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パンデミック  作者: 桜桃なる猫
序章 死の星が降る夜
3/59

3.滅亡の回避

 人気の無い病院の廊下は、例え灯りが点いていようとも何となく怖い気がする。


 映画ではよくこんなシチュエーションでゾンビなどが飛び出してきて餌食となる、そんなシーンが脳裏を横切り ゾクゾク としたものが背中を這い上がった。



 己のカンだけを頼りに病院内を走って行けば ゾロゾロ と歩くゾンビ……いや、人の列を発見する事が出来た。



 《放射線治療 管理センター》



 ようやく最後尾に追い付いたのに ホッ と一息吐く間も無く、入っちゃいけない感じの漂う看板が掲げられた扉の中へと飲み込まれて行く人の波。


 核シェルターなどと公表されていない物を隠すにはうってつけの部屋だとは思ったものの、なんとなく忌避したくなる “放射線” の文字に尻込みして立ち止まった。


「今ならまだ引き返せます。 悩む時間はそんなにありませんが、どうされますか?」


 ドアガールの如く入り口の脇に立ってたけるの様子を見ていた一人の看護師さん。

 推定年齢45歳、ベテランの風格漂う女性の落ち着いた声に背中を押され止まっていた足を動かし始めれば、短い階段を降りた先に待っていたのは緩やかに傾斜する動く歩道だった。


 通路には誰も居ないことを確認したベテラン看護師がこれで締め切りとばかりに扉を閉めると、等間隔に点いている僅かな光を残して辺りが暗闇に包まれる。


「全員降下開始しました。 第一層の隔壁を閉めて下さい」


 剛の後で動く歩道に乗ったベテラン看護師が意味深な事を喋り始めたので振り返ってみると、暗闇の中で幾つもの小さな光を灯した何かが動いてはいるが、目が慣れない剛にはそれが何なのかまでは分からなかった。



 病院の内で人の往来の激しい1階にありながら建設以来10年もの間、噂すら流れなかった秘密の扉は、掲げられた看板の力が大きく関わっていたのだろう。


 人の出入りの極めて少ない一室、厚さ二メートルの分厚い床をスライドさせることで口を開けていたのは、地表0メートルから緩やかに下る直径三メートルの地下へと続く長いトンネル。


 ベルトコンベアーに乗り暫くの時間をかけて運ばれた先は、幾つものダウンライトで照らされているものの明るいとは言えない広い空間だ。


 天井までの高さは2.5mと高くはないが学校の体育館より広い250㎡の空間に押し込められた人々は、今しがた降りてきたのとは反対側にあるゲートの手前で健康チェックが行われ、螺旋状に下るベルトコンベアーに乗り地下150メートルにある核シェルターへ向かう事となる。



 電車の改札のような三本のゲートの前には二人の看護師がそれぞれ立っており、前の人を倣って文句も言わずに並んだ人達が看護師の持つ小さなドライヤーの様な機械を顔に近付けられている。


 隣で待つ看護師が左腕に数字の判子を押せばようやくゲートを抜けられる様で、改札であればICカードをかざす場所に手を置くと ピッ という電子音と共にゲートに取り付けられたシグナルタワーが赤から緑へと変わる。


 剛も例に漏れずチェックを終えると、横から飛び出す三本の銀色の棒を押して回転させゲートを通り抜けた。


『554』


 再び薄暗いトンネルを下る中、先程押された指二本ほどの大きさの判子を見ればゾロ目まで後一歩の番号。


「後ろの方達は説明を聞くことが出来ませんでしたが、その番号はシェルターに入った方々の健康状態を管理する為のものです。 貴方が最後でしたので私達を含めて収容された人数は全部で554名と言うことですね。

 その先の事は分かりませんが、これからここにいる四ヶ月の間は私共がしっかり健康管理させて頂きますのでご協力お願いしますね」


「惜しい!」などと判子を見ていれば不審がっているように見えたのだろう。

 声を掛けてきたのはさっきも最後尾にいたベテラン看護師で、その背後には検査機と判子を持った看護師達を従えている。


「私共も当然ありますよ」と腕を捲り見せてきたのは『4』と押された判子。

 あまり縁起の良くないと言われる数字に特に返す言葉も思い浮かばず「そうですか」と答えると、会話から逃げる様に前を向いた。 それは人とのコミュニケーションを苦手とする剛の常套手段だった。




「お母さん、ねぇ、お母さんってばっ」

「静かに、もう少しだけ我慢して頂戴。 お姉ちゃんだから出来るよね?」


 僅かな灯りしかない暗闇のトンネル、歩くよりは楽なのだろうが、何もする事なくただ立っているというのも気が滅入ってくる。


 10分程経った頃だろう、まだ歩く事もままならぬ子供を抱いた女性が足にしがみ付く3、4才の女の子の頭を撫でていた。


 先行きの不安を煽る暗いトンネル、更にする事が無くただ待つだけと言うのはなかなかに酷な時間で、結局連絡の取れなかった家族を思い起こさせ良くない想像が次々と湧き出てくる。


「お腹すいた、お腹空いたよ。ねぇ、お腹空いた〜」

「分かったからもう少しだけ待って、ね?」


 誰も喋らない静かな場所には子供の高い声はよく響き、周囲の視線を集めるには強力過ぎた。


「っせーなぁ……」


 小さく呟く愚痴も例外では無く聞こえてしまい、発した本人も意図としなかっただろうが周りにいた他の人にも苛々をぶつける事となった。


 気不味くなった母親は男に向かい誤りつつ女の子の頭を撫でて気を紛らわそうとするものの、まだ我慢をすることが得意ではない子供は、それでも気を遣ってか小さな声で「お腹空いた」と漏らしている。


「くれるの?」


 剛には今年から働き始めたばかりの五つ上の姉と、まだ小学六年生の妹がいる。


 その所為もあってか、はたまた小さな子供が不憫に思えたのかは定かではないが、鞄の中に潜ませていた箱を開けてお菓子の詰まった袋を取り出すと、内包された一本を摘み女の子の前に差し出した。


「ありがとっ!」


 日本人なら誰でも知っている細い棒状の焼き菓子にチョコのコーティングが施された老若男女に好まれる手軽な食べ物の事はその女の子も当然のように知っていたようで、一瞬の戸惑いを見せたものの剛の頷きに目を輝かせて ポリポリ と小気味いい音を立てて食べ始めた。


「美味い?」

「にがいっ!」


 文句を言いつつもあっと言う間に食べ終わり「まだあるよね?」と言いたげに剛の手の中の袋に釘付けになっている。


 元々彼女にあげるつもりで出した物、今度は袋ごと手渡すと余程嬉しかったのか、元気よく「ありがとう!」と言われたので「良くできました」とは口に出さない代わりに笑顔を浮かべて頭を撫でると立ち上がった。


 何度も「すみません、ありがとうございます」と告げる母親に照れ臭くなり、「いえ……」と短く返すとそそくさと離れて再び元いた最後尾に戻る。


「かぁ〜こいい〜っ! こういう人が彼氏だったら良いですね、そう思いません?婦長」


「人は皆優しいものですよ。 ただ、その優しさを捧げる相手が多いか少ないか、それだけの違いです。 しかし、小さな子供にとは言え見知らぬ相手に気遣いが出来るのは素晴らしいことですね、勇気ある行動に感謝します」


 黒髪が多いこの病院の看護師の中で、控えめとはいえ金色に染まった髪をショートボブに整えた若い看護師。


 シャープな輪郭の小顔に明るい茶色が大部分を占めるパッチリとした大きな目が印象的で、そこに添えられる細長い眉と少しだけ高い小鼻が全体を整え、極めつけに桃色の口紅の引かれた魅惑の唇が視線を釘付けにした。


 細身でスタイルも良く、どこかの雑誌のモデルでもしてそうなお世辞抜きで美人からの一言は、“彼女と付き合ったなら……” とお年頃の剛の脳内で良からぬ妄想へと発展し、ネットで見た18才未満閲覧禁止の映像に出て来た全裸の女性の姿に悩ましく歪んだ彼女の顔が合成された。



 はたと我に返れば、本人を前にして何を想像しているのだと恥ずかしさが込み上げ顔に熱を帯びる。


「やっだ〜、照れてるぅ、か〜わ〜い〜ぃ〜。 そんな姿見たら本気になっちゃうぞぉ?」

 

「ちょっとさきさんっ、こんな時に不謹慎ですよ!」


 咲と呼ばれた美人看護師の背後から声をかけてきた看護師を見た瞬間、心臓が飛び出すかと思えるほどに驚いた剛。 向こうは気が付いていないようだが、彼女は剛の姉の友達で何度か家に遊びに来ていて知っている女性だったのだ。


 近過ぎなのは嫌がる人もいるだろうが、職場が近い方が通勤時間が短くて済むから良いと言うのは多数派の意見。 姉の友達《西脇にしわき 玲奈れな》もその一人で、今年の春に看護学校を卒業した後、一番近くの病院へと就職して今に至るという訳だ。


「それは私に取られるのは嫌だって事なのぉ? なになにっ!? 玲奈もああいうのが好みなわけ?」



「ぜんっぜん、好みじゃありませんっ!」



 人の好みはそれぞれだろうが、仲が良いわけでは無くとも偶然合えた知り合いに面と向かって「興味がない」と言われるのは、人との関わりを持つ事を避けてきた剛とて多少なりとも傷付く事。 しかし冷やかしを受ける玲奈はそんな事に気付く余裕がなかった。


「彼が困ってますからその辺になさい。

 月城さん、暗い空気を変えようと明るく振る舞うのは見習わなくてはと思いはしますが、人を出汁にするのはどうかと思いますよ。

 西脇さんは自分の発言にもう少し気をつけた方が良いのではないですか?」


 言われて ハッ とした玲奈はバツの悪そうな顔で剛へ軽く頭を下げて謝罪をするものの、結局友達の弟だと気付くことはなかった。


「玲奈の所為で怒られちゃった〜」


 まだ続けるかと目を丸くする玲奈だったが、言い返しても遊ばれるだけだと悟りそれ以降返事をしなくなれば咲も言葉を失い黙ってしまう。




 再び訪れた静かな時に、一体いつになったら到着するのだろうと考え始めた頃になってようやく出口らしき明かりが見えてくる。


 動く歩道を降りて数歩歩いた先に待ち受けていたのは高さ5メートル、横幅8メートルの白い空間。 看護師も含め500人を超える人の波がそこに集結していたのだった。


 剛に続く看護師達が部屋に入ると、入り口すぐ脇の壁に付いているパネルを操作する婦長。 すると、音も無く分厚い扉が動き出し、良く見ないと継ぎ目すら分からないほどに綺麗に閉まりきる。



 広いとは言え密閉された空間に閉じ込められ人々の不安が濃くなり始めた時、奥の壁を目一杯に使い一人の男が映し出された。


 真っ黒な髪をオールバックにし、フレームの細い丸眼鏡をかけた姿はいかにもやり手のサラリーマン。 一部の女性には今だ人気のある三高と言われる者を体現した30後半から40歳を思わせるその男は、白いワイシャツの上から羽織った白衣だけが医者であると告げていた。


 ⦅ようこそお越しくださいました。 私は当病院の院長を務めております、このシェルターの管理者『八代 政彦』と申します。


 皆さんが今居る場所は既にシェルター内なのですが、正面の扉を潜りますとこれから120日もの間寝食を共にする為のスペースとなっています。


 出来るだけ快適、かつ、健康に過ごす為に第二層で健康チェックを受けてもらいましたが、結果としては全ての方が合格ラインにあり、一人の退所者を出す事なくこの場にお連れ出来たことを嬉しく思います。


 しかし今、そのデータを元に健康状態別に部屋割りをしている最中です。

 その作業が済み次第順次お部屋の方に案内させてもらいますが、そろそろ時間のようですので、万が一を考慮してその場の床へと腰を降ろしてお待ち下さい⦆


 男の映像が消えると同時に、この病院の看護衣とは違う、鮮やかな黄色のナースキャップに同色のナース服を身に纏う看護師達が「座って下さい」と声を上げ始めた。


「座りましょう」


 背後から婦長と呼ばれたベテラン看護師の声が聞こえて振り返れば、その指示に従い腰を降ろし始めた看護師達の姿がある。


 その中、婦長の隣にいた美人看護師、咲も他に倣いちょうど蹲んだタイミングだった。 身を包む桃色の看護衣が重力に従い少し浮いてしまい、首元の隙間が広がっている事に目が釘付けになった剛。


 しかし、いくら見ていようとも、身体を動かす仕事をこなす為の職業服からはその先が見えるはずもなかったのだが、それでも期待してしまうのが若さ故……いや男というものだろう。


 先程の良からぬ妄想が思い起こされ再び顔が熱を帯びると、運の悪い事にそれを咲本人に見られてしまう。

 瞬時に全てを理解した彼女に「あっ!」という顔をされた事に気付き、反射の如く素早い動きで前を向いて座るもののそんな事をしてもバレた事実は変わりはしない。


 視線に気付かれた事に何を言われるのかと ドキドキ していた剛だったが、先の玲奈のように弄られる事もなく、声を掛けられる事すら無いままに時間だけが過ぎて行く。



 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ



 振動はそれほどではなかったが、壁や床、天井を伝って聞こえてくる長い地響きに、日本と言う国の寿命が尽き、ここに避難した僅かな人数を残して1億を超える人の命が散って行くのだと知らしめる。


あの放送は本当だったのだ。


 それはつまり、ここには居ない家族との別れの時間であった。










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