リ・トンム
人質となった拉致被害者の身は・・?
キム将軍は拉致被害者のこめかみに銃口を突きつけた。
キム将軍は、拉致被害者というより、今では人質になってしまった日本人をここに連れて来いと言ったその矢先、トンムの一人が、「あれは?」 皆が見るスクリーンに山が映り、その山のふもとの5か所に赤いマーキングがある。 それが何であるか、キム将軍以下全員がすぐに悟った。
「ここの地下基地を奴らは知っているのだ。 入り口さえも知られている。 なんてことだ・・」
全員に絶望感が漂い、逃げ場のないこの状況にキム将軍は恐怖におびえ大声で、「何をしている! 早く人質を連れて来い! 一人ずつだぞ」
「は、はい」
連れてこられたのは、見たところ100歳は越えているんじゃないかと思われる老人だった。 顔には生気がなく表情も全く無い。 全てをあきらめきっているかのようだ。
キム将軍は拳銃を抜いて、その老人のこめかみに銃口を向けながら、「お前は何歳だ?」
「お・れは・・・さ・・い・だ・・」
「聞こえん!大きい声で言え!」 と怒鳴って拳銃のグリップで小突いた。
「お、おれは・・72さ・・いだ・・」
それを聞いて、そこにいる全員が驚いた。 そこにいるものだけではない、この映像を見ている全世界の人々が驚いた。 72歳と言えば、まだまだ働いている人も沢山いる。 それに比べてこの老人は立っているのがやっとの病人としか見えない。
そんななかでも一番驚いたのがリ・トンムだった。 この老人のこめかみに銃を突き付けているキム将軍を見やって、声には出さないが、「こんな弱々しい老人を殺してなんになる。 世界に恥を晒すだけだ。 将軍、お願いだ、殺さないでくれ・・」 心の中で必死で叫ぶのだが、それは空しい行為だった。
キム将軍は疑問を感じていた。 「日本軍がこの基地を攻撃すれば、当然、隣の部屋にいる人質も全員死んでしまう。 それでもかまわないというのか? そうなれば世界中から非難を浴びるのは日本のほうだ。 分からん。 奴ら何を考えている?」
その時報告が入った。 「将軍閣下、申し上げます。 敵空母”いずも”と”かが”より、合わせて10機のFー35が飛び立ちました。 ピョンヤンに向かっております」
「なに~!」 老人のこめかみに銃を突き付けまま、「それで迎撃したのか?」
「それが・・、 彼我の戦闘能力に差があり過ぎてイロットが飛ぼうとしません」 それ以前に軍全体の戦意が喪失している。
「ぐぐ・・、」 キム将軍は唇を嚙みしめるしかない。
ピョンヤン上空に飛来した10機のFー35Bはピョンヤンの人々を驚かせた。
「何だ、あれは。 見慣れない戦闘機だ」「翼に日の丸が」「敵機だ」
ざわめくピョンヤン市民であるが、彼らをもっと驚かせることが起こった。なんと、10機の戦闘機が空中で止まったのである。 ふわふわ浮いている。
それを見上げていっるピョンヤン市民、開いた口が塞がらない。 UFOを見てるようだ。
「イルボンがこんな戦闘機を作っているのか・・」 実際はFー35は米国ロッキード社製である。
「我が共和国の戦闘機はどうした? なぜ攻撃しないのだ」 と、口々に叫ぶが、内心我が国の戦闘機は見劣りすると感じていた。 「敵わない・・」
ただ、珍しいものを好奇な目で見ているだけに表情が変わっていくのだった。 中には、あまりにも不思議な戦闘機に笑みを浮かべる者もいて、ひょっとして、これはこの人たちとって、ちょっとしたエンターテインメントになったのかも知れない。
庶民はキム将軍の意地などどうでもいい。 今日食べるものや、ちょっとした娯楽の方がはるかに大事なのだ。 そういうものに飢えているのが今の北朝鮮で、戦争への士気など上がるはずもない。
それでも、Fー35Bが再び上昇し、水平飛行に移ってピョンヤンの郊外を飛行している時に対空砲火を受けた。 北朝鮮側はまともなレーダーも無いので発見が遅れた。 急に見知らぬ日本機が現れたことにびっくりし、あわてて上空に向かって、ただめくら撃ちをするだけだった。 対空砲火といっても散発的なもので連射ではない。 玉不足なのでそれは出来ないのだ。また目視射撃なので亜音速で飛ぶジェット機に命中させることなど不可能に近い。
この10機のFー35Bはキム将軍たちが潜む地下基地に向かっている。 徹底的にキム将軍を恐怖のどん底に追い詰めるつもりだ。 しかし、それでは拉致被害者の身が・・? 拉致被害者の身が? 何を今更。 拉致被害者の身を案じるならなぜもっと早く拉致被害者奪還行動を起こさなかったのだ。 拉致された人数は100人とも200人とも、あるいはそれ以上ともいわれている。 その人たちの命はどうでもよかったっていうのか? その多くの拉致被害者は、この凍土の地で無念な思いで亡くなって、そして生き残っているのが現在たったの30人なのだ。 本当に、何を今更拉致被害者の身が、なんてよく言えるものだ。
救出行動を行えば新たな犠牲者が出るかも知れない。 でも、もう時間が無い。 拉致被害者は全員高齢になっているのだ。 この機会に行動を起こさなければ悔いが残る。 新たな犠牲者がでてても・・。 これが官民連合軍の総司令官”いずも”の艦長が言う賭けなのだろうか? 拉致被害者の一人でも犠牲になれば内閣も吹っ飛んでしまうし、滝司や浜溝知事もただじゃおかれないだろう。 ”いずも”の艦長にどんな目算があるのだろう? いや、目算が無いから賭けなのだが。
行動を起こさなければ責任も生ぜず、わが身も安泰だ。 行動を起こせば責任が生じる。 そして、失敗すれば大バッシング。 ノンポリが一番楽なのかもしれない。
だが、とにもかくにもバッシングを恐れず行動を起こした者が現れたということだ。
10機のFー35が飛来するのを知ってキム将軍は、自国の防衛体制がいかに脆弱であるか、あらためて知った。 我が身が追い詰められたネズミのような気分だ。 窮鼠猫を嚙むのか? もし嚙んだら、 このネズミは日米という巨大な猫に逆に嚙み殺されてしまう。 何度も言うようだがキム将軍もそれは十分承知だ。 はたして、保身のみを考える臆病な独裁者のキム将軍が、拉致被害者を殺して日本や世界の逆鱗に触れるようなことをするだろうか? できるだろうか?
”いずも”の艦長は、できないと読んでいる。 それが艦長の賭けであり望みなのだ。 危険でも何でも、賭けを悪いものとして避けていたら、いつまで経っても物事が前に進まない。 これは滝司や浜溝知事と相通じるものがある。 もっとも、浜溝知事がそういう心境になったのは滝司という男に出会ってからのことで、今までは秘書の大沢が口癖のように言っていた、「そつなく、そつなく」を地で行くような知事だった。 それが滝司に触発されて、ちょっと?方針を変えたら、とたんにリコール問題になってしまった。 うまくいかないものだと思うのだが、今の浜溝は一皮むけたというかすっかり変わってしまった。 もう元には戻れない。 そんな浜溝が県庁に戻った時、どういう処遇が待っているのだろうか? その前に、ここ北朝鮮から帰れるかどうかもわからないが・・。
10機のFー35Bが、キム将軍が潜む地下基地の5か所の入り口の前に降り立った。 入り口は木々が生い茂りちょっと見ただけでは分からない。 偵察衛星がよく見つけたものだと感心してしまう。さすが米国の偵察衛星だ。 Fー35Bは、何人たりとも逃がさない構えでその入り口に銃口を向けてた。 まさか、そこへのこのこと兵士が出て来るとも思えない。 キム将軍の地下秘密基地は完全にふさがれたのだ。
焦るキム将軍は、100歳に見える老人のこめかみに当てた銃口を、更に力を入れてグイっと押し付けて、
「イルボン! よく聞け! この老人はお前たちが殺すことになるんだ! 殺したくなければさっさと引き返せ!
日本側から反応が無い。
「むむ、殺したければ殺せということか?」
キム将軍もためらっている。 ためらってはいるが、この事態をどう収めていいのか分からない。 拳銃を握っている手が異常に震えている。 引き金に震える指が微妙に当たってる。
それを見てリ・トンムが叫んだ。 「あっ! 危ない! 暴発する!」 叫んだあと、なんと驚いたことにキム将軍に突進し、ぶつかって押し倒したのだ。 それと同時に銃声がなったが弾は天井に穴を開けただけだった。
そこにいるトンム(同志)全員が驚き、「リ! 何をする! どくんだ! 将軍閣下から離れろ!」 皆が寄ってたかってリ・トンムをキム将軍から引き離そうとするがリは強くしがみついたまま容易に離れない。 背中が震えている。 泣いているのか?
もちろん、この映像を見ている日本も世界も驚いた。 そしてジッと成り行きを見守っている。
更に驚いたことは、その間、床に押し倒されたキム将軍は黙ったまま天井を見つめるだけだった。 他の者は必死でリ・トンムを引き離そうとしている、その時、
「リ・トンム、どいてくれ」 静かな声でキム将軍が言った。 それと同時に周りの者がやっとリ・トンムを引き離し、1人がリ・トンムを怒鳴りつけて、 そして、思いっきり顔面を殴った。
「よせ」 ゆっくりと立ち上がったキム将軍はそう言った後、「疲れた・・。 少し休む」 隣室のプライベートルームに行こうとした。 このプライベートルームは普段、誰も入ることのできない超豪華な部屋だ。
その部屋に向かう途中でキム将軍は足を止め振り返り、静かな声で、「人質を解放しろ。 後はお前たちにまかせる」 そう言ってプライベートルームに入ってしまった。
残されたトンムたちはお互い顔を見合って、しばらく呆然と立ち尽くした。 でも内心はホッとしたものがある。
やっと1人が老人にソファーに座るよう促し、老人は相変わらず無表情のまま倒れるように座った。
「将軍閣下は、後は我々に任せると言ったが、どうする? 和平か?」
「するしかないだろう」 全員、特に反対する者もなく、「よし、和平だ」
この会話を聞いていた日本も世界も歓喜の声で湧き上がった。
その時、バ~ン!
「なんだ! 今の音は?」「銃声だ!」「プライベートルームから聞こえたぞ!」「大変だ!」
全員プライベートルームのドアに向かって開けようとしたがなかなか開かない。 それでも、何度か体当たりをし、やっとドアを壊して中に入ると、「あ~! 将軍閣・・」
そこには床に倒れ、こめかみから血を流しているキム将軍がいた。
「早く医者を!」 皆がバタバタ慌ててる時に、その中の1人が手を止め、ゆっくり立ち上がり小さな声で、「影だ・・」
つづく




