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「ふへぇぇぇ、ふぁっ、ふぁっ、ふぁたしはっ、ただ、商品を納めにっ来たっだけでぇぇぇ」
男が大げさな身振り手振りで叫ぶたびに、重そうな腹がゆっさゆっさと揺れる。こんな体でよく歩けるな、とサムエーレは妙な感心をした。
「ほう。何を納めたのかな」
「はっ、はわわ、それは、そのう、いろいろ、です。いろいろと、神殿で使うものを」
「……まあ、いい、お前が納品した物は、式部省の官吏が調べている」
「ひぃええええ、あのう、私は何も、おかしな物は持ち込んでおりませぇぇんっ」
額に汗の粒をいくつも浮かべて暑苦しく話す男を見て、クラウディオが露骨に嫌そうな顔をする。
「こいつ、オフィーリアの親戚か?」
『ふぁっ! ひどいですぅう、私、あんなおかしな話し方しないです!』
イヤーカフからオフィーリアの声が聞こえてくる。はわわ、とか、ひょええ、とか、そんな悲鳴が口から飛び出す奴がこの国にそういるであろうか。いや、いない。
「んで、あなたは一体何が目的で神殿にやって来たのかな」
「ほへっ、ほへっ、だから、そそそその、納品、です」
「あなたが商人ではないのは、すでに調べ済みなんですよ。あなたが持っていた身分証明書は偽造だった」
「……」
「おや、ばれたら黙秘しろって指示されてるのかな」
『オフィーリアちゃんの震えが止まったっス』
イヤーカフからアンジェロの声が聞こえてくる。オフィーリアはこの男の取り調べが始まってから、ずっとクッションの上で転がったままだ。
「神殿で、叙階の儀を邪魔して、何をするつもりか……まあ、言うつもりはないようだけど」
サムエーレが楽しそうに硬そうなテーブルに肘をつく。男は青い顔でせわしなく部屋の中を見回している。いつもの二人の見張りも後ろに待機している。この男が暴れようが、この太りようではたかが知れているが。
「神官に任命される者に気に入らない奴でもいましたか? それとも、儀式自体が気に入らないのか……」
男は顎からぽたぽたと汗を落としながら、必死でテーブルに置いた両手の指を組むように動かしている。
『間違いないっス。そいつ、ラァトゥミウス教の信者っス』
「あなたは神を信じますか?」
「へっ!?」
サムエーレの突拍子もない質問に、男が驚いたように目を見開いて顔を上げた。
「もちろん、国教ユヴトゥミウスを信仰されてますよね?」
「へっ、はわわ、はあ、もっ、もちろん……そ、そうです」
『ひゃひゃひゃ、オフィーリアちゃん、ひっくり返ったっス』
「本当ですか?」
「ふぁぁ、ほ、本当ぉですぅぅ」
『うひひ。オフィーリアちゃん、立てないっス』
男の額から汗が滝の様に流れ出し、顎を伝って手に落ちた。それをずっと目で追っていたサムエーレがにっこりと笑う。
「あなた、ラァトゥミウス教って知ってますぅ?」
「ほひぃぃぃ、知りっ、知りませぇん!」
「なるほど。本当に知らないんですか」
「ふへぇぇぇ、知りませんっ」
『えへへ、オフィーリアちゃん床で回転してるっス』
「でもねえ、あなたがさっきから動かしている指」
サムエーレがそう言って男の組んだ指に再び視線を落とす。
「それ、ラァトゥミウス教の祈りの組み方ですよね」
「ふぁっ!」
「あなた、ラァトゥミウス教の信者ですか」
「ひえっ。ちが、違いますぅぅ」
『あひゃひゃ、立ち上がりかけたオフィーリアちゃんがまたすっ転んだっス』
サムエーレがアンジェロ受け売りのラァトゥミウス教の独特な祈り方を訳知り顔で指摘すると、男がひと際慌て始めた。あごに手をあてて黙って聞いていたクラウディオが立ち上がった。
「なるほど。お前たちの狙いは聖遺骸か」
クラウディオの声に飛び上がらんばかりに驚いた男は、とうとうがくがくと震え始めた。
「にゃにゃにゃ、にゃにをおっしゃって、おられるか、私には、にゃにもっ」
「このデブ猫は下の階に回せ。そっちでならすぐに口を割るだろう」
「ひぃぃぃー」
目を剥いてのけぞった男を、二人の見張りが両脇から担いで部屋の外へ連れ出して行った。下の階、とは以前アンジェロが属していた、少々手荒な取り調べをする部署のことである。
「アンジェロ様、ラァトゥミウス教の人は聖遺骸をどうするつもりなんですか?」
長官室へ戻る道すがら、オフィーリアは隣を歩くアンジェロに尋ねた。
「ラァ教は教えはユヴ教とほぼ同じなんスけど、歴史が浅いってことにコンプレックスがあるらしくって、最近は実はユヴ教よりも先にあったのはラァ教の方だった、とか、言い出したんスよ」
「専門家はユヴ教とかラァ教って呼ぶんですね」
「言いにくいから俺が勝手にそう呼んでるだけっス」
「……それで、ラァ教はどうして聖遺骸を。あ! わかりました。ラァ教以外の神様は認めないぞー! って言って、聖遺骸は偽物だーって言いたいんですね!」
「逆っス。ラァ教は、歴史が浅いから依り代が無いんスよ。だから、聖遺骸はもともとラァ教のものなのにユヴ教が盗んだって言い張ってるんス」
「え、まさか欲しいんですか……死体」
「あはは、オフィーリアちゃん信仰の欠片もないっスね! ラァ教は元々は、虐げられてるけど俺たち頑張ってるっスって言う、かまってちゃん教だったんスけど、信徒が増えてきて過激派が増えてきたみたいっスね」
オフィーリアは足を止めた。
「え、じゃあ、聖遺骸を皆で取り返しに来たんですか?」
「多分、そうっスね。復路も用意してるくらいっスから。まあ、長官がもう手をまわして聖遺骸の警備を厳重にしてもらってるはずっスよ」
長官室の扉を開けると、応接のテーブルにたくさんの書類を広げたブルーノが待っていた。書類は様々な納品書と、神殿の平面図だった。アンジェロがその納品書をひとつひとつ確認していく。すぐにクラウディオとサムエーレが戻り、そのまま会議が始まった。
機密文書を見ることのできないオフィーリアは自分の席に戻り、所在なさげに足をぶらぶらとさせていた。
「オフィーリア、何している。早く来い」
クラウディオがイライラとした様子でオフィーリアに声をかけた。戸惑いつつも嬉しそうに輪に入ってきたオフィーリアに、アンジェロがほほ笑みかける。ブルーノが平面図に視線を落とし、指先で祭壇の位置を叩いた。
「今回の叙階の儀に際して出入りしている業者は多数いました。あの商人もどきが納めた商品は他の商人が納めた商品と一緒にされ、すでに神殿に設置されています。今からあの商人の商品だけを特定し、探し出すにはかなりの時間がかかります」
「布一枚からランプのオイルまで一個一個探すの大変っスね~」
アンジェロが頭の後ろで手を組みながら、他人事のように笑った。
「そこで、ナーヴェ嬢の出番です」
ブルーノの一言に、全員がオフィーリアを見た。
「私?」
「ええ。あなたを神殿に連れて行けば、おかしな物を発見できるのではないでしょうか」
「ふわわわわ、危険物を察知する能力はありません~」
オフィーリアが胸の前で大きく手を振ると、サムエーレとクラウディオが顔を見合わせた。ふたりは少しだけ考える様子を見せ、再び視線を合わせた。
「大丈夫でしょ。神殿に存在してはいけない物があればきっと反応するはずだよ」
「確かに、オフィーリアに神殿をうろつかせれば、危険物の前で転ぶという事か」
クラウディオがこめかみに指をあて、ニヤリと笑う。不安そうに縮こまっているオフィーリアが、がばっと顔を上げた。
「あのっ、兄を! 兄も呼んでください。あんなに広い所、私だけでは特定できないかもしれない。兄がいれば、窓に細工があるとか壁が崩れるとかだったら! 兄なら正確な場所がわかるはずです」
「……あの兄にも、特殊能力が?」
サムエーレが驚いた様にぽかんとしたが、すぐに気を取り直して部屋を出て行った。ベルナルドを呼び出すように建築院へ使いをやりに行ったのだろう。
「では、俺たちは神殿に向かう。すぐに用意しろ」
クラウディオの声に頷いたブルーノとアンジェロが立ち上がる。一瞬遅れてオフィーリアも立ち上がった。
やっと出番のベル兄ですが、明日は更新お休みです。
愉快な週末をおすごしください~