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パンデミック  作者: 桜桃なる猫
第五章 生きる道
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56.愛するが故に

 剛達がイニーツィオで時間を浪費している間に水力発電のシステムは未来の手により書き換えられ、半永久的に使えるはずの発電機はオーバーロードにより電力供給をしなくなり、小規模蓄電池による非常用電源に切り替わっていた。


「たとえ復旧が間に合ったとしてもパンドラに残っている300人全員を治すだけのフェイトは作れない。 それに、ここから脱出する為の潜水艇に乗れる人数も限られている。 酷いことを言うようだけど生命の選択をするしか無いのよ。

 どうしても納得出来ないのなら私を恨みなさい」


 発電機能を修理するならエレベーターで更に地下へと下りる必要がある。 しかし肝心のエレベーターは未来の力で歪んでしまい扉すら閉まらないのが現状、下りることも出来なければ上ることも出来ない。


 つまり残された選択肢は “前に進む” ことのみだった。



「菜々実さん、一つ聞いてもいいですか?」



 上に残された人の中には病院で働いていた玲奈達の同僚もいる。

 絶望的な宣言をされ俯き、咲に寄りかかる玲奈を見て居た堪れなくなるが、自分の力ではどうにもしようがないと諦念しながらも自身で抱える諦めも確認しておきたくなる。



「神宮寺 佳子のことね?」



 剛の肉親なのだろうと気付き思わず顔を上げる玲奈ではあったが、当の剛はすでに達観した様子で返事の続きを待っていた。



「正直に言えば彼女はまだ生きていると思う。 実の母親ですものね、助けたいと思うかも知れないけど私は反対だわ。


 私達の住んでいた国を滅亡させる原因となった

SARS-CoV-(サード)3の発祥母体である神宮寺佳子、それに関しては彼女に非があるわけではない。


 でもそれが元で八木と知り合い、SARS-CoV-(サード)3が身体から消え去った後でも八木との関係を続けたいが為に、超能力の片鱗が現れ始めた実の娘である神宮寺純恋を八木に売ったのよ。


 こうして発見されたSARS-CoV-3(クロト).1に歓喜した八木は狂ったように研究に没頭するようになり今の現状がある。


 夫のある身でありながら八木に溺れ、邪魔になった自分の旦那を核の雨に晒して見殺しにした。

 自分が取り入る為に娘二人を提供し、息子である貴方も実験の対象とするため病院へと呼び寄せパンドラに来させるように仕組んだ。


 肉親にこんな事言うのもどうかと思うけど、男に取り入る為に使える物は何でも使うなんて人間として最低だと思うわ」



 美月が囚われていた事、純恋がここにいる理由、そして珍しく命令された病院行き。


 国が滅亡するのを事前に知っていたとは驚きだったが、深く考えれば母親が関わっていただろう事は想像するに難しく無く、見捨てるべきだと言われても多少の抵抗はあれど既に死んでいるものと思っていた事もありすんなりと納得してしまう。



「美月は大丈夫なんですよね?」



 心残りと言えばイニーツィオに置き去りにして来た妹。

 潜水艇に乗らなければいくら超人的な能力を持っているとはいえ放射能に汚染された大地から逃げ出すのは不可能だろう。



「それは分からない。 けど、あの娘が任せろと言った以上、彼女に託す方が良いと私は判断する」



 昔から行動力もあり頭も良かった純恋の事だ、見えない状況に不安は募るがきっと何かしら考えがあるのだと信じたい。

 本当に純恋がそう言ったのであれば肉親である自分が信じなくてどうするのだと言い聞かせるしかなかった。







 水力発電所制御室の奥にひっそりとあった横移動式のエレベーターもどきに乗れば、地底湖までは2分足らずで到着した。


 少し肌寒い冷んやりとした洞窟独特の空気。


 湖のような大きな水溜りには遠くまで見渡せる澄んだ水が静かなる時を重ねており、高い天井からは大小様々な鍾乳石のような突起がいくつも並び、取り付けられた淡い照明が幻想的な風景を醸し出していた。



 息を飲むほど美しい光景ではあったが、何万年もかけて創られた大自然の中に異物があるのが意識せずとも視界に入る。


 水深のある岸際に停まっているのは新幹線の先頭車両のような形をした全長30mもある大型のクルーザー。

 艶の消された黒色のボディではあるがその存在感は大きく、滅多に見ることが出来ない大自然の情景ですら敵わず全員の視線を奪い去ってしまった。



パンッ!



 鍾乳洞にこだまする大きな銃声。

止まれと言わんばかりに剛達の足元に撃ち込まれ唖然とするものの、視線を上げればクルーザーの先端に立つ八木と笹野の姿が目に入る。



「何故君がここにいる?菜々実。 未来はどうしたんだい?」



 ポケットから取り出した物を手の上に乗せれば見えない力が働き空中を漂い始める。

 菜々実からのプレゼントは可愛らしい桃色のスマホ、それは未来が使っていた物だった。


 超能力など使える筈もない菜々実が念動力サイコキネシスを使ったように見え驚いた表情を浮かべるが、それよりも手元に届けられたスマホを見て湧き立つ感情の方が強く、奥歯を噛みしめ怒りを露わにする。



「彼女は一足先に罪を償いに旅立ったわ。 先生の研究もここで終わ……」



ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ



 洞窟全体を襲う細かな振動は静かだった湖面に細波を立て、不気味な音が響き渡る。


 もし今、大きな地震でも来たら……そんな予感が湧き上がり、全員の顔を不安で染めた。



「クククッ、終わりなのは私の研究ではなく君達の生命の方なんじゃないのかね?


 未来には発電所のシステムの書き換えを命じてある。 供給先を絶たれながらも発電を続けられたエネルギーはオーバーロードを起こしながらも止まる事はない。

 やがて溜まりに溜まったエネルギーは大規模な爆発を起こし、その真上にあるイニーツィオを完全に破壊する事だろう。


 電力の無い穴ぐら生活、水は捨てるほどあれど、こんなところで食料になる物は一切無いだろうね。

 そうなれば君達の末路など考えるまでもないな」



 怒りから一転、勝ち誇り嘲笑を浮かべて菜々実達を見下す八木。

 それはもはや、かつて尊敬した優しさと威厳の折り混ざる師の顔ではなく、歯車を掛け違えて狂ってしまった研究者のイメージそのものだった。



「私がやっているのはただの研究では無い。 人類を進化させ新しい一歩を踏み出す為の栄誉ある研究だ。


 超能力を信じなかった愚か者共のお陰でパンドラは潰されたが研究資料は十二分にある上、次のパトロンは見つけてある。


 そうそう、パトロンと言えば君には感謝しなければならないな峰崎千鶴お嬢様。

 君の父親は古くからウチの大学と深い繋がりがあってね、パンドラ建設の出資者の一人でもあったんだよ。


 その中でも熱心な彼は私のパンドラ計画を打ち明けた時でも積極的に出資してくれてね、このクルーザー型潜水艇を気前よく用意してくれたのも彼と言うわけさ。


 もっとも、お父上はその身に宿したウイルスにより今頃亡くなってしまっただろうけどね……それでも世界にSARS-CoV-(サード)3を拡める役目を負ってくれた勇気ある御仁だったよ、クククッ。


 彼の活躍で新たな能力に目覚める者が出て来る事を期待して暫くの間、待つとしよう」



 死ぬと分かっていながらSARS-CoV-(サード)3を受け入れる者など居はしない。

 その点においては利用されたのだとしても、自分の父親が悪魔のような研究に加担していたと知り驚愕する千鶴。



「っの野郎ぉぉ……」



 その隣では、自分の仲間でさえ利用し捨て去る下衆な振る舞いに、沸き起こる怒りを拳に宿す克之が鬼の様な顔つきで身を震わせていた。



「おやおや、いつもなら家で行われる定期検診なのに、精密検査をするからと一般人に混ざって一人で病院に来させられた事をおかしいと思わなかったのかね?

 ハッピーな頭をしているねぇ、温室育ちはこれだから困る。


 まぁもっとも、女など男を楽しませる為の道具に過ぎないから多少お馬鹿な方が扱い易い、か。 クククッ。


 扱い易いと言えば国連の馬鹿共だな。 通訳に金を握らせたとは言え簡単に踊ってくれた。

 危険なウイルスだから国ごと滅ぼそうなどと言い出す馬鹿が国の代表であるわけがないのになぁ。


 環境に配慮せず核を打ち込まれるとは思いもしなかったが、恐怖とは人を狂わすモノだとよく分かる興味深い事案だったよ」



 千鶴の父親が、剛の母親である佳子が……あの日、国が滅ぶのを予測出来た理由はそこにあった。


 全ては八木の仕組んだ事。


 第一次臨床試験で259名の命が失われたのも、1億3,000万もの命が一夜で消えたのも、そしてこれから起こるだろうSARS-CoV-(サード)3によるパンデミックで大勢の命が失われるのも、全ては八木の間違った正義のためだった。



ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ



 再び鳴り響く地響き、先程より強くなっていた振動は剛達の怒りを塗り替え焦りを助長させる。


 目の前には脱出する為の潜水艦がある。

あとは乗り込んで脱出するのみ。



「そろそろ本当にお別れの時だよ」



 だがそれを阻止するかのように下ろしていた銃口を向けた八木の姿にたじろいでしまう。


 一丁の拳銃から撃ち出される銃弾など絵里と菜々実、それに琴音が対処すれば怖くはないだろう。

 しかしその背後には秞子と芽衣裟を圧倒した笹野が控えており、それまでねじ伏せるとなると戦えない誰かが狙われば一溜まりも無い。



「君達がここで無事に生きながらえることを……!?」



 菜々実に合わされていた銃口を上へと向けたのは意外にも静観していた笹野だった。

 目を瞑りながらも険しさを感じさせる顔で拳銃を奪い去る彼女に抗議の目を向ける八木。



「どういう……」

「先生、お別れは済みましたね?」



 理解の及ばぬままこめかみへと銃口を押し当てられれば焦りなど一瞬でピークに達し、慌てて制そうと手を伸ばすがそれよりも早く引き金が引かれてしまう。


 鳴り響く一発の銃声


 全員の見守る前で八木の頭を突き抜けた弾丸は、その命を奪い去り彼方へと消えて行く。


「!!」

「きゃあああああっ!」

「っ!」

「なっ……」


 その光景に何を思ったのかはそれぞれであったが、菜々実は目を逸らさずそれを成した笹野をじっと見続けていた。


「世界を混乱へと導いた人は亡くなりました。 知らずとはいえ片棒を担いだ罪は度し難い事実、しかし貴女達なら人類を救える可能性を秘めている。

 今ならまだ間に合います、ここからお逃げなさい」


 力を失い倒れる八木を片腕で抱きとめ、今度は自分の頭に銃を当てた笹野。



「待って!!」



 だがそれを良しとしない菜々実は慌てた様子でそれを制する。


 邪魔をされ「今更何だ」と冷たい目で見下ろす笹野、念動力で銃口を逸らそうにも既に引き金に指がかかっており菜々実には待ってもらう他に手立てが無かった。



「貴女まで死ぬ必要ないでしょ!? 私達と一緒に来て! 生きてさえいればいくらでも償う機会なんて……」


「この船はA国軍に回収してもらう手筈になっています。 詳細を纏めた資料がキャビンに用意してあるので水中にある水路を進んで海に出るまでの間に目を通しなさい。

 貴方達に良き未来が訪れる事を心から願います……お元気で」


「まっ……」



パンッ!



 引き金を引く直前、笹野の視線は天井から生える鍾乳石に隠れるようにして浮かんでいる二人の姿を捉えていた。


 最後に残した言葉は、自分に似たモノを感じ何処か通じ合える、そんな親近感の湧く年の離れた友達の様に感じていた純恋に向けられたモノだった。



「さよなら、来世があるのなら次こそは幸せな人生が送れるように祈っておくわ」



 厳格な性格の笹野が不条理を強いる八木に従っていた理由、それは愛するが故のことだった。

 今は悪に見えることでも人類の為にと説き伏せる八木の言葉で目を覆い、間違った行動をしていると叫ぶ自分の心に蓋をしていた。


 その事に薄々気が付いていた純恋は、良い友達になりそうであった事を残念に思いながらも彼女の意志を尊重して最後を見守ったのだった。








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