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島根県立軍出動 竹島奪還作戦  作者: 平谷 口
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知事との晩酌

訪ねてこられた浜溝知事と滝司、京子の三人は酒も入って話がはずんだ。 そこで浜溝氏の驚くべき話を聞く。

 さらに島根県立軍に賛同する県が現れた。

二人で玄関に出ていると、すぐに浜溝知事が自転車に乗ってやって来た。

「やあ~、どうもどうも、夜分すみませんね,突然来ちゃって」

「いえいえ、知事が我が家に来られるなんて、光栄ですよ。 あっ、自転車はガレージに入れときます」 といって、玄関横の車二台止められるガレージに自転車を置いた。 ラパン一台しか止まってないのでスペースはたっぷりある。

「ささ、どうぞ家ん中に」

 浜溝知事は手に紙袋をもっている、「そうだ、先に言っときます。奥さん、いっさいお構いなくね。 寿司持参しましたから一緒につまみましょう。 それとも、食事はもう済まされましたかな」

「ちびちびやっとりましたが食事はまだです。 お寿司ですか、それは嬉しいな」 

滝司は本当に嬉しそうだ。 もちろん京子もそうだろう。 

 リビングのソファーに知事を案内し、キッチンでは京子が寿司の包みをほどいている。

「まあ、豪華なお寿司ですね。 あの、失礼ですけど、お高かったんでしょう」

と、言いながらテーブルに並べた。

「おい、京子、ほんとに失礼だぞ」

「はっは、この寿司は長男がやってる店から持ってきたんですよ。 長男のおごりです。 あいつ、一番豪華な盛り合わせを包んでくれたみたいだ。 尼子寿司ってご存じですか。 その店をやってます」

「尼子寿司・・。 たしか、3~4軒ありますよね。 やってますって言われると、経営されてるってことですか」

「5軒あります。 ええ、経営者兼寿司職人です。 寿司をを握るのが子供の頃から好きで、家でしょっちゅう握るまねごとをやってましたよ。 はっは・・。 一風変わった子だったな。 中学校を出るとすぐに寿司職人の道に入りましてね」

滝司と京子はお互い顔を見た後、京子が,「進学されなかったんですか?」

「ええ、三年寿司店の下働きをやって、これからは寿司もグローバルの時代だと言って、アメリカと中国に語学留学しました。 二年後に帰ってきて、それから寿司修行一筋ですよ。 そして現在、五軒の店を持てるようになったというわけです」

またまた、滝司と京子は顔を見合わせて、二人同時に、「驚いた・・」

「お題目のように景気回復を言ってる私より、あの子のほうが島根県の経済に貢献してると言えますね」

「そんな、知事は知事なりに努力なさってるじゃないですか。 県民も、それを知ってるからこそ絶大な支持があるんですよ」

「ありがとう。 あ、そうだ。 その知事っていうの、せめて今だけでもやめて下さいよ。 プライベートな時間ですからね。 知事って言われると、どうも壁ができていかん。 はまみぞ、さんでお願いします」

「はあ~、なんかなれなれしいような・・。 でも、ご本人がそうおっしゃるんなら、そうお呼びしましょうか・・」

「因みに次男は一畑電車の運転士をやってます。 子供の頃から、鉄オタっていうんですか、それでしてね。 家でもしょっちゅう指差呼称をやってましたよ。 そんなでしたから、鉄道学校を出て運転士まっしぐらですよ」

「やはり進学されなかったんですか」 京子が聞いた。

「ええ、二人とも好きな道に進んだってことで、私としては良かったと思ってますよ。 自分で言うのもなんなんですが、高学歴の父親を子供の頃から見ててもあまり高学歴というものに魅力を感じなかったのかもしれません。 はっは・・。 大学に進んだのは末っ子の長女だけです」

「知事・・、あ、いや、浜溝さん。 私たちは一男一女の二人です。 長男は自衛隊員で宇都宮の駐屯地に勤務してます。 独身なんで心配してるんですが・・。 娘は専業主婦で広島にいます。」

「ほ~、長男の方,自衛隊員ですか。 奇遇ですな。 うちの長女も自衛隊に勤務してるんですよ。 市ヶ谷の防衛省にいます。 どんな勤務をしてるかは分かりません。 秘密事項が多くて。 はっは」

「うちの息子もですね、ぜんぜん電話が無くて、何してるやら・・。 それにしても、このお寿司美味しいわ。 ねえ、あんた」

「そうだな。 美味い。 私たちは晩酌をちびちびやってましたが、浜溝さんも何かお酒飲まれますか」

「いや、自転車といえども飲酒運転になりますからやめときますよ。 ウーロン茶でもあればいただけますかな。 お構いなくと言っておきながら。 申し訳ない」

「ほっほ・、いいんですよ。 じゃ、ウーロン茶ですね。 ありますよ」

京子が持ってきたウーロン茶を、「ありがとう」と言って、浜溝はそれを半分くらい飲んだ

「染谷さん、,あなたの島根県立軍創設などと、そんな大胆なことを言って立候補したことに、私は度肝を抜かれましたよ。 そのようなこと世間に向かって発表する勇気は私にはとてもありません。 秘書の大沢さんにも、経歴にキズが付かないようにそつなく知事職を務めるよう言われてます。 実際そのようにやってきたんですが、頭の中は自由です。 染谷さんと同じような大胆なことを考えることもあります」

「はあ? どのようなことでしょう。 ぜひお聞きしたいですね。 私の場合は狂人扱いされましたけど、浜溝さんのことですから、間違ってもそんなことはないでしょうね」

「ならいいんですが。 いや、確実に狂人扱いされるでしょうよ。 まあ、聞いて下さい」

 突然知事が来られて、それだけでも滝司と京子にとって、とんでもないハプニングなのに、いったい知事は何を言い出すのだろう。 興味100%である。

「北朝鮮に二十年後に宣戦布告するのです」

 滝司、京子、??  一瞬間をおいて、同時に、「え~~!」

「北朝鮮に宣戦布告? どういうことでしょう。 それも二十年後って」

「拉致被害者で一番若い人は、ご存じだと思いますが、名前は芽ぐみさんですね。彼女は現在六十歳です。二十年後は当然八十歳ですよね。 あの国の環境を考えると、寿命は日本に比べると極端に短いです」 ごほん。 浜溝は一つ咳をして話を続けた。

「言いにくいんですが、芽ぐみさんもその頃には・・、あのう・・、亡くなってると思われます。 ですので二十年後には、もう拉致被害者という人質は誰もいません。 心置きなく北朝鮮を攻撃できるというものです」

「はあ~、遠大な計画ですね。 たまげた。 でも、二十年後、拉致被害者全員が亡くなられたのでは問題の解決にならないのでは? 今すぐにでも救出しなければ・・」

「そこです。 宣戦布告に対して、彼らはすぐに応戦体制に入るでしょう。 ですが北朝鮮のお粗末な通常兵器ではお話になりません」

「ええ。 燃料もままならぬと聞いてます」

「なので、彼らは核ミサイルの開発に全力を尽くすしかありません」

「そうでしょうね。 でも、それって、まずいんじゃありませんか」

 横では京子が、なにかSF映画のストーリーを聞いてるような趣でチビチビ発泡酒を飲んでいる。

 浜溝は半分残ったウーロン茶を一気に飲み干し、

「即座にアメリカが動くでしょう。 そういう状況になったらアメリカは本気を出すと思いますよ。 もちろん自衛隊も参加します。 日米同盟ですからね」

「攻撃するんですか」

 さりげなく、「ええ、します」 と浜溝は言った。「二十年後というのは、彼らに核開発を急がせるための誘導ワードです」

「それなら、今すぐにでも宣戦布告してもよさそうなもんですが・」

「そんなことをしたら国内の世論が大騒ぎになってつぶされてしまうでしょう」

「なるほど・・」

「が、戦闘状態は一瞬で終わるでしょう。 ひょっとして戦わずして終戦するかもしれない。 というのは、北朝鮮軍人がジョンウンに忠誠を尽くしてるとは、到底思えない」

「そうでしょうね。 軍人が面従腹背というのは、私も常々思っています。 恐怖心だけでジョンウンに従ってるのは明らかですからね」

「面従腹背は軍人だけではなく、人民もでしょう。 人民の心の中は、ジョンウンとその取り巻き連中、つまり親衛隊ですな。 に対して相当な憎しみを抱いてるということは容易に推察できます。 つまりジョンウンの味方は数十人の親衛隊だけです。 さらに、いざ事が始まると、その数十人も逃げ去ってしまう可能性大です」

「そうなればジョンウンはいやでも降参ってことになりますね」 うっすらほほを赤くした滝司がいった。ほほが赤いのはアルコールのせいではなく、浜溝の話に興奮しているからかもしれない。

「お二人ともあの国の窮状は十分ご存じですね。 ジョンウンが降参したあと日米軍は食料品や医薬品など、あらゆる物資と共に上陸します」

 お寿司を美味しそうにつまみながら、じっと聞いていた京子が思わず口をはさんだ。

「日米軍は解放軍として人々から迎えられるのね」

「そうです。 そうしたら心置きなく拉致被害者の救出ができるというものです」

「すごいわ~! そうなればいいのにね。 でも、なかには抵抗する人たちがいて、歯向かってこないかしら」

 滝司も寿司をつまみながら、

「そうだな、ゲリラ活動されたら厄介だな」

「そんな心配はいらないでしょう。 そんな国士があの国にいたら、あの国はもっと前にまともな国家になってたはずですよ。 はっは・・」

 浜溝の笑い声を聞いて、滝司と京子はまたしても顔を見合わせた。

「国士ですか。 あの国に国士はいませんか」

「いたかも知れませんが、とっくに粛清されてるでしょうね。 私は染谷さんの竹島奪還に強く賛同するものです。 ですが、優先順位は、やはり拉致された人を救うのが先だと思うんですよ」

「それに異論はありません。 ですが、どちらも急ぎます。 竹島も既成事実を積み重ねられると困りますからね」

 京子が、「でも、その混乱のさ中に拉致被害者の身は大丈夫なのかしら? ジョンウンが錯乱し自暴自棄になって危害を加えないかしら。 そうなれば元も子もないわ」

 京子の言うとおりだ。 それに対して浜溝は、

「私が思うに、独裁者というものは人一倍臆病者だといえるでしょう。 特にジョンウンは、そんなふうに感じられます。びくびくしている雰囲気を体中から発散してます。 ですから側近に対しても常に疑心暗鬼で、何でもないことにすぐ激怒し、平気で処刑します。 典型的な臆病者の特徴ですね」

「ええ、すぐに処刑するというニュースはよく聞きます」

 滝司が、「そんな臆病者なら、窮鼠なんとかで、よけいに拉致被害者の身が危ないのでは?」

「倍返し、いや、何十倍返しを恐れているんですよ。 最終的に自分が助かる方法は、拉致被害者を返すのを条件に自分の命乞いをしようと思っているはず。 彼はスイスに留学してましたから、日米連合軍の強力な軍事力を、彼はいやというほど知っているでしょうよ。 毎日、身の安全ばかりを考えてると思いますよ。 人質という、大切なカードをジョンウンは捨てるはずがありません。 それ以前のジョンイル時代には、残念ながら、何名かわかりませんが、犠牲者はいたと思います。 ジョンウンの時代になってからは、一人の犠牲者もいないと断言できます」

滝司も京子も感心しながら聞いていた。

 京子が、「自衛隊が米軍と共に行動を起こせるんでしょうか。 憲法の制約があるでしょう」

 浜溝と滝司が同時に、それは・・。 声が重なった。

「はっは、すみません。 浜溝さんからどうぞ」

「それじゃ・・。 専守防衛の自衛隊といえども戦えないわけではありません。 攻撃されたら次の瞬間、全力で反撃することができます」

 滝司は深く頷いて、「私も、まったく同感です。それを言いたかったんです」

「日本は攻撃されたんですか?」 京子が首を傾けて怪訝そうに聞き返した。

 それに対して浜溝が、

「拉致は日本に対しての立派な攻撃ですよ。 拉致された同胞が今でも全員元気にしてるとは到底思えない。過去に、多くの拉致被害者が、無念のうちに亡くなっているだろうことは容易に推測されます」

 浜溝の言葉に続けて滝司も、

「竹島も同じです。 いつものように漁に出た漁師が突然銃撃されたんですから、わが方もすぐさま反撃する権利があります。 しかし、我が国は戦後の混乱で軍も解体され、攻撃力は全くと言っていいほどありませんでした。 残念ですけど。 が、今は、自衛隊といえどもかなりの戦力があります。 機は熟したといえるでしょう」

「たしか、日本の漁師が四十名以上死傷したんですよね。 ひどい話だ。 竹島を奪われたうえ、銃撃されて・・。染谷さんのお怒りもごもっともです」

「何もできない日本は、本当に情けない国になってしまったもんだ」

「まったくだ、染谷さん」

 傍からみてると、まるで浜溝と滝司は旧知の仲のようだ。 京子にはそう見えた。

「解決方法ってあるのかしら。 やはり最後は戦争・・。 竹島を取り戻すのに島根県立軍。 拉致被害者を取り返すのにも、結局、そういうことね」

「はっはっは」 浜溝が笑って、

「ご心配なく、奥さん。 妄想ですよ、妄想。実際に戦争を仕掛けようなんて思ってませんよ。 染谷さんとは、妄想でもなんでも話せる人なんじゃないかと、それで今夜、こちらにお邪魔したというわけです。 単なる居酒屋話ですよ。 はっは、たまにはこういう話をしてガス抜きをしたかったんですよ。 お二人には迷惑だったでしょうが。 すみません」

「いえいえ、とんでもない。私どもにとっても凄く楽しい時間です」

「ほんとにそうね。 現職の知事と、こんなにざっくばらんにお話できるなんて、夢みたい」

「おいおい、京子。 知事って言わない約束だろ。 浜溝さんはうちに息抜きに来られたんだ。 浜溝さんは明日も、いやでも知事という重責が待っているんだ。 大変なプレッシャーだよ。 今だけでも浜溝さんとお呼びしよう」

 滝司は分かった風なことを言った。 知事になったこともないくせに。

「自分の選んだ道ですからね。 それに、やりがいも、もちろんあります。 やりがいがあるからこそ、立候補し、知事になったんですから。 多難ですけどね。 知事になることは手段であって目標ではありませんからね」

 浜溝は、パッと顔を上げて京子に向かって、

「奥さん、申し訳ない。 私にも、その発泡酒いただけますかな。 お構いなくといった手前、なかなか言い出しにくかったのですが、お二人が美味しそうに飲んでらっしゃるので私も飲みたくなりました」

 京子は,ちょっと嬉しそうな顔をして、

「いっしょに飲みましょう。 その方が話も弾みますわよね。 でも、発泡酒でよろしいんでしょうか。浜溝さんは、普段、まさか発泡酒ではないんでしょう」

 発泡酒は酒税対策でビールメーカーが苦心の末造り上げた、本来のビールとは別物で、言うなればビールの二級酒というべきか、いや、その表現は違うな。 ビールもどきとでも表現すればいいのかもしれない。

「発泡酒を飲んだのは、二十五年くらい前かな。 その時、正直まずいと思って、それ以来飲んでませんねえ。 でも、お二人が美味しそうに飲んでいらっしゃるんで、あれ、進歩したのかなと、興味がわいてきました」

 京子は滝司のほうをむいて、

「なんだか申し訳ないわ。 ビール買ってこようかしら、ねえ、あんた」

「そうだな・・」

 滝司の声を遮るように、

「いやいや、とんでもない。 私は今,発泡酒を飲みたいんですよ。 ですから、ぜひお二人と同じものをお願いします」

「そうですか。 お口に合うといいんですけど・・」

 京子は発泡酒をコップについで浜溝の前に差し出した。

「ありがとう」 それを浜溝は半分ほど飲んだあと、一息おいて残りを一気に飲み干した。

 滝司と京子は、浜溝の反応を興味津々でまっている。

「これは驚いた。 以前飲んだ味とはぜんぜん違う。 普通のビールと大して変わらんな。 美味しい」

それを聞いて喜んだ京子は、「まあ、よかった。 お代わり、どうぞ、どうぞ」

「ありがとう。 頂こう。 けど、しいて言えば泡のきめ細やかさが、若干違うかな」

 京子は、さらに発泡酒を継ぎながら、

「本物のビールと同じってわけにはいきませんわね。 今ではこの味がすっかり庶民の味になったって感じですね。 我が家では、もうず~っとこれです。 家計も助かりますしね」

 為政者としての浜溝は複雑な心境だった。 これって庶民の生活の質が落ちたということか。 口には出さなかったが、顔には、ちょっと出たかもしれない。

 コップを置いた浜溝が、「ところで、染谷さんの竹島奪還作戦とはどういうものでしょう? 差し支えない範囲でお話し願えますか」

「ええ」

 滝司は最初、竹島を奪還したいという気持ちが先走って島根県立軍を創設したいと選挙運動で言ったが、それを造るための設計図がビシッとあったわけではない。 一石を投じればいいやくらいの気持ちであった。 が、選挙で発表し、これだけ世間が騒ぎ出した以上、しっかりと自分の考えを構築しなければならない。 どのように県立軍を創設し、どのように竹島を奪還するのかを、選挙以後、落選したとはいえ、そればかりを考えていた。

 そして、考えはまとまっていた。 それはかなり貧弱な軍ではあるが、滝司はこれしかないと確信したのだ。

「どんな船でもいいから、100艘くらい用意します。それで竹島に向かいます。 ただ、それだけです」

 京子も初めて聞いた言葉だった。 そして、ひどく驚いた。

「あなた、何、それ? 銃も何にも無くて行くの? 無謀もいいところよ」

 浜溝は、対して驚いていない。 そして、一言、「なるほど・・」

 またしても京子が、「死にに行くようなもんだわ」

「民間人が武器を揃えられるわけないだろ。 無防備で行くしかないよ」

 浜溝は、ちょっ考えて、「それしかないでしょうな」 滝司の言葉を理解したのだろうか。

「何よ!二人とも、この私を未亡人にしたいわけ。 ひどいわ」

「大丈夫だよ。 死にに行くんじゃないから。 はっは、これも妄想〃。心配いらないよ」

 浜溝は、困った顔をして、「確かに奥さんを未亡人にしちゃだめですね。 ご主人は、私と一緒で妄想を言われたんですよ」 でも、そんなはずはなかった。

 三人ともアルコールがほどほど入って、話は益々弾んだ。

「染谷さんの、中国道のアウトバーン化には驚きましたな。 私には発想もできません」

「中国道は速度無制限にするのに最適な道路だと思います。 なぜなら、単純に空いているからです。宝の持ち腐れですよ」

「カーブやアップダウンが多いわ。 事故増えるかもよ。 私は怖い気がする」

 軽自動車しか運転したことのない京子の不安はもっともだ。

「車の性能は格段に向上してるし、あとはドライバーを信じるしかないな。 提案するのは自由だし、別に殺されるわけじゃない」

 それに対して、浜溝は当然現実的だ。

「警察がうんと言わないだろな。 それに中国五県、一県でも反対すればできない」

「浜溝さんはどう思われます? 反対ですか」

「興味はありますよ。実際、高速道路はスピード違反だらけですからね。 それに、山陽道はとっても混んでるし、中国道が今のままでいいとは思わないけど、無制限ではなく百二十kmくらいが妥当かな」

「なるほど」

「それよりね、私は新幹線をどうしても山陰側に通したい。 京都から下関まで、ずっと海っぺりをです。そうすれば人の流れが劇的に変わるでしょう。企業だって誘致しやすくなる」

 浜溝は知事になって以来、各方面に働きかけてはいるが、反応は鈍い。

「私、大賛成。 出来ることならリニアがいいわ」

 滝司は大きくうなずきながら、「リニアか。死ぬまでに一度乗ってみたいな」

 それを聞いて浜溝は、

「はっはっは・・」 楽しそうに笑った。夢か妄想なのか。 この際、この楽しい空間のひと時の中ではどっちでもいいと思うだけであった。

 京子が突然、

「浜溝さん、よろしかったら泊まっていかれればいいのに。 むさ苦しい家ですが」

 それを聞いて滝司は驚いた。

「おいおい京子、失礼なこと言うもんじゃない。 気楽に浜溝さんって呼んでるけど、

目の前におられるのは島根県の知事だぞ。 こんな分譲住宅にお泊めするわけにいかないだろう。 あ~、びっくりした。浜溝さん、すみません」

「なによ、さっき、浜溝さんが知事だってこと忘れろって言ったくせに」

 京子が言った後浜溝が、

「いやいや、その言葉は、とっても嬉しいな。 思えば若いころ、友人と飲んだりしゃべったり、そしてよく、そのままざこ寝したもんだ。はっは」

 今度は滝司が、

「え、じゃあ、泊まっていかれますか。 私どもはいっこうかまいませんが」

 泊まるのを前提にするのと、途中で帰るのでは会話の奥行きが全然違ってくる。

「お言葉は嬉しいが、この歳になると寝るのもいろいろ苦労がありましてな。 手をのばしたら、いつものところに水差しがあるとか。 あるいは、目をつぶっててもトイレに行けるとか、我が家でないと落ち着かんのですよ。 ですので、お言葉だけで十分有り難い」

 滝司にはそれがすぐ理解できた。自分自身もそういうところがあるからだ。 よそ様の家に泊まって、夜中に目がさめて困った経験は誰しもあるのではなかろうか。

 強引に泊ってくださいというのも、相手には迷惑な部分がある。

「言われてみれば、私も同じでした。 やはり自分の布団がぐっすり眠れますよね」

 年齢の似た滝司はよくわかる。

「そお~。それもそうかもね。 すみません。気軽に泊まっていかれればなんていっちゃって」 京子もすぐ納得した。

「もっと若い時に知り合いになれればよかったですな。 はっは」

若い時に知り合う・・。 それは絶対ないな。滝司は思った

 。東大ハーバードへと進んだ浜溝氏と、通信制の高卒の自分とでは接点がまったく無い。 今、こうして一緒にいるのは奇跡みたいなもんだ。

「あら、誰か来たみたい」

 玄関先は常にPCモニターに映るようにしている。

「橋本さんだわ。 夫婦そろって、どうしたのかしら。ちょっと失礼」 といって、京子は玄関に向かって、インターフォンが鳴る前に玄関ドアを開けた。

 橋本さんの方から、

「こんばんわ。あら、お客様? じゃ、手短に話すわね。じつは・・」

 旦那がその後引き継いで、「浜田のホテルの方へ転勤になりましたもんで、ちょっとご挨拶を、と思いまして」

「え~!、浜田に。お二人ともですか」 京子は転勤にも驚いたが、それよりも旦那の変貌に、もっと驚いた。 ほほがこけて別人のようだ。 一か月前、一緒に選挙に行ったときとは様変わりだ。

 ホテル、相当苦しいのかしら。

「そお~。でも、県内だから休みには帰ってこられるわね。 車で一時間半くらいですもん」

「行くのは主人だけですのよ。 私は明日から一人暮らし。 ですので、これからも話し相手、よろしくね」

「よろしくお願いします」 主人の方も頭を下げた。

「もちろん、話し相手くらいお安い御用ですけど・・。 ご主人、単身赴任大変ね」

 奥から滝司が出てきた、

「橋本さん、浜田に転勤ですって。 ホテル、調子悪いんですか」 京子が言いにくいことをズバリいった。

「あ、ご主人、先日はどうも。 投票日以来ですね」

 滝司も京子同様に、やつれた橋本氏の顔に内心驚いたが、それは口に出さず、

「ホテル、調子悪いんですか」 同じことをまた聞いた。

「ええ、まあ」

「そうですかあ~、日本海夕陽ホテルは、老舗で長年親しまれてきたのに・・。」

 と、滝司がいったとき、滝司の後ろから浜溝氏の声が、

「染谷さん、私、そろそろお暇しますんでゆっくりお話されてはどうですか」

「え、浜溝さん、お帰りですか」 京子と滝司が同時に言った。

「いやあ~、今日はお二人と話し出来て本当に楽しかった」

 橋本夫婦は目の前の男性が誰か分かっていない。「はまみぞ・・?」 どっかで見たような顔だな・・。 

 松子さんの方が先に気がついた。

「あの、ひょっとして知事の浜溝さん・・、かしら?」

「ええ、そうですよ。 浜溝知事です」 と、滝司が言うと、橋本夫婦は目を丸くして、「え~!、なんで知事が染谷さんちに」 心より驚いた。

 ふつう、知事とここまで接近する機会はない。 それも隣人宅で。驚くのは当然だ。

「染谷さんと知事がこんなにも懇意だなんて・・。 驚いたわ~!」

「選挙が縁で、ちょっと染谷さんに興味を持ちましたもんで、今日、かってにアポも無しでこちらにおじゃましたんです」

「選挙が縁でって、あの島根県立軍のことですか」 橋本氏がちょっと呆れ顔でいった。

「ええ。 それ以外にも、染谷さんの大胆な考えを聞きましたよ。それじゃ、私は帰りますので。 タクシー呼びますかな」

「浜溝さん、自転車は明日、私が持っていきますのでご心配なく」

「えっ、それは有難い」

 橋本氏が横から、「知事、タクシー呼ばなくとも、これから浜田に発つついでに乗っていってください。お送りします」

「これまた有難い。 ご迷惑でなければお願いします。 あれ?染谷さんともっと話があったのでは?」

「今日は、ちょっと転勤のあいさつに寄っただけですから。 それじゃ、知事を送ってきます。 それじゃな、お前、行くよ。染谷さん、また近いうちに」

 と言い残して、橋本さんの車は知事と共に行ってしまった。

 車の中には知事と、不景気真っただ中の橋本氏の二人っきりである。 滝司は少し心配していた。 橋本氏が知事に向かってイヤミの一つでも言うんじゃないかと。

 イヤミくらいで収まるのであれば、まあいいが、県政に対しての批判がエスカレートして、暴言の一つでも吐くんじゃないかと危惧するのである。

 もっとも、知事もそれを十分理解してて彼の車に乗ったのだろう。 とも思うのである。

「それじゃあね」 といって橋本の奥さんは誰もいない家に入っていった。 後ろ姿が深刻な不景気を表している。

 滝司と京子も家に入り、

「あら、浜溝さん。 自分の使ったコップや食器がきちんとかたずけてあるわ。 そんなことしなくてもいいのにね」

「性格だろう。 ふむ、浜溝さんは家事をするのかな?  そういえば今日、奥さんのことは何一つ話題にのぼらなかったな」

「子供さんのことはあんなにしゃべられたのにね」

「あえて俺たちも聞かなかったけど・・」 

 ちょっと首をかしげて、「まっ、いいか。詮索するの止めよう」 

「ねえ、あんた。 今日ここで知事といろいろ話したこと、外で話さない方がいいわよね」

「当然そうだ。 浜溝さんも、かなりぶっ飛んだこと言ってたもんな。北朝鮮に宣戦布告なんて、俺と同じ狂人レベルの話だ」

「ええ、ホント、驚いたわあ」

「それとも、浜溝さん・・」

「何?」

「一皮むけたかな」

「・・・?」


 翌日、滝司は浜溝氏の自宅に向かった。 自転車を届けるためだ。 宍道湖からの生暖かい風を感じながら、その自転車をこいでいる。

 浜溝邸に着くとお手伝いさんが応対してくれて、。

「すみませんね、自転車は玄関の横へ置いてもらえますか」

 滝司は言われたとおりそこへ置いた。

「旦那様は昨夜のこと、大変楽しかった。と申しておりました」

 中でお茶でもと言われたが、それは丁寧に断っていつもの散歩ルートに向かった。

 てくてく歩きながら、「こじんまりとした家だったな。平屋とは思わなんだ。知事邸らしくない。それに、なんだか生活感がないというか・・、 無機質な感じがした。 それに奥さんの姿もなかった。 出かけていたのかな?」 などと考えながらも散歩を楽しんだ。

 散歩を終え家に着くと京子は出かけていた。 多分、橋本さんのところだろう。

 いつものようにパソコンのスイッチを入れ、コーヒーでも飲もうか、と思ったとき固定電話が鳴った。

 クレームなら面倒だなと思いながら、「はい、染谷です」 クレームではなかった。

「倉沢です。挨拶抜きです。 実は、秋田県立軍を造りたいという人から私の方に電話がありましてね。それで、染谷さんとお話がしたいと言われるんで、電話番号をおしえてほしい、とのことです。 おしえてもよろしいですかね。 相手の人は高田といいます」 いっきにしゃべった。 ちょっと興奮している。

 滝司も当然、この報に驚き喜んだ。 静かな湖面に波紋が生じたのだ。

 が、「秋田県? 秋田の人が竹島奪還・・?  に賛同してくれたのかな」

「いや、染谷さん。高田さんのいうにはですね。 秋田の海岸に時々不審船が漂着するのご存じでしょう。かなりのボロ船で、その中に遺体があったり、または無人だったり。 おそらく上陸した人もいたかもしれない」

「あー、それ知ってます。 ニュースみましたよ」

「なので、高田さんは普段から国防意識、いや、県防意識といったほうがいいかな、そういう組織、つまり秋田県立軍という自警団を造りたい、とまあ、こういうわけです」

「確かに、警察は事後処理をするだけで防御にはなってませんものね」

「県によって事情は若干違えども、これは、染谷さんの島根県立軍の一助になると思いますよ」

「えー、そう思います。私も、ぜひ高田さんとお話してみたい」

「では、さっそく高田さんに連絡します」 といって電話は切れた。

 コーヒーを飲みながら、「秋田の人か・・。 話すのが楽しみだ」

 何十年も前に行った秋田のことを思い出していた。 男鹿半島はきれいだったなあ。 五城目街道をレンタカーでドライブしたなあ。 などと懐かしんでいた、その時、

 トゥル・・・。

「電話だ。 高田さんかな?いやに早いな」

 受話器をとると、「染谷さん、またまた私です。倉沢です」 さっきと同じように興奮気味だ。

「どうされました?」

「今度は、青森の田沢さんという方が、青森県立軍を造りたいということで染谷さんにお目にかかりたいそうです」



     つづく




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