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パンデミック  作者: 桜桃なる猫
第四章 悲劇の研究所
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49.命の使い方

 手を触れずに物を動かせる力とは使えれば便利なモノで、わざわざ起き上がらずとも少し遠くに置いてある物が取れるなど生活をする上で役に立つ事もあった。


 しかしそんな事をせずとも自分が動けばそれで終わり、実験で強要された時以外では折角宿った便利な能力でも使う気にならなかった。


 それ故やった事などなかった。


 あらん限りの力で放つ絵里の念動力サイコキネシスは、未来を含め、すぐ近くで見ているだけの八木をも押し潰すほど大きく強力なモノ。


 そんな空気の歪みが認識するだけで精一杯の弾丸の様なスピードで迫って来るのだから、絶対服従する未来に守られていると分かっていても八木の心をすり減らす。



「はっ! 全力でその程度かよっ!」



 未来の力が解放されればあっさり止められる絵里の攻撃。

 二つの力がぶつかった時、その近くでも拳に込められた力と力がぶつかり合っていた。



「ぐっ!!」



 真っ直ぐ伸ばされた美脚が鳩尾を的確に捉えると、大きな砲丸のように丸くなった秞子が壁に向かい水平飛行し、床へと転がる。



「くぉのぉっっ!」



 身体は目一杯女性を主張するのに内面は男勝りな芽衣裟。

 敵討ちとばかりに間髪入れず飛び込むが笹野の身のこなしは格闘家のように軽やかで、躱した流れで腹へ膝を突き入れ動きを止めると、その腕を掴み背負い投げの要領で倒れたままの秞子に向けて放り投げる。


 そこではまだ動きは止まらず、流れの動作で床に落ちていた細長い金属片を手に取るとダーツ投げのように手首だけで投げ付けた。



「ひっ!」



 目標となったのは、腹を押さえ床に手を突きながらも絵里と拮抗する未来へ攻撃を加えようと動き出した美菜水。 床に着ける指の間へと的確に突き刺されば、力を使おうと必死に掻き集めた集中も途切れてしまう。



「んだよコレ……前に進む事も出来なけりゃ後ろに退く事も出来ねぇぞ!? 超能力者って化け物かよ……」


 流石の克之も超能力者同士の人智を超える戦いには参加する気すら起きず、目の前に剛の姿を見つけならが歯噛みするしかなかった。



「シッ! 黙って! 期を待ちなさい。 今はまだ駄目よ」



 飛び出して行かないようにと肩を押さえながらも看護師達の動きを注意深く観察する咲。

 今ここで諦めたり気を緩めるような事があれば死んでしまうと、喧嘩ばかりして来た昔の自分が警鐘を鳴らし気力を保つのに力を貸してくれていた。


 自分の横には震えながらも必死に剛を見続ける玲奈。 そしてその向こうには驚くべき事に、この状況下で克之と千鶴の影に隠れながら手にしたパソコンを叩く玉城の姿がある。


 SARS-CoV-3(クロト).1の侵攻が顕著に現れた、だがそれでも脱出を諦めず、それどころかまだ剛を助ける気でいてくれている。

 そんな彼の気概に勇気を貰い、自分も頑張らねばと言葉とは裏腹に折れそうになっている心を奮い立たせるのだった。






 八木のすぐ前で拮抗する二つの力は、超圧縮され直撃すれば物理的に人間を殺せるまでになった空気の塊。

 空間が歪んで見えるソレは水の中で溶け切らず残ってしまっている砂糖のようにモヤモヤとしており、熱せられたアスファルトの上で見られる蜃気楼のようにも見えた。



「くぅぅっ、負けるもんですかっ!」



 単純な押し合いに飽きた未来、拮抗する壁はそのままに小さな圧縮空気の弾を撃ち込み始めるが、絵里にはそこまで対応する余裕が無い。

 だがそれでも、剛を取り戻すには負けられない!と気合だけで力を絞り出しどうにかこうにか防ぎ切るがサディストの未来がそれだけで終わるはずもない。



「よぉしよしよし。 ほらっ、次っ!」



 それに混ざり追加されたのは床に散らばる金属の破片。


 針のように細長い物やナイフのように鋭く尖った物を見繕い念動力サイコキネシスの支配下に置けば、ガラクタと言えども相手を殺す為の武器と化す。


 全力を注ぐ八木の前の壁、随時四方から迫る圧縮空気弾、それに加えて金属片まで飛んで来られては絵里だけでは対処しきれない。



「ここが正念場やで! 気張りんさいっ!!」



 美菜水から放たれる火の球がいくつかの金属片を撃ち落としてくれる。

 それに助けられ第一派を凌ぎきり事無きを得てホッとしたのも束の間、休憩など与えないとすぐに第二波の金属片が撃ち込まれて来る。



「くぅぅぅっ!」



 今度はさっきより数が多く、美菜水の助けを得ても絵里の腕を掠め一筋の赤い線が浮き上がった。

 腕から伝わる痛みに耐えようと歯を食いしばる、だが集中が弱まれば意志の力で紡ぎ出された念動力サイコキネシスも当然のように弱まるというもの。



「ちぇぇっくめぇぇぇぃとぉぉぉぉっ!」



 楽しそうな未来の声、腰から取り出される黒い物体、向けられた銃口は素人同然の八木とは違いブレの無い訓練されたモノ。


 第三波の金属片が向かう中それを追うように飛び出した鉛の弾丸は、高速で回転しながら二人の間にあった分厚い空気の壁に打つかり多少威力を落としたものの狙い違わず絵里に向かい一直線に駆け抜ける。


 相殺される圧縮空気の弾、だが美菜水の援護を受けても全ての金属片と鉛の弾丸を同時に防ぎ切る事は不可能だった。



「…………え?」



 もう無理だと悟り顔を逸らしかけた時、自らの身体を使い金属片を横から押し除ける姿が目に写り思考が停止する。


 時間ときが止まったかのように目が合い微笑みを浮かべるよく知る女性かお



「美香ぁぁぁぁあぁぁぁああぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁあぁあっ!!!!」



 だが次の瞬間、着弾の勢いで反り返る身体。


 いつもかけていた黒縁眼鏡は衝撃で宙を舞い、何度もキスを重ねた口からは無理矢理押し出される空気と共に赤い液体が飛び出していた。


 目を見開く絵里に力無く飛び込む美香、受け止めきれずに尻餅を突ついてしまう。



「良かっ……た。 怪我は……無い?」



 理解が追いついた時には自分を見上げる美香の温もりがあった。

 何かある度にいつも自分を癒してくれた優しい微笑みを浮かべ、伸ばされた震える手が強張る頬を元に戻そうと力無く撫でてくれている。



「み、美香……?」



 恐る恐る自分の手を添えたのだが、疲れた様に小さな溜息が吐き出されるのと同時に絵里から逃げるようにして胸へと落ちて行く。



「そんな……哀しい顔、絵里には似合わない……ぞ?」



 慌てて駆け寄った美菜水だったが流れ出る血の量を見て思わず口に手を当てた。

 チラリと見えた傷口からは、背骨を躱し右胸へと弾が入り込んでしまっているのが見て取れる。


「ハッ、ハッ、ふぅぅっ…… 呼吸……し辛いのは、ハァ、肺が一つ無くなった……か」


 額にびっしりと浮かんだ汗、苦しそうな短い呼吸。 未来の放った弾丸は野乃伽の肩を貫いた物とは違い、ホローポイントと呼ばれる特殊加工された弾。


 人間の体内に入ると潰れたように面積を広げる弾丸は内側へ与えるダメージを強化されており、貫通しないことでその破壊力を余す事なく対象に叩き込む殺傷能力に優れた弾丸だった。



「美香はん……」


「だいじょう……ぶ、分かってるわ。

胸、全体が……はぁ……焼けるように熱い。 内蔵もだいぶ潰されてるわ……ね。

 私は、もうすぐ死ぬわ」



 学生時代から何をする時も隣にいた菅野美香、仲の良い友達はたくさんいたが姉妹とも言える程に近い親友など彼女ただ一人だった。


 その美香の口から溢れた『死』と言う単語。


 生暖かい液体が自分の足へと伝わり、生きる力が零れ落ちるのを肌で感じる。

 美香を受け止めた瞬間に分かってはいた、分かっていたのに理解することを拒否した現実。



「美香ぁぁ……」



「馬鹿ねぇ、ごふっ……泣いてたら可愛い顔が台無し……だぞ? はぁはぁ……ほらほら、最後……なんだから……はぁ……笑って見送り……なさいよ」


 力の入らぬ腕を上げれば、痺れた時のように思うように動かない。

 痛みを訴える身体を無視して力を込めると、絵里の頬に手を添え流れ落ちる涙を拭ってやる。


「ははっ、こんな時には役に……立つのね……普通以上の強度なんて……要らないと思ってたのに……」


 心臓こそ損傷は無かったものの、他の内蔵と同じくダメージを受けているのは明らかだった。


 常人なら即死。


 それでも彼女が喋る事が出来ていたのは

SARS-CoV-3(クロト).1の力により身体が強化されていたからだった。



「見なさい」



 美香の視線が指すのは震える左手でどうにか立ち上がろうとする野乃伽の姿。

 だが右肩の痛みもさる事ながら血管を撃ち抜かれたことによる大量の失血が体力を奪い、思うように身体を動かすのもままならないでいる。



「剛……剛……私が……起こして……あげ、る……待って、て」



 なんとか途中まで身体を起こすものの立ち上がること叶わず崩れ落ちてしまう。


 それでも “諦めてなるものか” との強い信念の下、血が滲むほど固く唇を噛みしめて全身を蝕む痛みを堪え、動かぬ片腕を引き摺りながらも床を這って剛の眠る大水槽へと少しずつ進み始める。



 そんな野乃伽を、野乃伽を見守る美香と絵里を、ニヤニヤとした表情を浮かべて文字通り一段上から見下す未来。


 銃を下ろし、ドラマでも観るかのように結末を静観している姿は完全に勝ち誇っていた。


 その隣に立つ八木も成り行きを見届けるだけで特に動くような素振りは見せず、せっかくの有用なコマが減って行くのを残念に思いながらも黙って見届ける方針のようだ。



「剛はきっと戻る……はぁっ……諦めず、もう少しだけ頑張りなさい……はぁはぁっ」



 残り少ない体力を使いわざわざ拭いてもらった頬であったが、どれだけ我慢しようとしても際限なく溢れてくる涙が止まる事はない。


 美香の希望通りに笑顔を作ろうと努力してみるものの、涙と共に溢れてくる感情がそれを許さず、気持ちは最高の笑顔を作るつもりでいても歪な笑顔になってしまう。


「下手くそっ……最後のお願いすら……はぁ……満足に聞けないなんて……絶交もの……だぞ? はぁはぁはぁ……」



「美香っ!?」



 力無く落ちた手を力の限り握り締めていた絵里だったが、目を瞑った美香に焦りが生じる。


 笑顔は無理でも泣いては駄目だと必死に堪えるあまり喋れずにいたのに「まさか!」との思いが頭を過り無意識に叫べば、それを境に表情が崩れて押し留めていた涙が滝のように溢れ出す。


「うるっさいわね……疲れてんだから……眠い……のよ。 ふぅ……ねぇ、絵里? 笑顔が無理なら……お願い、変更……最後に……絵里の唇を……もう一度味わいたい…………ダメ?」


 力強く振られる首は栗色の髪を頬に貼り付け、返答を得ようと薄目を開けた美香がその様子に微笑みを漏らす。



「剛と幸せに、なりなさい………絵里……愛してるわ」



 本当にこれが最後なのだと感じれば唇が震えて止まらない。


 それでも最後のお願いを効かないわけにはいかない……絶対に!



 止まらない涙、奥歯を噛みしめ無理矢理震えを押し殺すと、何度も何度も重ねてきた美香の唇に自分の唇をそっと重ねる。


 触れ合っただけのキス。


 一呼吸の後、蝋燭が燃え尽きるように命の灯が静かに消えて行くのが目に見えるように分かる不思議な感覚。

 慌てて顔を離して見れば安らかな寝顔の親友がそこにいた。


 腕に伝わる美香の感触は呼吸を捉えられず、漏れ出る液体は暖かいのに身体の表面は冷たくなりかけている。



「美香っ!! 嘘でしょっ!? 美香っ!ねぇ起きてよ!目を開けて! 美香っ美香っ美香ぁぁっっ!!!!」



 どれだけ身体を揺すろうとも返事をしてくれることもなければ目を開く事もない。

 美香が逝った事を知りながら「そんなのは嘘だ!」と理解しようとしない、したくない!



「絵里はん!!!」



 息を引き取った美香を激しく揺さぶる様子に「不味い」と感じ、その手を掴んでみるもののそれでも絵里は止まらなかった。


 加減無しに振った美菜水の手のひらが絵里の頬に痛みを与えると、そこでようやく涙に濡れそぼる視線が向くこととなる。



「もう止めぇや、もう……哀しいんは分かるけどな、ゆっくり寝かせてやるんが友達ってもんやろ?」



 受け入れる事を拒否した心に染み込んで来る “美香の死”


 胸を引き裂かれたような痛みは我慢する事など出来るはずもなく、大きな叫び声として溢れ出す。



「美香ぁぁぁぁぁぁぁあぁぁあぉあぁあぁぁぁぁぁぁあぁあぁあぁあああっっ!!!!」



 野乃伽に続いて二度目になる悲痛な叫び声は骨肉の争いを続けていた看護師の耳にも届き、戦う事を忘れさせるほど部屋の中に響き渡る。


 しかし彼女達が繰り広げた戦いは沢山の機器で埋まっていた室内を一掃するほど壮絶なもので、その時立っていられたのは僅か3人しか居なかった。












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