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パンデミック  作者: 桜桃なる猫
第四章 悲劇の研究所
48/59

48.超能力者の戦い

ピッ


「あれっ?」


 道案内をする野乃伽と扉を開く玉城を先頭に突き進んできたヴィルカント、だが最後のイニーツィオへと繋がっているはずの扉のチップリーダーに手を翳してみるものの予定通り扉が開かない。


「この扉は……特別、三重に……なってる」



「何だって!?」



 慌ててパソコンを開いてキーボードを叩く玉城ではあったが、目の前にある扉の奥に剛が居ると知れば我慢してきた感情が溢れ苛々が増す。



「早くしろよっ! 見つかっちまうぞ!?」


「今やってる!!」



 50m程の直線のちょうど真ん中、通路の見晴らしはとても良い。

 もし誰かが通りかかろうものならたちどころに見つかり、仲間を呼ばれればそれでアウトだろう。



「何処だ、何処だ、何処だ……これかっ! 後一つ!!」


「玉城、頼むっ! 早くっ!」



 焦っても仕方がないと思いはすれども行動は伴わず、どうしても見てしまう。

 そわそわしながら通路の曲がり角へと交互に視線を巡らす四人、秒刻みで「早く!」と願うが全ては玉城次第だった。



「しゃっ、来た!!」

ピッ

シュゥゥゥゥンッ



 チップリーダーへと伸びる玉城の手は待ちに待った瞬間、扉が開いたと同時に駆け込む六人。


 そこで目にしたのは、大きな水槽の前に立ち、遠目にでも分かるほど歪に口を歪めた八木の立ち姿であった。



「やぁやぁやぁお揃いで、よく来たね? 一体何事なんだい?」



(やはり罠か!?)



 野乃伽へ向けられる克之の視線。


 だが、当の野乃伽は相変わらず無感情のまま何の前触れも突然無く走り出した。


 その速さは競技選手など目では無く、スタートダッシュを目的として改造された車やモーターバイクに匹敵する勢い。



「え? おっ、おいっ!!」



 一段上から見下ろす二人。


 ポケットに手を入れたまま立ち尽くす八木の元まであっと言う間にたどり着くが、その直前で透明な壁に弾かれると跳ね返えされてしまう。


 それを成したのは当然のように八木の半歩背後に付き従う黒髪の女、未来。


 彼女の力には何者も及ばない。



「ハッ! 心を覗くだけのストーカー女がっ粋がるなや!」



 だがそれは野乃伽の計算通りだった。


 跳ね飛ばされた先にいたのは背後から抱きしめられたままでいた絵里。

 狙い通り身体をぶつけて美香と引き離すと間髪入れずに顔を覗き込み、駄目だと判断するや否や加減もせずに頬を叩く。



「絵里……絵里、起きて!?」


「余っ計な事をぉぉっ……」



 温厚な仮面を破り捨てて激怒した八木、剛と絵里の子供が育つのに時間はかかるだろうと計算はしていたのだが、まだ出来てもいない子供に今から胸を膨らませていた。


 だがその計画を根底から破壊しようとする野乃伽の姿に怒りが爆発し、万が一の時用にと仕込んでいたモノを腰の後ろから取り出す。


 鈍く黒光る鉄の塊、野乃伽に照準を合わせて引き金に指を掛けたとき……



シュゥゥゥゥンッ



 薬莢の中で爆炎となり果てた火薬が先端に埋め込まれた鉛の弾を猛烈な勢いで押し出す。



パンッ!



 入り口の扉が開いたのと同時に響き渡る乾いた音。


 燃焼ガスを伴う弾丸は砲身バレルの内側に刻まれた螺旋に従い回転しながら外に抜け出ると、音速である340m/sにほど近い亜音速と呼ばれる速度で指定された目標へと一直線に進んで行く。



 ぐったりとする絵里に呼びかける野乃伽の姿、そこへ向かう鉛の塊。



「野乃伽っ!!!!」



 開いた扉の向こうに見えた光景に驚愕する。 だが、理由は分からずとも一瞬で野乃伽の危機を見てとった秞子は躊躇う事なくその場を飛び出した。

 その速度たるや野乃伽とは比べものにならぬ程で、弾丸かと疑うほどの人間ではあり得ない速度。


 秞子がSARS-CoV-3(クロト).1の適正を得て手に入れた力は『超人的な速さ』


 それは移動する速度もそうだが、物事を理解するのに必要な思考の速度をも跳ね上げる。

 彼女がCパケッツの責任者に抜擢された理由はまさにそれだった。



「くぁああぁっ!?」



 だがいくら速く動けると言っても出遅れていては意味がない。


 秞子が動き出したのは発砲の後。


 タイミング的にどうしようもなかったとはいえ、その時にはもう鉛の塊が野乃伽の右肩を貫いていた。



「野乃伽っ!野乃伽ぁ!! しっかり! 急所は外れてるっ、死んじゃ駄目だよっ!!」



 反動で飛ばされた野乃伽の下敷きとなり床に頭を打ちつけ呆然とする絵里。

 彼女の事も心配ではあったが今はそれどころではなく、そこに覆いかぶさる様に倒れ込んだ野乃伽を抱き起こす。


 息遣いは短く荒く、堅く目を瞑った苦痛が広がる顔には脂汗が吹き出していた。


 だが彼女とてSARS-CoV-3(クロト).1の適正者、常人よりは身体が丈夫になっているので即刻命を落とすとまでは至らなかったようだ。



「野乃伽っ!」

「野乃伽はんっ!」



 ヴィルカントの扉が不正に開かれた事により緊急招集をかけ、全ての看護師を引き連れてイニーツィオの扉を開けたのは婦長である笹野美菜子。


 そのタイミングは最悪のものでパンドラの所長である八木が自分達の仲間を銃で撃つ場面。

 しかも野乃伽と絵里が居ないことを不審に思った秞子の不安は的中してしまい一番先頭にいたため、芽衣裟と美菜水もその場面を目撃する事となった。



「待ちなさい!」



 走り出す二人を制する笹野、だが「ふざけるな!」と敵意を剥き出す二人はその手をすり抜けると仲間の元に全力で駆け寄る。



「野乃伽っ! しっかりしろ!!」

「野乃伽はんっ!!」



 床には既に流れ出した血液が道を作り始めている。 それは、野乃伽を抱き抱える秞子はもちろん、美香の力からは解放されたが未だ思考が正常に戻ってない絵里をも赤く染めていた。


 血液が身体中を巡る為の太い血管、それが途中で破れたとしたら全てを吐き出し終わるまで止まることはないだろう。

 野乃伽の身体に流れるのはおよそ4リットルの血液。 半分がなくなれば死んでしまうと言われる中、既にかなりの量の血が流れ出し水溜りとなっていた。



「美菜水! 早く!止血! 傷口を焼いて!」



『超人的な筋力』を手に入れた芽衣裟が野乃伽の肩に張り付いた服を引きちぎれば赤い血が湧き出す小さな泉が露わになる。


 それを確認した美菜水が己に宿る力を行使し、ピンポイントで傷口だけを焼く小さな炎を灯せば人の肉の焼ける嫌な臭いが立ち込める。



「きゃあああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁあぁぁあぁああっっ!!」



 彼女に宿った力は『発火能力パイロキネシス

能力者次第ではあるが、枯れ葉に火を着ける程度から鉄を溶かすに至るまでの超高温の炎を意思一つで自在に生み出せる能力だった。


 生きたまま焼かれるなど想像を絶する痛みだろう。 あまりの悲痛な叫び声に、暴れようとする野乃伽を無理矢理押さえつける芽衣裟にまで痛みが飛び火してくるが彼女の為にも手は緩められない。


 いっそ死んでしまった方が楽だと思えるような猛烈な痛みでもSARS-CoV-3(クロト).1のお陰で気を失う事は無かった。

 だが寧ろ、気を失ってしまえた方が彼女にとっては幸せだったかも知れない。



「もう一回! 辛抱しぃや!!」



 弾の入った背中側と抜けて行った前側の二箇所を焼かれ、普段の大人しい姿からは想像もつかないほど必死になって暴れる野乃伽。

 ただでさえわめき散らしたいほどの痛みがある傷口を二度に渡り刺激されたのだ。 耳が痛くなる程の大声を上げたとて誰が責められよう。


 それを分かっていても止血しなくては失血死ですぐに命を落としてしまう。


 力の限り悲痛な声を出し止めてくれと首を振る姿から目を逸らしながらも、暴れて的を外れないようにと秞子も加わって押さえ付け、美菜水の処置が終わるまでじっと耐え続けるしかなかった。



 ろくな説明も無いままに、訳も分からず集められた看護師達。

 しかし状況が理解出来ずとも悲痛な叫び声と漂う臭いとが異常なまでの緊迫感を生み出し、拷問にも似た仕打ちを受ける野乃伽の様子に固唾を飲むしかなかった。


 それは克之達も同じで、剛の姿を確認したまでは良かったのだが超能力者の戦いに気圧され動く事も出来ず、五人で寄り添い成り行きを見守ることしか出来ない。



「殺すつもりでしたよね!? 何でなんですかっ? 何で野乃伽が撃たれなきゃいけないんですかっ!! 説明してください!!!!」



 口の端を吊り上げ、どこか楽しげにその様子を見守っていた八木。 毅然とした態度で立ち上がった秞子の心は既に敵意で塗り固められていた。


 二ヶ月も毎日毎日顔を突き合わせて一緒に過ごしてきた大切な仲間。 了承なく行われた人体実験を共に生き残り、生活まで共にしてきた野乃伽は既に家族のようなものだと認識されていた。


 その家族が害されるのが我慢ならない、その思いを持っていたのは秞子一人だけではなく、隣に立ち上がり鋭い視線を向ける芽衣裟と美菜水も同じ気持ちでいた。



「そこにいる5人の一般人を手伝い、大切な実験体サンプルを奪ってパンドラから逃走を図った。 それだけで理由は十分だろう?

 さあ、茶番は終わりだ、平和なパンドラへと戻そうではないか。 その5人と共に六條絵里、杉浦野乃伽を拘束したまえ」



 命令に逆らえば命の綱であるフェイトの配布は途切れ、体内に宿るSARS-CoV-3(クロト).1の侵攻により命の灯は消えてしまう事だろう。



「断る!」



 絶対君主であるはずの八木に真っ向から反発したのは芽衣裟だった。

 イニーツィオに響き渡るほどはっきり言い放たれた一言は入り口付近に人垣を作っていた看護師達に波紋を投げかける。



「僕等は我慢してきた。 無理矢理ウイルスを身体に入れられ、多くの人が亡くなる中で掴み取った命と超能力。

 けど、こんな身体にしてくれなんて言った覚えはない!


それでもせっかく生き残ったんだからとアンタの命令に従い自分達と同じ運命を辿るだろう人々の世話をしてきたが、少し気に入らないだけでアンタは軽々しく野乃伽を捨てると言う。


 一見自由に見える避難者達と同じくアンタに命を握られている僕等も実は自由なんかじゃない。 僕等を何に使うつもりか知らないけど、逆らったら即廃棄するような人間の役に立ってやろうとは思えないね。


 みんなはどう思うんだい? アイツのマリオネットとしていつ殺されるか分からない恐怖に震えながら一生踊らされるのか?


 僕はそんなの我慢ならないっ!


 それだったら、アイツを殺して僕の一生もココで終わらせる!」



「ふざけないで! せっかく適合したウイルスに殺されるなんてまっぴらごめんよ! さっさとその反逆者達を……」



 芽衣裟を否定する意見を口にした看護師は、言葉途中で思い詰めた青い顔をする別の看護師に殴り飛ばされてしまう。


 派手な音を立てて破壊される様々な機材。 強化された肉体の繰り出す一撃は凄まじく、耐えきれない衝撃を受けた女は残骸に埋れたまま動きを見せない。


 それを成したのはAパケッツの担当であった看護師の一人。

 100人あまりの人間が次々と肺炎に倒れ、最後には全滅という凄惨な現場を見てきた彼女の精神は限界に達して壊れかけていた。


 閉鎖から半月経った今でも脳裏に焼き付く何人もの死に目、憤る彼女の荒い息遣いだけがはっきりと聞こえてくる。



「ふざけてるのは貴女の方です! 私達はフェイトを飲んでいれば死なない、けどっ! ここに閉じ込められている人々の殆どは死に行く人達なのよ!?

 死ぬと分かってる人達に向かって一体どんな顔して「大丈夫」って言えるのよ!!


 人の命が失われて行くのを見るのはもう嫌っ! 嘘をつくのももう沢山!!


 私はあの人に賛同します! 例え私の命が終わろうとも、こんなおかしな実験はやめさせるべきなのよっ!!」



 それを期に封印が解かれたかのように声を上げ始める30数名の看護師達。

 言い争いはすぐに力ずくへと発展し、二つに割れた超能力を持つ娘達の異能バトルが繰り広げられる事態になるのに時間を要さなかった。



 映画さながらに重力を無視して人が真横に吹っ飛び金属で出来た機材を破壊し破片が飛び散れば、その一方では炎が上がり人肉の焼ける臭いが漂う。


 天井まで飛び上がった奴がいたかと思えばそれを撃ち落とすように鉄屑が投げ付けられ、突然台座ごと消えた胎児の入る水槽が空中に現れれば、それを蹴り飛ばす娘が現れる。


 戦いに不向きな能力を持つ者でも身体能力は常人よりかなり向上されており、自分の意志を貫こうと必死になって相手に食ってかかる。

 元々争いなど縁の無かった女性達ばかりなのにも関わらず、身体に宿ったSARS-CoV-3(クロト).1は生物が生きるために宿している闘争本能を引き出し、一般女性を戦闘マシーンへと変えて行く。



「素晴らしい、実に素晴らしい光景だ! これこそが

SARS-CoV-3(クロト).1の真骨頂、それでこそ戦闘兵器として売れるというものだよっ!! 良い、良いぞっ、もっと見せておくれ! くくくくくっ、はーーっはっはっはっはっはっはっ!」



「何がおかしい! 何が売り物だ! ふざけやがってぇぇっ!!」



 怒り心頭で飛び出した芽衣裟を追い越し遥かに速く八木へと迫る秞子。


 だがそれは予測された行動。


 殴りかかろうとする手を先回りした女に掴まれ軽々しく投げ捨てられてしまう。



「このっ!!」



 その様子に後から到着した芽衣裟は目標を変え、秞子を投げた笹野へと拳を突き出すがあっさり躱され同じ運命を辿る。


 それを合図に美菜水の作り出す炎が八木の足元から湧き起こる……が、貼り付けられたラップのように薄く張られた空気の膜が2mの高さまで大きくなった炎を熱ごと防いでしまった。


「おっと……」


 一歩退がり本気で驚く八木ではあったが、未来に守られ大事には至らない。


 ラップを剥がすようにして燃え上がった炎を引き剥がすと同時、燃え盛る空気の幕は空中で内側に丸まり、そのまま包み込んで鎮火してしまう。



「嘘やろ!?」



 完璧な攻撃だと確信していたものがいとも簡単に防がれ唖然としたのも束の間、それを成した未来から放たれる圧縮空気の弾丸がお返しとばかりに美菜水の腹へ直撃し、背後にあった鉄製の機械へと叩きつけられる事となった。



 未来の前に突然現れた空気の歪み。



「おっと……夢の国から帰って来たのか? また遊んで欲しいとみえるなぁ、クククッ」


 不意打ちでありながらも片手を上げただけで軽々と止めて見せる姿は圧巻、それは最も高い能力を持つ絵里の力を凌駕したと言わんばかり。


 その未来は、片膝を突いたまま敵意を剥き出す絵里に向け小馬鹿にするような不敵な笑いを浮かべていた。



「剛くんを、返して!」


「嫌だねっ、欲しければ力ずくで取ってみろよ、最強の適合者さんっ?」



 美香の力に捕まり我を忘れていた絵里ではあったが、解放された今はさっきより冷静でいられる自分が不思議だった。


 地力では敵いそうに無い気がした。 それでも剛を取り戻す為にはやらなければならない。

 心の奥にあるのは剛への愛ではあったのだが、未来や八木がいる限り哀しい事は起こり続けるのだと一種の使命感にも似た思いも心の隅に湧いてくる。



「返してもらうっ。 剛くんは、私のモノよ!!」








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