土下座
県連合軍はちゃくちゃくと準備が整いつつあった。それを加部総理は止めようとするが、浜溝知事から驚くべき言葉が・・。
浜溝知事は秘書の大沢と共に、東京に向かうLCCに乗っていた。
「知事、よろしかったら食べてください。 女房がつくったおにぎりです。 具は梅干しと昆布の佃煮と鮭の三種類あります。 お好きなのをどうぞ」
「ありがとう。 私もコンビニでサンドイッチを買ってきたんだ。 一緒に食べよう。 コーヒーとウーロン茶もあるよ」
羽田に着いた二人はタクシーで、蒲田にある定宿のビジネスホテルに向かった。 ホテルに着いてチェックインをすませ廊下を歩いていると、向こうから三人の男が話ながらやって来る。 韓国語だ。
今時、ビジネスホテルに外国人が普通に泊まってても、別に珍しくはない。 浜溝は、その三人とのすれ違いざま、何気なく顔をみて驚いた。
「? 真ん中にいた人は文ジェインそっくりだったな・・。 はて?」
大沢も同じことを思ったらしく、「文ジェインそっくりの人がいましたね。 はっは・」
「まさか、一国の大統領がこんなビジネスホテルに泊まるわけないし・・。 他人の空似か。 しかし、そっくりな人がいるもんだね。 驚いたな」
「驚きましたね」
浜溝は鳥取県の片山知事と合流して、新幹線誘致のために各省を周った後、首相官邸で加部総理と会った。
三人は旧知の中で、話し方もざっくばらんだ。
「浜溝さんも片山さんも、どうぞ寛いでください。 山陰新幹線は、私も早急に実現したいと思ってますよ」
「ぜひ、よろしくお願いいたします」
「ところで、島根県では威勢のいい人達が集まって竹島を奪還するぞ、と息巻いているらしいね。 ミリオタの気持ちも解らないわけではないが、あまり大事にならないようにお願いしますね」
浜溝は、総理がミリオタなんて言葉をよく知ってるもんだと感心しながら聞いていた。
総理は深刻に考えていないみたいだ。 戦争ごっこ好きの単なるイベントくらいに思っているらしい。
総理に対して軽い相槌を打ち、「はっは、そうですね」 それ以上突っ込んだ話はしなかった。
「鳥取県からも参加者がいますよ」 片山がいった。
「はっは・・。 隣県同士仲がいいんだね」 自分だって隣県の山口県なのに。
賛同者が島根、鳥取だけでなく、日本全国から続々とあつまっていることを総理はまだ知らない。 いや、知ってても深刻に考えていない。 いずれは全てを知るだろうが・・。
総理官邸を後にして、浜溝と片山はそれぞれの秘書と共に国会内の喫茶店でお茶を飲むことにした。
「総理は県連合軍を、右翼や左翼がわ~わ~と騒いでいるデモ行進くらいのことだと思ってるんだね」 片山がいうと、
「うん、いろいろ忙しい人だから、ローカルな騒動などにいちいちかまってられないんだろう」
「ローカルなことか・・。 そんな気持ちじゃ、竹島も拉致被害者も永遠に帰ってこない気がする。 それより、片山さんが島根県の動きに理解を示してくれたことが、私にとって嬉しいことだ。 感謝するよ」
「とんでもな、感謝だなんて・・。 皆、思ってることは同じさ。 竹島を拉致被害者を取り戻したいと。
だが、思うだけだ」
「そんな時、我が島根県に狂人が現れた。 はっは・・」
片山がコーヒーカップを手にしながら、「そして、私も狂人になってしまった」
「リコール問題になっても知らないよ。 なんたって反対者が圧倒的に多いからね」
「リコールを恐れてこじんまりとしたした知事じゃつまらんよ。 最近、とみにそう思う」
「ふむ」 浜溝も同じことを感じていた。
二人の秘書は静かにコーヒーを飲んでいる。
そんな四人の横を、五人の役人がガヤガヤとしゃべりながら通り過ぎて行った。
その中の1人が、「土下座したんだってよ・・」
その言葉は知事と秘書の耳にはっきりと入った。
「土下座? 誰かミスでもしたのかな? 役人の世界ではミスはよくある話だが、普通、土下座まではしないだろう。片山さんは部下に土下座させたことありましたか」
「叱ったことはあったが、まさか土下座まではね。 部下でも何でも、人が土下座する姿なんて哀れで見たくはないよ。 それに、やる気があって行動を起こす者ほど失敗も多い。 それを、無下にしかるわけにはいかんからね」
「ふむ。 確かに何もしなければ失敗もしない」
浜溝は、染谷と自分を比べ、「自分は、染谷さんから見たら何もしてない知事かな・・。 これといった業績も上げてないし・・」 自嘲気味に心の中で呟き、 また、彼に対して妙な劣等感を覚えるのであった。
帰りは四人一緒だ。 その四人は控えめなお土産と共にLCCの機内にいた。
浜溝は上空から山陰のある西方を見つめ、ポツリと、「いつか、東京から島根県まで新幹線で行ってみたいものだ・・」
鳥取県片山知事も同じことを思っていた。 もちろん秘書たちも。
後日夕方。
京子は集まってきたお金の集計に忙しい。
「思ったより多くのお金が集まってるわ。 県連合軍に賛同する人が潜在的に多くいたってことね」
「多くか・・。 分母が大きいからパーセンテージにしたらどうだろう? 結構少ないと思うよ」
「そりゃ、そうかも知れないけど・・」 ちょっと間をおいて、「え~! 何! この金額!」
「どうした? 素っ頓狂な声を上げて。 何か集計ミスったのか?」
「違うわよ。 い、一億円が振り込まれてるわ。 一億円よ。 こんな大金、何かの間違いかしら? そんなはずないわよね」
「一億円だって」
「え~とね。 振り込んだ人はね・・。 個人じゃないわ。 大日自動車からよ」
「あの大手の自動車会社からか。 驚いたな。 どういう思惑だろう? 不思議だな」
「この会社、県連合軍を支援などしたら韓国での商売不利になるんじゃないの。 なのにどうして?」
「いや、確か、この会社は韓国での商売は小規模なはずだ。 工場も韓国には無いし・・。 大手自動車メーカーと言っても、国内五番目くらいで、市場は主に欧米だ」
「それが、何で一億円も・・?」
「うん、そうだな、思うに・・、宣伝効果を狙ったんだろう。 多分」
「宣伝効果・・。 宣伝になるの?」
「そりゃあ、なるさ。 この会社は国内販売が弱い。 なので、俺たちが竹島や拉致被害者を取り戻したら、県連合軍に協賛した企業だってことで、一気に好感度が上がり、販売増進につながる。 それを狙ってるんじゃないのかな」
「ふ~ん・・、そうね、成功したらそうなるわよね。 でも、惨めな結果に終わったらどうなるの? ケガ人や、それこそ死者でも出たら逆効果じゃないかしら」
「はっは、出陣する前に不吉なことを言わんでくれよ。 確かに多くの死傷者が出たら、そんな県連合軍なんかに協賛した企業は悪者扱いにされるかもしれんな」
「なのに、何で?」
「ふむ・・。 大手企業だから、我々の知らない情報をいろいろ持っているのかもよ。その上で勝算ありとみて一億円を振り込んでくれた」
「勝算ありって、どんな?」
「それは、俺には分からないよ。 とにかく、資金的には若干余裕ができた。 でも、多ければ多いに越したことはない。 このことを早速、皆に報告しよう」
県連合軍は相変わらず、反対する左翼、在日連中と小競り合いが続いていた。 どんなに小突かれようと罵られようとじっと我慢するのみだ。 県連合軍の目的のまえでは、こんな奴らはどうでもいい。 相手にする価値も無いと、考えが徹底している。
この小競り合いはユーチューブに連日アップされていて、そんな県連合軍は嘲笑の対象でもあった。
巷では、
「県連合軍とかいうやつら、全く愚かな連中だな。 竹島奪還とか拉致被害者を取り戻すとか、寝言は寝て言えってんだ。はっは・・」 「頭、どうかしてますね。 アホな奴らだで」
「毎日のように反対派連中に一方的にやられてるっていうじゃないか。 そんな弱い集団が韓国や北朝鮮にケンカ売ろうってのか・・、はっは・・。 笑える」
はっはっは・・・・。
だが、この笑い声は次第にトーンダウンしてきた。
はっは・・、「でも、竹島や拉致被害者を取り戻したいというのは日本国民全員の悲願だよね。 だったら、奴らの気持ち分からんでもないよな」
「おいおい、民間人に何ができるってんだ。 国がやろうとしてもうまくいかないのに。 はっは」
「国が、この問題に対して何かやろうとしたか・・?」
「面倒くさいことはしたくないのさ」
「何人かの拉致被害者は取り戻したけど、それでお終いじゃ、後の残された被害者が可哀そうだ」
「竹島にいたっては、何十人もの漁師が死傷してるってのに、賠償はおろか謝罪さえもされていない」
「県連合軍の怒りも・・当然かな」
「おいおい、アホなこと言うな。 県連合軍なんて、所詮狂人の集まりだぞ」
・・・ 沈黙・・
・・・・
そんな中、1人が立ち上がって、「俺、島根県に行ってみるわ・・。 彼らの気持ちを知りたい」
「は? 何バカなこと言ってるんだ。 お前まで狂人になることはない!」
「俺も行ってみる」他の一人も立ち上がった。
「何だ? お前ら、ちょっと待て!」
こういう現象が日本各地で起こっていた。
浜田市から松江に向かっていた李氏朝鮮会の四人は、県連合軍の皆がたむろする小学廃校舎に着いて驚いた。 校庭をほとんど埋め尽くしている、その人数だ。 県連合軍は、その後も参加者が増えて、ざっと見たところ四~五百人はいると思われる。
四人はたじろいだが、何とか気を奮い立たせ、近くにいた者に、「染谷氏に会いたい。 取り次いでほしい」 と言った。 近くにいた者とは山口県の桂木だ。
「あなた方は?」
「李氏朝鮮会の者です。 私はパクと申します」
それを聞いて、別に驚きはしなかった。 「来たな」 と思っただけだ。 「そうですか」 と言ってそのまま無視した。
「おい! 聞いてるのか! 取り次げと言ってるんだ! 染谷に会わせろ!」
桂木は、さらに無視し続けていると、
「まあ、いい。 他の者に声をかけよう」 パクがいうと、
「無駄だ。 我が県連合軍はお前たちとは一切話し合う気はない。 これは全員一致している。なので、とっとと帰りたまえ」
「なにお~!」 四人の内の1人が桂木に詰め寄ったが、いつの間にかこの四人は大勢の県連合軍の隊員に取り囲まれていた。
「うぐぐ・・。 まずい」 四人はお互いの顔を見合わせて、 「仕方ない。 ここは一旦引き下がるしかない・・」
パクが、「また来る。 大勢を引き連れてな。 楽しみに待ってろ!」 弱弱しい捨てセリフを吐いて帰っていった。
「奴ら、また来ますかね?」
「来ると言ったんだから、来るだろうよ。 何度来ても同じことだ」
「さあ! つまらんことに時間を取られずに出撃の準備を進めよう!」
奪還作戦の出撃準備は確実に進んでいた。 後は具体的な作戦計画を練るだけだ。
まず、全船舶が集合する日時は十日後の2月22日に決まった。 竹島の日になったのは偶然である。 沖縄や北海道や太平洋側からの参加船は一~二日ほど早めに出航しなければならない。 冬の日本海は荒れるので、天候次第では変更もあり得る。
集合場所は隠岐の島から70kmほど、ちょうど隠岐の島から竹島までの距離の半分のところだ。 そこに一旦全船舶が集合し、それから竹島奪還組と拉致奪還組とは、それぞれの方向に別れる。
竹島にいる韓国兵は軽機関銃を持っている。 重機関砲もあるらしいが、それは確認していない。 それらで銃撃された時の防御のために、船舶の前部を鉄板で覆った方がいいという意見も上がったが、戦闘機が出てきたら鉄板なんぞ何の役にも立たない、ということで何の改造もせず、そのままの姿で出撃しようということになった。 出撃という表現はちょっとおかしいかな。 なぜなら、何も武装してないのだから、その辺のデモ行進と何ら変わらない。 相手にとっては、飛んで火にいる夏の虫というところか・・。 特攻隊だ。 いや、特攻隊は爆弾を装着しているから、それとは違う。 自殺か?
しかし、逆のことも考えられる。 21世紀の現代に、全くの無防備の民間人をバッタバッタと銃撃できるだろうか。 ましてや日本は大国で、そこそこ人気のある国だ。 そんな日本人を殺戮すれば、とんでもない非難を世界中から浴びてしまう。 滝司たちの行動が日本政府の意に反しているといっても、日本国民の間に猛烈な反韓意識が燃え上がってしまうだろう。 日韓国交も危うくなってくる。 そうすれば、日本の補償で成り立っている韓国の貿易も壊滅する。 韓国にそこまでの覚悟があるか?
韓国が自称先進国と自負するならば先進国らしい自制心を働かせなくてはならない。 だが、自制心などという高度なメンタルを持ち合わせていないのが彼らだ。 徹底した反日教育で育った韓国軍兵士は、何も考えず感情だけで行動してくるだろう。 躊躇することなく銃撃してくる可能性の方が高い。 その辺のところは賭けになってしまう。
ここまで来ると、さすがの総理も気がついた。 韓国からも、「鎮静化して欲しい」 とクレームが入り、日本政府も俄かに情報収集にうごきだした。 そして、県連合軍を名のる千艘余りの民間船が竹島、北朝鮮に向かうということが、確かめられた。
「本気だったのか・・。 浜溝知事に電話してみる。 浜溝もきっと困っているだろう。」 旧知の中なので浜溝知事の立場を気遣っている。
島根県庁知事室。
大沢が、「知事、総理から電話です」
「総理から。 何だろう? ひょっとして・・」 ひょっとしてが当たった。
「浜溝です。 何か・・」
最後まで言わせず、「何か、じゃないだろ! おい、聞いたぞ。 何百人も集まって、何やら良からぬことを企んでいるっていうじゃないか。 止めるんだ。 解散させろ。 君も困ってるんじゃないか」
「ええ、ここ島根県に全国から有志が集まって竹島や拉致被害者を取り戻すと息巻いています」
「バカな。 なんてことを。 民間人が外国にケンカを売るなんて・・。 君も、よくそんな落ち着いて喋ってられるな。 大変なことになるぞ! 首謀者は逮捕されるぞ! 騒乱罪でだ。 君の立場も危ない。リコールに発展するかも知れないぞ!」
「彼らは、別に騒乱してしていませよ。 島根県民と和気あいあいとやってます」
「おい? 何だ。 どうした? 彼らを擁護するような話しっぷり、何かおかしいぞ。 いったいどうなってるんだ?」
「加部総理、私も彼らと行動を共にするつもりです」
総理は裏返った声で、「へ?」
そばで聞いていた大沢がひっくり返ってしまった。
つづく




