29.暴露された秘密
女性Aから採取されたSARS-CoV-2の中には同じ外観をしながら異色の物が発見されており、接触感染しかしないものの致死性が極めて高い新種に進化した物だと推測される。
しかし当病院内の感染者5,000人を対象に徹底調査を行なった結果、女性A以外からの検出は確認出来ず、厚生労働省へ問い合わせるもそのような事例はないとの回答である。
その後独自の検証を続けた結果〈エルピス〉により傷を負った状態のSARS-CoV-2が女性Aの細胞に侵入すると、新たに生まれてくるウイルスが新種SARS-CoV-3となる事が明らかになった。
しかしそれは女性Aの細胞のみで起こる極めて稀な現象である事も確認されている。
また、潜伏期間が二ヶ月と異様に長く、発見が容易ではないと推測される。
希望を意味する《エルピス》と名付けられた
SARS-CoV-2専用抗ウイルス薬は安易に作れる薬、しかもたった三ヶ月という異例の速さで認証されたにも関わらず、さしたる副作用も無く優良なる物。
しかしながら今回の事例が示すように新たなる脅威を生み出すケースが他に無いとは言い切れない。
個人の見解としては全世界でのエルピスの使用を即時停止するよう強く提唱する。
四十万府立久城崎大学附属医科学病院 院長 八木雅彦
抜粋された報告書は、今世界を震撼させている
SARS-CoV-3についての物だったのだが、何より驚いたのは最後に綴られた著者の名前。
何を隠そう新種が見つかったのが、自分達のいた病院であるという事実だった。
「マジかよ……」
「そんな発表なかったよね?」
読み終えた克之が額に手を当て背もたれに倒れ込めば、ほぼ同時に画面から目を離す千鶴と咲も信じられないといった面持ちで呆然としている。
「……玲奈?」
真剣な面持ちで画面に釘付けになっていた玲奈に相槌を求めたのだが集中しているようで返事はなく、じっくり読んだとしてもそろそろ良いだろうと思って声をかけたのだが、それすら聞こえ無いほどに集中しきっていたようだ。
「えっ!? なっ、何ですか?」
だが、カンの良すぎる咲は誤魔化されず、焦る玲奈に向け冷ややかに目を細める。
「玲奈ぁ〜、まさかとは思うけど……」
「ななななな、な、何ですか?」
「読めないとか、言わないよ、ね?」
「そっ、そんなことあるわけないじゃないですかっ! ちょっと専門用語が多くて読みにくいけどちゃんと読めますって!!
慣れてないから時間がかかるだけですっ」
玉城が編集したのは原文のコピー、先程の世界ニュースとは違い日本語で表示されておらず、全てが英文だった為に意味が分からずにいたのだ。
だがあっさり読み終えた三人がいたために言うに言えず、読んでいるフリをしていたのだが、その努力も虚しく見透かされてしまったから大変だ。
「おい、剛。 まさかおめぇも読めねぇとか言わねぇよな?」
剛達が通っていたのは府中でも上位の進学校。 ヤンチャな克之とてやる事はやっており、曲がった事が大嫌いな性格もあるだろうが成績の良い事を理由に何をしていようとも学校側からお咎めを受けた事は無かった。
だが、同じ学校だった剛はといえば画面を見たままで大きな溜息を吐くとゆっくり上げた顔は困惑している。
そんなものを見れば返事を聞くまでもなく読めないのは明らかなのだが、獲物を発見した狼のように目を輝かせたヤツがいた。
「玲奈ぁ、剛くん、読めないんだってぇ〜。 一人だけ意味が分からないなんて可愛そうだから和訳してあげてくれるぅ〜?」
目を丸くした玲奈の頭はフル回転を始めていた。
今言うべきなのか……何とかして誤魔化すか……。
誤魔化すなら何と言い訳を?
「そこはほらっ、誤訳とか有ったら不味いだろうから得意な人が……」
「あれあれ〜? 可愛い可愛い剛くんの為に玲奈お姉さんが読んであげれば良いじゃなぁい?
大丈夫よ、自信が無いのなら違ってたらフォローくらいしてあげるわ。 だから安心して間違えていいのよ?」
嬉しそうな顔で肩に手を回され頬を突つかれれば、読めないことに気付かれているのは分かってしまった。
だが、玲奈のピンチを悟った救世主からの助けが満を辞してやってくる。
「ごめんごめん、読みやすいように訳しておけば良かったね。 僕がざっくり読むよ」
「あら残念、玲奈お姉さんの美声で読んで欲しかったなぁ」
「ったく、こんなもん俺でも読めるっつぅのっ。 お似合いだよ、お二人さんっ」
叱られた気分の剛と玲奈は仲良く肩を竦めて俯くと、お互いに向けあった目と目が合い、苦笑いを漏らし合うのだった。
「あと二ヶ月半でここを無事に出られたとしても、世界が暗闇に包まれ希望が無い事は分かってくれただろ?
それはそれで非常に大きな問題ではあるのだが、それよりも更に大きな問題を僕達は抱えている」
SARS-CoV-3を発見した八木は発祥母体である女性Aの娘からSARS-CoV-3.1と名付けられた更に新種のウイルスを発見していた。
秘匿されたままのSARS-CoV-3.1もSARS-CoV-3と同じく長い潜伏期間を経て、感染してから2ヶ月以内に肺炎に似た症状が現れる。
そして驚愕せざるを得ないのは、男性感染者の全てが3ヶ月以内に死を遂げるというものだった。
しかもそのウイルスがパンドラ入所の際に全員に植え付けられていると言われてしまえば死の宣告をされているのと同義だ。
「う、そ…………嘘でしょ?」
「最初の説明で健康状態別にパケッツ分けされたのは覚えているだろう? 悪い順にAから振り分けられたようだが、そのAパケッツは昨日全滅が確認されたようだ」
「全滅!?」
「全滅ってどういう事なの?」
「そんな……」
「100人近い人が……全部!?」
「そう、104名全員の命が奪われたんだ。
でも、悪い情報ばかりじゃない、希望も少しだけだがあるんだ」
コロナ不況の煽りを受け職を失った人を対象に介護、看護の手伝いという題目で集められた若い男女各150名は、パンドラに収容され泊まり込みの研修を受けさせられていた。
だがその実体はSARS-CoV-3.1の臨床実験。
結果は悲惨なもので、男性は150名は全滅。
女性はといえば、生き残ったのが41名であったとのデータが残されていた。
「つまり三人に一人は助かるって事なんだよ。 女の子で良かったね、玲奈ちゃん」
「つまり、パンドラを我が物顔で歩いてる “黄色” 達は勝ち組だって事なの?」
SARS-CoV-3は接触感染のみという感染力自体は弱いものの潜伏期間が長過ぎる為に感染に気が付かず、発見されたときには大量の感染者がいたという事態を引き起こしかねない悪質な爆弾のようなモノ。
化学兵器のようなSARS-CoV-3ではあったが、似たような性質を持ちながら偏った致死性を高めた
SARS-CoV-3.1には人類の進化とも言える秘密があった。
「生き残った彼女達は何かしらの『超能力』を得ている。
それは個々で違うモノのようだけど、例えば力が物凄く強かったり、動くのがメチャクチャ早かったり、頭の回転が早すぎてコンピュータにすら勝てる人もいるみたいだよ。
まぁ、勝ち組なんだろうね」
SARS-CoV-3.1の発症母体である女性Aの娘は、ウイルスを身体に宿しながらも肺炎等の症状が現れる事がなかった。
しかもウイルスが身体の一部と化し、他人に感染する心配すらなかったとある。
そして注視されるのはその副作用とも言える『超能力』を宿していたこと。
気付かぬ内に身体能力の跳ね上がった彼女は、ナンパがてら絡んで来た不良達を一撃の元に病院送りにした。
また、遊びでやったゲームセンターのパンチングマシーンを破壊した事に始まり、呼び出された病院で握力計を一瞬にして粉砕。 筋力を測定する機器を片っ端からぶち壊した伝説は院長八木から堅く口止めのお触れが出たほどだった。
見た目は普通の女子大生、しかし空は飛べないまでも、あたかもリアルスーパーマンのようだったと記載がある。
それがSARS-CoV-3.1の能力である事を突き止めるや否や慌てて行われた臨床実験、適合出来た女性は彼女のように総合的な能力ではないにしろ、漏れなく人間を超越する力『超能力』を有していた。
つまり実験の真意は、娘の身体に在れば増える事のないSARS-CoV-3.1の感染者を増やし、超能力者を複製する事にあったのだ。
「けどね、彼女達は可愛そうな存在だよ。
欲しくて手に入れたわけでもない能力を押し付けられて、更に生きていく為には八木に従わなくてはならない」
「どういうことだよ?」
「SARS-CoV-3.1のオリジナルは個として確立してるらしいけど、複製品である彼女達はそうはいかないらしいんだ。
僕の調べによると、ウイルスが体内に増殖し過ぎるのを抑える為に何日かに一回、『フェイト』と呼ばれる薬を摂取する必要があるみたいなんだ」
元気のなくなった克之に、余命一月半を言い渡され昇天寸前の顔をした剛。
千鶴も咲も何かを考え込んでいるかのように難しい顔をしていたが、玲奈は青い顔で今にも倒れそうな雰囲気だ。
「ここからが本題なんだけど、希望が全く無いわけじゃないんだ。
フェイトは元々細胞の培養を促進する目的で造られたモノらしくてね、SARS-CoV-3.1の増殖を抑えると共に、それに伴い破壊された細胞を再生させる事で命を取り留めているようなんだ。
そこでよく考えて欲しい。
SARS-CoV-3.1の増殖を抑えるという事は
SARS-CoV-3.1を減らす効果があるって事なんだ。
つまり僕らの生存の鍵は『フェイト』
少なくともあと一月以内にフェイトを手に入れて摂取すれば体内のSARS-CoV-3.1を除去する事ができて、もしかしたらこの先も生きられる可能性が……」
シュゥゥゥゥンッ
グループルームの扉は、自室がある者以外が開いて中に入って来る事が出来ないようになっている。
このグループの住人は三人共部屋の中におり、開く事が無い筈であった扉。
タンッ
反射的に押されたキーボードの一つは画面を切り替え見られたく無いモノを隠す為の役割を負っていた。
⦅ダメっ! 止めてお兄ちゃんっ! 私達兄弟なのよ!? 兄弟でこんなの……あっ、だめ、なのぉっっああぁぁぁあっぁぁっ⦆
「た、剛くん……な、何してるのかなぁ?」
丁度剛の頭で画面は見えなかったのだが、大音量で流れる意味深な会話がいかがわしい映像からの物である事は見るまでもなかった。
「何って、野暮な事聞くんじゃねぇよ、栗頭。
フラれて傷心の剛を癒してやろうと……」
前触れなく顔を出したのは黄色いナース服が似合うパンドラの看護師である絵里。
八木の研究の被害者である彼女達ではあるが、今はパンドラ側の人間。
その事をどう思っているのか分からない以上、玉城のハッキングの話しを知られるわけにはいかず画面の隠蔽に話を合わせようとしたまでは良かったが、咄嗟に出た最新の話題は話すべき相手を選ぶものだった。
「フラれた? ど、どういう事なの?剛くん」
反応したのは絵里だけではなく、倒れそうなほどに青ざめていた玲奈の方が先だった。
「えっ!? あっ、あの……その……」
大きな溜息を漏らす千鶴の隣でしまったと言う顔をするが、吐き出した言葉は戻らない。
その向かいでは、額に手を当て深い溜息を漏らしながらも鋭い視線で睨みつける咲。
克之には珍しく「悪りぃ」と申し訳なさそうにする様子に、もう一度小さな溜息を吐き捨てたのだった。




