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パンデミック  作者: 桜桃なる猫
第三章 人間を超越する力
37/59

37.彼女の思惑

 パンドラの入所者554名の内、八木以下スタッフ55名を除いた499名が管理される人間の数になる。


 その中には咲達病院で働いていた看護師も含まれるのだが、その管理を一手に引き受けているのが剛と共にパンドラに来た婦長〈笹野 美菜子〉だ。



「What do you want?」

(何か御用ですか?)



 自室兼仕事場である笹野の当てがわれた部屋へと訪れたのはゴーグルを嵌め素顔を見せない異色の看護師。


「用と言うほどのものではありませんが少し貴女と話したくて呼び出させてもらいました」


 壁に向かいパソコンを操作する笹野だが、背を向けていても扉の開く音は聞こえる。

 来客に気付きながらもキーボードを叩く手を止めなかったのだが、区切りをつけ振り返ると立ったままでいたゴーグル看護師にソファーを勧めた。



「ブラックしかないけどいいかしら?」


「Yeah」

(ええ、頂きます)



 壁際に置かれたウォーターサーバーはペットボトルを差し込み適量の水を取り出せる仕様。 ホットにもなるのでコーヒーを飲むのに便利なのだが、通常の個室には設置されてない代物だ。


 豆を入れれば自動で出来るコーヒーメーカーまで置いてある笹野の自室。 挽きたての豆とインスタントとでは香りからして違うもので、興味深げに見ていたゴーグル看護師。

 淹れたてのコーヒーを手渡されると久々の本物の香りを愉しむ為に鼻まで覆われたゴーグルをずらして匂いを取り込んだ。



「Hmm, good scent」

(ん〜ん、良い香り)



 その様子に笑顔を浮かべ満足気にしていた笹野だったが、自分も一口含むと口の中で良く味わい喉を通す。



「エスメラルダ農園というコーヒーを知る者には有名な場所で採れたゲイシャ種と言う豆でね、栽培の難しい品種を無農薬で大事に育てているのだそうよ。


 少し変わった香りも良いけど味自体とても気に入ってしまってコーヒー好きな友達の店で焙煎までしてもらっていたんだけど……それももう出来なくなってしまったわね」



 手にするのは金のラインと薔薇の模様の入った品の良いカップ。 そこから立ち昇る湯気に晒されながら寂しそうに呟く。


 国ごと消え去り友人を、家族を、大事な人達を失ったのはここで避難生活を送る人々だけではない。 管理者としてパンドラに居る笹野とて同じだった。


「そうそう、ここに盗聴器が無いのは確認済み、気張らなくても大丈夫ですよ?」


 香りを愉しみながらも笹野を観察していたのだが、言われてポケットから掌サイズの箱を取り出すと摘みを回して操作を始める。


「ふふっ、用心深いのね。 でもそんな姿を見せるという事はそれなりに信用されているととっても良いのかしら?」


 盗聴器の有無を確認し終わると自作の探知機をポケットにしまい、再び持ち上げたカップを手に少しだけ考えた後で静かに言葉を吐き出す。



「私はパンドラのスタッフをこれっぽっちも信用していない。 けど、あの男の言いなりになっている癖に貴女は人格者だと言えるほど真面目でしっかりとした人間だと私には見える。


 ここパンドラはSARS-CoV-3(クロト).1適合者の養殖場、兼実験施設と化している。

 非人道的な事をしているとを知りながらあの男に協力する貴女の目的は何なの? 笹野 美菜子」



 鏡のように反射して見えないものの、湯気で曇るゴーグルの奥からは落ち着いた言葉に似つかわしくない鋭い眼差しが向けられているのを感じる。


 カップに口を付けたままその視線を見返していた笹野だったが何かに思い当たり少しだけ頬を緩めると、お揃いの柄の可愛いソーサーへとカップを置いた。



「私には病院にいた時から婦長という立場があります。

 患者達が快適な医療行為を受けられるように先生方との架け橋となり、援助や看護を行う看護師達を統括する職務を担っている。


 それは医療行為の行われていないパンドラでも変わりはなく、選ばれた看護師(・・・・・・・)達が避難して来た方々の為に働いているのをサポートしてあげなくてはなりません。


 確かにここはSARS-CoV-3(クロト).1の為の大規模実験場、貴女の身の上を知れば敵愾心を向けられるのも仕方ないのは分かりますが、本来なら二ヶ月前に尽きていた命を延命し生きるチャンスまで与えている院長先生に感謝しなくてはいけないのではないですか?」



「感謝、ねぇ……」



 建前上の言い訳しかしない笹野。


 話したい事がありそうな気配を匂わせるくせに腹を割って話す事はしないのかと、「信用していない」と言い切ったにも関わらずわざわざ呼び出された事に少しだけ期待をしていた自分の甘さ加減に喝を入れた。


 それでもあの男を擁護する言動に “真意はそこか” と僅かばかりの収穫は得た。



「それで? あの男の玩具っていうチャンスを無理矢理掴まされた人は何人いるの?」


「ふふっ、酷い言いようね。

閉鎖されたAパケッツ104名の内、現在も生存しているのはたったの1名。 Bパケッツ143名の内、去って行った者55名、薬を投与されもうじき消える命ばかりだというのに適正を確認出来たのは僅か2名。


 この町で発生したSARS-CoV-(サード)3を抱える者が

SARS-CoV-3(クロト).1を受け入れる事は出来ないと証明したようなものですね」



 血色の良い赤い唇を噛みしめ悔しさを露わにするのは、フェイトの摂取という煩わしさを課せられてでも生きている事の方が良いと考える彼女の思いの現れだった。


「知っての通りCパケッツからも既に5人の方がヴィルカントに移送されています。

 未だ男性の適正者が現れない現状で貴女ご執心の西脇玲奈はまだしも、神宮寺剛は苦難を乗り越えられそうなのですか?」



シュゥゥゥゥンッ



「何の用でした?」


 話があるのならインカムを通してすれば良いのにと思いつつ向かった婦長の部屋。

 ソファーで向かい合う二人に「何故このタイミング?」と疑問を感じながらも呼び出しの理由を問う絵里は、二ヶ月前、突然仲間(・・)だと紹介されたゴーグル姿の奇妙な看護師を訝し気に見ていた。



「現段階ではまだハッキリ言えない。 けど剛は他の男性とは違って特別よ、ウイルスなんかに負けたりしないわ。

 貴女もそう思わない?」



 必要最低限の発言、しかも英語でしか話す事の無かった女が自分達と同じ言葉を使うのに違和感を感じたが、それより重要だったのは二人が剛の事を話していたという事。


「そう思いたいけどまだ男性での成功例はないんですよね?」


「そう、もしかしたらあの子以外の適合はないのかも知れない」


「どういうことですか? 何故剛くんだけ?」


 もし剛がSARS-CoV-3(クロト).1を克服したのなら、このままいけば残り一ヶ月という命が絵里と同じだけの寿命を得る事になる。 そうなれば剛を欲しがる絵里にはとても都合が良く、強く興味を惹かれるのは至極当然のことだった。



「貴女……剛に一目惚れらしいわね」


「だったら何ですか?」



 入所して以来ずっとアプローチはしている。 しかし少しづつは心を開いてくれているのを実感してはいたが、自分を追い越して仲良くなっている二人の事を思い出して苛立ちが表に現れ言葉がキツくなる。



「見た目は悪くないから単に貴女の好みだったって事もあるかもしれないけど、本当の所はどうなのかしら?」


「本当のところ?」


「アレは他人ひととまともな会話すら出来なくて学校でも有名な “ネクラ” だった。


 月城 咲、西脇 玲奈、天野 秞子、杉浦 野乃伽そして貴女、六條 絵里。 更にわざわざCパケに来たいと言い出した菅野 美香も剛を狙ってるのかしら?


 それまで女どころか男ですら寄り付かなかったのに、ここパンドラに来た途端に急にモテ始めた神宮寺 剛についてどう考える? 何かがおかしいと感じない?」


「私には分かりません。 ただ剛くんが欲しい、誰にも渡したくない」



「もし仮に、最近になって貴女を惹きつける不思議な力(・・・・・)を得たのだとしたら辻褄は合わないかしら?」



 SARS-CoV-3(クロト).1との適合により得た力が絵里達の心を惹きつけている、人心を惹く超能力など聞いた事は無いが理解不能な力だからこそ超能力と呼ばれるのだ。

 例え絵里の想像が及ばない能力だったとてなんら不思議ではないのだが、それでも自分が剛を好きな事には変わりがない。



「貴女が剛を欲しがるのは構わない。 けど状況が思わしくないのは知っているのかしら?」


「どういう……」



 渡されたスマホの画面には剛と玲奈が仲良く食事をする写真が代わる代わる何枚も映し出される。


 だがそんなものはいつもの風景で、見せられても苛々するだけだ。



「彼女、西脇玲奈は昨晩自室の扉を開いていない」



 だいぶ慣れてくれたとはいえ絵里が近付き過ぎれば拒絶とも取れるほどに緊張を示して嫌がる素振りを見せる。

 だが、剛ともっとも仲が良く、いつも一緒にいるあの女となら、もしかしたら……



「そして今朝は、彼女といつも行動を共にする月城咲が部屋を出る前に剛と共に朝食を摂っていると言えば想像はつくわよね?」



 嫌な予感とは当たるように出来ているもので、二人が一夜を共にした事実に唇を噛みしめる。

 先を越された事実は受け止める……が、チャンスはまだある。 剛を想う絵里の気持ちは日を増すごとに膨れ上がり、たかがそれだけで諦めるほど弱い気持ちではなかった。



「これは私の望む未来、けど貴女の事も応援してるのよ?」


「意味が分からない、何が言いたいんですか?」


「私、アニメとか結構好きなんだ。

一人の男に群がる美少女達、一回で良いからハーレム男ってやつをやってみたかったんだよねぇ〜。 あぁ、でも男化願望があるとか女性趣味とかじゃないから勘違いしないでよね?」



 苛立ちを助長させる言葉の次に来た突拍子もない告白。

 絵里もファンタジーアニメは好きな方ではあったのだが、話しの辻褄があわず「だから何?」と苛立ちが増すばかり。



「剛に魅了チャームのスキルが顕現したのなら、これはもう使わないわけにはいかないでしょう!?

 つまり、一号さんは玲奈に決まったようだけど、二号、三号の席に収まらないかって話しなんだけど、どぉ?どぉっ?」



 突然現れたクセに無口ながらも姉御のようなカリスマ性に押されて秞子を差し置き影のリーダーっぽい立ち位置にいた。


 そのくせ何故か今は、自分がやりたい事をこれ幸いとばかりに剛でやろうと言い出すゴーグル女。


 何が目的でそんな事をしたいのか想像もつかないが、もし玲奈や咲がSARS-CoV-3(クロト).1に目覚めて寿命を伸ばすような事にでもなれば、折角のアドバンテージが無くなり剛と結ばれる可能性は低くなってしまう。


 それであれば独り占め出来ずとも想い募る剛の傍に居られるハーレムも悪くないのではと思い始めたのは、拳を握り締め、鼻息を荒げて熱く語り始めた彼女の思考が飛び火してきたからかも知れない。



「って言うわけで応援するからヨロシク!」



 自分に向かい機嫌良くかざされた手に釣られて合わせてしまった絵里の手。


「コーヒーご馳走〜」と軽い挨拶をすると、やり切った清々しい顔付きのまま颯爽と部屋から飛び出して行ってしまった。



「若くて勢いがあるのは羨ましい限りですよ」



 二人の会話を黙って聞いていた笹野だが、絵里の分を淹れるついでにコーヒーのおかわりをすると再び席に着き、ゴーグル女の座っていた席を勧めてくる。



「婦長、あの……お話しっていうのは?」



 八木より遥かに好感が持てて信頼のおけそうな笹野。

 せっかく自分の為にと出してくれたコーヒーを頂くことにして、勧められるままにソファーに座った。



「話し? あぁ、呼び出した理由ですね? それなら既に達せられました。

 神宮寺剛を求める貴女と素顔を晒した彼女とを引き合わせたかっただけなのですが、思わぬ展開になりましたね」


「あのひとは一体……」



 コーヒーの香りを楽しむ笹野は仕事中に見せる威厳に満ちた顔ではなく、何処か楽し気な柔らかい雰囲気を纏っていた。

 だが恐らく、それはコーヒーの所為だけではなく自分の思惑以上に事が運んだ故の嬉しさから来るモノ。



「第一次臨床試験で最適性を示した貴女になら教えてあげます。

 彼女のコードネームは《クロト》、貴女達の始まりの者です」








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