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パンデミック  作者: 桜桃なる猫
第二章 隠された裏側
23/59

23.心の拠り所

「剛きゅん、性格わる〜〜いっ」



 扇状に持つトランプで鼻まで隠し、細めた目からは冷ややかな視線を向ける秞子ゆうこ


「ちょっ……人聞きの悪い事言わないでよっ! 性格の問題じゃなくてこれは戦略でしょ?

 だいたいさぁ、ゆうこりんだってココとココ止めてるじゃん? お互い様じゃないのさっ」


 人の疎らな食堂のテーブルを使い “七並べ” に興じていたまでは良かったが、終盤に差し掛かった所でお互いに手が詰まりかけていた。



「はい……これで出せるでしょう?……剛の番……だよ」


「あ、ありがとうございます」



 もう一人の参加者は、銀に近い水色の短い髪が特徴的な杉浦野乃伽(ののか)


 目立つ髪色でありながらゆったりとした落ち着いた性格。

 一斉を風靡した某人気アニメのキャラクターのような容姿の上に、演じているとも取れる物静かで儚げな喋り方はCパケッツでも密かな人気を集めている。



「野乃伽ぁ、エコひいきはズルイぞぉ?

媚を売るなら上司である我に売るのが常識であろう?」



 剛に向けられていた視線がそのまま野乃伽へと移るが、感情を表に出さない彼女は動じる素振りを見せない。



「常識なんて……要らない。 必要なのは……やりたいと思う自分の……心。 それに……今更秞子に媚を売っても何も変わらない。

 だったら……剛と仲良くなるのに……役に立って?」



 剛を見つめる野乃伽の虹彩こうさいは欧米人のように綺麗な水色。


 カラーコンタクトでも入れているのだろうが、茶色が殆どである剛達の国においてその色は違和感を覚えるモノで、そこはアニメのように赤色ではないのだなと物思いに耽りながらも眺めていた。


「剛きゅん……剛きゅんっ?」

「え? あぁ、ごめん。 何だった?」


 実物大フィギュアのような彼女と見つめ合っていれば、冷たい視線を放つ秞子の眉間に皺が寄っていた。


 普通なら「機嫌をそこねた!?」と焦りまくるところだが、その性格が仇となり雑に扱われがちな彼女。

 コミュ力の無い剛も例に漏れず軽く謝る程度で済ましてしまうのはかなり重症だと言えよう。


 そこでへこたれないのが余計に駄目だと分かりながらも26年という歳月で培われてきたモノはおいそれとは変わらない。



「何だって何よぉっ。 人を除け者にして二人で見つめ合っちゃって……まるで恋人同士みたいじゃないのさっ!

 早くっ、剛きゅんの番! 早く!!」



 怒り心頭の秞子へ手を伸ばすとぷにぷにとした柔らかな頬を軽く摘み、その感触を存分に楽しむ。


 普段の剛からしたら家族でもない女性の頬に自ら触れるなどあり得ない行動。

 しかしそれすら凌駕させる秞子の持つ雰囲気は、剛の心を一般化させる程の万人から愛される特技を持っていた。



「たへるきゅんのはんっ!」



 そんな事では誤魔化されないと睨みを利かせる秞子だったが、その視線が不意に剛の頭の上へと逸れる。


 その直後……



「うわわわわわわわっ!! 何っ!?」



 背後からの不意打ちに慌てふためくが、首へと回された両手が逃げるのを許さず背中に誰かが密着して来る。


 押し付けられた柔らかな頬に緊張して「助けてくれ!」と固まるくせに、フワリと漂ってくる柑橘系の爽やかな香りが鼻を刺激すれば「良い匂い」とそのままでいたい心境になる矛盾ぷり。


 それでも絡められた両手を振り解こうと自分の手をかけはしたが、剛にしては冷静に物事が捉えられていた。


 抱き付いたまま動かなくなった事に違和感を覚え横目で確認すれば、その人物は直感の通り。

 今までの彼女からすれば多少なりとも剛のペースに合わせてくれており、こんな事をするような人ではない事ぐらいは理解していた。



「え、絵里さん? な、な、なな、何かあったんです、か?」



 返事も無ければ動きすら無く、生まれて初めて女性に抱き付かれるという刺激的な触れ合いが嬉しい反面、向こうから来ているにも関わらず触れてはいけない衝動に駆られて早く逃げ出したい気持ちでいっぱいになっていた。


 正面の秞子に視線で助けを求めても仕方の無い子を見るように呆れて溜息を吐く始末。

 隣の野乃伽はといえば、無表情のまま水色の目がじっと見つめていただけだった。



「あ、あの……絵里……」



「剛くん、充電完了っ!」



 抱き付いたままで少しだけ顔を離した絵里は満足そうに剛を見つめる。


 その顔に「へ?」と間抜けな声を漏らして呆気に取られてしまったが、頭が回転を再開すればすぐ間近に女性がいる事に恥ずかしさが込み上げてくる。



(あれ?)



 不思議なのは剛の心境。


 絵里の顔を確認した今、自分に抱きつくのが彼女だというのは間違いない。


 今まで間隔を開けずに座られただけで逃げ出したくなっていた。

 しかし今もその気持ちがあるにはあるのだが、それと同時に抱き付かれて嬉しく思う自分もいたのだ。



「剛くん、キスしていい?」



 拒絶とも取れるほどに距離を置こうとするいつもの剛と違い、緊張した面持ちながらも嫌がっていない事を敏感に察知したのは絵里の中での剛の存在が大きくなりつつあるからかもしれない。



「うそうそうそうそっ! じょっ、冗談ですよね!?」



 「今なら行けるカモ!」と踏み込んだのだが、嫌そうな表情はしなかったものの、残念ながら顔を遠ざけようと身を捩る姿に溜息を吐きたくなる。


「そんなに嫌がられると、き〜ず〜つ〜くぅっ」


 ならばとキスは諦めたものの、せっかくこれほどまでに接近した触れ合いの機会。

 どんな反応を示してくれるのかと好奇心も後押ししてゆっくりと顔を近付けて行ったのだが、邪魔者に頭を鷲掴みにされ止められてしまう。



「あたたたたたたたたたたっ」



「強姦は……だめ」


 剛の隣、野乃伽の座っていた椅子へと座らされた絵里は、唇を尖らせ不満を訴える。



「もぅっ、邪魔して! 良いところだったのに……あら?」



 その野乃伽が今度は自分の番だと剛の座る椅子の背後に立ち、背もたれに手をかけ抱き付こうとした時だ。


「お楽しみのところ……ゴホゴホッ……すみません。

貴女達看護師に言えばマスクを貰えると聞いたのですが、本当ですか? 昨日の夜から咳が酷くなりまして、あれば薬も貰いたいのですが……」


 遠慮がちにながらも野乃伽を足止めするように40代半ばの男性が声をかけて来た。


「症状は咳だけ? 身体が怠かったり熱があったりはしませんか?」


「熱っぽい感じはしませんが、怠さは感じます……ゴホゴホッ」


 喋るとせてしまうのか、眉間に皺を寄せながらも手を当てて顔を背け、周りに配慮しながら咳をしている。


「最近……風邪を訴える人……増えた。

マスクも薬も……ある……ついて来て」


 立っていた野乃伽が歩き出せば、言われた通り後に付いていく男性。



「風邪が流行ってるの?」


「まだ流行ってるってほどじゃないけど、体調崩す人が出始めてるわね。 剛くんも十分気を付けてね。

 まぁ〜もっともぉ、剛くんが倒れたら私が付きっきりで看病してあげるから安心して風邪をひいて良いわよ?」


 そんな事を言われればすぐに妄想が膨らむのが剛という人間。

 ベッドで寝ている剛の傍ら、天使のように微笑む絵里がスプーンを近付け「あ〜〜んして?」などと言って介護してくれる様子が思い浮かんでしまう。


「そうそう。 身体拭いたり、下の世話したり、ぜ〜んぶ私達にお任せあれ。

 だから遠慮なく風邪ひいていいよっ、剛きゅん」


 尿瓶を片手に不気味に笑う秞子が現れれば、甘い妄想など立ち所に消え去りげんなりしてしまう。

 そこが秞子が女として受け入れてもらえない染み付いたイメージの部分なのだが、もう今更どうにもしようがない。


 秞子の玩具にされるような看病は敵わないと、体調管理には気を付けようと心に決めた剛なのであった。






 ルーエの一角にある診療所と書かれた扉を開けると、左の壁際にはパソコンの置かれた机。

 その横には回転する丸椅子と背もたれ付きの黒い椅子とが置いてある。


 あたかも病院の診察室のようではあるが、右側にはカーテンに仕切られた4台のベッドが用意されており、雰囲気的には学校の保健室のようであった。



「コレ……飲んで。 あと、体温も……測って」



 コップの水と共に渡された2種類の薬。


 一つは風邪薬、一つは栄養剤との説明だった。


 奥の部屋に入った彼女が戻るまでに薬を飲んで体温計を脇に挟めば ヒヤリ とした冷たさが心地よく、熱があるのだろうと認識してしまう。



「見せて」



 男の正面に座った野乃伽は体温計を受け取ると、その数値を見るなりおもむろに椅子を寄せて近付き、首筋に両手を這わせて顎の下辺りを軽く押していた。


 看護師なのにそんな事までするのかと思いつつもされるがままの男。


「広瀬さん……で、合って……る?」

「え? あ、はい。 合ってます」


 パソコンを操作し始めれば《広瀬成海ひろせなるみ》と題目された身長体重等のデータ一覧が画面に表示され、そこに先ほど測った体温37.3と自覚症状が書き加えられた。


「さっきの薬……すぐに効く。 だから……一時間ほどココで……休んで?」





 カーテンで仕切られただけの個室ではあったがベッドの寝心地はかなり良く、薬のせいもあってか、少し横になっただけで寝入ってしまいそうであった。


 眠りの世界の入り口に立った辺りで違和感を感じて引き返して来れば、額に当てられる手の感触がする。



(ああ、看護師さんか……)



 安心を得て再び落ちて行く意識ではあったが、ベッドの沈み込む感覚に急速に浮上する成海の意識。

 さすがに看過出来ずに眠い目を開けて見れば、四つん這いになり直ぐ間近で覗き込む水色の目。



「えっ? なっ、なんですか!?」


 

 慌てて身を起こそうとするが、それより前に額に当てられた手がそれを阻止して起き上がること叶わず。



「私は看護師……ココに居る人の身体と……心をケアするのが……仕事」


「ケアって……さっき薬を貰ったので、風邪なんて寝てれば治りますよっ」



 こんな密室、しかもベッドの上で見た目にも可愛いコスプレイヤーに迫られては羽目を外してしまうと慌てて押し退けようと肩に手を掛けるものの、そこに柔らかな彼女の手が重ねられ年甲斐にもなく ドキッ としてしまった。



「私は好みでは……ない?」



 人形のように綺麗な顔を崩さないまま、抑揚の無いくせに儚げな声が告げる言葉の意味を正しく理解するものの、誠実に生きてきた成海の理性は本能を押さえ付ける。



「いや、そうではないんだ。 ちょっと待て、落ち着こう」


「何か……問題?」



 素直に待つ野乃伽はそれ以上何もしてくる気配は無く、水色の綺麗な髪を垂らして成海を見つめるのみ。


 その水色の目に、小さく可愛い唇に、色の白いうなじに目が行けば、流されそうになっている自分に気が付き慌ててブレーキをかける。



「わ、私には妻も子供もいるんだ。 君みたいな若くて可愛い娘さんが……」


「でも居なくなって……しまった……でしょう?」



 理解はしていた。


 しかし、考えれば泣き崩れてしまい立ち直れそうになかった。


 最愛の妻を、子供を、全てを失った現実。


 その心の傷を抉るような言葉のナイフは成海に痛みを与えるものだった。



「君に何が分かるって言うんだ?」



 苛立ちを言葉に載せて吐き出すも、そんなものでは野乃伽は揺らがない。

 寧ろ待っていたかのように肩に置かれた成海の手を掴むとそのまま滑らせ、彼女の胸へと誘導されてしまう。



「!?」



「何も分からない……でも、私も多くの仲間……失った。 だから、失う事の辛さ……知ってる。


 心の痛みは時間しか……癒せない……けど……目を逸させること……は可能」



 自分と同じく彼女も大切な人を失っている。

それは考えるまでもなく、ここにいる者全員に当て嵌まる現実だった。



『仲間』



 親近感を得て解かれていく警戒心、それに伴い建前の自分を支える理性が揺らぎ始めれば、欲望という動物としての本能が顔を出してくる。


 手に伝わる決して膨よかではない感触、だがそれは彼女が女性なのだと知らしめる確かな感触。



「身体の傷……より、心の傷の方が……重症。 でも心の傷は……私には癒せない。

 それでも私は……看護師……だもの。 患者のケアが……仕事」



 何も言わない成海にゆっくり近付く野乃伽の顔。


 か弱き女に争う力はあれど、見ないフリをしてきた心の傷が痛みを訴え涙を流させるような身体にはそんな指令は下されない。



「痛い事……辛い事……楽しい事で塗り替えれば……少しは楽に……なれる。


 その為に今は……楽しいひとときを……私にも……頂戴」



 痛みの海で溺れそうな成海は、救いの手を差し伸べてくれた野乃伽の唇を……受け入れた。














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