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本日から連載です。よろしくお願いいたします。
主人公のウソ発見器の説明が長いので、話が進みはじめる5話まで本日更新します。
3話まで11:00、4,5話は18:00に更新します。
どいつもこいつも嘘つきばかり。
クラウディオはまるで忌まわしいものでも見るように、さらに憎々し気に目を細め会場を見回した。人々は慌てて目をそらすものの、それでもやはり彼の一挙一動に注目している。ざわざわと関係のない話をしながらも、皆一様に聞き耳を立てているのだ。
燦爛たるシャンデリアの明かりを反射し、ゆらめくように輝く金一色の大広間。王家主催の夜会とだけあってたくさんの貴族たちがひしめき合っている。流行りの色をまとった華やかな淑女たちが美しさを競うように互いに品定めしている。笑顔で会話している紳士たちだって、同じようなものだ。誰がおのれの利益になるかを値踏みしているにすぎない。
当たり障りない挨拶をして何とか自分を売り込もうと、貴族たちが次々とやって来る。その列がやっと途切れ、クラウディオはついつい舌打ちしそうになる。
長身で目立つピンクブロンドの髪といった、とりわけ見目の良く身分も高いクラウディオと関わりを持ちたい者たちは多い。豪奢な燭台のろうそくの炎に照らされ火照った頬、話しかける隙を狙って何度も口を開け閉めしている様は非常に滑稽で非常に不愉快だ。
体の良い言葉を並べて腹を探って来る奴らに適当に返事をし、じろりと睨めば皆青い顔をしてそそくさとその場を去ってゆく。
罪人を取り調べ刑を確定する刑部省長官であるクラウディオの前でそんな態度を取るなど、何か後ろめたい事でもあるのではないか。
近くにいた給仕を呼び、ワインの入ったグラスを受け取った。なかなか下がらない給仕の様子から、そういえば今日は連れがいたのだった、と思い出した。豊かな黒髪を結い上げた美しい令嬢が、クラウディオのすぐ隣で寄り添うように立っていた。
「ステッラ。君も飲むか」
「ええ。ありがとうございます。クラウディオ様」
同じワインを受け取り、ステッラに手渡す。一口飲んだのか、それとも口をつけただけなのか、ステッラはわずかにグラスを傾けた。
「とても美味しいです。ありがとうございます」
ステッラは上品に口の端を上げた。ふん、どんなマナーか知らんが、そんな飲み方なら何を飲んだって味などわからないだろう。
「本日はクラウディオ様とご一緒できるのを楽しみにしておりました。お隣に立てること、とても光栄ですわ」
「私に世辞など不要だと言っているだろう」
「いえ……、本当に楽しみにしておりましたの。こうしてあなたの隣に立てることを」
また別の貴族が空気も読まずに話しかけてきて、二人の会話は途切れた。適当に相槌を打っていると、何者かが人込みをかき分けて近付いて来る気配がした。人々の視線が自分の背後に向けられていることに気付き、クラウディオもつられて振り向く。
「はわっ……あわわわわ、お、おに、さっ……!! 助けてっ……あわわ」
「オッフィー!! しっかり! ほら、掴まって!」
「ふぉっ……おおぅ、無理無理無理、は、はや、早く帰りましょうっ……」
背後にほとんど転がるようにして駆け込んで来た令嬢を、追いかけてきた青年があわてて抱え込んだ。足がもつれてまともに立っていられない令嬢の腕を自分の肩にまわし、顔を上げた青年がクラウディオを見て、ひっ、と息を呑む。
「はっ、はわっ、ご、ご機嫌麗しく、本日はお日柄も良く、ストラーニ公爵閣下におかれましてはっ、あのっ」
「……そこで何をしている」
「いえっ、あの、何も」
何もしていない、とはどう見たって言い難い状況であることに、青年が目を泳がせる。クラウディオの隣で黙っていたステッラが扇で口元を隠しながらゆっくりと声をかけた。
「そちらの女性、具合が悪そうですけど大丈夫ですか?」
「はいぃっ、大丈夫です、すぐに連れて行きますのでっ、すみません!」
「お酒でも飲み過ぎましたか? 体調が悪いならそこの従僕に言えば部屋を」
「そうなんですっ! 慣れない酒に酔ってしまって! ありがとうございますっ! そうさせていただきますっ!! ではっ」
「はわわ、はひはひっ」
「オッフィー、黙って!!」
がくがくと手足を震わせ白目をむかんばかりに緊張している令嬢を、青年は慣れた手付きで抱え脱兎のごとく駆け出していった。
あの怯えた様子では無理やりクラウディオに声をかけようとしてきたわけでもなさそうだ。本当に具合の悪くなった令嬢が偶然クラウディオの背後に倒れ込んだだけだろう。それにしてもあの令嬢の様子はおかしい。手足の震え、必要以上に動揺したあの表情。薬でもやってんのか。
クラウディオは距離を置いて控えている部下に目配せをした。部下は目礼するとすぐに人込みに消えて行った。
「どちらの家の方でしょうか。初めて見るご令嬢でしたわ」
青年とおかしな令嬢の後ろ姿を目で追っていたステッラが小声でたずねてきた。
「あの青年は確か、ナーヴェ伯爵家の長男ではなかっただろうか。同じ髪色と瞳をしていたから、きっとあの令嬢は彼の妹ではないか」
「まあ、あの方が」
「有名なのか?」
めずらしく他人に興味を示したクラウディオの様子に、ステッラは再び扇を広げて表情を隠した。
「有名と言いますか……。デビュタント前の令嬢が集まるお茶会で突然倒れて以来、ほとんど社交界に参加していない病弱なご令嬢と伺っています。十六才で成人してからは、体力をつけさせるために父親と兄が勤める建築院で事務員をしているとか言う変わり種らしいですわ。お名前は何ておっしゃったかしら。でも、あのご様子では確かに何らかのご病気なのは確かのようですわね……」
心配しているのかバカにしているのか、ステッラは扇で顔を隠しているから言葉尻だけではわからない。クラウディオはステッラからすぐに視線を外し、残っていたワインを飲みほした。
こげ茶色の髪と瞳の、特に目立つ容姿でもない平凡な兄妹。いつもは表に出てこない妹がなぜこの夜会に。なぜ、この時期に?
再び話しかけてくる貴族ども。自分の腕に添えられるステッラの手を振り払ってそのまま帰ってしまいたい。抱えている事件の捜査が進んでいないというのに、どうしてこんなところで無駄な時間を過ごさねばならないのだ。
クラウディオから発せられるおどろおどろしい黒い殺気に、不用意に近づいて来た貴族たちが身をすくませた。