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準備③

「あれ、ビオラちゃんどうしたの?」


 午後の授業を全然集中できない状態で受けて、気が付いたら放課後になっていた。

 

「食堂に用があるのかと思いまして、一応話はつけておきました」


 ……何この子。

 エスパーか何かなの?


 私が食堂で声をかけようか迷っていたのを見て、気が付いたんだろうけど流石に同じような芸当を真似できるわけがない。



「そしたら先に部屋に戻ってて。筋トレを手伝ってほしいから」


 私はカバンを何事もなく預けようとして……それがアメリアの習慣であることに気が付いた。寮は敷地内で学校から大して距離もないのに預けるとか流石になぁ。


 カバンを受け取ったものの、ビオラちゃんは私の後ろについてくる。



「え、ついてくるの?」


「はい。可哀想なアメリア様のためです」


 にこりともせず、全く一ミリも表情を変えずに静かに告げられる。

 比較的表情が乏しいビオラちゃんだけど、少しだけ誇らしそうだった。


 アメリアってデブで性格は悪いけれど、なんだかんだビオラちゃんにはそこまで嫌われていない気がする。超絶美人なのに、性格もいいとか最強かこの子。



 結局少し押し問答をした後、ビオラちゃんが頑として譲らないため私が諦めるしかなかった。

 放課後も食堂は開放していて生徒たちは自由に使えるけれど、授業が終わってすぐの時間ではほとんど人がいなかった。

 私たち二人は食堂に入ると、腕組みをしながらしかめ面の食堂のおばさまが仁王立ちで待っていた。理事長同様にやっぱり歓迎されていないみたいだった。


 本当にアメリアって色々好き勝手に生活しているみたい。



「こっちよ」


 カウンターの脇を抜けて控え室に通される。

 中にはおばさま方五名。その数で食堂を回していると考えるとすごい。


 私たちを連れてきた一人を除いて、皆椅子に座って待っている様子。



「で、用件は何?」


 パッと見て年齢層は六十歳代前後。貴族の子供を相手にしてもこのおばさまたちは容赦なく命令したりため口を使ったりと、社会的には普通の上下関係で逆に安心してしまう不思議。

 私からしたらこの貴族の世界というのが異質すぎる。


 大きく息をついて、タイミングを伺う。

 これはタイミングが大事だ。




「申し訳ありませんでしたあああああ!!」


 私は立位を保持している足の力を一気に抜いてそのまま膝をつき、手を地面について深々と頭を床に擦った。

 これが日本の伝統芸、土下座である。


 ……そしてこの体型で行われる土下座というものは、お腹の肉によって額を床につけることができないようだ。



「……それは何? というか何についての謝罪?」


 冷ややかな視線と声。


「これは東洋に伝わる最上級の謝罪です。今までの無茶な要求について謝罪しに来ました」


 後ろにいるビオラちゃんはどうすればいいのか困っているような気配があるのだけれど、流石に彼女まで一緒に土下座させるわけにはいかない。これはアメリアである私が原因だから。


「後ろの子は付き添いで何も関係ないので、土下座するのは私だけにさせて頂きました」


「今更謝罪に来たの? あんたのせいでどれだけ迷惑かかったと思ってるの?」


 いや、まあそうですよね。

 自己弁護だけしておくと、今更って言われたけど私の前世の記憶が戻って最速……


 でも、勿論それはおばさまたちには伝わらないから、私はお腹の肉と戦いながらなるべく頭を下げておく。


 一、二、三……他の職員も同様に私への嫌味を口にしているけど、その中で一人だけ。一人だけ未だに口を開いていないお方がいる。



「アイリスさんも何か言わないんですか?」


「……何? あんたたちみたいにくだらない文句を言えってこと?」


 空気が凍る。

 そして私は察した。今の返答だけでこの五人の中で格付けができた。

 今アイリスと呼ばれたこのおばさまが職員の中で一番格上だ。



「アメリア。とりあえず顔を上げなさい。その謝罪がどれだけのものか知らないけど、会話をしたいっていうんだったら顔を見せなさい」


「はい」


 これから食事についてお願いする身だから素直に従っておく。

 アイリスさんは恰幅のいい女性で、私よりは痩せてる気がするけどまあまあいい勝負ができそう。


 大柄で肝っ玉かあちゃんって雰囲気で、結構怖い。

 自分の母親と同じような年齢なのも、少し苦手な意識がある。


「で、まず何に対して謝ってんだって?」


「えっと……あの、食堂で勝手にメニューを作ったことです」


「そうよね、そりゃそうよね。あんたの家が有名な貴族かもしれないけど、学校で好き勝手なことをしていいわけないわよね」


「お、仰る通りにございます」


 年の功で何を言っても全部見抜かれる気しかしない。



「ま、その東洋に伝わる謝罪は受け入れてあげるわ」


 ……ここからだ。

 ここから、めっちゃ大事なんだ。


 ちらっと視界に移るビオラちゃんはすごく不安そうな表情だった。



「あの、それでですね……」


 不安が移って少しだけ声が震えてしまっているような気がする。

 でも、私がムキムキになるため。アレックス様に出会うため。マッチョと出会うため。更に更についでにアームストロング家のため!



「あ、新たに専用食を作っていただきたくて……」



「は?」


 言ったのはアイリスさん以外の人。いや、まあ当たり前の反応だよね。

 だって謝罪に来たのに、また作れって言ってるんだし。


「いや、あなた何言ってるのかわかってるの? あたしらを馬鹿にしてる?」


「理由を言いな」


 アイリスさんが他のおばさまを制している。

 私は一息ついて、まっすぐにアイリスさんの緑目を見つめる。



「今の食事では痩せられないんです。私、痩せるために心を入れ替えたんです」


「…………あんたが?」


 続くのはおばさま方の失笑。嘲笑も入り混じったすごく嫌な笑い。

 でも、何も言えない。だって私だっておばさまの立場だったら笑わない自信はない。


 隣にいるビオラちゃんが明らかに不機嫌そうな表情で後ろに組んでいる拳を力強く握っていた。

 私の為に苛立ってくれている、その事実だけで私の不愉快さは収まった。



 ……更に、だからこそ全く笑わず、表情も変えなかったアイリスさんには好感を抱けた。




「あんたら、不愉快だから今すぐ出て行って」


「え、ちょ、アイリスさん?」


 慌てるのは他の四名。多分この人たちは何も悪いことはしていないと思う。

 日々貴族の子供だというだけで好き勝手にやってきている私たちにストレスは溜まっているだろうし、頭のおかしいことを言っているデブ貴族令嬢の妄言に笑うくらい仕方ないはずだ。



「この子の目を見てみな。これが冗談を言っているような顔に見えんの?」


「…………」


 何も答えられなかった四人を、アイリスさんはもう一度出ていくように命令した。

 すごすごといなくなるおばさま方。


 はっきり言って無茶苦茶なことを言っているのは私の方なのに。



「ふぅ……不愉快な思いさせたね。とりあえず座りな。話はそれからよ。後ろの美人な子も」



「失礼しまーす」


 少し思っていた方向と違うけれど、話は聞いてもらえそうな雰囲気だ。

 ありがとうございます、アイリスさん。


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