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パンデミック  作者: 桜桃なる猫
第二章 隠された裏側
22/59

22.立ち入り禁止区域

 立ち上がったまま、玉城の消えて行った扉を見て何かを考え込んでいた剛。



「剛くん?」



 失敗を恥じて頬を掻きながら座ると、興味深げな千鶴の視線が説明を待っていた。


「いや、ほら前に峰崎さんが言ってたじゃない? 水無さんがハッカーかもって話し。

 僕のやってたPCゲームでも似たような噂を聞いたことがあってさ、もしかしてと思って聞いてみたんだけど違ったみたいだね」


「そうかしら? あの反応からすると剛くんのカンは当たってた。 けど知られたくないから答えなかった、そんな感じに見えたわよ?」


 眼鏡のフレームを指で摘んで掛け直す仕草がなんだかとても賢い人に見えてしまう。


「どーでもいいけどよ、お前その呼び方なんとかならねぇのか?

 千鶴だろ? ちーずーるっ、ほれ、言ってみ?」



「えっ!?」



 いきなりの呼び方改善要求に唖然とするが、当の克之はこれっぽっちもふざけてなどいない。

 顎をシャクり早くしろと言わんばかりの眼差しを向けられれば克之の呼び名の時もこんなやりとりをした気がするなぁと思い出される。


「ち、ち、ち、千鶴……さん?」



「かぁああぁぁっ! おめぇらダチなんだろ? なんでそんな余所余所しいんだよっ!」



 決して嫌煙してるから名前で呼ばないのではなく、逆に克之の彼女だから一定の距離を取ろうとしているだけ。


 もっとも女性の名前を呼び捨てにするなど恥ずかしいと言うのが先立つのだが、両手で頭を掻きむしる克之には剛の苦悩は分からない。


「呼び方を決めても良いのなら、君は私の事を『咲お姉さま』と呼びなさい?」



「あぁっ!? なんでだよっ!!」



 満面の笑みで口元を歪めた咲はとても楽しげで明らかに何か企みが有るように見える。


 それとは対象的に苛立ち、眉間に皺を寄せた克之は今にも食いつかんとばかりの姿勢を見せるものの、隣に座る千鶴がさりげなく手綱を握っており、その様子に咲も玲奈もほっこりしてしまう。


「なんでって、そんなの決まってるじゃない? 私の方が目上だからよ」



「てめぇ、大概にしねぇとマジ犯すぞっ」



 狙い通りに魚がかかり口角が上がりかける。

しかし克之はただの餌、本当の狙いは他におり、彼という魚を餌にこれから釣り上げるところなのだ。


「まぁっ、怖い怖い。 でもそんな事になったら()()私の王子様が助けてくれるわ、ねぇ?」



「王子様だぁ?」



 咲の意味深な視線に合わせて全員の注目を集めた剛だったが、肝心の本人は何を言われているのか分かっておらず一斉に見られた事に焦るのみ。



「悪漢からお姫様を守った勇者のお話ですよね?」


「そう、あれはある夜の事だった……闇夜を彷徨うお姫様はあまりにも眩しく、卑しい輩に目を付けられてしまうのは仕方がない。

 「嫌っ!離してっ」か弱い姫の腕を捕らえた悪者、あわや食べられてしまうかと思われたその時っ、颯爽と現れた……」



「わーーっ! わーーっ! わーーっ!!」



 咲が語り出したのは安藤啓介から助けた時の事。


 まさか暴露されるなどとは露ほども思っておらず、それを理解するなり急に恥ずかしさが込み上げてくる。


 机に手を突いて身を乗り出すと手を振り回し咲の気を逸らそうとするが、それは予め仕掛けられた罠。



「どうかしたの?王子様」



 対面するソファーの間に在るテーブルの横、部屋から持ち出した折り畳み椅子から身を乗り出そうとも、玲奈の奥に座る咲が身を離せば必死さはあれど強引さのない剛の手など届くはずもなく、自分が王子様だとアピールするだけに終わってしまう。


「なんだよ、女の為に喧嘩が出来る男だったのか? ネクラの癖にやるじゃねぇかっ」


 録な説明もされないままに物事を正しく理解した克之は、剛の意外な一面に感心してさっきまでの怒りなど飛んで行ってしまった。


 人に誇れる事であってもわざわざ話すべき事ではないと判断し言わずにいたのだが、知られたくない秘密を知られたような錯覚に陥り愕然として両手を机に突く。



「私がピンチの時も助けに来てよねっ、王子様?」



 肩を叩かれ向いた先、玲奈の微笑みは打ちひしがれる剛の心を癒す優しい天使のようにも見えたのだった。







ーー29日目

 五つのパケッツに囲まれたパンドラの中心にある区画ヴィルカント、その中でも中心部に程近い場所は院長である八木を含めてごく僅かな者しか立ち入りを許されていない。


 水色の液体の満たされた直径50㎝の円柱には一見すると何も入っていないように見える。

 だが、それを見つめる八木の顔は満足そうにしていた。



「いくら優秀な先生でも見ているだけでは何も変わりませんよ」



 灯りのそれほど多く無い薄暗い一室で手を後ろに組み、動かないまま既に30分。

 それを見ている方としてはいくら他事をしていたとて気になって仕方がない。



「村松君、結果が出るのはいつだったかな?」



 人にモノを問うたとて視線はそのままにこちらを向く素振りもない。


 確かにそれは一月ひとつきもの間、八木が待ちわびた成果の第一号。 愛しい我が子が誕生したように目を離したくない気持ちは分からなくはない。

 しかし、そこは人と人とのコミュニケーションの場、相手の顔を見ないのは失礼と言うものだ。


 長い後ろ髪の全てを使い緩く編まれた三つ編み、左肩から回され胸へと垂れる毛先を指に絡めて弄びながら大きな溜息を漏らすと、掛けていた眼鏡を机に置き椅子から立ち上がる。


「私特製の培養液は細胞の成長を促進させる効果があります。 それでも通常の五倍が限界、遺伝子を傷付け奇形となる可能性が高まるのでそれ以上は無理ですよ。

 つまり何事もなく無事に育てば二ヶ月経ってようやく3,000g、先生の言う結果が分かるのはもう少し先の話し()()?」


 そのまま八木の背後にまわり、背中に顔を預けて両手で抱きしめるよう腹で絡める……が、そこまでしても言葉は返すが水槽からは目を離そうとしない八木。


「待つ事がこんなに大変だとは知らなかったよ。

それにしてもだな、村松君。 また少し地が出ているよ? 方言、治すんじゃなかったのかい?」


 地方出身の彼女《松村 菜々実(ななみ)》は久城崎くしろざき大学医学部生命科学科を首席で卒業し、その後、大学院生として研究室に残っていた。


「先生こそお忘れなんじゃないですか? 二人の時は菜々実って呼んでくださる約束だったのにぃ……私が拗ねてコレを放棄したら先生の研究の未来なんてないんですよ?」


 彼女の研究は人間の成長と進化について。 八木の見つめる円柱型の水槽を満たす水色の液体『フェイト』も彼女の研究によって生まれたモノだった。



 それと分かるよう小さな溜息を吐くと、ゆっくり身を離して水槽に手を着け覗き込む。


 水色の綺麗な液体を漂うのは知っていないと見落としそうなほどに小さな物質。

 細かな毛の生えた直径1㎜ほどの球体は、黄色いナース服に身を包むパンドラの看護師と避難して来た誰かとの間に誕生した生命の結晶だ。



「今、この時を愉しむ君が、今更この子を放棄して何処かに逃げ出すなどある筈が無いだろう?

 君は私と同じ “研究” と言う悪魔に魅入られた愚かしい生き物だよ」


「あら、じゃあ私と先生はお揃いだって事ですよね? お似合いカップルみたいでなんだか嬉しくなっちゃいますね」



 半歩前に出て菜々実と並び、その腰に手を回したのは、万が一にでも逃げられないようにとの八木の恐怖の現れ。

 それを正しく理解すれば必要としてもらえていることに嬉しく思う反面、自分が居ないと満足に研究も出来ない状態の師に情けなさも感じていた。



「先生の見つけたウイルスの培養は進んでいるのですか?」



 発熱や咳など一般的な風邪の症状が多かった世界中を震撼させたウイルスは、抵抗力の衰えた者や身体に疾患を抱える弱者を狙い撃ち、強い倦怠感や息苦しさを与えて更に弱らせ多くの人々を死に至らしめた。


 当然のように八木の指揮する大学病院にも入院患者が溢れ返り、院長である八木も現場に立たなければならないほど切迫した状況に陥った。


 しかし、十分なテストもされないままに使われるようになった異例の抗ウイルス薬の登場により事態は終息の兆しを見せたのだが、そんな折に見つけた進化したと思わしき新しいウイルス。


「どうだろう。 待つだけの退屈な日々もそろそろ一ヶ月経つ、撒いた種が芽吹くのもそう遠くはない筈だが、まだポツポツとしか報告が来てないね」



 シュゥゥゥゥンッ



「院長、あっ!……す、すみません。出直します、はい」


 水槽から放たれる淡い光に照らされた寄り添う男女。

 暗い部屋に二人きり、まるで何処かのバーにでも居るような良い雰囲気を邪魔すれば気不味くなってしまうのも無理はない。


可愛かわい君、変な気を遣わなくていいよ。 それより、何か問題でも?」


 部屋に入るなり戻りかけた足を止めた黒髪の女は、三つ編みにされたおさげを真横に振って向き直ると、軍人のように踵を打ち鳴らし姿勢を正す。


「はい、取り急ぎ問題と言うわけではありませんが、兼ねてから体調不良を訴えAパケッツの診療所にて経過観察されていた四人の容体が悪化し、ヴィルカントに移送されて来たのでお耳に入れておこうと参上しました、はい」


未来みく、その人達の症状と性別割合は?」


「はい、男3女1です。 38度の熱が続いていた為に隔離しておりましたが、咳が酷くなり呼吸困難をきたす様になった為に先程中央へ移送しました、はい」


 押し黙り、暫し何かを考えた菜々実は白衣のポケットに両手を入れると チラリ と八木の顔色を伺う。


「私が行くわ、部屋に案内して頂戴」


 小さな頷きで同意を得ると未来に向かい歩き始める。



「はっ!」



 すかさず一歩横にズレて扉までの道を譲ると、長い白衣の裾を靡かせ堂々とした態度で歩く菜々実の後に続いて部屋を出て行ってしまった。





「何かご用でしたか?」


 ようやく一人の時間を愉しめると水槽に向かうと、それを待っていたかのように邪魔をする女性の声。


 その声にまで性格が現れているかの様に角の無い優しい声は、聞く者を魅了する八木も好きな声であった。


「いや、用という程の物ではないんだけどね、たまには顔を合わせておこうかと思ったんだよ」


「じゃあ目的は達成されましたよね? 帰ります」


 話があるのは目に見えていたが人には気分という物があり、この時の絵里は、思うように距離の縮まらない剛との貴重な時間を愉しんでいた所を邪魔され機嫌が悪かった。


 しかもその理由が単に「顔が見たかった」などと言われれば余計に腹立たしくもなる。



「六條くんはまだ誰とも契りを交わしていないと報告を受けているが、本当かい?」

 

「そっちの任務は任意で構わないと仰ってませんでしたか? 私には私なりのペースがあります、今この時を楽むのは禁止されていない筈ですが?」


「その通りだ、今という瞬間は二度と来ることはない。 君は君の思う通り、後悔せぬよう今という時を精一杯生きると良い」


 「言われなくても」と苛立ちを隠そうともせず、不機嫌な顔のまま踵を返すとチップリーダーに手をかざす。



「絵里」



 気を惹くためとは分かりつつもわざわざ呼ばれた名前に無視も出来ず、扉を開けたままで立ち止まったが振り返る事はしたくなかった。


「君と違い、もうすぐ命の灯の消え行く者に入れ込み過ぎると、後で後悔する事になるかも知れないよ」


 分かりやすい反応を示すことはなかった……が、言葉の終わりを悟って閉められた扉を見ていればキチンと伝わったのは明らかだ。



「適合値が最上位の君の受精卵、楽しみにしていたんだが…………優秀が故により優秀な遺伝子を求める、それは生物としての本能なのかな?」



 一人きりになった室内で再び水槽へと向き直ると、何かの想像に至って口角が吊り上がり怪しく歪んでいる。


 それは院長として人の前に立つ思慮深くも優しい八木の顔ではなく、内に秘めた闇を曝け出した八代政彦の本当の顔であった。



「今までの判例からすれば、SARS()-Co()V-3.()1に感染した男性は3ヶ月以内に100%の死が訪れる。

 女性にしか心を開かない我儘なウイルスだが、君はそれを手懐けることが出来るのかね……神宮寺……剛くん?」



 その水槽の更に奥、語りかける様に視線を移した先には、何処からでも良く見えるよう一段高い場所に設置された直径1m、高さ2mの大きな水槽。


 小さい物と同じく水色の液体が満たされたその中には、身動ぎしない少女が一糸纏わぬ姿で浮かんでいた。












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