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パンデミック  作者: 桜桃なる猫
第二章 隠された裏側
21/59

21.内包する秘密

「何か……うるっさいなぁ。 ああ、昼ご飯……また脅される前に食い気は見せておかないと」


 自宅で使っていた専用の椅子とは違い、折り畳みなどという簡易的な椅子に長時間座るのは姿勢も悪くなる上に肩が凝る。

 ましてやノートパソコンなどという画面の小さな物に集中し続ければ尚更というもの。



「ふっ!…………あぁ〜〜っ」



 作業を一区切り付け身体を伸ばせば ゴキゴキ とおかしな音が其処彼処から聞こえるが、その割には凝り固まった身体に血液が回る感じがしてとても気持ちが良い。



シュゥゥゥゥンッ



「剛くんっ! あはははははははははっ、剛くん、あはははははっ」

「咲さん笑い過ぎですよ……あら?」


 飯を食う場所、食堂に行く為には、ここ、グループルームを通らなければならないのだが……



(低脳のクソ虫共が、うるせぇなぁ……うぉっ!!!!)



 机に人生ゲームなどを広げる同じグループの男二人と、何度か目にした黒髪の美少女。

 だが玉城の目を釘付けにしたのは初めて目にする茶髪ポニーテールの女性だった。


 優しさが滲み出る丸くて大きな目。 小さな顔の両側にはこれまた小さな耳が添えられており、そこからうなじにかけてのラインが堪らなく魅力的に見える。


 細すぎず、程良くふっくらとした頬は、きっとマシュマロのように柔らかい事だろう。 そして極め付けは小さな桃色の唇。


 その隣に座る金髪の超美人も魅力的ではあったのだが、彼の趣味のど真ん中を行く玲奈には勝てなかったようだ。



(やべぇ……ちょう、チョウ、超、可愛い)



 自室を出た所で立ち止まった玉城を見ればにっこり微笑んで頭を下げる姿に心を射抜かれ、たったそれだけで天にも昇る勢い。


 だが、間の悪い奴も世の中には居るもので、その余韻を打ち消す男の声が耳に入れば一瞬にして気分は最悪の物と変わり果てた。


「あ、あの……こ、こんにちわっ!」


 天使にしか見えない魅惑の女をもっと見ていたい衝動に駆られはしたが、気分を台無しにしてくれた男も一緒となれば後ろ髪惹かれる思いながらもここを立ち去りやるべき事をやる選択する。


  声を掛けてきたくせに何故かビビった様子のおかしな男などアウトオブか眼中、つまり無視だ。


 しかし、足早にグループルームの出口へと向かったのだが……



「おい、玉城たまきん!」



 学生時代でもそう呼ぶ奴等は沢山いた。


 そんな奴等は不要だと全て無視していればいつの間にか周りには誰も寄り付かなくなり、学校では天涯孤独に陥っていたのだが家に帰ってゲームの世界に入れば玉城を慕う者など大勢いたので何も怖く無かった。



「おいっ! 無視してんじゃねぇよ。 返事ぐらいしやがれ!」



「ちょっと、克ちゃん……言い方」


 隣に座る千鶴が眉を潜めて注意を促す様子に、あの女も天使ちゃんとは違う意味で美味しそうだと横目でチェックを入れておく。


玉城たまきん、飯食いに行くんだろ? ついでに水を五つ持って来てくれや」


「あっ、私お茶がいいな」

「私もお茶がいいです、お願いしま〜すっ」


 咲が手を上げ己の主張を述べれば、玉城が “天使” と名付けた玲奈もペコリと可愛く頭を下げてくる。



(かっわいい!! 君の為ならなんでもしてあげるよ……クククッ)



 背を向けたまま「分かった」の合図として片手を上げれば、玉城なりにカッコいい去り際の演出は完了する。





「天使ちゃん、御所望のお茶はこの僕が持ってきてあげたよ」


 キラキラと光が溢れる王子様プリンススマイルの玉城がお茶のペットボトルを指で摘みさり気なく渡せば、それを両手で丁寧に受け取った玲奈が目を輝かせる。


「私の為に……ありがとうございます!」

「君が喜ぶのならこれくらい、なんて事ないさっ」

「まぁ、玉城様……素敵っ!」


 そのまま玉城に見惚れ続ける玲奈の両の肩に手を置くと、恥じらうように俯いてしまう。


「天使ちゃん、君の笑顔をもっと見せておくれ。 僕の為に、僕にしか見せない顔をもっと沢山見たいんだ」



「玉城様……」



 潤んだ瞳を向ける玲奈へと顔を近付けるが嫌がる素振りなどあろうはずもない。

 小さくも柔らかな魅惑の唇に自分のを重ねると、甘酸っぱい癖になりそうな香りが鼻を刺激する。


「天使ちゃん……いいね?」

「はい、玉城様になら……何をされても構いません」


 横たわる彼女に覆いかぶさり、茶色の髪をそっと撫でて同意を求めれば、目を逸らしながら頬を赤らめる様子に玉城のボルテージは最高潮に達する……





 グループルームを出て食堂へと歩き始めた玉城、頭の中は妄想の世界へと旅立っていたた。

 剛以上の妄想癖、最早趣味としか言えないその思考は、現実では決して味わう事が出来ない至福の時を堪能……する筈だった。


 しかし彼の住む世界はパンドラの中、当然彼の望まない登場人物も出てくるのだ。



「おいっ、お主、聞いておるのか? お〜〜いっ!!」



「うわぁぁぁっ!? びっっくりしたなぁ、もぉっ」


「びっくりとか知らんがね! 人を無視するのも大概にしておかぬと、体調不良者として保健室に連行するぞ?」


 両手を腰に不機嫌さをアピールするのは、他でもないパンドラの看護師である秞子。


 厳重注意をした要注意人物である上に今日はまだ食事をしていない玉城を見つけたので話しかけたのだが、電池の無いスマホのようにうんともすんとも反応がなかったのだ。


「い、い、今食堂に行く所なんだ。 ちゃんとご飯食べるから朝食は見逃して?ねっ?」


「お主、昨日も朝食を抜いておろう。 まぁ、一回や二回なら良いが、それが毎日続くようなら我も黙っている訳にはいかぬぞ?

 明日からはキチンと朝食も取るように!」



「ははぁぁっっ、仰せのままに!」



 執事のように深々とお辞儀をしたままの姿勢を保っていれば、気分良く去って行く小さな看護師。

 ここからという妄想に水を差されて苛つくものの、お楽しみはまた後でと一先ず出てきた目的を果たす事にして食堂へと向かった。




(やはり多い、多過ぎる……)


 牛丼とカレーのコラボ丼を掻き込みながら横目でチェックすれば、ココにも、ソコにも、アソコにも、適当な間隔を空けて真っ白な天井に半球状の黒い突起が存在する。


 それらは全て監視カメラなのだが、食事をする為の場所にしては些か多過ぎるのは気にして見なければ気が付かない事。


(どう考えても異常だよ……この施設は必ず他の目的があって造られている)



“健康を管理する”



 そう言われれば多くの人は納得しやすいだろう。

 しかし、そんな事をして管理者側に何のメリットがあると言うのか?



“120日後に向けて……”



 核兵器のおかげで国すら無くなり放射線に犯された不毛の大地と成り果てたのは、先の安藤啓介が身を持って証明してくれた。


 であれば、ここパンドラで避難生活をする意味は何なのだ?


 過去、放射線被害に遭った土地が人の住める状態になるまでにどれほどの時間を要したかなど知りはしないが、120日と言う短期間ではあり得ない事くらいは周知の事実。


 ならば、パンドラの食料が尽きたらその後はどうすると言うのだ?



 疑問は疑問を呼び膨れ上がるのみで、答えに行き着く事はない。

 しかし見た目は背の高いド⚪︎えもんでも玉城は思慮深い人物であった。



 ドアの開錠という便利さはあれど、裏を返せば誰が、いつ、何を、どれだけ食べたのか。 そしていつ、誰と、何処に、どれだけ居たのかすら把握出来るマイクロチップは、その人の全ての行動を監視、データ化する為の恰好の道具であり、シャワーからトイレに至るまで全ての行動が筒抜けになっている。



 個室、グループ、セクション、パケッツ、区切りはあれど個人としての行動範囲は狭く、気兼ねなく出入り出来るのは自分の個室からルーエまでの一本道しか許されていない。


 入る事は出来ずとも出ることは可能な作り故に、たとえ他者に連れられて自室以外の部屋に行ったとしても、帰りに扉を開こうとチップリーダーに触ればそれだけで自分がそこに居たという証拠を残してしまう。



 極め付けは至る所に設置されている無数の監視カメラ、この様子だともしかしたら盗聴までされているのかもしれない。



 一見すると自由に思えるパンドラでの生活、だがその実は徹底的に監視された窮屈な場所なのだ。


 その見方を変えると浮かんでくる言葉……



『被験用ラット』



 外には出られない、ここなら安全、そう思い任意で居るかのように錯覚しがちだが、その実、思考がそのように向かうように仕向けられているだけで放射能から守ってはくれるここパンドラが安全である保証などない。



 監視はされど食べ放題の食事は一食300円はするだろう。


 保存食の管理は消費する病院という場所があれば適時更新は可能だろうが、相当な負担となるのは目に見えている。


 一人当たり1日1,000円と見積もっても120日も滞在すれば食事だけでも12万円。 それが750人も居ればいくら非常時とはいえ、たかが一大学病院が負担する金額としては大き過ぎる。


 更にこの施設自体の建設費、地下150mという特殊な環境下に造られたというだけでも凄いのに、地上にあった病院を凌ぐほどの広さと半永久発電システム。



 その総工費は1,000億など優に超える事だろう。



 平和ボケしていた事も大きな要因ではあっただろうが、国民の安全を担う国ですらこういった大規模施設はおろか、地域ごとの小規模な物ですら造れずにいた。


 だとすればそれだけの金を懸けても採算が合う見込みがあると言う事。



“核シェルター建造を隠れ蓑に、世界的に非合法である人体実験の準備をしていた”



 玉城が結論付けたのはソコ。


 タイミングよく起こった国の崩壊を利用して確保された被験体、ここで行われている研究はウイルスという恐怖が世界を支配する中でもまだ有用な実験なのだろうか?



(僕はモルモットにはならない!)



 最後の一口を口に入れ、この施設を牛耳る院長八木をイメージして思い切り噛み潰すと、まだ口の中に物が残っているにも関わらず席を立ったのだった。





シュゥゥゥゥンッ



「やった! これで借金なくなる!!」

「んだよ、つまんねぇな。 お前は借金まみれの方が場が盛り上がるだろ? 空気詠めや」


 グループルームに戻れば人生ゲームはまだ続いていた。

 アメリカから入り込んだボードゲームは日本の企業により独自の発展を遂げ、今やスマホアプリにすらなっているほどの人気ぶり。



(くっだらない物をいつまでも……)

 


 友達のいない玉城からすれば “低俗な遊び” ではあったが、それは単に一緒にやれる仲間のいない者のひがみでしかなく、その所為で知らない者とでも気兼ね無く遊べるスマホアプリも忌避していた。


「おお、やれば出来るじゃねぇか。 また頼むわ」


 抱えて来たペットボトルを机の端に置いてやると、金髪の山猿が偉そうな口を開きイラッとしたが反論など怖くて出来ない。


「ありがと〜」

「ありがとうございます」


 咲と玲奈の声が聞こえれば思わず眉が動いて横目で確認してしまったが、玉城の天使ちゃんの微笑みは格別なもので、足の先から頭のてっぺんまでを何かが突き抜けて行く。


(後でたっぷり可愛がってあげるからね、待っててよ、僕の天使ちゃん。 クククッ)



「あっ!あのっ……」



 玲奈の声の余韻に浸りながら部屋に戻ろうとすれば、またしてもあの男の声が邪魔をする。


 しかし今度は無視しきれない驚くべき言葉が耳を突き、足を止めさせられてしまった。



「ロア・レビルさん、ですよね?」



 その名前は玉城にとって忘れられぬモノ。


 今の彼が在るのは、そのキャラと成り、オンラインゲーム『Dance in the devil』の中で生きてきたからに他ならず、玉城の人生においてターニングポイントとなった今は亡き懐かしき名前だった。



 扉を前にして動きを止めると、少しだけ首を動かし横目で剛の顔を確認した。



(何故コイツは僕の名前を知っている?)



 誰にも明かした事のなかった玉城の秘密。


 何処の誰とも知れぬ輩、しかも二度も邪魔をして来たこんな奴に今まで隠して来た自分を曝け出すのは……と思い至り、懐かしさに心惹かれながらも無視を決めた。


「僕に言ってるのかい? 僕の名前は水無玉城だよ」


 彼には悟られないように出来る限り冷たく言い放つと、懐かしきあのゲームを語り合う機会を捨て去ったことに少しばかりの後悔の念を抱きながらも、扉を開けて自室へと逃げ込んだのだった。











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