28.サードの侵攻
昼食を終え5人で戻ったグループルーム、扉を開けるとそこにはいつも通り抜けるだけの男が床に座り込み、剛達の帰りを待ちわびていた。
「なんだよ、珍し……」
「時間、あるよね?」
今日はトランプでもしようと借りてきたのだが、それとて長時間やっていれば飽きもくる。
聞くまでもなくここパンドラでは時間を持て余す生活を送るしかなかった。
「パソコン、お前のなのか?」
「そうだ、まぁ取り敢えず座ってよ」
ソファーに挟まれたテーブル、玉城の前にはノートパソコンがあり、そこに繋がれたタブレットが無造作に置かれている。
何事かと疑問に感じながらも剛の頭に浮かんでいたのは『ハッカー』という単語。
克之と千鶴、咲と玲奈でソファーに座ると机の横に折り畳みの椅子を持って来た剛といういつも通りの定位置で机を囲んだ。
「話をする前に確認しておきたいことがある。 君達は秘密を守る自信があるか?」
剛とは机を挟んで対極に座る玉城が落ち着いた声で皆を見回す。
その顔は愛しの玲奈を前にしても変わらず、緊張しているのが伺える。
「んだよ、勿体ぶるなよ」
「ここに居る全員の生き死にに関わる重要な事だ、慎重にもなるよ。
もう一度聞く、秘密を守る自信があるか?」
少しも退く様子が無い事からもその真剣度は伺え、彼がハッカーである事を薄々ながらも知っていた3人は、部屋から持ち出されたパソコンから何か重要な秘密を掴んだのだと予測した。
「先に確認させて。
水無さんの言う “全員” とは、このパンドラに避難して来た人全部を指すので間違いないですか?」
「その通りだ、赤眼鏡ちゃん」
「千鶴よ」
「了解だ、千鶴ちゃん」
出来れば関わりたくない雰囲気を醸し出す引き篭もり中年系、典型的な “オタク” のビジュアルである玉城は、いつもはしてなかった眼鏡を掛けただけで “出来る男” のように見え、ハッカーだと知らない咲と玲奈も話を聞かなくてはいけないように感じさせてしまうから不思議なものだ。
ただその原因の一つは大きな腹が机の下に隠れて見えないというだけなのだが、切り出された話題に注意が逸れ、そんな事に気を回す者はいなかった。
「やっぱり水無さんは “ロア・レビル” だったんですよね?」
誰の名前も知らなかった玉城に自己紹介を兼ねて一人づつ「秘密を守る」と誓うと、皆に見えるように置かれたタブレットの電源を入れる。
「まぁ、そうなんだが、それについてはまたの機会に話すとしよう。
それで、まず聞いておきたいのが、君達は四六時中監視されているのに気が付いているのか?」
「四六時中だと? 監視カメラが多いのには疑問を持っていたけど、それ以外にもあんのかよ?」
「そう、ルーエにはソレと分かるように至る所に監視カメラが設置されている。 そして目立たないがいくつか見受けられるセクションの共有スペース、あと洗面所と兼用になっているトイレだな」
「トイレ!?」
トイレを覗かれているなどプライバシーの侵害も甚だしい。
だが驚きを露わに少しばかり大きな声まで上げてしまった玲奈に対して微笑むと片手を挙げてそれを制した。
「言い方が悪かったね、玲奈ちゃん。
トイレと言っても洗面所のスペースにあるだけで、個室が覗かれていたわけじゃないから安心して欲しい。
だが、それより問題なのが盗聴だ。
常に誰かが聞いてチェックをしているわけではないだろうけど、監視カメラが無い所には要所要所に盗聴器が仕掛けられている。
これはカメラが無いところでは安心して本音トークが出来るだろうとの心理的トラップなんだけど、当然のようにこの部屋にもある、と言うか、個室とシャワールームには無かったから恐らく本命はグループルームなんだろうけどね」
特におかしなことや誰かの悪口を言った事があるわけではないが、盗聴されていた事を知らされると何が聞かれていたのかと心配になってしまうのは人間の心理だ。
「ちなみに今この部屋の会話は偽装してあるから何を喋ろうとも筒抜けになる事はない。 だから悪口を言うなら今のうちだよ?」
「そんな事が分かるって事は、水無くんはストーキングが趣味な人なの?」
顔に出さないようにとは心掛けながらも漏れ出てしまうのが感情表現が豊かな人間という生き物だ。
それは咲とて例外ではなく、冷ややかな視線を向けている。
「違うっ、違う! そうじゃない!!」
それを聞いた玲奈が口元に拳を当ててドン引く様子に大慌てで否定をするが、蔑むような疑いの眼差しで隣に座る咲の影に隠れるように寄り添ってしまう。
「ったく、余計な事は言わないで欲しいものだな。 僕はストーカーじゃなくて “ハッカー” と呼ばれる存在なんだけど、誤解はもう沢山だ。
僕が生業としていたのは、悪者ハッカーから企業データやみんなの個人情報が盗まれるのを阻止する役割を負った正義のヒーローだって事だよ、良いかい?天使ちゃん」
玲奈をじっと見つめて話したのは自分の誤解を解く為だけではなく、単純にその姿を見ていたかったから。
だが思考が横道に逸れれば言動も付いて行ってしまうのは仕方の無い事だ。
「天使ちゃん??」
「うわっぷ!?……いや、何でも無いよ、僕が変な人じゃないと分かってくれたよね?
そこでだ、僕はこの一月半の間にパンドラのネットワークに侵入することを試みた。 その結果、繋がるはずの無いインターネットへの接続ポートを発見し、今現在の世界情勢を知る事となったんだよ」
パソコンを操作するとタブレットの画面が切り替わり、まるでプレゼンでもするように綺麗に纏められた資料が映し出された。
「それは検索サイトの一面に出ているものを纏めたやつだ。 もし疑うのなら本物のサイトと繋ぐけど、出来れば時間短縮の為に後にしてもらえると助かる」
5人が顔を寄せ合い見つめる先には、地球規模の放射能汚染、全世界の天候の悪化、不安定な世界情勢から来る第三次世界大戦の懸念、反政府デモに民衆の暴動、回復しない食糧問題など暗いニュースばかり。
「そして今、世界を震撼させているのはこの話題だよ」
《核兵器で滅菌された筈の新種のウイルス『SARS-CoV-3』が猛威を振るう!》
大きく見出されたその一文を読めば、自分達が何故パンドラに居るのかが思い出される。
鳴り響く気持ちの悪い警報音、報道官でさえ狂ってしまった前代未聞の終わりを告げる放送、一億三千万人の命を奪った振動。
「どういうこと?」
一つの国を犠牲にしてまで消滅させる事に固執したウイルスが今尚存在しており、世界を恐怖に叩き込んでいる。
自分達の家族を、友人知人の全てを奪っておきながら問題解決に至れなかった世界に憤りを覚えたのは思わず拳を握り締めた剛だけではなかった。
「それについては提出された報告書を鵜呑みにした馬鹿共に文句を言うんだね。
特異な人間はこの国……いや、ここにあった国以外の場所にも居たと言う事だと思うよ」
「昨日最後の三人がヴィルカントに移送されたことにより、Aパケッツは閉鎖となりました」
「うん、分かったよ」
百枚近い紙の束に目を通す院長八木。
それは執務室に訪れた黒縁眼鏡の看護師が渡したAパケッツに入所した人々の経過観察報告書。
週一度の健康診断の結果と合わせて体調、容体の変化が大雑把に書かれており、その全てに『死亡』の判子と日付が記されている。
「やはりSARS-CoV-3の感染者では耐えられないようだね」
「細胞を破壊しながら増殖するのがウイルスですからね、二種類のウイルスがそれぞれ違う場所で破壊活動が活性化すれば脆弱な人間の身体なんてすぐに異常をきたしますよ。
そんな事、私がわざわざ言う事でもないでしょう?」
「そうだな。 でも、SARS-CoV-3を上回る速度で進行したならば……」
「所長?例えそうなったとしてもです。
適応出来る人間だったとしても身体が内部から破壊されかけている状態では、訪れる『死』は免れられないのではないですか?」
「……その通りだな。
では散って行った人々の冥福を祈るとしよう」
「はぁ……二人だけですので上辺だけの言葉は省いてくださると助かります」
「失礼だな、菅野くん。 人類が前進する為の犠牲となった者の冥福を祈るくらいいつもしている事だよ?」
「わかりました、ではそういう事にしておきます。
それで、話は変わりますが、少しお願いがあります」
鮮やかな赤い髪の乙女が眠る大きな水槽は水色の培養液『フェイト』で満たされていた。
その液体の開発者である八木の研究パートナー菜々実によれば、細胞の成長を促進させる効果は通常の五倍。
しかし水槽に入った時は少女だったその身体はたった二ヵ月で胸も膨らみ、成熟した女性の身体となっている。
「益々美しくなるなぁ、アトロポス。
今すぐにでも君を犯したい衝動に駆られるのは、その身に宿す力の所為なのかい?」
水槽に手を突く八木は穏やかな顔をしてはいるが、抗う術のない全裸の乙女を、足の先から頭の天辺まで舐め回すようにゆっくりと見上げる。
「クククククッ……美しい、実に美しい。
君が目を覚ますのが待ちきれないよ」
パンドラの中心に位置する研究施設『イニーツィオ』
三本の大きな水槽を取り囲むように円形に配置された小さな水槽の列は、あたかもそれを守っているようにも見える。
フェイトの満たされたその中には最大で30㎝にまで成長を遂げた幾人もの胎児が丸まっており、母親に負担をかける事なく静かに成長を続けていた。
「それにしても、まさか美香までCパケに行きたいと言い出すとは……剛と言う人物はそれほどまでに良い男なのかい?」
誰も居ない室内では当然のように返事があるはずもなく、アトロポスと呼ばれた水槽の中の乙女に語りかけるように普通の音量で声を出す八木。
「私から見たら普通の男の子ですけどね」
部屋の奥から姿を現したのは一枚の布で作られたガウンタイプの病衣を纏う髪の長い女性。
下着代わりのシャツも着ていないようで、着崩した襟の合わせ目からはそれなりに豊かな膨らみが顔を覗かせていた。
「佳子さん。 ここには来ては行けないと伝えたはずですが……イケナイ人だ」
叱るでもないその声は普段と変わらず優しいモノ。
だが態度には出さないだけで研究成果との対話という至福の時間を邪魔されたその心には細波が立っていた。
「離れ離れになった愛娘の顔を見たいと思うのはイケナイ事ですか?
でも本音を言えば、先生がちっとも帰って来てくださらないから待ち侘びて迎えに来ただけなのですけどね」
八木に向かって歩いて来た佳子だったが、小さな水槽が乗る台座に半分だけ腰を掛けると、白い太腿を晒して男を誘う。
だが、その行動ですら八木の心を逆撫でする行為。
自分の聖域に許可なく踏み込み、あまつさえ、我が子のように大事な研究の成果を尻に敷かれた事を腹立たしく感じる。
「待てが出来ない悪い子にはお仕置きが必要ですね」
焦らすような足取りでゆっくり近くと、なんの前触れもなく女の秘部に指を捻じ込む。
「んはぁっっ!」
下着が食い込み、悲痛に顔を歪ませるのを想定していた。
だが、肝心の下着はそこに無く、濡れそぼるソコはヌルリとした感触と共に大した抵抗も無いままに指を飲み込んでいく。
「実娘を前にしてコレはなんですか? 卑しい雌犬だ」
それならばと蜜壺を激しく掻き回せば、あらぬ声と共に溢れ出る液体が太腿を伝う。
「はぁあぁぁぁぁああっ! 先生っ!先生、もっとぉぉぉっ! もっとして下さいっ、あああああんっ! もう我慢出来ないのっ、先生のを……先生のを私に下さい!!」
八木の首に抱き付き、思う存分声を響かせる佳子。
だがそれをする八木は楽しむどころか冷めた気持ちでおり、その心は水槽の中の赤髪の乙女へと向けられていた。
「親の威厳と言うものは無いのですか?
まぁ、良いでしょう。 丁度私もアトロポスに欲情していたところです。
彼女の代わりに母親である貴女で我慢するとしますか」
「先生ぇっ、先生、早くっ!」
(もしかしたら君の方が早く目覚めるのかな。 クックックッ、どんな成長を遂げるのかとても楽しみだよ……早く起きなよ、琴音ちゃん?)
八木の視線の先はアトロポスと呼ばれた乙女の眠る水槽の横。
培養液フェイトで満たされたもう一つの大水槽には、年の頃11、2歳くらいの赤髪の少女が眠りについていた。




