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パンデミック  作者: 桜桃なる猫
第一章 快適な避難生活と友達
6/59

6.初めての食堂

 持っていた鞄を机へと放り投げ、身体の要望に従いベッドにダイブすれば、ものの数秒で意識が刈り取られ眠りの世界へと誘われる。


 程良く反発するスプリングマットに清潔な白いシーツ、その上に置かれたふかふかの羽毛布団を下敷きにすれば暖かく包み込まれて寝心地も良く、慣れないことに緊張の連続だったたけるの身体を癒すのに十分な効果を発揮した。



 ピピピッ ピピピッ ピピピッ



「んぁ……?」


 電子音で顔を上げると微睡む意識の中にAM8:00の表示が飛び込んで来る。


(やっべ! 遅刻!!)


 慌てて飛び起きるもののいつもとは違う真っ白な壁紙に昨日の夜に起こった出来事が思い出されて動きが止まった。


(そうか……学校、行かなくてもいいんだ)


 一度たりとも “行きたい” と思えなかった学校、されど “行けない” となると何となく寂しく思えて来るから人間の心とは不思議なものだ。 習慣とはそういったモノで、突然奪われると物足りなさを感じてしまうのだろう。


 朝9時までに朝食を取れとは言われているが、それよりもシャワーを浴びたいし、着替えもしたい。


 怠さを訴える身体に力を入れ「そう言えば……」と思い起こされた日課の筋トレをサボった事を思い出しながら起き上がると、扉の隣にあるチップリーダーに左手をかざした。



 シュゥゥゥゥンッ



 アニメに出てきそうな近未来的な効果音を出しながら扉が開けば、合わせ目に青いラインの入った白色のガウンタイプの病衣を着て、頭にかけたタオルを擦る男がいる。


 ボディビルダーのようにムキムキの筋肉ダルマでは無いにしても、ラフに羽織られた服からは鍛え抜かれた筋肉が顔を覗かせ、筋トレを欠かす事のなかった剛の目を奪うには十分な肉体美であった事は間違いない。


「よぉ、起きたか。 ついでにお前の服も持って来てやったんだけどよ、サイズはLでいいよな? タオルも持ってきたからさっさとシャワー浴びて飯行かねぇと変態幼女に怒られるぜ?」


 既に朝食は摂ったと言う克之かつゆきだったが、何がそうさせるのか、剛と真逆のバリバリのヤンキーの癖に妙に気が利き、下着に服にタオルにと剛の為にわざわざ用意してくれた事に首を傾げてしまう。


「ダチはみんな “克之” とか “克ちゃん” って呼んでた、まぁ好きなように呼んでくれ。

 そう言えばお前、名前何て言うんだ?」


 つい何時間か前に言われた事が思い起こされ、友達だから気を遣ってくれたのかと合点が行くと、その時感じた嬉しさが再燃を始める。


「ぼ、僕は神宮寺 剛。 よろしく、か、かかかか克之君」

「君なんて付けんな、気持ちわりぃ」


「か、克之……さん?」

「てめぇ、シバクぞ、おい…… 後輩かっ」


「よ、よろしく……か、克之……」

「おぅっ、よろしくな、剛」




 朝から極度の緊張に怯えつつも友達としての一歩を踏み出した剛は、克之に促されてシャワーを浴びると、緊張しながらもグループルームを出てⅣセクションの共有スペースに出た。


「おいおい、初めてのお使いじゃねーんだからさっさと行かねぇと時間無くなるぞ?」


 腕を組み、呆れた様子で見送った克巳の姿は、自動で閉まった銀色の扉に遮られて見えなくなってしまった。


 たまたま誰も居ない共有スペースに締め出され急に孤独感に苛まれるが、やるべき事をやらずにここから追い出されては叶わない。


(よし……行くぞ)


 一人で行動する事自体は慣れたもの。 ただ見知った風景でない事に不安を覚えつつも洗面所を兼ね備えたトイレに立ち寄り用を足し、Cパケッツのメインスペース《ルーエ》へと続く扉を開けたのだった。

 




 3つも並んだジャーの中に残されていた白米をよそい日本人なら誰しもが知る玉子のふりかけをかけると、フリーズドライで塊となった味噌汁をカップに入れてケトルで沸かしたお湯を注いだ。



 食堂スペースに用意されていたのはずらりと並んだレトルト物の山と一般的な保存食。


 カレー、ハヤシライス、牛丼、中華丼に親子丼擬きと、ここはスーパーの売り場か!と言うほどにそれぞれに対しても種類が豊富でどれを食べようかと迷いそうなほど。


 隣の棚には缶詰の展覧会が開催され、サバの水煮や牛肉の煮込み物、コーンビーフやスパムと言った定番から、焼き鳥に牡蠣のオイル漬けなどのオツマミに加えて、とうもろこしやトマトのスープなどもある。


 そして、パイナップルや桃に蜜柑などのフルーツに並び、缶詰にされたパンやビスケット系のオヤツが入った物まで用意されていた。


 更に隣の棚にはハンバーグや海老チリ、筑前煮、豚の角煮や焼き魚に煮魚と言った真空パックされたおかずが並べられ『賞味期限早し!』とデカデカと手書きの紙が貼られている。


 多種多様なレトルト物に興味を惹かれはしたが、少ししたらお昼と言う事もあり軽めの朝食にした剛。 ポツポツと居る食事中の人を避けて端っこに座ると、パンドラでの初めての食事を口にした。



「やぁ、少年。 昨晩は満足出来る夜であったか〜い?」


 其処彼処空いている席ばかりだと言うのにわざわざ隣の椅子を引いたのは、黄色のナースキャップを頭に乗せた黄色いワンピースを着た小学生。

 大人用に設計された椅子と机は彼女には少し大きく、不釣り合いながらも、手にしたコーラのペットボトルを ドンっ と机に置き腰を降ろした。


「なんだ、その様子だとあまり思わしくなかったのかなぁ? それなら今日の夜のお共を探さねばならぬのだな? そうかそうか、それは大変だのぉ。 お姉さんは若い君を応援してあげるから今日もコレを進呈してしんぜよう」


 意味不明な誤解に水を差すべく咄嗟に伸びた剛の手。


 またアレを取り出そうとポケットに入り込んだゆうこりんの手を掴めば「なんぞ?」と驚いた顔をしてみせるものの、何故か頬を赤らめ始め、あたふたと動揺している。


 剛からしてみればそんなお節介は頼むから止めてくれと叫びたい心境が故の行動であったのだが、残念ながら相手はおかしな誤解をしたゆうこりん。 剛とは違う道ながらも、人付き合いの苦手な剛の更に上を行くコミュニケーション能力の持ち主であった。


「なっ!? ま、まさか……ここに来た初日からCパケのボスであるこの私に手を出そうと言うのか!

 なんという大胆な戦略! なんという積極的な攻撃姿勢! しかもてっきり “受け側” かと思えばまさかの “攻め側” だったとは……。

 最初に妾を落とせば後が楽、つまりそういう事なのだな!? ふふふっ、良いだろう、良いだろう。 貴様の望み通りその毒牙で我を服従させてみるが良い! その勝負受けてた……ぁ痛っっ」


「守るべき病院側の人間が守られる側に攻めてどうするのよ。 見てごらんなさいよっ、ドン引きしてるじゃない、彼」


 座ったばかりの椅子から立ち上がり、頬を染めたまま人差し指を突き付けていたゆうこりんだったが、自分の世界に夢中になりすぎて周囲への警戒を怠ったようだ。


 背後から普通に近付いた美人看護師咲の繰り出した手刀を脳天で受けると、黄色のナースキャップがへし折れ二つ山となったまでは良かったのだが、そのポーズで固まったまま剛に向かい倒れて行く。


 ワザとか、不可抗力か、それは本人にしかわかり得ない。


 倒れ行くゆうこりんの顔が目指す先は剛の股の付け根、つまり俗に言う “股間” と言う場所だ。

 座った姿勢では逃げるのも間に合わず、受け止めるか、成り行きに任せるかの二者択一であったのだが、後者を選ぶ勇気など剛にあるはずもない。



「うゎあぁああっっっ!?」



 小学生の様に小柄なゆうこりん、日課の筋トレで鍛えられた腕で慌てて押し返せば力の加減など出来ずに勢い余って咲のところまで飛んで行く。


「ちょっ!? 要らないわよっ!」


 だが美人顔に皺を寄せて目を細めると、バスケットボールでも扱う様に小さな頭を両手で掴んで投げ返せば、「僕も要りません!」と悲痛な面持ちで再び投げ返したものだから、起き上がり小法師の如く、ゆうこりんの足を軸に剛と咲の間を行ったり来たりと何度も繰り返す羽目になった。


「………………」

「要らないってばっ!」


「……僕も要りません」

「要らないじゃないわよっ、やめてよ」


「咲さんこそやめて下さい」

「何で私の名前知ってるのよ、ストーカー?」


「違います! 玲奈さんが「咲さん」って呼んでたじゃないですか」

「何? 玲奈のストーカーなの?」


「違いますっ! 姉の友達なだけです」

「どうだかっ、怪しいもんね」



『ええ加減にせんかぁぁっ!!』



 遊び道具と化した事に白い目をしながらもされるがままになっていたゆうこりんであったが、幾度目かの往復で我慢の限界を迎え爆発した。


 至極短時間で二人の世界に浸っていた剛と咲は突然動き始めたゆうこりんに驚き、立場が逆転して動きを止める事になる。


 目を吊り上げ怒りを露わにした幼女の剣幕に二人して「うっ……」と身を逸らすと、「ふんっ!」と鼻を鳴らして背を向け、幼女らしからぬヤンキー歩きで肩で風を切りながら去って行ったゆうこりん。



「あ……コーラ忘れてる、よ?」


「貰っとけばいいじゃない……ひゃっ!?」


 剛の隣に座り置き去りにされたペットボトルを手にすると パンッ! っと景気の良い音を立てて封を切った。



 だがそれもゆうこりんの計算だったのだろうか?



 解放された炭酸ガスは勢い余り、まだ開け切っていない蓋の隙間からコーラを溢す事に全力を注ぎ始める。

 慌てて栓を閉め直すものの間に合うはずもなく、それでも中身がかからない様にと机の上に伸ばされた事により服を汚すことなく事無きを得た。


「ありがと」


 手が ベタベタ で動けない咲に代わり、すぐに立ち上がると机拭き用に置いてあった布巾を取ってきた剛だったが、そのお礼に返された微笑みに胸を撃たれてノックアウト寸前だったのは彼だけの秘密だ。


 手と机を拭くとペットボトルも持って布巾を洗いに行き、手洗い場で炭酸が落ち着くまでゆっくりと開栓して戻って来る。


「まんまと嵌められたわね……小学生みたいな悪戯っ」


 ゆうこりんが戻す事なく立ち去った椅子に座ると文句を言いつつもペットボトルを傾け、ヒュココココココッ と小気味良い音を立てて一息で半分を飲み干す姿に見惚れていれば、顔を戻した咲と視線がぶつかる。


「ご飯、食べないの?」


 普通の人であれば然程気にする距離ではなかったが、剛にとってはかなりの近距離。


 異性な上にモデルのような美人の隣に居ることが意識されると急に恥ずかしくなり、慌てて逸らした視線が咲の着る衣類を捉えれば、昨日とは違い薄桃色の看護衣では無い事に目が止まる。


「ちょっと、人と話す時は目を見て話すものって教わらなかった? この距離で堂々とそう言うとこ見るなんて、今時の若い子は大胆ね。 そういうお誘いなら間に合ってるからお断りするわ」


「うぇっ!? ちちちちち違いますよ!! あのっ、えと……昨日は看護衣だったのに、き、今日は違うんだなって思っただけですっ! そ、それも看護師の服なんですか?」


  咲が呆れるのも無理は無い。


 剛の視線が逃げた先は彼女の胸元。 言い訳をすれば単にそこで彼女の着ている甚平に目が留まっただけなのだが、絶望的な勘違いに身振り手振りを交えての大騒ぎっぷりに誤解は解けたものの、からかうのも面白そうだと考えた咲は冷めた視線を崩さない。


「ふぅ〜〜ん、そぉ……下手な言い訳ね。 男なら開き直って私の気を引くとかしてみれば少しは見直すのに。

 だいたいさぁ、自分も着替えたのならコレが支給品だって知ってるでしょ? もうちょっとマシな話しの振り方考えないと大人の女を口説くのは難しいと思うわよ?」


「くくくくく、口説くとか!? そそそそんなつもりは無いですよっ! こっ、この服は友達が持ってきてくれたんで知らなかっただけですっ」


「あ〜そう……君の中では私なんて口説く価値も無いアウトオブ眼中の女だと?

 あぁっ! もしかしてさっきの幼女が趣味だったの!? そっれはごめんねー、邪魔しちゃったみたいね」


「ちがっ、違います!! あれは完全に絡まれただけで、ホント助かりました。 咲さんはモデルみたいに美人だしっ、スタイルも良いし……価値が無いとかっ!そんな……」


 看護師という職業柄、人と接することの多かった咲は相手がどう言う人物なのかを見極める目を養ってきた。 剛が今時の高校生らしからぬ純情さを持っている事に気付くと「良い遊び相手」として興味を持ち始めたようだ。


 明らかに女慣れしていない剛の太腿へと手を置けば、セクハラをされる女の子の様に ビクッ とすると身を引いて逃げようとするが足を掴まれていてはそうも行かない。


 30㎝と言う微妙な距離に顔を近付けると剛の顔を覗き込むモデル級の美女。


 そんなことをされれば気が気でない剛は、火事場の警鐘の如く激しく高鳴る鼓動に見る見るうちに顔が赤みを帯び、何をされるのかと ドキドキ する一方で、咲は内心「やっぱり面白い子」との認識を高める。


「あのっ、その……どどどど、どうされた……」


「本当に美人だと思ってるのかなぁって思ってさっ、君の心の奥を覗いて見たくなっただけだよ」


「あのっ、近っ……本当の本当に思ってます! 咲さんは僕が見た事のある人の中で一番の美人ですっ!! 本当です!嘘じゃありませんっ!」


「そう……たとえそれが本心でなくとも褒められるって嬉しいものよ?」


 やっと離れてくれた事に胸を撫で下ろす剛だったが、正解の答えに辿り着いたのか、機嫌良さげに微笑むと「またね」と言い残し去って行く。


 二つの嵐の襲来により疲弊した剛だったが、解放されてホッとした反面、再び一人になった事が少しばかり寂しいと感じている自分に気が付くのだった。





 












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