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パンデミック  作者: 桜桃なる猫
第一章 快適な避難生活と友達
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5.パンドラ

 世界を見回してもその大きさが見劣りすることのない規模を誇る四十万府立、久城崎大学附属医科学病院。


 その地下150メートルに存在する世界でも類を見ない大きさの巨大地下施設である核シェルター《パンドラ》は、《ヴィルカント》と呼ばれる六角形をした中心部から、ドイツ語で区画を意味する5つの《パケッツ》へと枝分かれしている。


 健康状態の優劣によりA〜Eまでの5つのグループに振り分けられた避難者達は、それぞれのパケッツへと別れて行き、更に細かく分けられる事となった。



 各人に与えられるのはおよそ三畳の個室。

ベッドと収納式の机、それに折り畳み式の椅子があるだけのシンプルな部屋ではあるが、エアコンは勿論のこと空気清浄機に加湿機能まで加わった快適性を追求した部屋となっている。


 個室が4つで1つの《グループ》となり、グループに1つのシャワー室と、2人掛けのソファーが2台置かれた五畳のリビングが用意されている。


 更に、1〜6まで番号の振られた6つのグループで1つの《セクション》と呼ばれ、その真ん中に位置するスペースに洗面台とトイレが設置され、Ⅰ〜Ⅵまでの6つのセクションで1つの《パケッツ》となっている。




 出口で待ち構えていた黄色のナースキャップが慌てふためく姿を見て不審がるのは当然の反応だろう。


 マイクロチップの埋め込みが終わった剛が逃げるように出てきた場所は4メートルもの幅のある広い通路。 その場所はヴィルカント、つまりシェルターの中心部で、目の前の壁の向こうには集中制御室と一部の管理者達の部屋があるのだが、そんな事は知る由もない。


 指示に従い歩き始めれば、3つ目の角を曲がったところでようやく目的の扉に辿り付く。


 スペースを目一杯使い〈C〉と書かれた二メートル四方の扉の横にあるチップリーダーに左手をかざせば、画面に〈554〉と表示され、 ピッ と言う電子音と共に画面が赤から緑へと変わったと思った次の瞬間には二重になっている鉄の扉がゆっくり開き始めた。


「やっと揃った」


 愚痴るように告げたのは3人の黄色ナースキャップの内の一人。


「私の名前は《天野あまの 秞子ゆうこ》このパケッツの責任者だよ。 気軽にゆうこりんって呼んでねっ!

 このCパケは体調が良くも悪くもない方達の暮らす場所になってますぅ。 健康状態の悪化には十二分に気を付けてくだっさい」


 100人ほどの人の前に立ち、踏み台に登り見下ろしていたのは身長140㎝も無いだろうと言う小柄な女性で、失礼ながら見た目からしたら小6か中1かと言った幼い容姿。


 もしもその頭に黄色のナースキャップが無かったとしたら、いくら同色のナース服を着ていようとも「止めなさい」と台から引きずり降ろされている事だろう。


「このだだっ広い場所は《ルーエ》で〜す。 ドイツ語で憩いや安らぎと言う意味ですがぁ、その名の通り食事や運動、他の方とのコミュニケーションの場となりますねぇ」


 責任者がこいつで大丈夫なのかと思ったのは多数派の意見だろう。


 だが、「そんなの関係ない」とばかりに幼女ゆうこりんの口から始まった核シェルター《パンドラ》の説明と、守らなければならないルールの抜粋。


「パンドラの最大の特徴は電気と水が使い放題という事です! これって凄くなぁい?


 ここより更に深い層にある地下水脈に設置された最新型の発電装置は、その能力を最大限に発揮して地下シェルターに居ながら今までと同じように電気のある暮らしが可能になってま〜す。 つまり避難生活にも関わらずちょ〜快適って事ですね!


 そして地下水脈と繋がっているという事は当然のように水が使い放題って事なんですけどぉ、無駄遣いは止めましょうっ。

 この水はですね、放射線は勿論、水質検査をして常に監視されている安全な水……な、の、で、す、がっ! 硬水に近い成分なので、飲むのは用意された飲料用のペットボトルの方がお勧めですね〜」


 避難生活と言えばただ ジッ と時が過ぎるのを待つだけの苦しい時間だと思われがち。 例え蓄電池等で電気があったとしても節電して極力使わないようにするのが常識だろうし、水なんて飲料水ですら出来うる限り飲まずに取っておくのが当たり前だろう。


 しかしこのシェルター、パンドラに関してはそんな窮屈さを感じさせない仕様。 それこそ本当に避難生活なのかと疑わせるような快適性を兼ね揃えていた。


 しかも最も重要な食事に関しても十分な蓄えがあるらしく、日本人の大好きな白米も食べられる上に、材料の許す限り自分で作りさえすればパンも食べられるというから驚きだ。


「ここでの生活を健康に過ごしてもらう為、ご飯は一日三食必ず食べる決まりですっ。 それぞれ時間が決められていますのでぇ、各自でキチンと採ってくださいねっ。

 また、何度か採られない事が見受けられますとぉ、警告の末、改善が見られなければ罰則もあり得ますのでご注意されたしっ!」


 快適そうに聞こえるパンドラの生活だが〈管理〉という点に関しては少々窮屈かも知れない。


 扉を開けるのに左手に埋め込まれたマイクロチップをかざせば済むのは鍵を持ち歩かなくて良いので便利かも知れないが、それがシャワーやトイレまでとなると首を傾げなくてはいけなくなる。


 食事や水を貰うのにも当然のようにチップリーダーに手をかざす必要があり、それは全て『健康管理の為』と言い切られてしまえば反論など出来はしない。


 まぁもっとも、その程度の事を拒絶して焼け野原となった日本に投げ出されでもしたら目も当てられないので、日本が壊滅したというのが半信半疑ながらも意見を述べる者は誰もいなかった。


「残念ながら大した娯楽はありませんが、運動不足解消の為にジム施設はありますっ! これも一日15分の使用義務がありますのでぇ、自分の好きな時間に利用すべしですっ。


 あ〜、後、娯楽と言えばモバイル端末の貸し出しもあったりします。 1,000本ほどの映画やテレビドラマなんかが見れますが、端末の数に限りがありますので一日事に返却する事としま〜す。


 あとわぁ……それぞれの個室はある程度の防音になってはいますが、エロいのを見る時は他の人の迷惑にならないよう音量には気を付けてくださいねっ。


 ついでに言いますとぉ、エロい事をするのも自己責任で ガンガン どうぞって感じですが、音漏れには十分気を使ってくださいね〜。 ちなみに “男性用の生理用品” もありますので必要な方は ピッ てして受け取って思う存分使っちゃってください!


 そんな感じですかね、じゃあ遅くまでお疲れ様でした〜。 かいさ〜んっ」


 幼女には相応しくない発言をサラリと口にしたゆうこりんは何食わぬ顔で解散を告げた。 場の空気がおかしくなる前に気を逸らしたのが計算していた事だとしたら大したもんだと言えよう。



 自分の部屋を探してⅠ〜Ⅵの数字が書かれた部屋の扉を順番に見て回る100人余りの人の群れ。


 扉の横、チップリーダーの下にある画面に書かれた自分の数字を探していれば突然強い力で腕が引っ張られる。


「よぉっ! やっぱり神宮寺じゃねーか! しっかし、よりにもよってようやく見つけた知ってる奴がネクラの神宮寺とはなぁ」


 短い癖っ毛は襟首の所だけ伸ばされており、金と言うに相応しい程に明るい色に染め上げられた髪。 左耳には小さなリング状のピアスが5つも連なり、鋭い目付きと骨張った顔とが目を合わせてはいけない人だと物語っている。


 緩めたネクタイをそのままに、シャツのボタンを二つ外した風貌はヤンチャな若者そのもので、事実《寺尾てらお 克之かつゆき》は剛達2年生400人を代表する番長格であった。


「おめぇ、部屋は……まぁいいや、ちょっと来い」


 連れて行かれた先は、自分で解散を告げたはずなのにその場を動かず、未だ踏み台の上にいたCパケッツの責任者ゆうこりんの元。


「なぁ、ゆうこりん。 お願いがあんだけど聞いてくれね?」


 やって来た二人に「なんぞ?」と視線を向ける目上の幼女に馴れ馴れしく話しかけるが、この中で一番偉い人物に向かってそれは無いだろうと目を丸くする剛。


「聞くだけならタダだよっ、言ってみるが良い、狼少年」


「おっ、そうか? あのよぉ、俺とコイツ、ダチなんだけどさ、一緒の部屋に替えてくんねーかなぁ? それくらい良いだろ?」


 意外にも怒るどころか嬉しそうな目で克之の話を聞き終わると、ポケットから端末を取り出して何やら操作を始める。


「んん〜そうだなぁ……確認だけど、そっちのボクちんは異存無いのぉ?」


「もっちろん、あるわけねーよなっ?」


 一瞬の隙も与えず首に腕を回して逃げ道を塞ぐと、剛が行き着く答えは一つしか無くなってしまう。

 それでも答えあぐねていると「なっ?」という確認の言葉と共に腕に力が入り、言外に「早く答えろ!」と迫られる。


「まぁ、パケ内の部屋の移動なんて問題無いから良いけどね〜。

 世の中には色んな趣味の人がいるからさっ、一応聞いておくんだけど、同じ部屋が良いって言ったけど一部屋に二人でって意味じゃぁ……無いよ、ね?」


 よからぬ事を期待して輝く幼女の目に、流石の克之も「コイツはヤバイ」と悟ったのだろう。 数センチだけ身を逸らし「ったりめぇだろ?」と答えれば「りょ」と素っ気ない返事を返して再び端末を弄り始めた。


「君達の愛の巣はⅣセクの2グルだよ。 もう一人同居人が居るから仲良く三人でヤッてくれたまえ。 病気予防の観点からも〈生理用品〉の使用をお勧めしておこう。

 でゎっ、検討を祈る! さらばじゃっ」


 ポケットから取り出した何かを有無を言わさぬ早業で剛の手に握らせると、片手を挙げて逃げるように去って行ったゆうこりん。


 肩を組んだままの格好で不審そうに見る克之の目に促されて手に押し込まれた ガサガサ いう何かを確認すれば、それを見て大笑いを始めた。


「あの幼女、頭イカれてるだろっ! クククククッ、あぁ〜腹痛てぇっ。

  っつかよ、さっき言ってた男の生理用品って何かと思ったらゴムの事かよ。 やっぱアホだぞ、アイツ」


 それは陰茎に被せて避妊を測る為の世間一般では “ゴム” と呼ばれる代物。


 現物を見れば、使った事の無い剛とてそれが何かを理解する事は出来る。

 しかし、だからと言ってそんな物を渡されても使い道などは無く、同性愛者だと勘違いされたことが心に重くのし掛かり、肩に回されたままだった克之の手を払い退けてしまった。


「まぁ、取り敢えず部屋に行こうぜ」


 自分が何をしたのかに気付き ハッとした時には克之は背を向けて歩き始めている。



(部屋に行ったら殴られる……)



 そう思いはしたものの、何処かに逃げ出す事も、ずっとここに立っている事も出来ないと理解が及べば “行きたくない” 気持ちとは裏腹に鉛のように重くなった足を動かしその後に付いて行くしかなかった。


「ほれっ、飲むだろ?」


 途中で自販機のような機械から水の入ったペットボトルを取り出すと、その一本を軽い感じで手渡してくる。

 その顔は剛の想像とは違い別段怒っている様子もなく、目立った感情のないごく普通の表情。


「んだよ、いらねーのか?」

「あ……ごめん、ありがとう」


 恐る恐る受け取れば、空いた片手で早速封を空け半分ほどを一気に飲み干すと、再び歩き始めてしまう。


「ねぇ、聞いてもいいかな?」

「あぁっ?」


 他人からの言葉に返すのではなく、自分から声を掛ける、人と接する事が苦手な剛にしてみれば勇気を振り絞っての行動。 しかも相手は400人を牛耳る番長、克之。 剛からしたら全力とも言える渾身の一言であったことだろう。


「あの……さ、なんでわざわざ僕なんかと同じ部屋に替えてもらったの?」


 今の今まで何にでも反応が早かったにも関わらず、立ち止まった克之は黙ったまま何も答えない。


 その態度を見れば地雷を踏んだと悟るのも無理はなく「ヤバイ」の一言が頭を埋め尽くした時だった。


「お前、さ……日本が消されたって信じてるか? みんな死んじまったって、信じてるの、か?」


「え? あの……し、正直なところ、よく分からない。 今は悲しさも実感も全然無いけど……あの放送と振動とが、なんとなくだけど真実なんじゃないか、と、思い始めてるよ」


「俺も似たようなもんだ。 みんなが死んじまうところを見たわけじゃねぇけど、あの振動は本物に思えてならない。 つまり家族もダチ公もみんな居なくなっちまったってことだ。


 そんな中でよ、禄に喋った事も無かったお前を見つけた時、妙に嬉しくなっちまったんだわ。 まったく知らねぇ大人達の中で、俺と同じ学校行ってたってだけのお前を見て、だぜ? 我ながら笑える話だけどよ、たぶん、俺、寂しかったんじゃねぇかな。


 だからよ、気が合うかどうかは知らねぇけど、生き残った者同士仲良くしようや」


 自分で言う通り、何とも言えない寂しさの混じる顔で振り向いた克之。


 苦笑いとも言える無理に作られた笑顔で拳を伸ばして待つ姿にどうしたら良いのか分からずにいれば、「嫌か?」と小さく眉が動くのが分かる。


 初めて言われた友達宣言に理解が追い付くと、心なしか剛の心に暖かいモノが宿った感覚に陥り嬉しくなって少しだけ顔が綻ぶ。


  “YES” の想いを載せ、覚束ない仕草で手を伸ばして自分の拳を克之の拳とくっ付けた剛。

 


 彼にとっては小学校以来の友達が誕生した記念すべき瞬間であった。





 







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