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パンデミック  作者: 桜桃なる猫
第三章 人間を超越する力
33/59

33.最強の力

 頭を巡る死の映像、耳を疑う要求。


 野乃伽の能力など当然のように知っている院長は彼女の口から出た言葉なら突拍子もない事だとしても信用するだろうし、玉城のパソコンを調べれば一目瞭然。

 それでなくとも数の多いパンドラの避難者、被験体が6人減ったところで何とも思わない事だろう。



「ほ、本当にそれで黙っててくれるの?」



 掻き立てられた甘い妄想を隅に寄せ『みんなの為に』と己を偽ろうとするが、剛の視線は不動なる水色の目と興味惹かれる小さな唇とを行き来してしまう。


「剛が疑う……気持ち、分かる。 けど院長より、剛の方が……好き、理由はそれ……だけ。

 私は信用……出来ない?」


 信用するしないに関わらず彼女が剛の秘密を握っている以上それに従わなければ制裁を受けるのは言われなくても理解出来る。



 つまり剛達を生かすも殺すも野乃伽の気分次第だと言うことだ。



「それとも私……とは……嫌?」



 ボーイッシュなショートカットにされてはいるが、銀髪を水色に染めたような綺麗なサラサラ髪。

 小さくも低くは無い鼻に可愛らしい耳、よくよく見れば美しい水色の虹彩はカラコンなどという造られたモノではなく、異国とのハーフなのだと分かる。


 そして何より気になるのが、求められた唇。


 性格とマッチする物静かで優しい声を紡ぐ口には白の強い桃色の口紅が引かれ、白人色の強い野乃伽の雰囲気とピッタリ。



(キス……僕が野乃伽さんと、キス!?)



 今日は高鳴りっぱなしの剛の心臓は再び力強く脈打ち始めて自分の鼓動がうるさく耳に付き、頭の中は「キス」という単語で埋め尽くされ野乃伽とキスに至るまでが何度も何度も再生されている。



 拒否したくても出来ない状況に困り果てる様子を想像していたのだが、興奮した面持ちで唇から目が離れない剛を見れば心を覗く必要すら無く何を考えて黙り込んだのかなど分かってしまう。


 それならばと、願ってもない機会に手を離して立ち上がると、後ろ手を組み軽く顎を上げて唇の到着を待つ。



「の……野乃伽、さん」



 目を瞑り自分を待つ野乃伽、意を決して立ち上がる剛だが鼓動が早過ぎて口から心臓が飛び出そうな感じさえする。


 恐る恐る両手を置いた細い肩、自分から女性に触れるのですら初めての事だった。


 少し加減を間違えただけで砕けてしまいそうな程にか弱く思える身体は剛の行動をより慎重にさせる。



(いっ、行く……行くよ!!!!!!)



 大きく喉を鳴らしたのを合図に徐々に迫る魅惑の唇。


 初めてのキスを前に酸素が足りないと呼吸が速くなり、最高潮まで達する緊張に足は震え思考が停止する事態になっていた。



 カラカラに乾く口で無いはずの唾が音を立てて飲み込まれる。



 本能の赴くままに勢いだけで近付く顔がその距離僅か3㎝という所で待ったがかけられるとは誰が思うだろう。



 シュゥゥゥゥンッ



「ああああっっ!! 剛きゅんが野乃伽を襲ってるぅぅ!!!!!」



「くぁwせdrftgyふじこlp!!!」



 反射的に肩に置いた手を離すと、声にならない声を上げながら敵を認識した海老のように勢い良く飛び退いた剛。


 尻餅を突きながらも大慌てで次の部屋へと続く扉まで後退すると、見知らぬ男性を連れて入ってきた秞子に向かい指を指して何かを叫ぶがあまりの驚き様に声が出ていない。



「じゃんけん……負けた腹いせ?」



「そっ、そんなわけないじゃん? 私は至って普通に検査を終えて来たわっ! ねぇ?」


 同意を求められた男性は苦笑いを浮かべて頬を描くのみで明確な回答は避けたようだ。


 つまり剛の担当を逃した秞子は、バッティングしないようにと空けられた時間を埋めるべくさっさと健康診断を終わらせ、イチャイチャして進みを止めていた剛達にまんまと追いついたということ。



「そんな事よりっ! 剛きゅんってば欲求ふま〜ん?

イチャラブしたいなら私としよ〜〜ぉっっ!!」



 自分の担当など忘れて一目散に駆け寄る……が、それは叶わず一向に近付けない。



「今は私の……番、邪魔する……の良くない」



 野乃伽に襟首を掴まれ持ち上げられた秞子は逸る気持ちから足が見えない程に高速で動いていたが、床を捉えられなければ何の意味も為さない。


 まるで紙屑でも投げ捨てるかの様に入り口の扉に向かい飛ばされ宙を舞う秞子。


 いくら小学生のように小柄だとはいえ華奢な野乃伽の何処にそんな力があるのか疑わざるを得ない状況に、パニックを起こしていた剛は追い討ちをかけられ口を開けたまま固まってしまう。



「なんのこれしきっ!」



 空中で回転すると華麗に着地を決めたのだが、そんなのは無視して剛に歩み寄る野乃伽。


 その様子をチラリと横目に確認はしたものの人形のように動かない剛の手を掴み、そのまま次の部屋へと姿を消したのだった。







「くぁっ!…………あーーあっ、つっかれたぁ」


「お疲れ様です。 一先ず今日の診察はこれで終わりです、はい」


 背もたれに身体を預けて目一杯伸びをした菜々実は、ヴィルカントに運び込まれた患者の診察を終えた所だった。



「今日のって……アレ、診る意味ある?」



 着けていた簡易マスクを外し、うんざりする気持ちと一緒に丸めてゴミ箱へと投げ捨てるが、残念な事に的を外れて床に転がる。


「SARS-CoV-3.(クロト)1の侵攻に耐えられずあの状態になったのなら、次のステップは火葬しかありません、はい」


 マスクを拾い上げゴミ箱に入れると、再び踵を合わせて姿勢良く立つ。 床に向かい真っ直ぐ伸ばされた手は指先まで真っ直ぐで、あたかも厳しい訓練を積んできた軍人のようだ。


「ですが万が一という事もあります。 事例はありませんが試行回数がまだ少ない。

 あの状態になりながらSARS-CoV-3.(クロト)1を克服する者がいる可能性を探るのが菜々実女史の請け負ったお仕事ではないでしょうか? はい」



 半年以上もの間、世間を騒がせたSARS-CoV-2(新型コロナウイルス)は、抗ウイルス薬〈エルピス〉を喰らい、一人の女性の細胞の中でSARS-CoV-(サード)3へと進化を遂げた。


 感染力を弱める代わりに長い潜伏期間を得て致死性を強めた悪質なウイルスは、その娘に感染すると、奇跡のウイルスとして生まれ変わった。


 適合さえすれば超人的な能力を得られる

SARS-CoV-3.(クロト)1、だが失敗の代償は大きく、訪れるのは100%の死。



 菜々実が診る事を決めたヴィルカントに運び込まれる患者は例外無く肺を汚染されて重度の肺炎を引き起こしており、助かる見込みが無い。

 それは聴診器を当てるまでもなく症状を見れば分かるレベルで、何の為に診察に当たるのか疑問に思い始めていた。


「ねぇ、未来みくぅ?

貴女の敬愛する先生のパートナーとして高く見てくれるのは嬉しいけど、誰もいない時くらい普通にしてくれないかしら?」


「はい、菜々実先輩がそう仰るのならそうします、はい」


 棚の下の小さな冷蔵庫から水を取り出すと菜々実に手渡し、その前に置かれた椅子に腰を下ろした。


 菜々実の要望通り外面を張るのを止め、リラックスした様子の未来みくは自分の手にする水に反射する光に興味を惹かれ、ペットボトルをくるくる回して遊んでいる。



 染めた事の無い真っ黒な黒髪、三つ編みにされた肩までのおさげは彼女の性格と同じく固いイメージを与え、近寄り難い雰囲気を与える。


 人一倍研究熱心な未来みくは集中すると声も届かなくなるほどだが、スイッチの切れている彼女は子供のように無邪気なものだ。



「体調に変わりはない?」



 動物実験などすっ飛ばして行われた臨床試験、

SARS-CoV-3.(クロト)1の第一号被験体である未来みくは成功例の第一号でもある。


 もしも彼女を使った臨床試験が成功してなかったのなら……今パンドラで行われている実験も行われなかったかも知れない。

 そうすれば先程診察した間近に死が迫る人々ももっと長く生きていられた可能性だってあった。


「体調? すこぶる元気ですけど、何か心配事ですか?」


「ううん、そうじゃないわ」


「じゃあ、アレですか? 菜々実先輩がとうとう子供を身篭ったんであっしに先生の性の吐口として代打を……」



「待たんかーーいっ!」



 振り下ろされる菜々実の手刀、だが目の端をキラリと輝かせた未来はペットボトルを置き去りにして両手で挟んで止めてみせる。


「先輩があっしに勝てるとでも?」

「チッ!」


 余裕で白刃取りを決めて見せるが、負けず嫌いな菜々実の攻撃はそれで終わるはずもない。


「三十路過ぎの生娘の癖にっ! 女子力では私の方が上だっつぅのっ!!」



「コフッ……じゃ、弱点を突くとは卑怯なり!」



 腕を組んだ菜々実の口から発せられた一言で吐血する真似をして口元を押さえる未来。

 しかしこちらも負けず嫌いな人間であり、繰り出される反撃が菜々実に襲いかかる。


「だが勘違いするなかれ、あっしは早生まれなり! つまりまだギリギリ20代なのだっ!

 三十路過ぎのババァは菜々実先輩だぁぁっ! フハハハハハハハハハッ!!」



「ばっ、ババァ……だと……カクッ」



 言葉の暴力とは、時として力任せにぶん殴られるより痛いと感じる事がある。


 若い方が良いとされる女性にとっての年齢とは、避けて通る事が出来ないからこそ目を背けたくなるモノのようで、30歳という大きな壁を超えたばかりの菜々実にとっては耳が痛くなる話題。


 ましてや同じ土俵だと思って切り出したのに実は勘違いだと言われれば、自爆とはいえ頭を垂れるほどにショックを受けても無理はない。


 たかが数ヶ月、されど数ヶ月で、20代と30代とではそれほどまでにイメージが大きく異なるモノなのだ。


「菜々実先輩っ! しっかり!! 図星指されたくらいで死んじゃ駄目ですよっ!」


「もう駄目……立ち直れない」


「大丈夫ですって! まだ31でしょ? ババァだけど初級のババァです、まだイケますって!」


「あんた……明日渡すフェイトには毒盛ってあげるから覚悟しておきなさいっ」



「ひぃぃっ! 職権濫用はんた〜いっ!」



 彼女達SARS-CoV-3.(クロト)1を身に宿す者達は菜々実の創り出した培養液フェイトを摂取し続けなければ、強過ぎる繁殖力にやられ結局の所、非成功者同様死に至ってしまう。


 フェイトの摂取は3日に一度、菜々実自らが出来立てを小瓶に詰めて配布する仕組みが取られている。

 彼女にもしもの事があったり、それを統括する八木の機嫌を損なう様な事があればフェイトを受け取れず、二週間後には死が待っているのだ。



 勝ち誇った顔でペットボトルに口を付ける菜々実だが、本気でそんな事をしようとは思っていない。


「美しいお姉様、あっしは、あっしはお姉様無しでは生きられない身体なのです。

 どうか、どうかどうかご慈悲を賜りたく、なんちゃらかんちゃら早漏……」


 それを分かっている未来ではあったがこれも彼女達のコミュニケーションの一環で、単なるお遊びに過ぎない。



「誰が早漏じゃっ、誰がっ!」



 空いていた左手を両手で握られ、上目遣いで懇願される。


 口にする内容は兎も角としてモンペが似合いそうな彼女は、戦時中であったなら人気だったろう純和風な顔立ち。


 研究マニアという性格もあるだろうが、食の変化故なのか、容姿ですら欧米化が進む現代では残念ながらモテ囃される事は無かったが、女性としては可愛い部類に入ると菜々実は思っている。



「ねぇ、未来」


「何でヤンスカ?姉御」


 二人だけの会話にノッてきた未来だったが、菜々実の声色に真面目な話かと感じつつも茶化してみる。


「先生の何処が好きなの?」

「全部っス!」


 間髪入れずの即答に苦笑いが溢れる。



八代 政彦

 黒髪のオールバックと白衣とがよく似合い、講師として教壇に立てば女子の出席率が凄いことになるイケメン教授。

 かく言う菜々実もその一人で、当時30代半ばと言う大学最年少教授に憧れて友達とキャーキャー言いながら人の溢れる教室で講義を聞いたものだ。


 密接な関係になったのは卒業課題を終えて研究に没頭するようになってから。


 たまたま訪れた八木が漏らした一言が行き詰まっていた研究を飛躍させた、それがきっかけでよく話すようになった。


 幅広い知識と豊富な経験を持ち、教授という地位に在りながら奢らず温厚な性格、さらにルックスも良しとくれば誘われるままに肉体関係を結んでも仕方のない事。


 だがSARS-CoV-(サード)3の発見に次ぐSARS-CoV-3.(クロト)1の発見をしてからというもの、人が変わってしまったかのようだ。



「実験台になった事、後悔してないの?」


「いいえ、全然、少しも、全く、これっぽっちも後悔してません。 寧ろ人間を超越した事に感謝してます、はい」


 何故そんな事を聞くと言いたげに小首を傾げたが、淀みなく答える姿に溜息を吐きたくなる。

 確かに彼女は凄い能力を宿しはした。 が、その代償として生涯欠かす事なくフェイトを飲み続けなければならないのだ。



「今でも先生に抱かれたいって思ってる?」

「当然っス! しかし残念ながらあっし程度の女では先生からお声が掛かる事は無いでしょう、ガクッ……」



 八木に心酔し、忠誠を誓ったと言えるほどに従順な未来は、未知のウイルスを身体に宿す選択を迫られた時も躊躇う事すらなく二つ返事で「良いっスよ〜」と軽い返事をした。


 これにはSARS-CoV-3.(クロト)1に目の色が変わっていた八木ですら驚き、二度に渡る詳細な説明と再三の意思確認の末に臨床試験に踏み切るに至った。



「ねぇ、私から先生にお願いしてあげようか?」



 病で苦しむ不幸な人が少しでも減ればと進めていた自分の研究。

 だが、八木の提案してきた “人間の進化” などという淡い言葉に惹かれて『パンドラ計画』に協力する事を決めた。


 全人類の為の僅かな犠牲だと説明され尊敬する八木に従っては来たが、説明も無しに実験台にされる人々の苦しむ姿に「自分のしている事は正しいのか」と疑問が湧いてくる。



「馬鹿にしてるんですか?」



 戯けていた表情から一転、刺すような鋭い眼差しにビクリと身体が反応する。

 その気配は猛獣が狩りで発する殺気のような身の毛も弥立つ恐ろしきモノで、争い事とは縁のない菜々実でも「ヤバイ」と感じるほどであった。


「ご、ごめん。 そんなつもりは無かったんだけど……」


「ですよね〜、菜々実先輩がそんな人じゃない事くらい知ってますよ、はい」


「ホント、ごめんね。 じゃあ私そろそろ部屋に戻るわ。 未来もゆっくり休んでね」



「お疲れ様っスぅ〜」



 平静を装いつつ逃げるように部屋を出る菜々実。

一人取り残された未来の顔からは見送った時のにこやかな笑みは消え失せ、灯りを消したかのように感情の無い無機質な表情。



「いい気になりやがって……」



 力強く拳を握り締めれば、菜々実の残していったペットボトルが突然破裂し中に入っていた水が溢れ床を汚す。

 突然現れた憎しみに歪む未来の顔は、先程までのにこやかな笑顔からは到底想像できるモノではなかった。



「先生を裏切るのなら容赦はしないぞ、雌豚がっ!」



 未来が手にした力はサイコキネシスと呼ばれる物体に触れずとも離れた物に力を及ぼす事が出来る恐ろしい能力、それはSARS-CoV-3.(クロト)1に適合し手に入れられる超能力の中でもずば抜けて強い力だった。











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