24.戦いの火蓋
ーー35日目
「ョシャッーーッ!!!!!! 俺天才!」
ピピピピピピピピッ
「チッ! 仕方がない。 お楽しみは後に取っておくか」
時刻は昼食時間の終わり間際。
ノルマとして課せられた食事も一月もすれば日課となり、ここに来る前からは考えられない規則正しい生活を送るようになっていた。
シュゥゥゥゥンッ
「嘘だろっ!? こういうのは剛の役回りじゃねぇか、クソッ!」
「克ちゃん、人生波乱が多い方が後で思い返すと楽しかったと思えるものよ?」
またしてもこの部屋に集まり、人生ゲームをしていた5人組。
その中にはもちろん玲奈の姿もあり玉城の心をほっこりさせたのだが、いつもの通りアイツが気分を台無しにしてくれる。
「水無さん、こんにちわ」
剛からしたら良かれと思い声をかけていた。
しかし現実は真逆で、挨拶をする事で仲良くなるどころか疎まれてしまっていた。
「やあっ」
「お邪魔してます」
「玉城んっ」
追い討ちをかけるのは金髪のボス猿。 柔らかな玲奈の美声で気分良く部屋を出れるかと思いきや、剛と同じく余韻を踏みにじってくれる。
「分かった分かった、水3お茶2だよね?」
「おおっ、分かってんじゃねぇか。 頼むわ」
振り向かず片手を上げて返事すると、そそくさと部屋を出て食堂へと向かった。
ノルマを達して部屋に戻ると、パシらされたご褒美として与えられた玲奈の笑顔をオカズに妄想の世界に浸りたいのは山々ではあったのだが、今日という日はそれより優先すべき事があった。
「クックックッ、ようやくだ。 こんなチンケな端末でよくやったと褒めてやりたいよ」
パンドラに閉じ込められてからというもの玉城が熱心にやっていたのは、Wi-Fiを通してパンドラのネットワークに侵入する事、つまり平たく言えば『ハッキング』だ。
家にある仕事用の機材とは違い、時間潰し用にと持ち歩いていたノートパソコンは処理能力に欠けるもので、ハッキングに必要なソフトも十全ではなかった。
「さぁ、世の中がどうなっているのか教えておくれ」
足りないソフトを作り直し、パンドラの環境に合わせて改良を繰り返した。
その成果が現れ侵入の形跡を残す事無くWi-Fiに接続する事が可能になれば、剛達の持つ個人のスマホを覗く事くらいワケはなかった。
だが、玉城が目指したのはそんな事をする為の自己満足ハッキングではない。
パンドラの秘密を暴くべく、第一段階としてネットワークの拡がりを辿って行けば、地上施設の消滅と共に破壊された筈の海外へと繋がるポータルを発見したのだ。
インターネットとは、至る所に張り巡らされた光ケーブルを通して繋がるコンピュータ同士で情報のやり取りをする物。
だが、先の核攻撃によりその全てが破壊されてしまっていた。
大小の島から成る玉城の居た国と海外のコンピュータとを繋ぐのには海の中を這う海底ケーブルが使用されていたのだが、どうやらこのパンドラは地上を経由しない独自のケーブルがあるらしく、ネットワーク孤立の難を逃れていたらしい。
「来いっ!!!」
気合と共に押し込まれたエンターキー、それは久方ぶりのインターネットへの侵入の合図。
「っしゃ!来たっっ!!!」
パソコンと接続されたモバイル端末に現れた “接続されてません” 以外の画面は玉城の歓喜を誘うものであり、ガラにもなく両手を上げて喜びを表現してしまったのは玉城の努力量からすれば当然だろう。
だが……
「は?……嘘……だろ?」
一面に表示されるのは何処ぞの有名人のゴシップやら、スポーツの速報、政治家の批判など下らないものばかりなのだろうと思っていた。
しかし現実は、そんな平和的日常の面影など一切無い。
核兵器の大量投下による世界的天候の悪化、放射能による甚大なる海洋汚染。
目的の一つであった核兵器根絶の約束が反故され国家間の緊張が高まる中、第二のパンデミック阻止の為とはいえあまりにも酷い非人道的な対応に警鐘を鳴らし各国で毎日のように起こる反政府デモ。
パンデミック不況に煽りを受けた者達の不平と不満はそれと重なりデモは暴動へと発展し、多くの国が崩壊しかけていた。
そんな中、画面の半分以上を占め一際目立っているのが、1億人以上の犠牲を払い核兵器の超高熱を利用して滅菌された筈の新種のウイルス『SARS-CoV-3』の検知報告だった。
「ど、どういう事なんだよ……」
慌てて片っ端から記事を読み漁れば、世界中至る所で発見の報告が上がっている。
感染者はまだ少ないものの、感染源、感染経路は不明なものばかりで、研究も始まってまだ間も無い。
半年前のパンデミック発令時の『SARS-CoV-2』より感染力は弱いとされるが、自覚症状無しで長期間潜伏する為に感染者の特定が難しく、それに加えて致死率が異常に高いことで世界に緊張が高まっているらしい。
前回猛威を奮ったウイルスの進化したモノだとは分かっているものの、同じウイルス薬は効果をなさないようだ。
さらに玉城の目を惹くのは男性の致死率、感染の確認された男性は一月以内に全てが死亡しているというから気が気ではない。
「人の居ないジャングルの奥地で天使ちゃんと二人で暮らす……か?」
それは例えパンドラから逃げ出し上手く海外に辿り着いたとしても、地球そのものが安全ではない可能性があるという事に他ならない。
「馬鹿な……そんなのは映画の世界だ。 僕は文明の力がなければ暮らせない身体だぞ?」
文明とはありとあらゆるモノを便利にする素晴らしき物だ。
だがその一方でソレが当たり前になればなるほど、ソレ無しの生活が出来なくなって行く。
『退職後は自然に囲まれて田舎暮らし』
都会で何不自由無い生活を送って来た人に限ってそういった希望を持つ者が多いらしいが、いざ実践してみればその大変さが身に染みて分かり都会に逃げ帰るというのは笑えない失敗談だ。
またテレビ企画で無人島生活のような番組もあったが、結局のところ完全に一からの生活ではない上に、せいぜい3日というお試し程度の短期間。
更にその短期間耐えられれば帰れるという希望があるから頑張れるだけで、そのままそこで一生生きて行けと言われたら適応出来る者など居なかった事だろう。
「どうする……どうすりゃいいんだ?」
ここに居ても殺されるかも知れない。
外に逃げてもウイルスで死ぬかも知れない。
焦る思いは思考力を低下させ、悪い想像だけが後から後から湧いてくる。
だが……
「そ、そうだ! まだこの施設の秘密を暴いてはいない!
もしかしたらココの奴等が逃げ出す手段を用意しているのかも知れない……いや、そうだ、そうに決まってる!」
パンドラという巨大核シェルターはまるで映画に出てくる実験場そのものだ。
そう結論付けた事を思い出すと、見失っていた当初の目的も蘇る。
そして映画の秘密結社ならば悪の組織は必ず脱出手段を用意しているだろうと思い至り、玉城の心に火を付けた。
「ぅっしゃ! やる気出てきたぞ!! 待ってろ、天使ちゃんっ! この僕が必ず助けてあげるからねっ。
その時はもちろん……グフフフフッ」
既にズレかけている目的も向かう先は同じ方向を向いている。
彼の願いが叶うかどうかは今のところ分からないが、パンドラ脱出に向けた戦いの火蓋は静かに落とされたのだった。




