可愛い天使 ジェイデンとの出会い
ところで、保健室に近い道が通れなくなってしまったのですが。
仕方ない、遠回り……と見せかけて、中庭を突っ切る!
生徒に無料開放されているとはいえ、薔薇という高貴なお高い花を傷つけてしまったらどうしようかと思って入れずにいた。けど、そんなこと言っている場合じゃない。これ以上、歩きたくない! ささっと通って、保健室へ行こう!
早速、第1歩を踏み出す。薔薇のアーチを潜ればそこは、文武両道を謳う学園とは思えない楽園。本当に無料でいいの? と聞きたくなるほど広大な中庭は、学園敷地内に3つある庭園の内の1つらしい。
赤い薔薇を中心として、白やピンク、黄色と色とりどりの薔薇が咲き乱れている。本来であれば、薔薇が咲く時期には早いけど、魔法の力で特別に咲かせていると、エメリーヌ辞典がいっている。新入生を歓迎するために、土属性と水属性の学生が協力して、1週間花を咲かせてくれているみたい。
アーチやポールで演出された花は、自然以上の美しさを生み出していて、時間があればこの光景を堪能したいところ。中心にあるガゼボは、恋人たちの憩いの場にもってこいな雰囲気を醸し出している。
あの場所でイチャイチャするのが定番なのが、水属性魔法士ジェイデンとの攻略コースだったわね。
天才治癒魔法士ジャゾン先生の弟である、ジェイデンは、先生の色を薄めたような水色の色彩を持つ、将来有望な魔法研究者だ。研究テーマは、植物と魔法の……関係? とにかく、魔法と植物について研究しているらしい。
彼は、元々病弱で生まれ、常に薬を欠かすことができない生活をしている。自分が飲んでいるような高価な薬も、安価に手に入れられるようにすることが夢と、こっそりガゼボで教えてくれるシーンは、涙なしには語れない。
病弱なこともあり、皆に守られ、心配を掛けまいといつもニコニコしている。そんな彼が、譲れないものの話の時に、先の話をしてくれる。目を閉じて、過去の罪を思い出すように……。
ジャゾン先生の親友の死。それは、自分のせいだとジェイデンも思っているのよね。親友は、将来ジャゾン先生の側近として家を受け継いでいくはずだった。良家の子息とその側近がなぜ魔獣討伐軍に従事していたのか? それは、ジェイデンの薬が高価であり、毎日飲まなくてはならない彼のために両親が買い続けてくれたため。1言でいうなら、高い薬を買い続け、貧乏になってしまったから。免除のための金銭すら支払うことができなかった。
もう1人の兄と、慕っていた人の死を実の兄の口から聞いたときの絶望は測り知れない。魔獣討伐に行っていなかったら、貧乏じゃなかったら、自分が生まれていなかったら……。
そこまで追い込まれていると、知りながらも、自身も死の原因だと思っているジャゾン先生は何も言えない。もどかしくも切ない2人の関係をよくすることが彼の攻略の鍵。
そうこう考えている内にガゼボについた。中には休憩スペースとして使えるように2脚の椅子とテーブルが置かれている。庭園によく似合う薔薇と蔦のデザインがあしらわれたものだ。キョロキョロと周りを伺い、誰もいないことを確認する。ちょっと試しにね。今後の攻略の参考までに座ってみようかなぁ。
「よいしょっと。」
若々しい女子とは思えない声を上げて椅子に腰かける。ササッと通ればいいかという意気込みは忘れました。
疲れたぁ……。倒れて、走って、緊張して、からの歩き通しは体に堪えるわ。日当たりもいいし、少しきつめの薔薇の香りもずっとここにいると心地よい。
「ふわぁあ。」
誰もいないことをいいことにこの世界の貴族様なら目が点になるような大欠伸を1つ。寝ちゃおっかな、昨日も徹夜だったし、昼寝してもいいよね、いやした方がいいよね。例に及ばず、昨日は徹夜、その前の日は、2時間睡眠をとって後は勉強をしていたエメリーヌ氏。当然、体は睡眠を欲している。
腕を前に出して、顔をのせる。ウトウト……としてきたところで、ブツブツと話す人の声が気になってきた。時折、うーんとうなる声も聞こえてくる。
ちょっと、何? 今もう、あと少しで夢の世界へ旅立てたった言うのに。少し不機嫌になりながら目を覚ます。前世のあたしなら秒で夢の世界へゴーな良質な環境でも、エメリーヌの体じゃ、辛いんだよ。もう、些細な音すら気になるんだよ。なんなら、この姿勢もギリギリなんだよ。
文句でも言ってやろうかと、音のする方へ出向いたら、見えたのは水色のふわふわと揺れる髪。周りには何年か前に品種改良で種から育てられるようになった青い薔薇が咲いている。見つけにくいところにいるわね。
「あの、何しているんですか?うるさいんですけど。」
ヒロインとは思えないド直球で言いたいことを言う。眠いから、手早く要件を済ませたい。
聞こえていないのか、その人はまだ薔薇を見ながらブツブツと呟いている。この人、何なの? 珍しい髪色だから貴族だとは思うけど。平民は茶、貴族は赤とか青とか魔法属性に会った色合いになる。
ツンツンと背中をつつく。ゆっくりと振り返ると、青い薔薇の花の香りがいっそう強くなったような気がした。あたしと同じくらいの身長に可愛いを詰め込んだような容姿。先ほど思い出していたジェイデンがいた。
「かわ、かわいいじゃねぇか」
ヒロインであることを忘れたかのようなドスのきいた声が出てしまった。ついでに頬もちょっと染まっちまっちまっている。これは、誰でもこうなると思う。屈んだ体制から立っているあたしを見上げるジェイデン。そこから導き出されるのは1つ。
そう、上目遣い。容姿の整った人類にしか許されないと言われる、あの伝説の業。前世、ちょっとトリッターに自撮り写真でも載せてみるか、JDだもんね! と思い、上目遣いでとってみた結果、目ちっさ!むりむりむりむり。顔でかすぎ、笑えないわ(涙)状態になったあたしが目指した完璧な上目遣いがそこにある。
「なんでしょうか?」
ぐあぁぁあ……何、この可愛い生き物。飼ってもいいですか? お家にお持ち帰りしてもいいですか?
コテンと首を傾げた様は、あざと可愛い。この1言に全てが集約されている。高い女子のような声音が似合う小動物。
リアル、ジェイデンは、秘めた(秘めてない)あたしのおっさん魂に火をつける。……すぐに、消したけどね? いや、本当に消したよ? 本当に本当に消したよ?
「ゴホン……あの、何をなさっているんですか?」
下から覗かれると、隈が目立つことに気づいたあたしは、同じく屈んで、丁寧に話しかける。
「えーっと。こんなに綺麗な青い色合いをどうやって出しているのか、考えていたんです」
入学したばかりなのに、もう勉強なんてさすがだわ。彼の手元を見ると、メモのようなものが見える。そこには、薔薇の模写と細かい説明書き。関心して、じっくりとのぞき込んでしまう。
なになに……初期は、青い色素が入っているけど、人間の目では、薄紫色に見えていた。それから、化合物やPhの調節で――
「あ、あの!」
赤面して、離れてしまった。あら、まあまあ失礼。エメリーヌになってたわ。うっかりメモに集中しすぎて近づきすぎてましたわ。
まるで少女のような反応をするのね、やっぱり可愛いわぁ(累計5回目)。悪戯心が沸いて、また近づきたくなる。けど、落ち着け。あたしの中のおっさん。冷静さを装う。
「すみません。あまりにも、素敵なメモでしたから……」
どうよ。この令嬢感あふれる演技。間違ったことは言ってないわよ?
「ありがとうございます。」
照れて嬉しそうな微笑みを見せ……し、深呼吸。あたしは、エメリーヌ。あたしは、エメリーヌ。天使のような満面の笑みは、人類を殺しにかかっている。
「青い薔薇に興味がおありですか? 簡単にでよかったらご説明いたしますよ?」
「お願い致します!」
早押しクイズ番組並に他人の入る隙間なく、返事をする。あたしとじぇいでんしかいないけどね。エメリーヌの詳しく知りたい欲求とあたしのもっとジェイデンといたい欲求が一致した瞬間。今、あたしたちは和平を結んだ。
「以前は、他の花の青色遺伝子を入れても、色が変わらなかったんです。試行錯誤の末、パンジーの青色遺伝子を入れると色素ができるようになって――」
目を輝かせながら話す姿は、夢を追いかけている少年。始まりは、自分の病に責任を感じたこと。それでも、こうして研究するのが好きなのだと思う。見た目は全然違うけど、あたしのお兄ちゃんに似ている。
お兄ちゃんは、確か医者になることが夢って言ってたような……それは、お兄ちゃんの親友の夢か。うーん、お兄ちゃんの夢はなんだっけ? あっ……なんかゲームを作るのが夢って言っていたような~、安定した公務員だったような~。分からないや。天才さんだから何にでもなれただろうな~。
あたしは、特に夢とかなかったな。強いていうなら、イケメン富豪の玉の輿に乗って、ゆったりまったり生活したかった。
ちなみに、あたしのこれらの思考は、エメリーヌ集中力の内、10%くらい。ジェイデンの話を真剣に聞いている証拠です。あたしに許された土地せっま。
ジェイデンの話に合いの手を入れる内に白熱した薔薇談義からの薬草に関する話は、3時間近くに及んだ。途中で、寮生活組のために解放されているカフェテリアに移って、紅茶を飲みながらの優雅なティーパーティー。
奢ってもらえるということで、喜んで1番高い紅茶を選びたかったけど……。ジェイデン貧乏だからな。少ないあたしの所持金でも払えそうな、摘みたて!の文字が眩しいハーブティーを選んだ。
摘みたてのハーブティーは、エメリーヌのお母さんと一緒によく飲んでいたから、多分安いはず。貴族も使うカフェテリアだからか、値段が書いてない。会計が怖くてクッキーやケーキには手をだせなかった。
入学式の日だからか、人は疎らだった。窓際の席に座り、外を見ると、先ほどまでいた薔薇の庭園が良く見える。窓枠が額縁の様に見え、まるで1つの絵画のよう。
あたしは、可愛い同伴者と素敵な景色。エメリーヌは、薬草の効能とそれをより引き出す魔法についての話。互いに大満足の時間でした。ジェイデンも、こうして話が合う同世代、それも女子にはなかなか会えないから、充実した時間だったと言ってくれたわ。
解散して、荷下ろしや、家族との憩いの時間を過ごそうということになった。学園の入り口にそろそろ家族が迎えに来てくれることになっているらしい。普段忙しいお兄ちゃんも今日は、特別に早く帰っていいらしいと喜んでいた。カフェテリアを出て、入口に向かう姿を見送った。
数歩進む度に後ろを振り返って手を振ってくれる姿は、本当に可愛い。は~眼福眼福。手を何度か振替して……さぁ、あたしも保健室に行くか。
ん? ジェイデンが喜んでいる姿が頭を過る。心からの笑顔っていいわぁ。罪悪感から、お兄ちゃんに会ったら、曇ってしまうんだろう。だけど、小さい頃から優しかった兄のことが大好きなのよ。
いやいや、そこじゃない。お兄ちゃんも今日は、特別に早く帰れるって言ってたよね? おいぃぃい! 今から走れば、間に合いますか? いざ、全力疾走。