トレーニング施設
「まさかたった一週間で作ってもらえると思ってなかったわ」
一週間後、私とビオラちゃんは休日運動場の方を歩いていた。お休みの日だから運動場では運動をしている人々がいて、その人たちを尻目に人気の少ない方へ進む。
「それだけアームストロング家の封書が役に立ったということでしょう」
「……理事長に申し訳ないことをしたわね」
何度か下見には行っていたから大まかには知っていたけれど、それでも完成したのを見るのは初めて。
自分の作った設計図が形になるっていうのはすごく嬉しいし誇り高いのだけれど、その分自分のセンスが心配になってる。
この一週間、私は運動よりもまず健康生活を修正していた。
とりあえず早寝早起き、バランスの良い食事を心がける。姿勢をよく、授業もしっかり受ける。
ただ、その当たり前がアメリアにとっては地獄のような時間だった。
私が意識を変えて全力で頑張っても、この十六年のアメリアのぐーたらとした堕落生活を直すには根気が必要だった。それでも、アレックス様に会うためなら、ムキムキマッチョに会うためならと私は諦めない。
その中でビオラちゃんの存在はかなり助かっていて、サボる度に嫌味を言ってくれるから気持ちを切らさずまずは筋トレ室ができるまで保つことはできた。
「明日からはここで筋トレを始めるということですか?」
筋トレ室ができたのは運動場近傍の森の中で、学校からは少し距離がある。他の人にも使ってほしいけれど、今は私だけで十分だ。
「そうね、今日はお休みだから明日からね」
そして今、私とビオラちゃんは一つの建物の前に着いた。
外装はかなりシンプルで直方体に扉があって窓があるのみ。
でも、そもそもトレーニング施設に外装なんてどうでもいいのよ。
ビオラちゃんがポケットから鍵を取り出して、扉を開ける。
「うわ、綺麗ね」
筋トレを名目に作ったけれど、かなり綺麗な建物。よく一週間で作ってくれたんだと感心させられる。
欧米にしては珍しく靴を履き替える玄関があり、更衣室とトレーニングができる場所の扉。更衣室は一応男女の二つがあるけれど、多分当分片方しか出番はなさそう。
「シャワールームまであるんですね」
「…………」
この世界だとシャワーが完全に普及しているわけではないみたい。
貴族たちが揃ってる学園だからこそ寮にはいくつもあるけれど、普通の家庭にはまだそこまで揃っていないみたいね。
「勿論よ! 一応貴族なんだから筋トレしたら汗を洗い落とさないとだめよ!」
「……そもそも貴族は筋トレしないと思いますが」
「それはこれから流行らせるから安心しなさい」
じゃないとアームストロング家が没落するわけだし。
ビオラちゃんは呆れながらも、トレーニングができる部屋のほうに移る。
「うーん、やっぱりまだまだ物品は足りないみたいね」
「そうなんですか? 十分に物はあるように見えますが」
ぜんっぜん足りないわよ!
私は心の中で絶叫する。実は知っていてけど、この時代にはまだまともな筋トレ器具がないのよ。
ダンベルみたいな器具はあったけど、重さを変えられるような可変式のバーベルもないし、他のマシンも全くなかった。
流石にマシンの設計は出来ないけど、後々は欲しいのよね。
「うわ、これは重いですね」
「一応2kgから40kgまでのダンベル。10kgのシャフト。腰のコルセットはあるわね」
ビオラちゃんはひょいと10kgの重りをつけるシャフトを持ち上げたけれど、流石スポーツ万能少女。筋力も私よりありそう。
「片側が鏡張りだなんておしゃれですね。アメリア様の類稀なる残念なセンスとは思えません」
「一瞬褒めてそうで全然褒めてないよねそれ。一応これにはしっかりとした意図があるのよ」
筋トレは姿勢が大事だから鏡を見ることによって矯正できるのよ。
そしてトレーニング器具が揃うまでは音楽に合わせて踊るようなダイエットダンスも混ぜていこう。
「明日から朝はストレッチと散歩、夕方にウエイトトレーニングを予定しているけどビオラちゃんも一緒にやる? ……正直あんまり必要そうには見えないけど」
「鳥頭よろしく三日坊主のアメリア様が何とか一週間続いていましたので……あと一年くらい継続出来たら考えてあげます」
「よし、そしたら来年の秋からはビオラちゃんに頼んで布教活動ができるわね」
「あの、本気でそこまで続けるつもりなんですか?」
少し不安の表情でビオラちゃんは呟いた。
「当たり前でしょ、流石にビオラちゃんも一緒に没落させるわけにいかないでしょ? それに、こんな美男美女のゲームの世界でマッチョたちと出会いたいじゃない!」
ゲームの世界だから、圧倒的に美形が多い。生憎まだアレックス様とは出会えていないけれど、美男子たちをムキムキにできるなら何が何でもやってやるわよ!
「……私にできることがあれば仰ってください」
ここまで何回本気か聞かれたかわからないけれど、それこそがビオラちゃんがアメリアに対する信頼なんだと思う。
都合の悪いことを認めないアメリア、そして命令に従うビオラちゃん。まずはビオラちゃんに信頼してもらわないといけないのよね。
「勿論よ。でも説得力を持たせるためには私が筋肉付けないといけないから」
デブが筋トレの必要性を説いたところで、まず痩せてから言えよって話。
「ビオラちゃんが言うならともかくとして、不細工が美人になるコツを言っても意味がないのよ。まずは私で試して痩せられるってことを証明するのよ。それができたら、横で見ていたビオラちゃんが周囲に広めてくれればいいのよ」
「わかりました」
はっきりと力強く頷いてくれる。こんなに心強い味方がいるんだから大丈夫よ、絶対。
「そして、もしも私がサボりそうになったら容赦なく罵声を浴びせなさい。ご褒美だけど頑張れるから」
「……前世を取り戻してから多少頭のねじが外れたように思えますが、これは私の錯覚でしょうか?」
錯覚よ。とは言わない。
だって、ビオラちゃんが今の私と昔のアメリア、どっちのアメリアが好きかわからないから。
記憶を辿っても、今のビオラちゃんの方が私と話してくれるし笑ってくれる。でも、それはあくまでもアメリアという令嬢の皮をかぶった別人だから。
「アメリア様?」
「なんでもないわ。さあ、夕ご飯を食べに行きましょ」
今考えても無駄なことは後回し。
ダイエットして筋トレ。それだけを考えるのよ。