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パンデミック  作者: 桜桃なる猫
第三章 人間を超越する力
34/59

34.呼び出しの理由

ーー49日目、午後

 パソコンに繋がるタブレットを仲良く眺める克之と千鶴は、世界情勢の把握と再び動き始めたウイルスについてを調べていた。



 カタカタカタカタカタカタカタカタカタッ



 小気味良くキーボードを叩くのはパソコンの持ち主である玉城、パンドラのサーバーに侵入しフェイトの保管場所を探ると共に、その製造方法も調べているのだが一向に成果が得られていない。


「くそっ……」


 小さく吐き出された苛立ちは思い通りに進まない調べ物だけではなかった。



「この服可愛いね、咲さんが着たら似合いそう」


「私の趣味じゃないわ。 こっちの色なら玲奈のイメージぴったりじゃない?」


 剛のめくるファッション雑誌を両側に座る咲と玲奈が覗き込んでいた。

 それはCパケッツの住人の誰かが持ち込んだ物でルーエの一角に持ち寄った雑誌のレンタルコーナーが作られていたので借りてきたのだ。



 二人掛けのソファーに三人で座れば密着するのが当たり前で側から見れば狭そうなのだが、本人達がそれを望むのならと敢えて指摘はされないでいた。


 慣れて来た二人とはいえそれほどくっついていれば緊張を強いられる剛だったが、それが4日目ともなれば流石に順応もし至極当たり前のようにそれを受け入れている。



「お前らさぁ、イチャこくなら部屋でやれや。 玉城の気が散るだろ?」



 克之の指摘で顔を見合わせる咲と玲奈、だが反論するように向けられたその顔は二人揃って「何言ってるの?」と呆れている。


 パンドラを脱出する為にと計画を練る玉城ではあるが、だからと言って手伝える事など何一つ無い。

 それならばという事で出した結論、上手く行かなければ最長余命一ヶ月半という限られた時間を無駄にしないよう、やる事が見当たらない三人は今の状態にある。


 確かに、頼みの綱である玉城の邪魔をするのは良くないだろう……が、調べ物をしているとはいえ、千鶴に抱きしめられる形で身体を預けて寝そべる克之とて大差はないのだ。



 カタカタカタッ……タッ……タッ……タッ



 しかし玉城からしたらそんな事はどうでも良かった。


 集中さえすれば他の事など見えなくなる。


 だが、その集中を奪うのが嬉しそうに剛に寄り添う玲奈の顔。



(何であんなに仲良くしてるんだっ!!! 僕の天使ちゃんにっ、僕の天使ちゃんにっ!僕のっっ!!!

 あれではまるで恋人みたいではないか!?

 許せん!!!! 許さんぞっ神宮寺剛!!)



「水無くん、ごめんね。 気が散る?」


「ううん、大丈夫だよ。 気にしないで、玲奈ちゃん」


 申し訳なさげに眉を潜める玲奈に笑顔を向けるが、その顔が見られるだけでもわざわざグループルームで作業をする価値を見出していた……と言うより、彼の目的はそこにしかない。


 玲奈を救う為に奔走し、一緒に逃げる為に懸命に作業をする。

 その為の手足となるべく確保された克之と剛などどうでもよく、全ては玲奈と自分の未来の為に行っている事なのだ。


「でも困った事があるんだけど聞いてくれるかい?」


 「何だ?」と横から声がかかり「てめぇじゃねぇっ!!」と心の中で叫んでおくが現実では恐ろしくて口に出せない。



「フェイトね、3日に一回摂取しているようなんだけど、ここで既に問題。

 どうやら大量に造って貯蔵しているわけではなく、その都度必要な分量だけを造って配布しているみたいなんだ」


「マジか……って事は、俺達がそれを奪ったとしたら看護師達の分が無くなるって事だよな?」


「そういう事になるね。 犠牲をやむ無しと考えればそれも手ではあるけど、たかが40人分を奪って僕達が飲んだとして、それで治るのかっていう疑問は尽きないね」


「フェイトの造り方は見つからないの?」


「それが二つ目の問題でね、どうやらフェイトの生みの親である村松 菜々実って言う人物が取り仕切っているらしいんだけど、これがまた厄介な事に、フェイト製造はこの人が一人でやる上に院長である八木はおろか他の誰にも見せた事がない。

 更に悪い事に、製造レシピは彼女の頭の中にしか無いっぽいんだよね」


「それはつまり、逃げ出すなら村松 菜々実を攫って行くか、捕まえて吐かせるかの二択って事?」


「具体的に言えばそうなるね。

ただ彼女は八木の片腕、パンドラのNo.2らしいんだ。 攫ったとしても僕らの為にフェイトを造ってくれるかなんて怪しいものだよ」


 押し黙る五人ではあったが玉城には少しばかりの希望が見えていた。



「これは推測なんだけど、聞いてくれる?」



 それぞれで思いを巡らせていた皆の目が玉城へと集まる。

 その中でも玲奈を選び目を合わせると満足気に微笑み言葉を続けた。



「何故わざわざ製造方法を秘匿する必要があると思う?

 僕が思うに村松 菜々実は八木の事を信用していないんじゃないかな? 悪の組織には良くあるよね? 気に入らなくなった部下なんてすぐに切られる、変わりなんて幾らでもいるんだよ。

 だから彼女は保険としてフェイトの製造を一人で引き受け自分を殺せなくしている、そんなところじゃないのかな?」



 タブレットを腹に置き腕を組んだ克之は玉城の推測を元に思考を巡らせる。

 だが、胸へと手を回し愛する者をしっかりと抱き締める千鶴は、目の前の頭に頬を寄せ幸せそうな顔で黙ったままでいた。


「八木と村松 菜々実を仲違いさせ孤立させたとしても俺達の味方になる理由が無い……か」


「そうなんだ。 僕の技術があれば疑心暗鬼を誘うのは難しくはない。 けどちょっとした事で僕の存在がバレる危険性もあるから、やるなら彼女がコチラにつく確信を得てからが望ましいんだよね」


 ハッキングによるなりすましメールなどやろうと思えば簡単に出来るのだが、本人同士の会話から「そんなメールは知らない」と疑われれば駄々甘なセキュリティーを強化されかねない。


 間接的にそれとなく証拠を残して自分が必要とされていないと感じさせるのが一番安全なのだろうが、菜々実を孤立させたとて一人で逃げ出されては元も子もないのだ。



(助けてっ! お兄ちゃん!!)



「剛くん? 大丈夫?」


 顔色を変え、眉間に皺を寄せたのにいち早く気が付いたのは向かいに居た千鶴だった。



「あ、うん、誰かに呼ばれた気がしたんだけど、気のせいだよね?」


「誰も呼んでないよ?」

「大丈夫? 少しお昼寝する? 三人で」


 心配そうに覗き込む玲奈と、口の端を伸ばして楽し気に微笑む咲。

 三人で付き合う約束は半ば強制的に合意させたものの、その後はここでこうして寄り添うだけでなんの進展も無いままに3日が過ぎていた。



(三人で、寝るだと!? 三人でっ!!!)



 咲の提案に反応したのは当の剛より玉城の方だった。


 周りに色とりどり花の散りばめられたベッド、うっすら笑いを浮かべて幸せそうに眠る玲奈の横に転がるのは自分ではなくベタベタベタベタと玲奈に付き纏う憎き剛。

 叫び出したくなる不快な妄想に苛々が募り、顳顬こめかみの血管が痙攣を始めた時だった。



 シュゥゥゥゥンッ

「邪魔するぜっ」



 反射的に押されたキーボードで切り替わるタブレットの画面。 前回の失敗を糧に音は消されていたのだが、克之の腹で流れ始めた映像はおおよそカップルで見るような健全なるモノではない。


 それに気付きながらも目を細めただけで敢えて無視を決め込んだ芽衣裟だったが、サンドイッチにされている剛を見るなり眉間に皺を寄せた。


「お前、僕の誘いは断った癖にそいつらは良いってか……腹立つわぁ。 まぁ、別にいいけどっ!

 それより、剛、ちょっくら面貸しな」


 左手を腰に当て、剛へと伸ばした人差し指を曲げて来いと促す。


 あの夜の恐怖が思い起こされ ビクリ とする剛だったが、今はそれを拒む心強い恋人に挟まれていた。



「剛くんに何の用事なの?」

「そうだな、コレは私達のモノだ。 連れて行くと言うのなら用件を教えてもらおうか」



「あのさぁ、何も取って喰おうってんじゃねぇっつぅのっ。 だいたい、用事があるって言ったのは僕じゃなくて院長なんだよ。 僕はただのパシリだ、おわかり?」


「え? 院長??」


「そう院長、それ以上は聞かれても知らないからね。 ほらっ、さっさと来なっ」





 足を進める度に右に左にと フワフワ 揺れるオレンジの髪に付いて歩く誰もいない通路には二人の足音だけが静かに響いていた。


 パンドラの中心区画ヴィルカントにある健康診断が行われる部屋、それを通り越して更に進んだ部屋の扉の前で立ち止まると振り向き、親指で “ココだ” とカッコ良く指してくる。



 シュゥゥゥゥンッ



 ノックの後、返事を待たずに開けられた扉へと背中を押されて入って行くと、広い部屋の奥には見た目で高そうだと分かる艶々のドッシリとした机があるだけの寂しい部屋だった。



「いらっしゃい、君が神宮寺剛くんだね?」



 机の奥でパソコンを眺めていた八木は剛を見るなり立ち上がって近付こうとしたのだが、すぐに思い留まり「待って」と小さく残して奥の部屋へと消えて行く。


 ものの数秒で椅子を押しながら戻ると、剛に向けてキャスターを滑らす。


「座りたまえ」

「え? あ、ありがとうございます」


 診察医が座る様な背もたれも肘掛も付いている椅子に少しばかり戸惑いを覚えたが、わざわざ持って来てくれたのだし座れと言われれば従うべきだろう。


 しかし扉の横、腕を組んで壁に持たれかかる芽衣裟には椅子など与えられず見向きもされない。

 呼ばれたのは自分だが、対応の濃淡になんだか悪い気がしながらも椅子へと落ち着いた。



 先程まで座っていた椅子を剛の前まで持ってくると腰を下ろして向き合う八木。


 その顔は剛を見てからというものずっと ニコニコ としており、パンドラのトップで大規模な人体実験を指揮する人物でありながら “人の良さそうな若いおじさん” という印象を受ける。



「パンドラでの生活はどうだい? やはり窮屈かい?」


「いっ、いえ……大丈夫です」


「はははっ、そんなに緊張しなくていいよ。 ただ君と話がしたかっただけなんだ。

 そうだ、何か飲むかい?」



 机の裏側にしゃがみ込むとそこから二本のペットボトルを持って戻って来る。


 選べと差し出されたのは林檎と蜜柑のジュース。

それならと林檎を選んで受け取ると、蓋を開けて口を付けた八木。



「良かった、私は蜜柑の方が好みでね。 甘いだけの林檎も嫌いではないんだが甘さの中にも酸っぱさのある蜜柑の方が美味しいと感じるのさ……って林檎を選んだ君に失礼かな?」


「い、いえ……」



 大丈夫だと示すよう、自分も真似して飲んで見せると満足気な顔でその様子を見ている。

 だが八木は会ったばかりの他人、しかもそれが悪の組織のボスだと認識される人物であれば尚のこと緊張するのは剛でなくとも仕方のない事。



「君は少し体調が悪くて病院を訪れていたそうだね? 今はどうだろう、まだ気になる事がある?」



 少し咳が出ていたので風邪かと思い行く事を命じられた病院だったが、あの日以来気になる症状は見受けられず至って健康そのものだ。



「そうか、毎日早起きしてるようだけど規則正しい生活は健康の基盤ともなる。

 しっかり運動もしてるようだし、パンドラの避難者全員が君のように健全な者ばかりだと助かるんだがね」



 聞かれて困る人など居ないというのに、口に人差し指を当て、少しだけ身体を寄せて声のトーンを落とす。


 多少の愚痴を織り交ぜる八木に返事をしきれず苦笑いを浮かべるが、人当たりの良さそうな感じに少しずつだが緊張が解れて行く。



「身体の方は君自身がしっかりしてるようだから心配無いと……じゃあ心の方はどうなんだろう?

 同じグループの寺尾克之とは入所してからずっと仲良くしてるようだね、他に気の合う人は見つかった?」



 即座に思い浮かぶ二人の顔、その後には千鶴とさっきまで一緒に居た玉城が思い出される。



「別に誰か教えてくれとは言わないよ、君のプライベートな事だからね。 精神面と言うのも健康には重要な要素でね、友達が多くいるのは良い事だ。


 けど、もっと重要なのが支えとなってくれる恋人だよ。


 一緒にいるだけで心が満たされる、もちろんそれも素晴らしい事なのだが、それ以上に性的な欲望も満たしてくれる。 私も君のように多感な時期は毎日のように彼女を求めて学校でも家でも所構わずシタもんさ」



 八木の浮かべる笑顔は決して自慢気なものではなく、どちらかと言うと悪巧みを思いついた子供のような顔。

 そんな様子に「本当にこの人が?」と疑問に思うが、彼がパンドラのトップである事は間違いない。



「堅実そうな君に言うと退かれるかもしれないけど、性的な充足というのは精神的にも肉体的にも健康に繋がる重要な部分なのは理解しておいて欲しい。


 それでね、パンドラのまとめ役である私が健康を願うのは君達だけじゃないんだ。

 ここが管理者の辛い所なんだけど、スタッフとして働く看護師達の健康も気にしなくちゃいけない。


 そのうえで少しだけお願いがあるんだ。 もちろん無理強いをするつもりは無いし、君の気が向けばで良い。


 みんなの為に日夜働いている看護師、その中で君に気がある者がいると報告を受けているんだが……良かったらその娘達の心を、身体を、君の手で癒してやってはくれないだろうか?」













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