準備②
「流石に寄り道したから混んでるわね」
「ただ、いつも通り我儘なアメリア様のために席は空けられておりますよ」
……そういえばそうだった。
学生のための食堂の一角には、私専用の席が開けられている。長テーブル一つ分は常にアメリア用として通常生徒たちはここを使うことはない。
昼間のほぼ全学生が集まる中、ぽつんと空白のテーブルが空いているのは少し異常に見えてしまう。
年齢的には高校一年生で他の上級生がいるのにも関わらず、結局はお家柄ということでアメリアに何か意見できる生徒は少ない。攻略対象であるエリオット第二王子や他貴族はこのデブ令嬢に関わりたくないというのが大きい。
裸の王様って感じよね……この現状を打破するところからかしら。
いつものように列を無視するのは、元社会人の私にはできず行列に並ぶ。
並んでいる他生徒たちが異常事態のように見てくるのは目を瞑っておく。後ろに並んでいるビオラちゃんは噛み殺したように無言で笑っている。
「いたっ……」
どん、と床を揺らして尻餅をつく。
「あ、わり…………ちっ」
横幅が普通の人よりあるせいか、男子生徒とぶつかった。
「ちょっと、アメリア様に何してんのよ!」
周囲にいた下級貴族令嬢が文句を言った。
同調する様に声を上げる生徒がいるが、ぶつかった男子はぎりぎり聞こえるか聞こえないかの音で舌打ちをしていた。私だとわかったからだ。
…………クリフ・ベアリング。
粗雑に伸ばした茶髪。むすっと一文字に結んだ口。肩幅は広く、やや筋肉質の体。
ブレザーのボタンをあけてネクタイもしていない。
攻略対象である下級貴族の不良系男子だった。
一匹狼で周りとは馴染まず、凶器のように周りを睨みつけている。
「いいのよ、私が余所見していたから」
ビオラちゃんの手をかりて立ち上がり、スカートについた埃を叩いて落とす。
別にただ接触しただけで嫌がらせを受けたわけでもない。ゲーム中でフローラに仕向けた嫌がらせと比べたらなんてことはない。
「アメリア様、お怪我はないですか?」
「この脂肪が役に立ったわ、おかげで全然痛くなかったもの」
こそっと笑いながらビオラちゃんに小声で言ってみる。
全く表情を変えないところを見ると、面白くなかったみたい。それよりもクリフを無表情で睨んでいる。
周りからの批判的な言葉を無視してクリフは何も言わずに立ち去って行く。ずっと後ろでアームストロング家よりも階級の低い家の令嬢令息が、まるで私に媚びを売るように文句を口にしていたけれどそろそろやめてくれないかしら。
……事実として媚びを売っているけど。
常に太鼓持ちがいて気持ち悪いけど、慣れるしかないのかしら。
貴族だから社交的でいないといけないからお茶会とかも今後あると思うけど、できれば筋トレ会とかに変えたいところよ。
「……はいよ、アメリア嬢」
あら、何か注文する前にどん、と大きな器をカウンターに置かれてしまった。
不思議に思って隣にいるビオラちゃんを見ると、メニューの一角を指で示している。
「あ、そういえば」
そういえばアメリア専用メニューだった。
「いらないのかい?」
食堂のおばさま……って言っては失礼なのかもしれないのだけど、恰幅のいいやや高齢女性職員が不審そうな目で、受け取らない私を見つめてきた。
アメリアが受け取らないせいで回りが遅くなるというのもあるだろう。
ここでも、やはりいい感情が見えない。それはそうよね、これを強制的に作らされて他の生徒にも強要しているのだから。
「あ、いります」
他のメニューを食べたかったけど、というかこんな重たいメニューを食べられる気がしないけど、今更断るのもあまりにも失礼だから諦めて受け取る。
「あー……」
そして食堂のおばさまに声をかけようか迷った。でも後ろの列にいる生徒が既にメニューを注文していたのを見て、やめることにした。
「いかないのですか?」
「あ、行く行く」
こんな昼下がりの忙しい時間帯に自らの要求を通すのは流石に常識がなさすぎるわよね。
私はこれまた諦めてビオラちゃんの後を追ってアメリア専用席に座った。
「あら、アメリア様ではありませんか」
「ご一緒にお食事させて頂けないでしょうか?」
「是非ご一緒させてください!」
アームストロング家とつながりを持つことで将来的に少しでも得だと判断した取り巻き達が私のところに集まってきた。
常にこんな生活ってすごく疲れそう。
本当はビオラちゃんと作戦会議をしたかったけど、仕方ない。放課後に私一人で行こう。
自分のやったことの後始末くらい自分でやらないと。
半分くらい食べて限界を迎え、周りの人からは心配された。
因みにプレートを返したら、おばさま方からはすごく意外そうな顔で見られた。
それが自分でプレートを返したことなのか、アメリアなのに肉を残したことへの意外性なのかは判断が付かなかった。
後ろでビオラちゃんが頭を下げているのを見て、多分謝っているみたい。いつもありがとね。