59.未来への扉
よく晴れた空には彼方に見える白い雲が少しあるだけで眩しく輝く太陽がその存在感を思う存分主張している。
境目が分からないほど青い海は、透明度の高い水と遠くまで浅瀬を作る白い砂の影響により絵具で作ったようなエメラルドグリーンの美し過ぎる景色を拡げ、何度見ても写真の中の南国リゾート、もしくは仮想世界にでも迷い込んでしまったかのような錯覚を起こさせる。
「剛お兄ちゃ〜んっ!」
パラソルで落ちた影の下、プールサイドにあるようなサマーベッドに横になり微風を浴びてウトウトしていれば、手を振る少女が腰まで届きそうな長い赤髪を靡かせ、誰もいないビーチを笑顔で駆けて来る。
「剛お兄ちゃんっ、ご飯出来たよ!」
声に誘われて起き上がると小さく手を振り返して到着を待っていれば、陸上選手顔負けの跳躍で走り幅跳びでもするかのような勢いで膝の上へと飛び込んでくる。
「おふっ……そんなに急ぐと危な……」
パンドラから脱出した後、約束通りA国海軍に回収された剛達は本国に連れて行かれる運びとなった。
そこから軍内部の研究所に連行され、監視、軟禁されながらの検査漬けの日々が二ヶ月にも及び、解放されたのが二週間前。
世界を脅かすウイルスを身に宿す異国人、それも滅亡したはずの国からの来客。
更に言えば、例え超能力に対して寛容な国であったとしても常識では考えられない強大な力は危険視され慎重に扱われた。
「今日はね!琴音もお手伝いしたのっ! 目玉焼き!上手に出来たんだから早く来て食べてっ!」
それでも人間を超越した未知の力を持つ女性の集団が研究所の玩具となる事無く僅か二ヶ月という早さで解放されたのは全て菜々実のお陰。
彼女の高い研究能力と持ち込んだSARS-CoV-3の研究データ、彼女達が身に宿すSARS-CoV-3.1がフェイトを飲んでいる限り感染の危険が無いのが証明された事。
そして何より剛から取り出されたウイルスを食らい尽くすウイルスSARS-CoV-3.3の力が証明されたのが決定的だった。
だがそこには剛達には明かされなかった真実がある。
八木が潜水艇へと持ち込んだ小さな水槽、満たされたフェイトの中にいたのは玲奈が生み出した芽吹いたばかりの生命。
二ヶ月かけて3,000gまで成長した赤い髪の毛を生やす胎児を検査した結果、他のウイルスを殺す筈の
SARS-CoV-3.3がSARS-CoV-3.1と共存している事を発見し、菜々実の交渉により、その子を身代わりとして研究対象とする事で剛達は解放される運びとなっていた。
「ほんと? そりゃ楽しみだな。 じゃあ急いで食べに行かないとだな」
八木の陰謀でばら撒かれたSARS-CoV-3により第二のパンデミックの脅威に晒されていた世界は、フェイトを元に特別に配合された培養液とSARS-CoV-3.3により創り出された万能抗ウイルス薬『リベラシオン』により、そう遠くない内に快方へと向かうだろう。
その薬を創り出した菜々実は報告を受けた大統領直々にA国軍の特別研究員に任命され、世界の平穏と莫大な金を生み出すリベラシオンの利益の何パーセントかを貰える契約まで果たしたらしい。
「早くっ! 早くっ!」
「ああ、分かった……よ!?」
軍から貰える給与の前借りで軍幹部しか住むことの許されないプライベートビーチ付きの豪邸を購入すると “超能力者達の監視” を名目に剛達を住まわせ、自分は研究所に入り浸りの忙しそうな毎日を送っている。
「琴音ちゃん、びっくりするからやるならやるって一言……」
「はいっ、どうぞ召し上がれ」
瞬時に視界が入れ替わると心地良い微風の通る室内だった。
16人も座れる広いダイニングテーブルのいつもの自分の席に座っており、膝の上に横乗りする琴音が手に持つ皿とフォークを差し出していた。
「おおっ、見た目完璧! 上手に出来たね」
皿の上に乗るのは勿論、琴音の力作である目玉焼き。
運良く双子だった卵は剛の好みを考慮して半熟に焼かれているのは見た目でも分かり、ちょっぴり厚めのベーコンの上に乗せられていて匂いからしても食欲を誘う。
「美味しい? ねぇ、琴音の作った目玉焼き美味しい?」
「うんうん、めちゃめちゃ上手に出来たね。 塩加減も絶妙でとっても美味しいよ」
これ以上ないほどにご機嫌な顔で足をぶらつかせる琴音の目の前で剛のためだけに作られた初めての料理を完食すると、食器を奪い片付けに走っていく。
「僕の作ったポテトサラダもちゃんと味わえよ?」
「私のローストビーフも食べてみて?」
「ウチはミネストローネ作ってみたけど口に合うとええなぁ」
「私はパスタ……今日はペスカトーレ……ビアンコ」
「剛きゅんっ、私はパン焼いたよ!」
机に並んだ数々の料理はそれぞれが剛のために腕を振るった自慢の一品、作ってくれる人数が多いだけに少しずつ沢山の種類の料理が食べられて毎日がホームパーティーのようだった。
洋食ばかりの中に目につくのは平皿に盛られた唯一の和食、肉じゃが。
味がしっかり染みてそうなじゃが芋とお肉、残念ながら糸こんにゃくはなかったみたいだが少しだけ形の崩れた人参なんかも美味しそうだ。
琴音と共に取り皿を運んで来た玲奈へと視線を向けるものの微笑みを浮かべるだけで何も言わない。
主張などしなくとも料理上手な彼女がそれを作ったであろうことは聞くまでもない事だった。
「すっかりモテモテだな。 ちょっと前のお前からは想像も出来ないよ、ハーレム男」
自由の国とは言え本人達の了承があっても重婚など認められてない。
玲奈と結婚を決意した剛ではあったが、咲の事も好き、絵里や野乃伽の事も好き。
普通なら許されざる関係だが、SARS-CoV-3.3により得てしまった女性を惹きつける不思議な力はそんな関係でも認めさせるだけの効力を発揮していた。
何より剛自身もその力の影響を受け、複数の女性を愛するという今まで目にしてきた常識を覆す状況をすんなりと受け入れていた。
そんな剛の側に居れば自ずと心惹かれる他の女性達。
懐いていた琴音は言わずと知れ、秞子に芽衣裟、美菜水と、一緒に逃げ出して来た二人の看護師まで意識せずとも遺憾無く発揮されるその力で絡めとれば、菜々実の用意した広い屋敷は剛のハーレム御殿と化していた。
「本当よね、今の剛くんを見てもついこの間まで一言も喋らないような人だなんて思えないもんね」
ここから車で5分くらいの所に剛達とは別で家をあてがわれた純恋。
彼女は彼女で得意とする工学系部門に引き抜かれ、菜々実と同じく特別研究員ではあれど今や立派なA国軍人だ。
「きっかけはどうであれ、人間、誰しも成長して行く生き物だよ。 僕の場合、元が元だったから成長が著しく感じるだけでしょ?」
純恋の家に転がり込んだのは剛の力の影響を跳ね返した美月と、結果としてSARS-CoV-3.1の適性を得られず女性で唯一の一般人となった千鶴とその恋人である克之。
二人は来週、この家で結婚式を挙げる予定だ。
遠い異国の地で剛達の他に知り合いなどいるはずもなく、大きな教会で盛大な結婚式をしようにも参加者が少な過ぎて寂しくなるだけだからと、衣装だけを借りて人前婚にすると決めていた。
ブウォォォンッ!
「あっ! 菜々実お姉ちゃん帰って来た!」
琴音が迎えに行ったのはこの家の家主、映画に出てきそうな大金持ちのように屋根の無い真っ赤なスポーツカーを乗り回す菜々実は、毎日昼時になると20分ほどのドライブを楽しみながらご飯の為だけに一旦帰宅してくる。
「たっだいま〜っ。 たった今更新された記録は18分53秒、信号に一度も捕まらなかったのが勝因ね」
日焼けの無い白い肌に鮮やかな紅い口紅、左肩から回される後ろ髪の全てを使った緩い三つ編みにブランド物の大きなサングラス。 涼しげな白いワンピース姿はどこからどう見てもセレブそのもので、乗り回す高級車がよく似合っていた。
「それはおめでとうだけど、警察の厄介になるような事はやめてよ?」
特別研究員という立場を手に入れたのはA国の保護を受ける目的もあったようだが、世界の平穏を望む彼女なりの苦悩の末の選択だ。
SARS-CoV-3.1は世に出るべきではないと考えていた菜々実ではあったが八木とA国軍との交渉は終わっており、太平洋上で合流した時には既に秘匿する事が不可能な状況であった。
端的に研究者の興味を引くと分かるウイルスの登場は第二のパンドラ計画を懸念させるものだが、彼女自身が研究の中核に関わり続ける事で管理、監視していくつもりのようだ。
「だーいじょうぶだって、警察に捕まっても揉み消されて終わりだからっ」
「そういう問題!?」
純恋の家に居候になっているもう一人、水無玉城も菜々実の推薦でA国サイバー軍の特別入隊を許され、来週からしばらくの間ここから離れた場所へと研修に向かう予定になっている。
「あははははっ、金と権力は使い方次第だぞ?少年。 それよりお腹空いちゃった、今日のご飯何? 早く食べよ〜」
パンドラという牢獄を抜け出し、それぞれがそれぞれで見つけた未来へ向けて遠い異国の地で歩み出した。
特別なウイルスにより他の人間を凌駕する超能力を得たとてこの惑星の一員として生きて行くことに変わりはない。
まだやるべき事が見つからない剛ではあったが、今は愛する人、愛してくれる人達と共に生活していく中で人間として更に成長し、いつかは菜々実達のように世の中を支える歯車の一つになって行く事だろう。
剛達の人生という闘いはまだ始まったばかりなのだ。
3000pvありがとうございます。




