キム将軍の葛藤
核ミサイルの発射が迫ってきた。 もし、発射されればキム将軍の身もただでは済まされない。
軽空母”いずも”、”かが”、はもちろん、チョンジン沖の全ての自衛艦の動きが慌ただしくなった。
「艦長、キム将軍は核ミサイルを本気で撃つ気なのでしょうか? もし、撃ったら全面戦争になってしまいます。 そうなったら、いっちゃあ悪いですが、北朝鮮など赤子の手をひねるようなものです。 キム将軍にそこまでの覚悟があると、艦長はお思いですか?」
「拉致被害者を盾にされたら、赤子の手をひねるよう、なわけには行かない。 我々の目的は拉致された人たちを救うことだ。 全面戦争など起こさせない」
「しかし、核ミサイルが発射されたら・・」
「そのためのイージスシステムだ。 それに、パック3もある。 さらに・・、」
「さらに、何です?」
この質問をかき消すように報告が入った。
「申し上げます。 救援物資を積んだ輸送機が到着しました。 パラシュート落下させるので、回収の方をよろしくとのことです。以上!」
「お~、そうか。 さっきの話は後で話そう。 回収を急げ!」
「はい!」 部下は”いずも”の甲板に向かって走って行った。 甲板上は極寒である。 そこに多くのチョンジンからの避難民が震えているのだ。 物資は届いた。 国内外の医療班も、もうすぐ着くはずだ。 そうなれば何とかなるだろう。
一方、”かが”は別行動をとることになっている。 護衛艦三隻を引き連れてチョンジン沖からピョンヤン沖に移動して、北朝鮮を挟み撃ちにするのだ。
”かが”と三隻の護衛艦で介抱中の難民は他の艦船に移ってもらい、フルスピードでピョンヤン沖に向かった。
滝司と浜溝は哀れな北朝鮮の人々を介抱していたが、やっとひと段落つきほっとしているところだ。
「浜溝さん。 キム将軍は一日以内に核ミサイルを撃つと言っているらしいですが、本当に撃つと思いますか?」
「我々が自衛艦共々ここ去らなければ、そうすると言ってきたらしいね。 キム将軍はスイスに留学していた経験もあり、世界情勢もよく知ってるはずだ。 核ミサイルを撃てば、その後どうなるかぐらいのことは十分理解しているだろうよ。 日米を相手にしたらどうなるか・・。 キム将軍にそこまでの度胸があるかな?」
「しかし、独裁者というものは、変な面子やつまらぬプライドによって暴挙にでるということもありえます。 そして、今、正に東京を核攻撃するといってるんですから・・。 我々はどうすれば・・? それ以前に加部総理は何を考えてるんでしょう? 東京はパニックらしいですよ」
「イージス艦に絶大な信頼を置いているんだろう」
「それを信じていいんでしょうか。 私は不安です。 もし、東京に核が炸裂して何百万もの死傷者がでたら、それは・・、とにもかくにも、その原因は、私、つまり島根県立軍がつくったことになります」
「ふむ。 もう始まっているんだから、あれこれ心配するより、今は拉致被害者を救うことだけを考えよう。 日本政府と自衛隊を信じるしかない。 染谷さん、あなたががよく言っていた、賽を振らなければ何事も始まらない。 そして、賽は振られた」
「そうでしょうが、都民のことを思うと・・」 世界で三番目の核被害都市は東京か? それにしても、どうして日本ばかり・・。
広島でのキノコ雲は島根県からもハッキリ見えたとのこと。野良仕事をしていた滝司の母親からそう聞いた。 もちろん当時、それが何だったのか誰も分からない。
しかし現代では、全世界の人々が核の恐ろしさを十分知っている。 それが飛んでくるとなるとその恐怖感は計り知れない。 その状況が今の東京なのだ。
「キムを諫めるようなまともな人間がキムの側近にはいないのか・・? はっは・・いるわけないか。 いたら、もう少しまともな国になっていただろうに」
滝司はトロッコ問題を思い浮かべていた。 暴走するトロッコのレールの先には十人が、分岐点で別れるレールの先には一人が・・。 このまま進めば十人が犠牲になる。 しかし、運転手が自分の意志で別レールを選べば犠牲者は一人ですむ。 が、これは 運転手が意図的に一人を殺したことになる。 何もしなければ犠牲が十人としても、それはただの事故になる。
この問題を拉致被害者と都民とに当てはめるには、ちょっと無理があるが、滝司の選択は意図的に別レールを選んで、その先にいる都民を犠牲にして拉致被害者を救うというものだ。 多数を犠牲にして少数を救うという、人数的にはトロッコと逆になる。
「バカバカしい。 意図的に都民を犠牲にできるわけがない。 俺は何ということを考えているんだ。 両方救わねばならない」
しかし、飛んでくる核ミサイルをどう防ぐ? 島根県立軍なんて銃一つ無く、実際の戦争にはなんの役にも立たない。 だから自衛艦が参加してくれたじゃないか。 超ハイテクのイージス艦もいるじゃないか。 でも、でも、それで完璧に都民を守れるのか? 滝司の頭は半パニック状態だ。
「総理。 キムの要求ですが、どうします?」 木志防衛大臣が別に緊張してるでもなく、ごく普通の会話のような口調で加部総理に聞いた」
「捨て置け。 防衛態勢は万全だ。 民間連合軍はそのまま北朝鮮沿岸に貼り付けておく。 私も腹が決まったよ。 絶対に拉致被害者を救う。 いつまでもほっとけない。 国家の責任として絶対に救う。 染谷さんたちに群がって哀願したあの人たちが私を目覚めさせた」
「私も同感です。 ところで、キムはあのように核で恫喝してますが、本当に発射しますかね?」
「単なるこけおどしだ。 発射する度胸など絶対に無い。 だが、万が一のことを考えて万全の防御態勢だけは抜かりのないようしておかねば」
加部総理は自信満々に言うが、「しかし・・」 核ミサイルの発射が迫っている中、たんたんと会話をする二人だが、木志防衛大臣は若干の不安を感じていた。
それにしても、この緊急事態下で何という落ち着きよう?
東京都民、何百万人という死傷者が出た場合、キム将軍にとってその代償は半端なく大きい。 日米の総攻撃を受け、斬首されるのは確実だ。 もちろんキム将軍も、一緒にいる親衛隊の十人も嫌というほどそのことを理解している。
時間がどんどん過ぎていく。
ピョンヤン近郊の山中、地下100mはあろうかと思われる深いところに基地があり、そこにキム将軍や取り巻き連中は潜んでいるのだ。
「この地下基地の入り口は絶対に見つからない。 ここに潜んでいれば我々は安全だ」
が、それはとんでもなく認識が甘い。 日米のテクノロジーを甘く見過ぎている。 バンカーバスターの2~3発もぶち込めば、そんな洞穴はあっという間に崩落してしまう。
だが、目的は彼らを抹殺することではない、あくまでも拉致被害者を救うことだ。
夜になった。 キムが核ミサイルを発射するのは明日の午前九時だ。
「拉致した者を連れてきたか」 深度100mの地下秘密基地の作戦室でキム将軍は血走った眼でそう聞いた。 ほとんど眠っていない目にはクマができている。
「はい! 夜の暗闇の中、全員連れてきました。 となりの部屋にいます。 ここへの入り口を知られないよう万全を期しましたのでご安心下さい」
「全員、何人だ?」
「日本人が三十人で、あとは白人七人。 それ以外にも六人います」
「四十三人か・・。 おかしいじゃないか、南朝鮮の奴らはどうした? 一番多いはずだが」
「南朝鮮政府は、それに対して関心がないように見受けられます。 一部の民間人が騒いでいるだけですので、人質としての価値がないと思い、今回連れて来ませんでした」
「そうか・・、関心ないか・・。 それでは仕方ない。 ま、四十三人いれば十分だ。 それにしてもひどい政府だな。 自国民に愛情は無いのか? だから資本主義社会はダメなのだ」
言ってて恥ずかしいことを堂々と言うところが独裁者たるものの所以だ。
「日本側の動きはどうだ? 引き返しそうか」
「いえ、その兆候は見られませんし、何も言ってきません」
「奴ら、核を東京にぶち込まれてもいいのか・・。 どうして、さっさと引き返さないのだ。 発射の準備はどうなってる?」
核で脅せば、日本側はすぐにでも引き返すとすと思ってたキム将軍は予想がはずれ、さらに焦りだした。
「はい! いつでも」
このままでは本当に核ミサイルを撃つ羽目になってしまう。 羽目になるというのは、そこにいる誰も口にはださないが、心の中では撃ちたくないのだ。 撃った後の反撃を想像すると、とてもこちら側に勝ち目は無い。
拉致被害者を素直に渡し、支援物資を受け取りるのが、北朝鮮にとっての最良策なのだが、それができないのが独裁国家の愚かなところだ。 日本側の言うとおり無駄な戦いをする必要はない・・。
しかし、無駄な戦争に陥ってしまうのが独裁者で、その独裁者を諫めるものが誰もいないという。 いや、いたかもしれないが、独裁者に忠告する者など邪魔者以外の何ものでもないだろう。 最初に粛清されるのがおちだ。 そんな北朝鮮はなんて悲しい国家なのだろう。
時刻は夜中の0時をまわった。
「疲れたな、少し横になるか。 皆も明日に備えて交代で休め」 と、キム将軍は言い残してとなりの自分だけの豪華な部屋に引っ込んでしまった。
そこに残された十人の親衛隊はしばらく無言でいたが、ユン・トンムがやっと小さな声で、
「リ・トンム、本当に将軍閣下は核ミサイルを東京に撃つつもりだろうか・・。 そんなことをすれば、その後日米はもちろん、全世界を敵に回すことになる。 そうなれば我が共和国は・・お終いだ」
「・・・」リ・トンムは小さくうなずいた。
慌てて他のトンムが、声は小さいが語気鋭く、「滅多なことを言うな! 我々は将軍閣下に従うまでだ。 余計なことを考えずに明日に備えて、交替で、さあ休もう」
その後、誰も無言のままソファーに座り込んでしまった。
運命の日の夜が明けた。 ”いずも”のブリッジでは艦長以下、全員、緊張の面持ちで作業していたが、明るくなったチョンジン方面を見て息をのんだ。 チョンジンの海岸にはあふれんばかりの避難民がこちらに向かって手を振っているのだ。 ボートはすでに無く、海上には出られない。
「あんなに多くの難民を我々の艦に収容するのは無理だ。 なんてことだ・・、どうにもならん」 そこにいる自衛官、皆同じ思いで、呆然とチョンジン海岸の難民を見つめるしかなかった。
「一刻も早く拉致被害者を救って、後はこの国の体制を崩して国連統治下にするしかない。 それがこの難民らを救う最善策だろう」
体制崩壊までもっていくのか? 日米が本気を出せば簡単だと思われるが、アメリカは乗ってこないだろう。 核を持っている国に対しては妙に憶病で、これまで核保有国とは一度も戦争をしていない。 今回も途中まで随行してきたが、やはり相手が核保有国ということで日本の官民連合軍とは離脱し、引き返してしまった。
しかし今回、北朝鮮が核を打ち払ってしまえば、もう北朝鮮は核保有国ではなくなってしまう。 そうなれば日米協力して体制崩壊させるのも夢ではない。 北朝鮮人民の心もとっくにキム将軍からは離れ、恐怖心によっていやいや従っていただけだ。 面従腹背の極みである。
しかし、北朝鮮が日米の勢力下に入れば、中国にとって喉元に匕首を突き付けられたも同じだ。 そうなればどうなる・・・? まあいい、それは日米の政府が考えることだ。 我々は今の目の前の問題だけを考えよう。
「北朝鮮は核弾道ミサイルを必死で開発してるらしいが、そんなに簡単ではないはずだ。今回撃つといっても1~2発ぐらい完成させてればいいとこだろう。 それだって実験無しの一発勝負で、成功するかどうか・・? そんなもの、ここにいるイージス艦で十分対応できる。 心配ない」
各船舶では相変わらず北朝鮮の気の毒な人たちの介抱が行われている。 物資は届いたので一応暖はとれるようになったが、医療スタッフが足りない。 滝司たち民間船団にボランティアで随行して来た医療関係者のみで、本格的な医療チームは内外から今日の昼過ぎには来ることにはなっているが、もし、東京に核が落とされれば、当然それどころではなくなるだろう。
「そうだ! 北朝鮮の人民を介抱してる映像をキム将軍らに見せよう。何らかの反応があるはずだ」
総司令官”いずも”の艦長は部下にそうするよう命じた。 キム将軍の心の中の一片の良心に訴えようとしてるのだ。 慈悲の気持ちが少しでもあればキム将軍も残酷な核使用を止めるかもしれない。 あくまでも”いずも”の艦長の希望的観測だが。
つづく




