に命じ、すぐにそのことをクラウディオへ報告した。駆け付けたクラウディオと合流し、ふたりは柱の影から兄妹の様子を窺っていたのだ。


「何か危険物でも仕掛けるのかと思いましたが、自ら腐った廊下に足を突っ込み、あまつさえ人を呼ぶとは」

「いったい何が目的でそんなことをする」

「さあ、凡人の俺には想像もつきませんね。変人のあなたなら心当たりがあるのでは」

「あるわけないだろう! 誰が変人だ!!」

「ちょっ、まだあの二人いるんだから、大きな声出さないでくださいよ」

「誰のせいだ!」


 クラウディオは腕を組み兄妹の後ろ姿を睨みつけた。完全にあやしい。あの兄妹は何かを隠している。


「あの兄妹を調べろ。しばらくの間、監視もつけろ」

「は」


 駆けだそうとしたサムエーレが、急に立ち止まり振り返った。


「お前はすぐに会場へ戻れよ」

「あ?」

「ステッラ嬢をひとり置いてきてるんだろ」

「取り巻きか誰かと過ごしているだろ」

「婚約者なんだからさあ、ちゃんとエスコートしてやれよ。今日は長官じゃなくて、公爵として参加してんだろ。早いとこ戻れよ」


 クラウディオの返事を待たずにサムエーレは走り去ってしまった。ああ、本当に面倒くさい。しかし、あいつの言う通りであることも確かだ。口調まで変えて、部下としてではなく友人として忠告してきたのだ。

 クラウディオは一度振り返り、兄妹の姿がすでに見えなくなったことを確認した後、重い足取りで大広間へと向かった。


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