核ミサイルの準備
北朝鮮側も慌ただしく動き出した。将軍様を中心に会議が行われるが、悲観的な意見しか出てこない。
「核攻撃・・ですか?」
「いつでも核ミサイル飛ばせるよう準備をしておけということだ」
「はい」
「作戦会議をする。 皆を呼んでくれ」
キム将軍の身辺を守るのは、軍の上層部や親衛隊などの少数で、この連中は生活面で待遇されてる特別な集団なのだ。
キム将軍が、いくら独裁者だとしても、彼一人では何も出来ない。 彼を支えているのは、この体制を保持することで利益を得る連中だ。 つまり、キム将軍とは利益が一致する一心同体の関係なのだ。
この関係が壊れれば、キム将軍の権威など、あっという間に吹っ飛んでしまい、飢餓に苦しむ面従腹背の民衆によって惨殺されてしまうだろう。 彼はその程度の存在なのである。
キム将軍も、もちろん、それは十分理解している。 なので、そういう取り巻き連中を優遇し、自分のガードマンにすると同時に、強力な権限を与え、民衆の不満を暴力で抑える役目をも、彼らにやらせているのだ。
民衆の不満を抑えるのには 二つの方法がある。 一つは食糧などの生活物資を恵んでやること。 これは、人間を、餌をもらうためにひたすら従順になる家畜にするということだ。 他に生活手段がなければそうなるしかない。 が、現在の北朝鮮では、家畜に与える餌が無い。
なので、飢餓の中、民衆の不満も臨界点に達しようとしていた。
もう一つは、恐怖でもって民衆を抑え込むこと。
独裁国家では民衆の不満が暴発しないよう、ありとあらゆる残虐刑でひたすら恐怖心を煽って反乱を起こさせないようにしている。 そのため、見せしめの公開処刑が頻繫に行われているのだ。
その光景を見せられた老若男女は、恐怖に怯え、心まで萎縮し、反乱を起こす気概など微塵ほどもなくなってしまい、面従腹背ながらも、ひたすら従順な人間家畜となって生き長らえようとする。
しかし、それにも限界はある。
キム将軍の地位は万全のように見えて、その実、非常に危うい。
将軍様と取り巻き連中の利害関係が壊れれば、つまり、将軍様が餌をくれなくなれば、番犬はいつでも寝返って飼い主を襲う。 その時は体制も崩壊してるということで、そうなれば番犬が襲わなくても民衆の今までの恨みつらみによってキム将軍は、結局は最後を迎える。 今まで、散々いい思いをしてきた連中は、民衆によって全員血祭りにあげられるだろう。
我々からすると、薄氷を踏むような政治体制が三代も続いてきたことは奇跡のように思える。 しかし、独裁者の末路は、チャウシェスク、カダフィー、・・、悲惨なものだ。 キム将軍は例外なのだろうか? まさか・・。
会議が始まった。 キム将軍の他、十人で、この十一人の小さな会議が全ての運命を決める。
キム将軍が、「飛んで火にいる夏の虫が来た。 さて、どうやって始末する?」 言葉だけは勇ましいが、内心は初めての事態なので、かなり動揺している。
側近たちも、キム将軍の前では虚勢を張らなければならないが、それでも、キム将軍と、これら十人はお互い利害が一致している親密な仲間なので、ピリピリした雰囲気は感じられない。 会議も比較的ざっくばらんの中で始まった。
「将軍閣下、あの船団は、ほとんどが無防備の民間船です。 機銃掃射で簡単に片が付きます」
他の者が、「トンム(同士)よ、問題はそこじゃない。 その民間船を護衛している日米軍だ。 それに、機銃掃射をするにしても、奴らが、かなり沿岸に近づかないと無理だ」
さらに他の者が、「トンム、それも問題ではあるが、本当の問題はその後だ」
「それは何だ?」 と、キム将軍。
「持続性です。 燃料など、あらゆる物が不足しています。 もし、真正面で戦えば半日も持ちません」
これについては皆、心の中では同じことを思ってたが、あまりにも深刻な弱点なので言うのを憚れていた。
他のトンムが、「おい! お前! わが軍をバカにするのか! 将軍閣下に謝れ!」
「いや、いいんだ。 わが軍の戦力分析をありのままに話せ。 私は、裸の王様になりたくはない。 続けたまえ」
裸の王様・・。 このセリフは民衆に向かって言うべきセリフだと思うが。 もっとも、これを言うと体制崩壊に繋がってしまうことを、ここにいる全員が知っているので、そんなバカなことはしない。
独裁国家というものは、外敵にも、そして、民衆という内敵にもピリピリしているのだ。
「半日か・・。 うむ、」
「将軍、ロシアからの最新鋭機ミグ29が40機ほどあります。 互角の戦いができるはずです。 半日しか持たないだなんて、とんでもない」
キム将軍は静かに聞いている。
他のトンムが、「ロシアは最新鋭機は売ってはくれない。性能的に一つ下のバージョンです。 敵のFー35Bには到底敵いません。 それに、ミグ29で満足に飛べるのは、メンテナンス、部品不足で5機のみです。 さらに、パイロットが燃料不足により、十分な訓練ができず、練度不足です」
キム将軍の耳に痛いことをズバズバ言った。
「トンム、今、Fー35Bといったが、”いずも”と”かが”は甲板改修中のはずだが? 終わってたのか 」
「東京のトンムからは、それについては、まだ何の報告もありません」
「ふむ。 最近は、以前のように情報収集が上手くいってないようだな。 日本に送り込んだトンムも以前と違って、何かとやりにくそうだし・・。 情報だけでなく資金も思うように入ってこない。 日本公安の締め付けが強くなったのは痛いな」
ここにいる全員が、もう、結論を知っている。 通常兵器では全く太刀打ちできないことを。 この会議も自分たちの欠点をなぞっているだけで、打開策など、どうしても見いだせないのだ。
だが、ミサイルはある。
「対艦ミサイルをお見舞いしたらしたらどうだ?」 将軍様が言うと、これに対しても悲観的な返答しかない。
「閣下、イージス艦にミサイルは通用しません。 全て撃ち落されるものと思います」
「通用しないか・・。 じゃあ、民間船団のど真ん中にミサイルを打ち込んだらどうだ? 大勢の死者が出たら、さすがの奴らもひるむのではないか?」
「そのミサイルさへも撃ち落されてしまいます。 イージス艦は、その名の通り完璧な盾、です」
「イージス艦といえども何か弱点はあるだろう。 それとも、トンムの言う通り本当に完璧なのか?」
「しいて言えば、極超音速ミサイルなら、奴らも対処出来ないと思われます。 しかし、研究はしていますが、基幹部品も技術も外国に頼らざるを得ませんので、その~・・、外国のトンムから、その技術が入ってきません・・」
キム将軍も、今更の質問をし、これまた、今更の答えが返ってくる。 全て普段から危惧していることばかりだ。 ここにいる連中が北朝鮮の弱点を一番よく知っている。
「結局、核ミサイルに行き着くか・・。 核ミサイルの状況はどうなってる?」
「申し上げます。 5機準備段階ですが、2~3日以内に発射できるのは3機であります。 イージス艦が弾道ミサイルを迎撃できるのはせいぜい1機か2機です。 なので、3発撃てば1発は確実に東京を破壊できます。 イージス艦と言えども、3機同時に打てば防ぎようがありません。 東京を廃墟にできると確信します。ですが、核を積んだ弾道ミサイルの試射はまだ、やっておりません。 近々、やる予定ではありますが・・」
「パック3という迎撃システムはどうする? かわせるか?」
「パック3で、落下してくる弾道ミサイルを撃ち落す確率は非常に小さいと思われます。 問題ありません」
「お~、そうか! よし!それで行こう! 3機同時に発射しよう。 早急に準備するんだ! 実験をやってる暇はない。 いきなり本番でも、それはしょうがない。 徹底的に失敗しないようにシュミレーションするんだ。 1発でも奴らを恫喝するには十分だ」
しかし、それを撃った後はどうする?
東京を灰にする。 これがどういうことを意味するのかは、ここにいる全員が、これまた十分分かっている。 死なばもろ共にになってしまうのだ。 いや、もろ共ではない。 日本に多大な被害を与えることはできるが、日本の体制そのものは残る。 が、一方、北朝鮮が払う代償は大きい・・。 核を撃った瞬間、日米の強力な軍事力の反撃を食らい、北朝鮮という国家は消滅をする。
核というカードを使えば、その後の対抗手段は何もない。
いや、一つあった。 拉致被害者を人質にするというカードが残ってる。
「父上が拉致した人数は何人だ?」
「二百人以上です。 大体の数字です。 詳しい人数は分かりません」
「ふむ。 それで何人生存している?」
「丁度三十名です」
「たったの・・」 この数字にはキム将軍も驚いたらしい。
その頃、民官米連合船団は竹島の沖合を進航していた。 はるか水平線の彼方に二つの突起物が見える。 竹島だ。
「竹島だね」 浜溝が言うと、
「ええ。 実際に見ると感慨深いものがあります」 滝司はそういった後、持ってきた花束を竹島方向に投げた。 花束を投げたのは滝司だけではない。 県連合軍の全ての船舶から、そして、野次馬としてついて来た船を合わせて、二千もの花束が一斉に竹島に向かって放り投げられた。 韓国兵によって犠牲になった無辜の漁師の鎮魂のために・・。 もちろん、環境のために花にビニールのカバーは無い。
海面は一面カラフルな花で覆われた。 その中を船団は北に向かって進んで行く。
野次馬としてついて来た千艘あまりの船はいつまでたっても引き返さない。 帰る気配が無い。 現実に竹島を見て、何か感じるものがあったのだろうか? それとも、歴史的な瞬間を観たくなったのだろうか?
この状況は各メディアによって刻々伝えられている。 また、倉沢もユーチューブで相変わらず熱心に滝司たちの応援メッセージを発信していた。
一番気をもんでいるのは拉致被害者の家族や関係者であろう。 心の声が聞こえるようだ。 「絶対に帰って・・」「取り戻して・・」 何十年もの間、悲しみ苦しみ、絶望の中で、一時はあきらめかけそうになったが、何とか耐えてここまで来た。 そして、やっと一筋の光明が差したのだ。「消えないで・・」
しかし、生存者の数は余りにも少ない・・。 この時点では、その事実を誰も知らない。
世界中のメディアも驚きをもってこの動向を見守っている。 船団の上空には各国メディアの航空機が飛び回り動画を世界中に発信していた。 その映像は、キム将軍のいる会議室の特大モニターにも映し出されていて、それを観ているトンム全員の顔は緊張でこわばっている。
拉致被害者は日本人だけではない。 一番多いのは、もちろん、韓国人であった。 それ以外にも、少数ではあるが白人などもいる。
韓国人拉致被害者に対して韓国政府は、この日本の拉致被害者奪還作戦に全く同調していない。 元々、韓国政府は拉致被害者に対して関心が薄く、目立った動きをこれまでして来なかった。 被害者の家族は、時々日本に来て日本側に協力を求めるが、肝心の韓国政府が動かないんだからどうしようもない。
チョンジンはもうすぐだ。 イージス艦のレーダーは上空の哨戒機と連携し、北朝鮮全土がまる見え状態だ。 どんな飛来物をも見逃さない。
軽空母いずもから2機の無人偵察機が飛び立った。 そして、その2機から送られてくる映像は信じられないほど寒々とした光景だった。
つづく




