51.血の雨
八木と笹野が扉の向こうへ姿を消すと再び長い溜息を漏らし、ニヤニヤとした表情のままでいる未来に向かい視線を強める。
彼女の意思など聞くまでもなく、崇拝とさえ言えるほどに心を捧げる八木を裏切ることは無いだろう。
「それじゃ〜あ〜、話が終わったところでぇ、早速死んじゃってもらえますぅ〜?」
ガラガラガラ……
「っ痛ぇ……あのババアなんて強さだよ……おいっ秞子、大丈夫か?」
タイミングを計ったように瓦礫の布団を退かして起き上がった芽衣裟。
秞子と二人がかりで戦っていたのに笹野一人に一方的にやられてしまっていた。
「……身体中痛い……求、癒し……剛きゅん……」
まるで寝起きであるかのようにむくりと上半身を起こすと、古びた機械の如くカクカクとした動きで首を回して半開きの眠た目を剛の入る水槽へと向ける。
「ラスボスと戦った後に中ボスとか順番逆じゃね? HP回復してからにしてくれよな」
「同感だね。 じゃあ……剛きゅんを取り出してキスして貰わないと!」
「それで回復できる秞子がすげーよ」
「おぅっ! 剛きゅんは回復アイテムだった!」
「なわけねぇだろっ?」
「てへぺろっ」
さしたるダメージもない様子で二人して立ち上がると、漫才でもするかのような掛け合いをしながら未来の見下ろす菜々実の横まで歩き戦闘の意思を示すように鋭い視線で睨みつける。
「言ってくれるねぇ。 最強の念動力者であるあっしを差し置いて肉体が強化されただけのあのババアがラスボスだって? 冗談もほどほどにしてくれる?」
「どっちがどっちでもええわ。 状況が掴みきれへんけど、野乃伽や美香を撃つような奴等は信用できひんって事だけは言えんでなぁ」
我を忘れた絵里が心配で寄り添っていた美菜水ではあったが、その原因となった許し難い未来に一矢報いるチャンスとばかりに立ち上がる。
「争いはもう沢山、これ以上不幸な人が増える前に終わらせるべきよ!」
「院長を討つなら協力するわっ!」
30余名いた看護師の生き残り、芽衣裟の意見に賛成派だった二人も未来との戦いに参加する意思を固めて駆け寄って来た。
だが反対派であった残りの一人は邪魔をする事はしなかったが思い詰めた顔で立ったまま唇を噛みしめていた。
「雑魚が何人集まろうとも最強たるあっしに敵うわけないだろ?」
「最強、最強って、自分がもっとも優れてるって思い込まなアイツの側に居れへんなんて世知辛い関係やなぁ。
哀れには思うけどあんたさんはやり過ぎた、残念ながら同情出来ひんわっ!!」
振りかざされる美菜水の手、未来の足元から噴き出す巨大な炎。
だが八木の時と同じく身体を包む空気の幕がそれを防ぎあっさりと鎮火させてしまう。
「根性叩き直したるわぁっ!」
それを合図に芽衣裟も動き出せば駆けつけた二人も同じように肉弾戦を挑むべく走り出した。
「ハッ! わけのわからん同情なんて要らんっつーのっ!」
上下左右、多角的に撃ち込まれる拳ほどの炎。 その周りにある空気を的確に圧縮
させて消滅させながらも、先程の再現をするように美菜水に向けて圧縮空気弾を叩き込む。
「同じもん何度も食らいませんがねっ!」
両手を前に突き出せば直径1mの炎の円盤が創り出され、多少押されながらも後ろに退いた片足を踏ん張ればどうにか堪え切る事が出来た。
「たあっ!」
気合の入りきらない幼い声だがそのスピードは一級品。
まさしく目にも留まらぬ速さで未来の後ろから蹴り込むのだが、念動力により宙に浮いた鉄の板が盾となり、まるで背後に目があるかのようにいとも簡単に防がれてしまう。
「歯ぁ食いしばれやぁぁっ!」
殴りかかる芽衣裟へと向けられる視線。
右手が突き出された次の瞬間には光をも歪める空気の弾丸が放たれており、避ける暇もない。
咄嗟に両手を交差させてはみたものの腕が折れるかと言うほどの衝撃が全身に響く。
痛みから一瞬頭の中が真っ白になるが気が付けば進む方向を逆にしており、今度は小さな水槽へとぶつかった衝撃が背中から襲いかかる。
「カハッ!……ハグ……」
それと入れ違いに未来へと挑みかかる二人の看護師。
臨床試験を終わらせようとする気迫は十分で、その障害となる未来を倒すべく左右から飛び掛かろうと試みた時だった。
突き出されたままでいた腕、指先が僅かに曲がっただけで事足りてしまう。
一人には宙を舞い襲い掛かろうとした秞子がゴミのように投げつけられ、もう一人には床に転がる人間の頭ほどの鉄屑が撃ち込まれた。
「ひぃっ!」
「きぁぁぁっ!!」
「ごふっ……」
その間にも美菜水の創り出す小さな炎弾に対処する為、全方位に渡り空気弾を撃ちまくっている。
更に、美菜水自身への牽制も一つから二つへ、三つから四つへと、まるで試すように徐々に数を増やしていた。
「雑魚がっ! 一回やられたら身の程を知れっつぅんですよ!」
背中から打ち付けられた衝撃は車に撥ねられたかのように強く、強化された肉体を持ってしても相当なものだった。
叫びたいほどの痛み、痺れる両腕。
だが植え付けられた戦闘本能が蹲る事を許さず、そんなものに構っていられるかと歯を食いしばり立ち上がると、ダメージなど無かったかのように再び挑みかかる芽衣裟。
段差を駆け上がり拳が突き出されたまさにその時、残り僅か10㎝というところでその身体は未来の力に捕まり、本人の意思を無視して姿勢を維持したまま動きを止めてしまう。
「なっ!?」
「ばーーかっ」
押すにも退くにも少しも動かない身体、衝撃に備えて身を固くすることすら出来ずに完全に無防備な状態で拳と共に叩き込まれる圧縮された空気。
腹へ直撃すれば、肺にあった空気は抜け出てしまい呼吸が止まる。
かと思いきや、気が付いた時には宙を舞っていた。
痛む背中へ再び走る強烈な衝撃は先程より更に強く、受け止めてくれた台座を粉砕するほど。
いくら人間を超越する肉体を手に入れていたとてそれ以上の力を加えられれば壊れてしまう。
「ふぐ……」
中身を失った肺は更に潰れ、残っていた僅かな空気さえ絞り出される。
口から飛び出た空気は血の味がし、外ではなく、内側がダメージを受けた事を知らしめていた。
「よくもっ!」
「学習しろっつぅのっ、ガキンチョ」
高い天井を足場に真っ逆さまに降ってくる小さな身体。
重力を味方に目で追うのも困難な程の速さで襲いかかるのに対し、見上げただけで発生した直径3mの巨大な圧縮空気砲が逃げ場のない空中にいる秞子に向けて放たれる。
ミシッ!
伸ばされた細い腕にかかる相対速度は生半可なものではなく、体外にまで聞こえる鈍い音が骨を砕くものだと認識するのに時間を要さなかった。
拳から肩にかけて走る激しい痛みの信号、苦悩に顔を歪ませた次の瞬間には見えない力が手首を掴み、無防備な秞子を振り回して痛め付ける。
「くぁっああああああああああああああああああっっっ!!!」
痛みを訴える腕に遠心力を含んだ全体重が掛かり、気を失いかけるほどの激痛に腹の底からの声をあげた。
次の瞬間には背中に何かがぶつかる感覚がして腕まで振動が伝わり猛烈な痛みを更に加速させる。
手首を支点に鞭の様に振り回された秞子は、体勢を立て直し向かって来ていた看護師の一人を薙ぎ払う道具として使われた。
二人共々吹き飛ばされる先にいたのはその後を追いかけるように未来へと向かっていたもう一人の看護師。
前を行っていた看護師が突然進む方向を変え自分に向かって来るのを認識したときには既に遅く、避けようとする暇もなくぶつかっていた。
「ぐかっ!」
「がふっ」
「がほっ!」
三人纏めて吹き飛ばされ半壊していた小水槽の台座に叩きつけられたところに、突き出された未来の腕を合図に見えない力が襲いかかる。
身体全体を押し潰すようにかけられた圧力は自分達の体重の実に10倍。 息も出来ない程の力は鉄製の台座へと三人を押し付け、終いには根元から薙ぎ倒してしまう。
「小賢しいっ! 効かねぇっつぅのっ!」
秞子が投げ捨てられると同時、未来の全身を包む炎。 隙を突いた攻撃は先程とは違い前面だけではない。
取り囲むように吹き出た炎の渦は一瞬で姿を見えなくするものの、巨大な風船のように膨張したかと思いきや次の瞬間には弾け飛び、燃え盛っていた炎は空気と同化し消えてなくなる。
「くっ!」
苦虫を噛み潰したように顔を歪ませる美菜水だが、それだけしか余裕は与えられなかった。
「ハッ! これはどうだ?」
野球ボールでも握るような手つきを合図に円を描くように現れた10もの歪み、それは一見すると一塊にも見えるほど密接していた。
恐怖を煽る為にワザと留められた空気弾、美菜水が目を見開き存在を認識したのを確認すると満を待して襲いかかる。
一瞬の戸惑いで遅れる対処、焦らすようにゆっくり進みながら隊形を崩す事なく螺旋状に回転する10の弾丸。
頭がついて行けずどこから手を付けて良いのか判断出来ずにいれば、美菜水の身体の大きさに合わせて収束した空気弾の群れが身体中を余す事なく撃ち抜いていく。
「ふぐぅっっ!!」
美香の亡骸をきつく抱きしめ動かぬままでいる絵里。 すぐ隣へと床を滑って来た美菜水を目で追いはしたが、その他の意思を見せることはなかった。
立ち向かって来た5人をいとも簡単に打ち捨て、全員の不甲斐なさを鼻で笑いながら「やはり己が最強なの」だと自己満足に浸りかけたときだ。
「私だって!!」
多くの看護師が打ち捨てられる入り口付近でたた一人、自分の進退が決まらず立ち尽くしていた最後の看護師。
死ぬのは嫌だと八木の命令に従ったつもりでいたのだが、気が付けば当の八木はおろか指示をくれるだろう笹野の姿もなく、桁違いの強さを見せつける未来に挑む5人の姿があるだけ。
“死にたくはない” でも ”孤立したくもない”
仲間は全て居なくなり縋れるのは彼女達のみ。
それであれば “生きる為の選択肢” として、劣勢ながらもフェイト製造の責任者である菜々実に味方しようと未来に向かい走り出した。
「はぁ……殺さないように手加減してるの、分かってもらえないんですかね?」
秞子と同じように速さに特化した彼女。 見守るだけの克之達をあっという間に追い越し、そのまま未来へと飛びかかるものと思いきや急に飛び退き進路を左に変える。
「避けただとっ!?」
彼女の背後から迫っていた1mの長い棒は意思の力で瓦礫の中から飛び出した何かの残骸。
「しまった!」
狙いを外した凶器は未来に向けて一直線に突き進む。
それとタイミングを合わせるように真横から襲いかかる看護師。
未来の驚愕する顔にこれで自分の居場所が出来ると確信し渾身の力を込めて拳を振りかぶる。
だがその瞬間、吊り上がった口の端を目にして嫌な予感が頭を過ぎるがその時にはもう手遅れだった。
「なーんてなっ!」
直撃かと思われた未来へと迫る長い棒、殴りかかる看護師に向けて身体を回せば、いとも簡単に避けてしまう。
その直後、目の前を通り過ぎる棒を追いかけるように回された左手が拳を突き出した看護師へと向けられれば、未来の発する念動力の支配下と成り下がり空中に張り付けにされてしまった。
「なっ!?」
通り過ぎた筈の棒はその端を未来の右手に掴まれ、即座に勢いを失いながらも大きく振りかぶられる。
後退から前進に切り替わる瞬間、一時的に動きを止めた棒は纏わり付く超圧縮された空気により光が屈折して歪みが生じ、存在そのものがぼやけて見える。
「こんぷれっしょんぶらすとぉっ!」
一歩踏み出した右足と共に軽々しく振り下ろされるただの棒。
一瞬で解放された超絶なる圧力は半端なものではなく、衝撃波となり何事も無かったかのように身体を通り抜けはするものの生物が耐えられるモノでは無い。
眼球が飛び出し液体と化した脳が噴出すると同時に耳からも溢れ出す。
外見からはでは分からない内部の損傷、存在する臓器の殆どは一瞬で潰されミキサーにかけたように液状の挽肉と化し、身体を巡る大量の血液と混ざり合って大きな血袋となり果てる。
その効果を予測した上でタイミングを測り引き寄せられていたほんの僅かな金属のカケラ、解放された圧力を受け弾丸より遥かに早いスピードで襲い掛かれば水風船を破るように弾け飛んでしまう。
まさに一瞬の出来事。
「きゃーーーっ!!!」
「うぷっ!」
「!!!!!」
未来の持つ棒が振り抜かれた次の瞬間、花火を打ち上げたかのように散らばった赤い液体。
それはあたかも、血の雨が降るようだった。




