ムン大統領からの提案
どうしても日本からのスワップがほしいムン大統領が提案したものとは・・。
それは、加部総理と木志防衛大臣、二人の思惑と一致した。
2月の22日の朝3時に滝司と京子は目を覚まし、コーヒーを飲んでいる。 これから京子の運転するラパンで松江市から一番近い魚瀬漁港に向かうのだ。
「あんた、何か忘れ物は?」
「必要なものは、すでにラパンに積んであるし、それに、我々船団には補給船が随行してくれるし、ボランティアでお医者さんや看護婦さんまで参加してくれてる。 ほんとに有難いことだ。 全てが準備万端整ったよ」
「それだけ期待が大きいのよ。 責任重大ね。 うまくいってほしいわ」
「いくさ。 自衛隊と我々の官民連合軍だ。 ハイブリッド軍というべきかな。 はっは」」
「民じゃないわ。 準公務員になったんじゃないの」
「あ、そうか」
「ところで、あんた今言った看護婦さん、それ間違いよ。 現在は男性も女性も看護師さんで統一されてるでしょう。 呼び方を気をつけなくちゃ」
「うん、知ってる。 でも、俺は看護婦さんの方がいいな。 看護師のナイチンゲール・・。 ピンとこない。」
そうこうしているうちに時刻は3時半になろうとしていた。
「おにぎり作っといたから後で食べてね」
「ありがとう。 それじゃあ行くか。 集合時間は4時半だから十分間に合う」
京子はラパンのエンジンをかけるため、先に玄関に出た。
「キャ~!」
「ど、どうした? 京子」 その悲鳴に驚いた滝司は急いで玄関に行くと、暗闇の中に一人の男が立っている。
その男は慌てて、「あ、奥さん、す、すみません、驚かして。 私です。 浜溝です。 ほんと申し訳ない」
「浜溝さん? あ、ほんとだ。 浜溝知事だ。 どうしたんですか暗闇の中で? 不審者だと思われますよ」
「奥さん、申し訳ない。 ごめんなさい」
「いえ、もう大丈夫です。 いったいどうされたんですか? ポツンと一人で」
「ええ、もっと早く、昨日のうちに言っとけば良かったんですが、私も染谷さんと一緒に行くことに決めましたよ。 いえ、前から決めてたんですけどね、今日まで言いそびれてました。 そういうことですのでよろしく。 はっは・・」
滝司、京子、同時に、「え~~!」
「冗談じゃない。 浜溝さん、それは駄目です。 一緒になんて行けません。 あ~、びっくりした。 何を言われるかと思ったら、ったく。 ははは、じゃないですよ」
「なぜだい? どうして私が行っちゃいかん。 私だって、染谷さんたち県連合軍にいろいろ便宜をはかってきたつもりだけどね」
「それは、もう十分感謝しております。 ですが、それはそれ。 船に乗せるわけにはいきません」
「ずいぶん、友達がいの無いことを言うんだね。 残念だ」
「ともだち、って。 そう言っていただくのはうれしいですが、 浜溝知事の友達だなんておこがましい。
分不相応です」
「なんだ・・、そうか。 ずいぶん水臭いことを言うんだな」
「そうよ、浜溝さん。 知事は公人だし、主人と同じようにはいかないわ」
「京子さんまで、水臭いことを・・。 お二人とは家族も同然のお付き合いだと思ってたんだが、違ったか」
「これからもお付き合いはしましょうよ。 でも、家族同然って、私たちからすると、なんともおこがましいわね」
「これからもお付き合いするんだから、私も染谷さんと一緒に出撃してもいいでしょう」 浜溝は食い下がる。
こんなことで時間をつぶしてる場合じゃない。 滝司は、ちょっと語気強く、「だめなもんはだめです! だめ!だめ!だめ~!」
その時、カチャっと音がして、向かいの橋本さんの奥さんが出て来た。
「どうしたんですか? 染谷さん。 こんな早朝に。 何かもめ事?」
「あ、すいません。 うるさかったですか。 どうも、すぐ出かけますんで。 さ、京子、車に乗ろう」
「うるさくしたのは私のせいです。 申し訳ない」 浜溝は松子さんに頭を下げた。
「あら、浜溝知事じゃありませんか。 暗くてすぐに分からなかったわ。 ひょっとして、知事も染谷さんと一緒に出撃なさるの?」
浜溝は、「はい、そうです」
慌てて滝司が、「違います。 違いますって。 それじゃ、松子さん、ご主人によろしく。 浜溝さん、家まで送ります。 自転車は後で私が届けますから。 さ、車に乗って下さい。 さ、京子、行こう」
あっけにとられた松子を後にしてラパンは出発した。
「浜溝さん。 先に家に送りますわ」
「いや、いい。 奥さんこのまま港に行ってください。 染谷さん、一緒に行けないんなら、せめて見送りくらいならいいでしょう。 皆が出航する姿を見てみたい」
「はい、それなら構いませんが。 その後、京子に家まで送ってもらって下さい」
魚瀬漁港に着くと、そこには30艘くらいの漁船やクルーザーなどの民間船が停泊しており、それらの船に乗る県連合軍の面々と思われる人々が50人くらいたむろしていた。いや、正確に言うと、船も人々も半分は興味本位の野次馬連中だろうから、全員が県連合軍関係者ではない。 早朝の寒い中、さすがに一般の見送り人は少ない。 4~5人はいるだろうか。
おそらく、この時間、日本海側の多くの港はこれと同じ光景が見られるはずだ。
京子の運転するラパンがそこへ登場すると、すでに超有名人になっている滝司の方へ皆が駆け寄って来た。 浜溝知事は暗い後部座席で静かに座っていたので、誰も知事の存在に気付かない。
滝司が車外に出て皆に取り囲まれ姿が見えなくなると、京子は、「それじゃ、浜溝さん、お送りしますわ」 と言って、ラパンをUターンさせ、少し走ったところで、浜溝が、
「あ、京子さん。 車止めてくれるかな。 近くに知り合いがいるから、その人に会って行こうと思う。 その人の車で送ってもらうから京子さんはこのまま帰って下さいな」
「え? そうですか」 京子はちょっと変だなと思ったが、知事くらいの人なら知り合いはどこにでも沢山いるだろうと思い、それ以上深くは考えなかった。
「それじゃ、浜溝さん、またお会いしましょう」 と言ってルームミラーに薄暗く映る浜溝知事を後に京子は家に向かった。
全艘出撃! バラバラの種類の民間船が一斉に港を離れ、その船尾を何人かの人が埠頭で手を振っている。
日本海を民間船軍が進む。 風は冷たく早起きした眠気をどこかに飛ばしてくれて心地よい。 滝司は周りの船に目をやった。 まだ暗くてよく見えないが、どの船も順調に進んでいるようだ。
「まるで、赤壁の戦いに向かう劉備、孫権の連合軍のようだな。 なら、勝利はこっちのもんだ」 などと、のんびり昔読んだ三国志の一場面を思い出していた。
東の空が白み始め、他船の乗組員の姿もはっきり見えるようになった。 他船からこっちに手を振る者もいて緊張感はあまりない。 が、実際に銃を構えた韓国兵を目の当りにしたら、一気に恐怖に怯える者が多数いるかもしれない。 しょせんこの軍団は、滝司を含めて”戦争を知らない子供たち”なのだ。
時間が経つにつれて水平線にポツン、ポツン と船影が現れ、、それが徐々に増え、とうとう水平線を見えなくしてしまった。
多くの県から出航した多数の民間船がいよいよ一か所に集まろうとしている。 軍艦ではなく雑多な民間船ではあるが、これが返って不思議な雰囲気を醸し出して、ある意味、不気味な光景に見えるかも知れない。
右遠方に隠岐の島が薄っすら見えてきた。 全船団が集合するのは、ここから70km先の、竹島と隠岐の島の、ほぼ中間点で、そこから竹島突撃隊と北朝鮮突撃隊とに別れ、それぞれの目的のためにさらに突き進むのだ。
水平線を覆いつくす民間船団の向こうに、なにやら巨大な船影を滝司は多数見つけた。 「お~! あ、あれは・・自衛艦隊だ!」 滝司の体は感動のあまり鳥肌が立つのだった。
加部総理と木志防衛大臣が首相官邸の一室で、お互い何も言わず座っている。そこへ、
「韓国からのホットラインです」
待っていたものが来た。 総理と木志は一瞬顔を見合わせた後、総理が受話器をゆっくりと取り、
「加部だが」 心とは裏腹に落ち着き払った口調で言った。 相手は当然ムン大統領だ。
そのムン大統領が疲れたような声で、多分、ほとんど寝ていないのだろう。
「加部総理、昨夜、あれからじっくり考えました。双方にとって良い解決策はないか。 私は人権派の弁護士として名を馳せてきました。 ですから何事も穏やかに解決しましょう。 戦うなんてお互いにとって不幸です。 平和裏に解決しましょう」
総理は、ムン大統領は真っ当なことを言ってるな、と思いながら聞いた。 人権派は別にして。
「私も、そう望みますが、我が官民連合軍は、すでに竹島を目指して出航してしまいましたし、何か特別有効な条件でないと彼らは行動を中止しませんよ」
加部総理も木志防衛大臣も相手の持ち出す案を、もうとっくに理解しているが、あたかもとぼけたふりをしているのだ。
「争いは好まないのは我々も同じだ。 官民連合軍が納得するほどのいい案でしたら、もちろん、反対する理由はありませんよ。 続きを仰って下さい」
「はい。 独島がどちらの国に属するかを、オランダのハーグ国際裁判所で決めてもらおうではありませんか。 昨晩じっくり考えた結論がこれです。 加部総理、何か異論はありますか?」
これを聞いて、加部も木志も心の中で、「しめた」 と思った。
ムン大統領の到達する結論はこれしか無いと二人とも確信していたのだ。 何十年も拒否されたハーグでの裁判に、とうとう韓国を引きずり出すことができるのだ。 裁判になれば、日本の勝利は間違いない。 こちらには有利な資料が山ほどある。
じゃ、なぜムン大統領は負ける裁判をしようと言ったのだろう? その理由は簡単。 つまり、保身だ。 当面の問題であるデフォルトを回避するのは、これを交換条件してスワップを結ぶほかはない。 戦争なんて論外で、そんなことをすれば韓国もムン大統領も全て終了になることを彼は理解している。
でも、裁判に韓国が負ければ、結局、ムン大統領は責任を追及され、逮捕にされることになるんじゃなかろうか?
問題はそれだ。 彼は考えた。 彼の任期は残り6ヶ月だが、ハーグでの裁判の結論が出るのは、とても6ヶ月では終わらない。 2年も3年も、あるいはもっと・・。 その間に、彼はじっくりと保身策を練ることができるのだ。 ひょっとして、新大統領が罪を全部被るような事態になれば、ムン大統領にとってはラッキーこの上ない。
日本側は焦る必要は全くない。 韓国側が反論出来ない資料がいくらでもあるし、それどころか韓国側の提出する資料は不正確な部分があまりにも多く、確かなものといえば李承晩大統領が1952年に竹島を取り込んだという事実しかない。 戦後のどさくさに紛れての火事場泥棒をしたのだ。
なので、韓国側が資料を出せば出すほど資料の捏造がばれ、墓穴を掘る羽目になってしまう。
このことは韓国人も十分知っていて、頑なにハーグに行くのを拒否し続けるしかなかったのだ。
しょせん、子供たちに歌や絵などのパフォーマンスをさせるしかなく、証拠も何もあったもんじゃない。
「ふ~む。 なるほど。 裁判で決着しようと言われるんですね。 確かに民主的な手法だ。 それで決まれば世界に竹島の帰属国を知らしめることになり、世界が証人になるということですね。 さすが、ムン大統領、立派な提案です。 私に異論はありません。 じゃ、そういうことにしましょう」
加部総理は木志防衛大臣の方を見てニヤリとした。 それに応えるように木志もニヤリとした。
ムン大統領は弾んだ声で、「そ、それじゃあ、早速スワップを約束して下さい」
「それはまだ駄目ですよ」 加部総理は彼らが簡単に約束を反故にするのをいやというほど見てきた。
スワップ協定を結んだあと、事情が変わったとか、また、新大統領が、あれは前大統領が約束したことなので私には関係ない、などと言いかねないのだ。
「ムン大統領、こうしましょう。 あなた方がハーグ裁判所に全書類を提出され、手続きをして、正式に受理されたら、その時点でスワップを結ぶことにしましょう。 いいですね」
手続き自体は、そんなに時間はかからない。 なので、ムン大統領も、
「ええ、分かりました。 それで結構です。 早速準備を始めますので、加部総理も約束を違えないで下さいね。 絶対ですよ」
それはこっちのセリフだ、と思ったが口には出さない。
「じゃ、そういうことにしましょう。 いいですね」 と言って加部総理はホットラインを切った。
加部は木志と思いっきりハイタッチをしたかったが、さすがに歳を考えて思いとどまった。 手が空振りしたら恥ずかしい。
つづく




