狂人集合
日本海夕陽ホテルは、集まった各県の人々で満杯になった。
滝司と京子は居間でくつろいでいる。
「ねえ、あなた。 ここ数日で何人か、県立軍に興味を持った人が夕陽ホテルに来られたんでしょう。 どんな人?」
「三人来られたな。 話を詳しく聞きたいって。 その中の早坂という人は、高田さんや田沢と同じく、またまた遠方の東北の山形県から来られた。 後の二人は山口県と福岡の人だ」
「へえ~、嬉しいわね、賛同者が増えて。 もっと増えるといいわね」
「三人の時はホテルのロビーで間に合ったが、もうそういうわけにはいかないから会議室を借りることにした。 かなりの人数が来ても大丈夫だ」
トゥルルルルー。 固定電話が鳴った。
「誰かしら? はい、染谷で・・」 最後までいう前に相手が勢い良く、
「お母さん、どうなってんのよ!」 広島在住の長女、由美子からだ。
「あら、由美子、どうしたの、そんな大声出さなくても聞こえるわよ」
「大声を出したくもなるわよ! まだ、軍隊がどうのこうのってやってんの! お父さんが知事選に落っこちたから、それ、もう終わってると思ってたら、何よ、お母さんまでテレビに出て賛同者を募っているじゃないの! どうなってんのよ! あきれたわ!」
「あら、テレビ見てくれたの。 ほっほ・・。 どうな風に映ってた? あの赤のワンピース、ちょっと派手だったかしら。 由美子、どう思った?」
「ん?、ああ、赤のワンピースね。 そうねえ・・。お母さんは、どっちかというと青系の方が・・・ううぐぐ! そんなことはどうでもいいの! お父さんいる? お父さんにも言いたいわ。 いたら代わって」
「やっぱり青の方が良かったかしら・・。 あ、お父さんね。 いるわよ。 あなた、由美子から」
「お~! 由美子からか」 受話器を受け取って、「由美子、げんき・・」
滝司に最後まで言わせず、
「お父さん、まだ、あの、軍隊がなんちゃらってのやってんの! いい加減諦めてよ! 知事選に落っこちたのにしつこいわよ! 」
「物事は簡単にあきらめてはいかん。 ところで、雄気はどうしてる? 元気か」
「え、雄気。 あ~そういえばね、雄気ね、こないだのかけっこで一等だったのよ。 うれしかったわ~~って、今そんなこと話してんじゃないの・・。 ふ~、調子狂うわ。 とにかくね、夢から覚めてね。 近所の人に、あなたのお父さん、島根県立軍を造るんですって聞かれたとき顔から火が出たわ。 もしお父さんが竹島を奪還したら、私逆立ちして日本一周するわ! ありえないけど」
「あれ? お前、逆立ち出来るのか」
「い、いや出来ないけど・・。 とにかくねえ、お母さんと二人して老後を楽しめばいいのに。 お母さんだってそうしたいでしょうに。 きっと泣いてるわよ」
「ん? 母さんが泣いてる・・?」
京子の方を見た。
「ほっほ・・」
「由美子、母さん笑ってるぞ」
「何ですって! ったく。 調子狂う~。 もういいわ。 電話切るわよ」 ガチャ!
「おい待て由美子! まだ話が・・。 ちきしょう、また一方的に切りやがった。 なんてやつだ。 まったく」
でも、滝司は受話器を置きながら思った。
「ふむ、由美子には迷惑をかけてすまんな。 しかし、行動を起こさないと何も始まらんのだ。 狂人と思われるような行動でも、賛同してくれる人が徐々に増えてきた。 近県からも遠方の県からも。 もう後戻りは出来ないんだ、由美子」
隣県が島根県の動きを気にすれば、そのまた隣県も気にするようになってくる。
違った意味で今回の島根県の動きに興味を持つ人もいる。 福井県に、浜溝知事と同じように、優先順位としては拉致被害者奪還が先と考えてる宮部という男がいた。
「竹島奪還か・・。 島根県としては、自県に属する竹島に思い入れが強いのは当然だわな。 しかし、島根県に拉致された人はいないのだろうか? 聞くところによると、拉致被害者は何百人もいるらしい。 らしいと言うだけで、特定された人数は僅かだ。 はっきりしないだけで、絶対に島根県にも拉致被害者がいるはずだ。 幸い、我が福井県に何人かの拉致被害者が帰って来たが、それが全員かどうか分からない。 いや、全員とは到底思えない。」
福井県と言えば、松平春嶽や、吉田松陰に並ぶほどの俊才、橋本左内がいたが、橋本左内は松陰同様、安政の大獄で斬首された。 あまりにも惜しい人材を失ったものだ。
「島根県に行ってみるか・・」 宮部はポツリと呟いた。
こうして、いつの間にか日本海に面する16道府県全てから一人、あるいは三人四人と仲間を連れて来る者もいて夕陽ホテルの、五十人を収容できる会議室はほぼ満杯になってしまった。
これ以外にも、島根県までは行けないがネット上で強く賛同、支持するというコメントもあり、 これは、ネットで朝から晩まで竹島問題を騒ぎ続けた倉沢の貢献が大きかった。
日本海とは全く縁の無い沖縄県からも支持したいというコメントもあり。 これは尖閣で自由に漁ができない自分たちを竹島の悲劇とを重ね合わせているのかも知れない。
だが、絶対数は、滝司たちを狂人とバカにする連中と比べるとあまりにも少ないが、それでもちょっとした勢力になったと言っていいだろう。
島根県に集まった人々は、一風変わった滝司の存在に面白半分の興味本位で集まったのではない。 何十年もの間、竹島や尖閣、北方四島などに対して遺憾砲しか打てない政府にフラストレーションを限界までため込んだ人たちばかりなのだ。 しかし、そのはけ口が見つからず、悶々としている時に滝司が現れたのである。 ここ島根県に本気の人たちばかりが集まったのだ。
「驚きましたねえ。 染谷という男、知事選に大敗したのに、まだ県立軍などとたわけたことをほざいてますよ」 大沢がいうと。
浜溝知事が外の松江城を見つめながら、「あ~、驚いたな。 私は感心してるんだ」
「へ?」
「あの、業績の悪かった夕陽ホテルを甦らせてしまった。 浜田に単身赴任していた元の支配人も、また夕陽ホテルに戻ったそうだ。 はは・・。 島根県立軍創設などと言って、皆から狂人扱いされた染谷さんが、みごとに傾きかけたホテルを立て直したんだ。 私にはとても出来ない芸当だよ」
「そ、それは、まさか、現職の知事が島根県立軍などと言えるはずもありません。 何の責任も伴わない退職サラリーマンだから、あのような妄言を言えたのですよ。 それが、たまたま功を奏したんです。 つまり、まぐれですよ」
「たまたま・・、まぐれ・・か・・。 染谷さんに比べて知事というのは窮屈なもんだな」
「知事は泰然としてればいいんです。 あの連中に巻き込まれてはいけません」
「ふむ、あれ以上人数が増えれば夕陽ホテルの会議室では手狭だろう。 何とかしてあげたいな」
「え? 何て言いました」
「いや、何でもない。 ところで、大沢さん。 来月東京に出張があるので、その準備よろしくお願いいたしますね」
「はい、ご心配なく。 準備万端怠りありません」
日本海に面する十六県から島根県に来た人たち一同が夕陽ホテルの会議室に集まった。 まず、県立軍創設の言い出しっぺである滝司が挨拶と今回の趣旨を述べると、五十人の中の1人が、
「世間では染谷さんのことを狂人〃 と言うんで、どんな変わり者だろうと思って、会うのを楽しみにして島根県まで来たんだが、全然そんな風に見えないじゃないか。 ちょっとがっかりしたぞ。
はっは・・。 笑い声が起こる。
「私が狂人なら、皆さん方も相当、その・・、狂人ということになりますよ」
「そりゃそうだ」 はっは・。
和やかな雰囲気ではあるが、決してお茶飲み同好会ではない。 命にかかわるような辛辣な集まりなのだ。
集まった人々は、やはり生活に余裕のある中高年が多い。 なので、島根県くんだりまで来る時間もお金もあるのだろう。 見たところ、四十~七十歳くらいの年齢層か・・。
「でも、倉沢さんの仲間に、確か三十歳くらいの人がいたな」 滝司は独り言のように言った後、本題へと話を進めた。
滝司が話す内容は、以前浜溝知事に言ったことと同じである。 漁船でもプレジャーボートでもクルーザーでもヨットでも、何でもいいから竹島を目指して突き進むということだ。 いろいろな妨害が予想される。 その妨害をしてくるのは韓国側だけでなく、日本の海上保安庁や自衛隊もだから厄介なのだ。
「逮捕されるかも・・」 滝司の言ったこの言葉を神妙な顔つきで聞いていた皆の中から、
「逮捕。 いいじゃないか! 逮捕したいんなら勝手にしやがれ! そもそも、てめえ(自衛隊)らが何もしないから、俺たちは竹島奪還をするために、こうして染谷さんの元に島根県まで集まって来たんだ。それを逮捕だなんてお門違いってもんじゃありませんかってんだ!」
威勢のいい台詞を吐く者もいて、会議室は熱を帯びてきた。
「自衛隊の総指揮官は総理大臣だ。 総理が腰抜けなんだよ。 それにしても、竹島に関していつまでもこんな状況を続けるわけにはいかん。 我慢も限界だ」
「そうだそうだ! もう猶予してられん。 行動を起こす時だ! 時間が無いんだ!」
ワイワイガヤガヤと皆が騒いでる中、発言を求めて手を挙げた者がいた。 福井県の宮部だ。
滝司が、「皆さんお静かに。 あの方の話を聞きましょう」
「福井の宮部と申します。 染谷さんに深く賛同し、島根県まで来ました。 竹島奪還を主張される染谷さんの気持ちは痛いほどわかります。 竹島周辺で多くの漁師がひどい目にあってますからね。 本当に憤りを感じます。 ですが、私は北朝鮮に拉致された人たちが心配でなりません。 寒さの中、空腹で泣き叫ぶ姿が脳裏に浮かぶのです。 それで、勝手ではありますが、竹島奪還と同時に拉致被害者の奪還も皆さまに考えてほしいと思っています」
以前、浜溝知事も同じことを言ってた。 今回、こういう意見も出るだろうことは滝司も予想していたので、それについても常日頃から考えをめぐらしていた。
会場の中の誰かが、「そうだな。 人の命には寿命がある。 拉致された人たちはかなりの高齢になってるはずだ。 亡くなった方もいるだろう。 宮部さんの言うとうり、優先順位はこっちの方かな」
それを聞いて滝司は語気強く、「同時進行です!」
つづく
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