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パンデミック  作者: 桜桃なる猫
第三章 人間を超越する力
32/59

32.水色の眼差し

 何も見え無い真っ暗な場所、誰かに呼ばれた気がして目を凝らせば小さな女の子が剛に向かい駆けてくる。


 まるで肉親にでも会えたかのように嬉しそうに両手を広げて走る姿は微笑ましく「転ぶなよ」と願いつつも自分も両手を広げて受け入れる構えをとった。



(オヤツのお兄ちゃ〜〜んっ!)



 その少女は一度会ったきり、しばらく顔を見ていない子。 剛とは違うパケッツに振り分けられて母親と共に過ごしていたのだろう。


 一見すると微笑ましい光景だが思わず目を擦り、二度見してしまう現象が起こる。


 走れど走れどなかなか剛まで到達しない少女。

徐々に髪が赤く変色を遂げる様子を不思議に思っていれば、いつの間にか背まで高くなっている。



(剛兄ぃ〜っ!)



 気が付けば顔付きすら変わっており、全くの別人。

しかも驚く事に、それはもう会えない筈の妹の姿へとすり替わっていた。



美月みつきっ!? 美月ぃぃっ!!!」



 にこやかに手を拡げて剛に向かい走り寄る姿に涙が溢れてくる。


 父親、母親、姉、妹。


 あの日、死んでしまったはずの家族が……妹が生きている!



 だが不思議な事はまだ続くようで、小学校6年生の美月の胸が足を踏み出すたびに揺れているのを感じて自分の目を疑った。


(う、そ?)


 顔付きも少し大人びており、姉である純恋すみれにも似て母親の面影を感じさせる可愛い系のモテ顔。



(きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!)



 だが驚くのも束の間、美月の踏み出した足は見えない漆黒の大地を捉える事はなく、まるで崖から飛び降りたかのように赤い髪を靡かせ落ちて行く。



「美月ぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!」



 駆け出しながら必死に手を伸ばすも、一向に近付くことは叶わず、悲鳴を残して小さくなって行く姿を見届けるしか無かった。


「そんな……会えたのにっ、やっと会えたのに!!」


 闇の中へと消えた美月を返せと黒い地面を全力で叩く剛。

 だがそんな時、すぐ側に人の気配を感じて顔を上げたのだが……



「剛くん、私、もう駄目みたい」



 立っていたのは微笑む玲奈。


 しかし、剛が顔を上げたのと同時に見せつけるように伸ばされた両手は真っ赤な液体で汚れている。


 口元から滴り落ちる赤い液体。


 赤く染まった病衣はペンキでもぶち撒けたかのように濡れそぼり思わず吐き気を催すような光景。



「サヨナラ、剛くん」



「玲奈さん!? 嘘だっ!! 死んじゃ駄目だ! 玲奈さんっっ!!!!」



 操り糸の切れた人形の様に突然崩れ落ちた玲奈。


「嘘じゃないわ。

玉城くんに教えられたでしょう? 悪いウイルスに犯された私達は死ぬ運命だ、と」


 人間ではあり得ない方向に手足をねじ曲げ床へと転がる姿をただ茫然と見ていれば、背後から見知った声がかかる。

 縋るように慌てて振り向く……が、そこに待っていたのも息が詰まるような光景だった。



「咲さん!!!!」



「フェイトを飲まなければこうなると言われたよね? お別れだよ、剛くん」



 そこに居たのは玲奈と同じく口元から溢れ出した赤い液体が全身を濡らす、真っ赤に染め上げられた咲の姿。


 玲奈と同じように崩れ落ちる咲に駆け寄り抱き起こすものの、人形のように体温の無い無機質な身体には力が入っておらず、全身に付いた赤い液体の生暖かい感触だけが纏わり付く。



「咲さんっ!! 咲さーーーーーーーーんっ!!!!!!!!」



 突然の二人の死に止め処なく流れ出る涙。

 それはまごうこと無き一月後の二人の姿だろう。


 何もせず放っておけば訪れる未来、だが今はそんな事を考えている余裕などは無く、ただ力の限り叫ぶ事しか出来ないでいた。







ーー45日目、AM5:55



「咲!……さん?」



 慌てて目を見開けば先程とは違い真っ白な空間。


(夢、か。 良かった……)


 打ち鳴らされる鐘の如く耳に付く心臓の音、嫌な汗が全身を濡らしベタベタとする。


 だが、今までの出来事が夢だったのだと理解出来ると、緊張で強張った全身からゆっくりと力が抜けて行く。


 それでも尚、確信を得たくて広げてみた手には赤いモノが付いていなかった事は良かったのだが、脳裏に刻まれた生々しい体液の感触だけは残されたままだった。


「シャワー浴びて……ご飯食べなきゃ」


 現実に引きずるほどのショッキングな夢は食欲を減退させるものではあったが、少しでも栄養を摂らねばそれこそウイルスに負けてしまうと言い聞かせて動き出す。




 結局昨日は二人に会う事は出来なかった。


 力無く部屋に向かう様子を見れば、撃沈したか会えなかったのかどちらかだろう事は聞くまでもなく、帰って来た剛に克之も千鶴も声をかけるのは控えた。


 スマホを見ても有るのは絵里からのメッセージばかりで、珍しく秞子からも届いてなければ一番欲しい玲奈からのメッセージが無い。


 相手から連絡がなければ自分から送れば良い、それは一般的に当たり前の事だろうがそこが剛である。

 自分からメッセージを送るなど迷惑だろうと決めつけている剛は、例え一番仲の良い玲奈であったとしても頑なに自分から送ることはしなかっだ。



 だが良い事があれば悪いこともあるように、その逆も然りでバランスが取れている。



「剛くんっ」



 やる気のない身体に食事を詰め込み、食堂を出た所で一番聞きたかった声が聞こえてくる。


 勢いよく振り返った先には小さく手を振る玲奈の笑顔と、隣で手を上げる咲がいる。



「!!!!!!」



 信じられないモノを見るかの勢いで目を丸くしながら、気分はうなぎ登りどころか垂直に跳ね上がった。



「ちょっ、ちょっと! 剛くん!?」



 全力で駆け出すと勢いそのままに玲奈に抱き付き、全身で存在を確かめるべく腕の中へと納めてしまう。

 だが、加減を知らない男の力でキツく抱き締められれば、突拍子もない行動に驚く以前に全身の骨が悲鳴を上げ息も出来ないほど。


「た、剛くん……痛い、死んじゃう」


「ごっ、ごめん!」


  “死” というキーワードに先程の夢が鮮明に蘇り、あわてて力を抜くが離す気は無いらしく身動きをしない剛。


 らしからぬ行動に理由は分からずとも、願っても無い状況に嬉しく思う玲奈は、捕まったままの手を モゾモゾ と動かし腰に回すとその肩に頭を預けた。



 互いを想い合い抱き合う二人、その様子にチクチクとした痛みを感じたが、女同士とはいえ殴り合いの喧嘩など日常茶飯だった学生時代から痛い事を我慢するのには慣れている。


 一向に動かない二人に「私には資格が無い」そう言い聞かせてから一歩近寄ると、広げた腕の中に二人纏めて優しく包み込んだ。



「良かったね、玲奈。 これで剛くんとは相思相愛だと分かったよね?」



 夢の中でとはいえ別れを告げられた事がショックだった。

 姉のようでいて、姉以上に近しく感じる玲奈が自分を置き去りにしてこの世を去る、そんな未来など認めたくない、いや認めない。


 置いていかれた切なさと無事な玲奈に会えた嬉しさが入り混じり、抑え切れなくなった感情が爆発したのだ。


 ただひたすらに嬉しくて、咲の言うような男女の愛情表現のつもりでは無かったのだが、それを否定する要素も自分の心に見当たらない。


 冷静になってくれば途端に湧いてくる恥ずかしさ。

自分は玲奈と抱き合い、更には咲にも抱き締められている。


 機関車の如く鼓動が高鳴り、真っ赤になった顔は一気に熱を帯びる。



「咲さん?」


 首だけを回しジト目で見てくる玲奈の言いたい事などすぐに分かり、顔には出さないように気を配りながら心では乾いた笑いを浮かべると、しばらくの間付き合うかと玲奈の希望通り剛の恋人を演じる事を決めた。


「と、言うわけで、一昨日した返事を覆し三人で付き合う事になったからよろしく」



「はぃぃぃっっ!? 三人って……」



「剛くんは私が好きだと言ったし、玲奈の事も好きなのは今ので分かった。 玲奈は剛くんも私も好きだと言うし、私も玲奈が好きだし剛くんの事も好きだ。

 つまり三人が三人共を好き、だから三人で付き合えばwin-winだよねって話に纏まったんだけど、異論……ないよね?」


 生まれて初めてした告白の結果は覆され、生まれて初めて申し込まれた交際はまさかの二股前提。

 押し付けられた展開が嬉しいとは思えど驚きの方が勝ってしまうのだが、有無を言わさぬ咲の圧力に選択の余地は与えられていない。



「剛くん……嫌?」



 身体は密着、顔との距離は僅か10㎝。


 少し前の剛なら悲鳴を上げて逃げ出したい心境に駆られていたというのに、今では超近距離で小首を傾げる玲奈が愛おしくすら感じていた。


 少し顔を近付ければ触れてしまえる魅惑の唇。


 玲奈の恋人になるということはそれを奪っても問題のない関係なのだと思い至るが「それはまだ駄目だ」と止めるもう一人の自分もいた。


 後から後から湧き出てくるめくるめく邪な妄想。 若い葛藤にさいなまれて ドキドキ しながらも、首を横に振って聞かれた質問に自分の意志を示す。



「良かった! これからよろしくね、剛くんっ」


 

 首に手を回し満面の笑みを浮かべて抱き付いたかと思えば、頬に押し付けられた柔らかな唇。

 それが人生で初めてされたキスだと分かるや否や頭の中でぐるぐると回っていたくだらぬ妄想など一瞬で消し飛び全神経がそこに集中する。



 キス……された!? キス!!!!!



 たったそれだけで天にも昇る勢いで喜ぶ剛は他には何も考えられなくなり、玲奈で満たされた心の赴くままに幸せな気持ちで茶色のポニーテールへと顔を埋めたのだった。






 午後から始まった健康診断、このヴィルカントの奥に自分達の求める薬〈フェイト〉がある。

 だが、ルーエの扉を開く事が出来ない剛達はこの機会にしかココには来れず、更に一人につき一人の看護師が付くため抜け出す隙などはない。



「何か、良いこと……あった?」



 試験管の中へと飛び出て行く血液を見ながらあれこれ考えていれば、水色髪の女が自分を見ているのにようやく気が付いた。


「え? 良いこと?」


「今日の剛……ずっとニコニコ……私と二人でも……いつもの拒絶する感じ……と、違う」


 自分ではそんなつもりはなかった。 だが二人きりになってしまうこの場所で緊張していなかったなどと言うことは無いだろう。


 他人とどう接していいのか分かっていない剛は、人と距離を置こうとするのが癖になっていた。

 その為、野乃伽ののかのように不用意に近付こうとしない人にでも無意識のうちに拒絶感が出てしまっていたのだろう。


「ごめん、野乃伽さん良い人なの……」


「その気持ちは……分かる、だから……謝る事……ない。

 でも、見かけによらず……二股? 意外にも遊んで……る、の?」


「いやあの、二股というかですね、でもそうとも言うんだけど…………あれ?」


 針を抜きガーゼを貼ると、採血道具一式の入った銀のトレーを奥の棚に置きに席を立った。

 その背後姿を見ながら返事をする剛の頭には、一つの疑問が浮かんで来る。



「何で知ってるの?」



 剛の前に戻った野乃伽は椅子に腰を下ろすと、採血台に置かれたままだった剛の手を握り、台を退かす。


 遮る物の無くなった二人の間で繋がる手と手、空いたもう片方の手も静かに添えられるが緩く握られた手は剛の意思一つで逃げ出せるように配慮されている。


 気遣いをされていると分かっても鼓動は跳ね上がるが、温厚な野乃伽の性格を考慮すれば芽衣裟めいさの時のように強引に迫られる事はないと安心しきってしまい、暖かな手の感触を感じながら一向に来ない彼女の返事を待った。



「フェイト……が、欲しい……の?」



 感情の詠めない顔、微動だにしない身体。

だがそれでも剛は心臓を鷲掴みにされた思いで目を丸くする。


 自分はそんな事を口にした覚えは無い。

だが聞き間違いなどではなく、確かに野乃伽は『フェイト』と口にした。


  一般人が知っている単語では無い。 何故それをわざわざ口にした? 何故彼女は自分がフェイトを知ってると分かった?


  何故? 何故? 何故……?



「野乃伽……さん?」



 彼女も実験の被害者かも知れない、だが今はパンドラ側の人間として自分達を管理する立場。 つまりは剛達にとっては敵対する人間のはず。

 だからフェイトを奪って逃げようと画策する事は知られてはいけない秘密だった。


 加速する鼓動は剛の耳を突き、目の前にいる野乃伽に動揺を悟られてしまいそうだ。

 だが不用意な発言は避けて自爆しないようにと返事をしなかったのだが、そんなものはまったくの無駄だった。


「他人の考えた事……分かるの……が、私に宿った……力。 だから剛が思い描いた……事、見えた。

 笑ってる二人……よく一緒にいる……女の人。 幸せそう……」


「心が詠めるって……事?」


「ん……その認識……で間違って……ない」


 頭の中では「ヤバイ」の一言がぐるぐる、ぐるぐると回り、知られては不味いと思えば思うほどグループルームでの出来事が思い浮かび焦りだけが増えていく。



「ハッカー……そう」



 それこそが悪手なのだと気付きはするものの、自分の思考をコントロール出来る者などまず間違いなくいないだろう。

 考えてはダメだと思えば思うほど意識は深まり、知っている全てを覗かれてしまう。


「この事を……院長が知れば……剛達は連れて行かれて……処分……される、かも」


「しょ、処分……」


 フェイトを奪い、逃げ出す策略。

失敗など考えていなかったが、もしそうなれば、野乃伽の言う通り処分と言う名の刑が下され “死” が待っているのだろう。



『死』



 全身に噴き出す冷や汗はまだ死にたくない思いの現れ。

 せっかく生まれて初めての交際がスタートしたところなのだ、人生の最高潮である今死ねと言われても死ねる筈がない。


 しかし、剛の思いを他所に襲いかかる “死” の気配。

自分の所為で秘密がバレて玲奈を、咲を、克之や千鶴を死に追いやる事に恐怖し、それを体現するように全身が震え始める。



「助かる道……ある。 剛が口止め料……払えばいい」



 思わぬ提案に藁にもすがる思いで視線を上げれば、無機質な野乃伽の顔に少しだけ笑顔が浮かんでいる。

 そのギャップの効果は甚大で、剛の目には救いの手を差し伸べてくれる天使の微笑みに映るものだから恐ろしい。



「僕に出来る事ならなんでもするっ! 何っ? どうすればいいの!?」



 自分の為でもあるが、自分の大切な仲間を想い必死になって懇願する剛。


 その仲間達を羨ましく思いながらも野乃伽は浮かんでいる笑みを深めて自分の欲望を口にした。



「みんなそうであるように……私も剛に興味が……ある。 だから私……を抱いて……欲しい。 けど今は……時間、無い。

 だからキス……前払い、して?」



 片手は剛の手に添えたまま、人差し指を自分の唇へと当てる。



(僕は野乃伽さんとキスするのか!?)



 目を奪う仕草に「抱いて」と言った彼女との妄想が掻き立てられ更に加速する鼓動は、前払いしろと言われたキスの事で頭が一杯になると酸素を求めて呼吸まで早くする。


 極限まで高まる緊張を背負う剛は淀み無く真っ直ぐに見つめて来る水色の目に気圧され大きく喉を鳴らしたのだった。










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