開戦
自衛艦も滝司たちの民間船団も、北朝鮮の哀れな民衆を救出するのにてんやわんやの中、キム将軍はミサイルを放った。
「もっと詳しく見よう。 ドローンを飛ばせ」
ボロ船に乗ってる連中をつぶさに観察するため、超高解像度カメラ搭載のドローンが十機飛ばされた。 彼らに敵意があれば撃ち落すはずだ。
ドローンが彼らの頭上近くまで来たが、相変わらず何かを叫びながら手を振っている。 ドローンは強力な集音マイクも装備しているので、彼らの叫び声はクリアに聞こえる。言ってることはすぐ翻訳機で日本語に変換され、全自衛艦に伝わっていた。
「아이고(アイゴー)」「도와주세요(助けて~」 精いっぱい大声で叫ぶ者、弱々しく泣くように叫ぶ者・・。
モニターを見つめる自衛官全員が彼らの姿を見て驚愕した。
1人が古典的な表現で、「み、みんな骨皮筋衛門じゃないか。 強度の栄養失調だ」 と言いながら同時に、道端の死体を思い浮かべていた。
「なんてことだ・・、乳飲み子を抱えてる女性がいるぞ」
「赤ちゃん動いてないようだが。 厳寒の海上だ。 ほっとくと全員死んでしまう。 早く救助しなければ・・。 艦長どうしますか?」
「うむ。 もっと近づいて船の中身を徹底的に探ろう」
ドローンはボロ船の中をサーチライトで照らしながら入念に調べる。
「危険物は、見たところなさそうだな。 よし!霧島(ミサイル護衛艦)をゆっくり彼らに近づけるんだ」
7200トンの霧島が、ボロ船船団にゆっくり近づいてゆく。
艦長は、手を振りながら叫んでいる人々の顔、服装を見て、そのみすぼらしさに思わず、「難民だ」 と、つぶやいた。
「ボートを下ろせ」
自衛隊員の乗った救命ボートが彼らのボロ船に軽く接触し、こっちに乗り移るように手招きしたが、彼らの衰弱は激しく、自らの力で乗り移る体力が無いようだ。
「みんな!手を引っ張ってやれ! そっとだぞ! 乳飲み子を抱いてるあの女性はそうとう衰弱が激しい。 誰か船に乗り移って手助けしてやれ! ゆっくりだ! 厳寒の海に落ちたら命は無いぞ」
大量のボロ船が、早く助けてと言わんばかりに自衛隊の救命ボートに群がって来る。
「救命ボートが少ない。 全自衛艦のボートが必要だ。 むむ、それでも足りない・・。 よし、民間船団にも応援を頼もう」
滝司たち県連合軍に救助の要請がきた。
「浜溝さん、救助に行きましょう。 危険は無いそうです。 本当の避難民だそうですよ」
「ああ、早く救助しよう。 急がないと、彼ら寒さで凍え死んでしまう」
民間船団は一斉に、ドローンや霧島、その他の自衛艦が照らすサーチライト方向に向かった。
千艘余りの民間船がそれぞれ救助に乗り出し、一艘につき5~6人の哀れな北朝鮮の難民、難民と表現してもいいだろう。 その難民を自船に引っ張り上げ、まず、冷え切った彼らの体を温めることに専念した。
霧島に救助された母子は、全く動かなかった乳飲み子がピクっと動き、その後大声で泣き始め、
「お~! 良かった。 大丈夫だ。 元気な泣き声だ」 隊員一同安どするのだった。
「この人たちは極度の空きっ腹だ。 いきなり食べ物を与えるのは良くない。 まず、白湯を飲ませよう。 ほんとなら点滴をした方が良いのだが・・。 如何せん、我々の設備だけでは足りん。 日本政府に応援を頼むしかないな」
これら一連の動きは、日本全土はもちろん、世界中の人も見ている。 艦長が日本政府に医療の支援要請をする前に、ユーチューブを見ていた医療関係者たちが、現役、引退組を含めて自主的にボランティアの救援医療チームが結成されつつあった。 さらに、外国からも、国境なき医師団や、それ以外にも、是非とも救援に参加したいという医療関係者の声が多く日本政府に届いた。
夜が明けて、短い仮眠を取ったキム将軍は、助けを求めて大勢の民衆が敵側に下ったことにショックを受け、怒りの炎がメラメラと燃え上がったが、この怒りの中には民衆を引き付けた敵に対して、何やら不思議な感情・・、嫉妬も混じっているのかも知れない。
「父上が拉致した者を全員ここに連れて来い。 日本人は30人といったな。 日本人だけでなく、全員をここに連れて来るのだ」
拉致被害者は韓国人が一番多く、それ以外にも、少ないが、東南アジア系や白人もいた。
「日本人だけじゃなく、ぜ、全員ですか?」 リ・トンムがびっくりして聞き返した。
「そうだ! ぐずぐずするな! 何か言いたいことがあるのか。 あるなら言ってみろ」
「はい、それじゃ申し上げます。 それでは世界中から批判を浴びると思いますので、決して得策ではないと・・」
「批判を浴びるのは我々ではない。 日本だ」
「はい?」
「日本が軍隊でもって我々を恫喝している。 止むを得ずそれら連中に危害を加えるとしたら、それは全て日本のせいだと、大々的に宣伝するのだ。 分かったか、リ・トンム」 独裁者らしい発想だ。
そんな中、さらに日本の民官船団に助けを求める民衆が続出し、これはキム将軍にとって甚だ面白くない。
「民衆が敵になびかないように警戒を強めろ! 抵抗する者は逮捕するんだ! 容赦するな!」
北朝鮮内のあらゆる地方の状況が続々とキム将軍の元へ入って来る。
「申し上げます。 警察や公安、治安維持隊が民衆の反撃に会って隊員に負傷者が多数でております。 全く民衆が言うことを聞きません」
「何い~!。 ぐぐ・・。 反抗する奴らを徹底的に痛めつけろ。 逆らう者は見せしめのため全員処刑してやる」
さらに情報が入って来る。
「反抗する民衆の数がどんどん増えてます。 警察の力では押さえられませ。 多勢に無勢の状態になりつつあります」
キム将軍の背中にいっきに汗が噴き出た。 恐怖心が湧いたのである。 普段から漠然とした民衆の反撃に対し恐れを抱いていたが、それが現実となったのである。
「それもこれも、みんなあのイルボンの奴らのせいだ。 通常兵器では奴らに敵わないといったな! 本当にそうなのか試してやろうじゃないか。 全軍に指示を出せ! チョンジン沖のにっくき日本人に対して総攻撃をかけるのだ! すぐニダ!」
だが、キム将軍の思うようには行かない。 北朝鮮人民の半数が飢餓に苦しんでいる中、軍隊も例外ではなく、士気の低下が著しい。
北朝鮮という国は、時々、派手にミサイルを発射をするが、それがどこまで実戦に役に立つかははなはだ疑問だ。 また、一糸乱れぬ毎度おなじみの兵士の行進にしたって、あれは兵士というより行進専門の役者のようなもので、実戦には、まず、役に立たないだろう。
攻撃命令を受けた軍の現場はかなりうろたえた。 普段から威勢のいいことばかり言ってるが、その実、彼我の戦力差を嫌というほど知ってるのが現場の兵士である。 なので、統率の乱れがあらゆる部隊で見られ、出撃命令に対して二の足を踏んでいるような状態だ。
しかし、ミサイルだけは別である。 スイッチを押せば勝手に飛んでいく。 イージス艦の前では効果は無いと思われるが、現時点では頼るものがこれしか無い。
短距離、長距離、対艦ミサイルなど、プロパガンダでは何百発もあるように報道されているが、実際は、そのほとんがハッタリだ。 十発もあればいいほうだろう。 それもまともに飛ぶかどうか・・。 なんせメンテナンスなど気にしない、いや、予算的にできないのだから。
一方、そのころ軽空母出雲のブリッジでは、
「艦長、お尋ねします」 部下が艦長に声をかけた。
「うん? 何だ」
「私は心配でなりません」
「何がだい?」
「もし・・、拉致被害者に犠牲者が一人でも出たら・・、我々自衛隊は日本国民全員から大バッシングを受けると思うんですが・・。 内閣も吹っ飛ぶでしょう。 そのへんの懸念を艦長はどうお考えかと」
「ふむ、キムが自暴自棄になって拉致被害者に危害を加える。 ありうるな。 そうなったら我々一同は切腹もんだ」
「民間船団について来たのは間違いだったのでは、と・・」
「ついて来たのではない。我々が主だ。 彼らを護衛するのと同時に、拉致被害者奪還という彼らの主張と行動が、我々自衛隊を目覚めさせたのだ」
「はい、それはよくわかります。 ですが、拉致被害者を救出する目算はあるのでしょうか? もし、ないとするならば、拉致被害者の方々は北朝鮮に家庭を築かれた人もいるでしょうし、命の危険を冒すくらいならこのまま北朝鮮で余生を送るという選択肢もあるのでは、と思います」
「その選択肢は無いな」
「え?」
「まず、日本国内に拉致被害者の帰りを切実に待ち望んでいる家族がいるということ。 それに、北朝鮮の窮状だ。 今、目の前にいる難民を見てみたまえ。 絶望的なこの国にいたいと思うかい? 拉致された人々も同じだ。一刻も早く助けてほしいと願ってるはずだよ。 日本に帰りたいに決まってる」
「しかし、どうやって・・?」
この二人の会話は今に始まったことではない。 自衛隊員全員が毎日同じような会話を交わしている。 いや、自衛隊員だけでなく、千艘余りの民間船団の乗組員たちも同じ内容の会話を連日交わしているのだ。
拉致被害者を救出しようとすればするほど拉致被害者の命が危ない。 百%パーフェクトな救出方法などあるはずもなく、どうしても賭けの部分があるのだ。 その賭けが凶と出るか吉と出るか・・。
艦長が言った、「キムには最終的に二枚のカードしかない。 核ミサイルと拉致被害者の人質という二枚だ。
その二枚のカードのどちらを先に使うかによって作戦が違ってくる。 もし、先に核ミサイルを放った場合、それを迎撃破壊すれば、残るカードは拉致被害者だけになる」
「拉致被害者が人質になり、最悪の事態だと思われますが・・」
「残った貴重なカードを安易に殺害するとは思わない。 独裁者は極度に臆病者だ。 過去に、散々残酷な手法で処刑した光景が自分の脳裏に刻み込まれてるはずだ。 キムは殺されるという恐怖を人一倍感じているだろうよ。 最終的に、自分が助かる方法は人質を盾にして命乞いをするしかない。 こう判断してるはずだ」
これは以前、浜溝が滝司に言っていたことと同じで、キムが自らの命を守るためにこのように動いてくれるのを祈るしかない。
「先に拉致被害者のカードを切って、核ミサイルを最後のカードとして残したらどうします?」
「もし、拉致被害者の命が危ないとなったら一斉に攻撃する。 その前にキムを恐怖のどん底に突き落としてやるつもりだ。 もし、拉致被害者に危害を加えたらどうなるか目にもの見せてやる。 その策はある。 その恐怖にキムが耐えられるかどうか見ものだな」
会話の途中、けたたましいサイレンが鳴り響いた。 緊急警報だ。
全艦に次ぐ! 敵軍がミサイル発射! その数、十発! 迎撃態勢をとれ!
すぐさまイージスシステムが作動し、向かって来る十発のミサイルを全てロックオンした。 そして、それぞれのイージス艦から迎撃ミサイル十発が放たれ、一直線に敵ミサイル破壊のために飛んでいく。
お粗末な北朝鮮のミサイルは半数がコントロールを失ない、途中で山中に落下してしまい、残りの半分は、いとも簡単にイージス艦の迎撃ミサイルによって破壊されてしまった。
「何~! ミサイルが・・ミサイルが・だめだったか・・」 キム将軍は椅子にドカッと腰を落とし頭を抱え込んでしまった。
その時報告が入った、「日本側からメッセージです。 読み上げます。 我々の要求は拉致被害者解放、これのみだ。 無駄な争いをせず素直に要求をのめば、あらゆる支援物資を提供する用意がある。 是非とも理解して一刻も早く拉致被害者を解放して欲しい。 以上です」
「なんだ、前のと同じではないか。 話にならん。 捨て置け!」
キム将軍以外、ここにいる親衛隊の十人は、心の中では悪い条件だとは思ってない。 だが、黙っている。 将軍閣下が、絶対に飲み込めない要求だと分かっているからだ。
そんな要求受け入れたら、家畜にとって餌をくれるご主人様が代わってしまう。 キム将軍は存在価値を無くしてしまうだ。
じゃ、一旦、支援物資をキム将軍の物にし、それから民衆に与えればいいじゃないか。 日本の物資で自分の存在価値を高める、一石二鳥だ。 だが、今となっては、それも手遅れになった。 飢えた民衆は直接自衛艦に助けを乞うている。 今さら、キム将軍に出番は無い。
日本から輸送機が飛び立ち、食料や医療物資が、瀕死の北朝鮮人民を救うために必死になっている民官連合軍の元に送られようとしている。
益々苛立ちを見せるキム将軍は、「核ミサイルの発射準備はまだか! 早くしろ!」 クマのように部屋の中をうろつきまわり怒鳴るのだった。
そして、報告が入った。「核ミサイル発射の準備が整いました」
「お~! そうか。 三機だな。 目標は東京だ。 目に物を見せてやる。 吠え面をかくなよ、加部の野郎・・。 自衛艦に伝えろ。 お前たちがその場を去らないと、東京に核ミサイルを打ち込む。 期限は一日だ。 そう伝えろ」
「はい!」
東京は、すでに厳戒態勢に入っていた。 人々は半パニック状態で道路は大渋滞、鉄道は大混雑、逃げられない人はビルの地下や地下鉄などに殺到するが、それでも多くの人が身を隠すすべを知らない。
これら怒りの矛先は、当然、加部総理や県連合軍や自衛艦に向けられた。
「奴らのせいで東京は滅ぶぞ! 民官連合軍だと! ふざけんな! 竹島奪還だの、拉致被害者奪還だのと、そんなこた~、俺の生活に何の関係も無いんだ! 今すぐ北朝鮮から引き返して来い!」 「そうだ!そうだ! 憲法九条を守れ」
怒りのマグマがあっちこっちで噴き出していて、多くの民衆が国会議事堂前で騒ぎ始めるのだった。
つづく




